お嬢様 「お子様ランチ」
マリは、昼食前に手を洗って、食堂の前で待っていた。
するとそこに、先ほどまで一緒だった女の子も、同じように人を待っている様子だった。
その女の子の方から、声がかけられた。
「マリちゃん、だったよね。さっき、すごかったなぁ。
あんなに速いのに、よく見えたね」
自然な会話なのに、マリは一瞬、体が硬くなる。
「私、福岡出身の牟田尻優菜って言うの。
小学校まで、柔道やってたんだ。
そしたら、なぜか月の招待状、もらっちゃってさ」
「皆本マリです。
四年生まで、フィギュアスケート、やってたの」
「マリちゃん、ここ楽しいよね。
うちさ、父さんいなくて、母さんも夜仕事で、いつも一人だったの。
夕飯も、カップ麺ばっかりでさ」
「そうだったの?私のところも、お爺さんだけ。
両親、亡くなったから」
少し間を置いて、マリは続けた。
「でも、お爺ちゃんは……
いつも、一緒にいてくれたよ」
マリはそのとき、優菜と自分を比べていた。
どちらが不幸かじゃない。
どちらが、幸せだったかだ。
――案外、自分は、幸せだったんじゃないか。
そんなことを、初めて思った。
「ねえ、優菜ちゃん……
その……わ、わたしと……
友達に、なれ……なれないかな?」
優菜は、少し考える。
そして、にっと笑って、手を差し出した。
「それ、いいね。今日から、友達になろう」
マリは、その手を、ぎゅっと握った。
そこに遅れて、沙耶香がやって来た。
後ろには、千秋を連れている。
「お、なんだなんだ。
二人、友達になったのか?」
少し驚いたように、沙耶香が言う。
「うん。
優菜ちゃんと、今、友達になった」
「マリちゃんと、友達になったよ。千秋お姉さん」
沙耶香と千秋は、顔を見合わせる。
そして二人、にやりと笑った。
「じゃあ、お祝いだな」
「お祝い?」
「まかしとけ」
そう言って、四人は食堂に入った。
「二人とも、トレーだけ持ってきな」
「おっちゃん。
今日は、裏メニュー、オムライス四つね」
「おう!沙耶香か。
四つって? ……ああ、ちびっ子の分もか。
よっしゃ、作ってやる」
「裏メニュー?
こんなに、料理あるのに?」
しばらくして、オムライスが四つ、トレーに並ぶ。
そこに、ハンバーグ、エビフライ、ウインナー、ポテトサラダ。
最後に、デザートのプリン。
「どうだ。
これで、特製お子様ランチの完成だ」
「うわぁ……」
二人の子供の目が、輝いた。
料理は、食べたときの、幸せな記憶を呼び起こす。
四人でテーブルへ向かおうとした、そのとき――
“鬼”の声がかかる。
「待ちなさい。そこの四人」
全員、びくっと足を止めた。
「足りないものがあるわ。
ちょっと、待ちなさい」
「……野菜、だろうな。トホホ」
沙耶香は、野菜の山を覚悟する。
だが、おばちゃんはすぐに戻ってきた。
「はい、これ」
そう言って、オムライスに小さな国旗を立てた。
「あたしは、管理栄養士だけどね。
調理師でもあるんだよ。
国旗がなきゃ、本当のお子様ランチには、ならないでしょ」
優しい“鬼”だった。
二人の子供は、小さい頃に読んだ
「赤鬼と青鬼」の話を、ふと思い出す。
たかが、小さな国旗。
食べられない飾り。
でもその国旗には、
“鬼”さんの、たくさんの愛情が詰まっていた。
四人のテーブルの側を通る人達から、感想が出る。
「かわいいね」
「おいしそうだ」
「帰ったら、息子とお子様ランチ一緒に食べにいきたいな」
練習に来ていた警察官もこの時は、父親の顔に戻る。
楽しい食事も終わり、午後のカリキュラムに移る。
付設病院は、病院特有の消毒臭は少なく病院と言うよりも、研究所みたいな雰囲気であった。
白衣を着た人達からも、薬の匂いはほとんどしない。
皆、聴診器のかわりにタブレットを持っている。
最初は、形通りの体力測定。垂直飛び、反復飛び、機械の上での中距離走などありふれた検査が続く。
そしてそこからが、違った。
最初は、モグラ叩きのように九個のマスの光ったところを特製のハンマーでたたくテスト。これには子供達も喜んで遊んだ。
次は、卓球台の半分くらいの装置で、どこから正面のどこかの穴から飛び出るピンポン球を打ち返すテスト。これも皆楽しんだ。
その次が、ロデオマシンのようなものに乗り、落ちないようにするテスト。
男の子達は喜んで何度もチャレンジする。
「おもしろいね、まるでゲームセンターにいるみたい」
優菜は、マリに話かける。
「うん。楽しい――でもこんなのでテストになるのかな?バイクと関係ないような気がする」
その次が、まさかの音ゲー。音が聞こえて来た方向のボタンを押すゲームだ。ただ、二種類の音があるから、正しい音の時だけボタンを押す。間違った音の時は、ボタンを押さない。 これは女の子が夢中になった。
最後は、シューティングゲーム。 オリンポス8の中にある、バイクのような装置に乗り、前から飛んでくる宇宙船の攻撃を避けながら、敵宇宙船を倒すゲームだ。
これには、みんな大喜びする。倒した分得点が表示されるからだ。
だが、オリンポス8の中にいる時間が長いほど、みんなフラフラで出てくる。人によってゲーム時間が違うのだ。
中には、もう一度と言う男の子もいたが、大人の人から止められる。
そのすべてを、子供たちは知らない。
ガラスの向こうで、別の視線が、同じ時間を見つめていた。
アルテミスの面々と冬香、白木だった。
「子供たちは、ゲームに喜んでいたが、さすが、アテナが選んだ子ね。
全員合格点を上回ってる」
雅が冬香に話かける。
「ええ、雅さんの言う通りよ。特に最後のオリンポス8のテスト。大人でも2分はもたないわ」
「冬香さん、あれ乗ったの?」
「安全性の確保......て言い訳ですが、楽しそうだから乗っちゃった」
「で、どうだった?」
「どうもこうも......1分過ぎたら気持ち悪くなって、外に出たわ。
しばらくは、地上も回っていたもの」
「あれ、究極の三半規管破壊機よ」
少し後悔気味に冬香は答えた。
「全測定結果がでました」
そう言って一人の医師が、冬香に結果を持ってくる。
「さすがに体力は、男の子のほうが、いい結果だしてるわね」
「え?」
そこで、冬香の言葉が詰まる。
「どうしたの、冬香さん」
雅が、心配そうに尋ねる。
「雅さん――このデータ」
横で、ニヤニヤと白木が笑ってる。
雅は、データを見て驚く。
「アテナこのデーター間違いないの?」
《間違いはありません。事実です》
《マリの動体視力と平衡感覚、空間認識力は、
現役の戦闘機パイロットに匹敵すると判断されます》
「白木さん、知っていたの?」
「あ、いや......動体視力は、分かってた。
だが、あいつは、流れを捕えていたんだ」
「あいつの動体視力は、線じゃなく空間だった理由が分からなかった」
「訓練もしてないのに?なぜ?アテナ説明して」
《推測ですが、フィギュアスケートの、
スピンや空中でのスピンで身につけたと思います》
「稀有な才能を持つ子が、来てくれたって訳ね」
このまま無事に育ってくれればいいと、みんなが願った。




