お嬢様 「流れの中で」
次の日の朝――ジュニア育成教室が、今日から始まる。
6人のパソコンに今日のスケジュールが送られる。
午前中は、模擬レースの観戦。
午後からは、体力測定だ。
服装は、沙耶香お姉ちゃんが選んでくれた。
「動きやすいように、スポーツウェアーにウィンドブレーカーがいいな。
今日は、外だから風邪ひかないようにな」
「お姉ちゃんは?」
「今日から、あたしもメカニック講座がある。
午前中は、あたしのチームが走るから、応援してくれよ。
昼飯は一緒に食おう。午後は座学で別だけどな」
マリは少し不安になった。
「心配そうだな。だが友達を作るチャンスじゃないか?」
「うん・・・でも・・・」
「マリには、友達の作り方を教えよう。相手が、話してる時は、最後まで聞くこと。途中”おかしいな?”と思っても最後まで聞け。そして尋ねられたら正直に答えろ」
「それだけ......?」
「ああ、それだけだ」
「友達を作るには、まず相手を知ることだ。相手が何を考えてるか、まず聞け。それが一番大事な事だ」
「はい」
「じゃあ玄関前に行ってきな、仲間候補がいるからな」
降りていくと、すでに同じ年頃の5人の子供たちがいた。
そこに大人のおじさんがゆっくりやってきた。
「みんな揃ったみたいだな。俺は、白木と言うものだ。まあ、なんだ。
硬くならなくていいからな。いまからサーキットのスタンドにいく」
「みんな、バイクのレース見た事は......ないよな?」
「社会見学とでも思ってくれ。結構楽しいぞ」
緊張を解くように気楽に話している。
サーキットまでは、歩いて15分位だった。
「ああ、これを渡しておく」
そう言って紐のついたプラスチックカードを各自に渡される。
「それはな、身分証明書みたいなものだ。それがあれば、寮やサーキットも自由に入れる。暇な時もサーキットに来てレースをただで観れる。いいだろ?」
「ただな、もしそれを無くしたら・・・」
子供たちの喉がゴクリとなる。
「受付のおばちゃんか、お前達のルームメイトの、兄ちゃん姉ちゃんに言いな。すぐ新しいの作ってくれるからな」
ドッと子供達の緊張が緩む。
「なんだ、叱られるとでも思ったか?カッカッカ......」
「ここには、基本罰則なんかないぞ。
だがな、世間で悪いとされてることは、世間で罰をうける」
「あのお~僕たち子供が、一人でサーキットとか行っても大丈夫なのですか?」
「ん?心配か?まあ普通そうだよな。だが、サーキット・付設病院・寮の敷地内なら、安全だ。お前等がどこに居ても、アテナの目があるからな。外部からの進入も無理だな」
「アテナと皆話しただろ?」
「はい。すごいAIでした」
利発そうな男の子が感想を述べた。
「でも、もし泥棒とか入ってきたら・・・」
「ん~それも可能性すくないかな」
「お前らの寮の3階にいる大人の人知ってるか?」
「茶色のスポーツウェアー着てた人ですね?」
「あの人達な、警察官だ。白バイ隊員な」
「まあ、ここにいる間は、お前達と同じ訓練生だが――ここが白バイ隊員の訓練所だと、大人の世界では知れ渡ってるからなぁ」
「警察署に忍び込む馬鹿な泥棒いるか?」
女の子は、安心した。男の子は、憧れの目をした。
初めてサーキットを見た子供達は、その広さに驚く。
広大なコースのあちらこちらから、エンジンの音が聞こえた。
そのエンジン音が近づくと、目の前をあっという間にマシンが過ぎ去っていく。
「これが、バイク......」
マリは、呟く。
次に、白バイが同じ速度で近づき、目の前を通り過ぎた。
男の子達から歓声が上がる。
「ねえ、白木さん白バイは、さっき走り去ったバイクを追ってるの?」
男の子から、素朴な疑問があがる。
「いや、あれは、走行練習だ。
白バイが、追ってるのは先頭の白バイだ。
レーシングマシンと白バイじゃ、レーシングマシンの方が早いからな」
「白バイは、赤いランプもサイレンも鳴らしてないのね」
今度は、女の子が尋ねてきた。
「ここは、サーキットだからな。速度制限もない。公道でできない練習をここでやって、腕を磨くのさ」
「それよりお前等は、レーシングマシンを見るんだ。
あれにお前達は乗るのだからな」
そう言われた子供達は、レーシングマシンを見た。
速い・・・みんなそう思った。
見ると言っても、音がしてアッと言う間に過ぎ去る。
その時、一人の少女が呟く。
「今、バイクに乗ってる人が、ガレージにいる人に何か合図した......」
マリである。
「ええ?そんなの見えなかった。合図なんかした?」
白木は驚いた。この女の子が、あの一瞬を捉えた?
長らくバイクに乗ってた白木だから、合図の瞬間、場所は分かる。
だが、何の知識もないピットも知らない女の子が、流れの中でその一瞬を見た。
動体視力?いやそれだけじゃない。
「なあ、マリ何が見えた?」
急に聞かれて、マリはびくっとする。
「あのぉ、バイクに乗ってる人が、ガレージにいる人に向いて、首を縦に振ったように......」
間違いない、見えてる。普通なら見えないものが。それも流れで――。
「そうか、だがあれはガレージじゃない。ピットと言うんだ」
美奈子が、ピットに戻る。
「リアのトラクションが少したりない」
「多分、ブレーキの反応かな。もうすこしリアのブレーキ圧を変えようか?」
沙耶香は、即座に調整する。
すぐに美奈子が飛び出した。
「すごい、沙耶香お姉ちゃん。アッと言う間に......あれは、修理なの?」
「修理とは、違うな。あれは調整だ。
修理よりも大変なんだ。レースではな」
「機械でもわからない、ほんの些細な違いをレーサーから聞いて、
それを人に合わせる。レーサーは、一人では走れない。
沙耶香みたいな、人がいるからレーサーは走れるんだ」
「みんなも、レーサー候補だから、覚えておけ。
お前達の走りは、仲間に支えられて走れるってことを」
「じゃあ、午後は、体力測定だ。食堂で昼食をとって、また一時に玄関集合だ」
解散後、白木は、アテナと連絡をとった。
「アテナ、あのマリって子。さすが、お前が選んだだけのことはある。
あの子の動体視力は異常だ。点でなく流れで見えてる」
《ええ、私の予想値も超えてます。推測モデルを変えて再度計算しました》
《推測ですが、彼女のフィギュアスケートの眼でしょう》
「フィギュアスケート?」
《午後の体力測定で判明します。そこでハッキリします》
「そうか、分かった」
白木は、胸に高まりを覚えた。宝石の原石を発見したように。




