お嬢様 「はじめて、眠れる夜」
――目の前に広がる、さまざまな料理。どれも美味しそうで、マリが食べたことがない料理ばかり。だから彼女は少しずつ沢山の料理を乗せた。
そして、”鬼”の前を通っていく。
「まちなさい。そこのあなた」
マリは一瞬緊張する。
「あなたは、種類は十分。でも量が不足よ。育ち盛りなんだから。もう少し食べなさい」そう言って、小さなボウルになみなみとビーフシチューをつぎトレイに乗せる。
鬼なんかじゃない。優しい声だ。気遣いだと分かる。
食事は、全て美味しかった。そして、デザート食べたあの美味しいケーキ。
マリの舌は、覚えていた。魔女のお姉さんが持ってきた、あのクリスマスケーキの味。
食事を終え、部屋に戻る。お姉さんといっぱい話した。楽しかった。
「さて、そろそろ風呂にはいろうか。ここでシャワーを浴びることはできるが、大きな風呂もあるんだ。そっちの方が、あったかいぞ」
「でも私・・・着替え荷物に入れたまま・・・だった」
すこしマリは躊躇う。自分のパジャマもタオルも、みずぼらしく見せたくなかった。
察した沙耶香が、言う。
「すまん。説明忘れてた。ほらそこの壁にあるクローゼット、あけてみて」
マリは、教えられたクローゼットをあける。そこには、まだ開けられてない下着や、スポーツウェア、パジャマや、普段着などが沢山あった。
「これから、選んでいいの?」
「ああ、好きなの選びな。だって全部マリのだからな」
「風呂にいくのにおすすめは、スポーツウェアと下着だな。そのスポーツウェアは、フォンマキコ工房だから、デザインもいいし生地も最高だぞ」
「よくわからないけど、なんか高そう。こんなの風呂に持って行っていいの?」
「高い?う~~ん。高いだろうな。いや?そもそも売ってないから、値段とかついてないぞ?サイズなんかもないし、全部人に合わせての特注だしな」
「こんなの、普通に着て、破りでもしたら......」
「そのための予備、あと二つあるだろ?破れたら、すぐ新しいの届くからな。心配するなって」
風呂もまた、ビックリした。広い浴槽に、泡が涌いてる浴槽 サウナ室に水風呂まである。
「ここは、朝7時から深夜12時まで開いている。好きな時に入れるぞ。だから、皆自室のシャワーは使わないんだよ。こっちのほうがいいだろ?」
風呂からあがると備え付けの冷蔵庫から、沙耶香が何かを取り出す。
「ほら、風呂あがりは、やっぱこれっしょ。フルーツ牛乳。
スポーツドリンクもあるが、こっちが1番人気なんだ」
部屋に戻ってくると、就寝まではフリータイム。マリは何をすればいいのか分からなかった。
普段なら、食事の後片付けに掃除。暖房費節約のために無理して布団に入り何も考えない。考える事が、無駄だったからだ。
沙耶香が、ここでも教える。
「ほら、そこにパソコンがあるだろう?パソコンの使い方知ってるか?」
「少しだけ......でも使ったことない」
「色んなことが出来るんだぞ。好きな映画を見たり、アニメをみたり、ゲームもできるぞ。そしてテレビも見れる。全国のな」
「じゃあ、北海道のテレビも見れるの?」
「ああ、みれるぞ」
「でも。使い方が難しそう.....」
「ふふふ。このパソコンは、特別なのだ」
「特別?」
「ああ、そんなときは、このパソコンに秘密の呪文を言うと、何でもできる」
「その呪文教えて!」
「こう言うんだ『アテナ』」
《はい。御用ですか?》
「アテナ、北海道のテレビ番組映してくれ」
画面に北海道のテレビチャンエルが映し出される。
その瞬間、マリの目が涙に滲む。
「アテナさん、お爺ちゃんの病院にいるんじゃ?」
《私は、同時に252か所に存在できます――本体としてはですね》
《でも演算力を使用しないなら、サブルーチンとして無制限に存在で来ます》
《だから今は、ちょっとした用事だけしていると思ってください》
「じゃあ、お爺ちゃんの手術は?」
《そちらは、私の本体になりますね》
「なんか、よくわからない」
《そうですね、人に例えましょう。マリさん今あなたは、私と話してますよね》
「うん」
《私の声は、聞こえてますよね。でも、辺りの音、外の音などは?聞こえているが、あなたの脳が、不要な情報として認識してないのです》
《あなたが、外を歩いているとき、急にあなたの名前を呼ばれたら、あなたは、呼ばれたほうに反応しますよね》
《それが、今の私です》
「うん。なんか分かった気がする。じゃあお爺ちゃんの手術は?」
《料理をするとき、火を見ながら、別のことはできませんよね》
「じゃあ、北海道のテレビ番組にきりかえたのは?」
《マリさんが、灯りをスイッチでつけたり、けしたりするのと同じです》
「そっか、すごいけど......人と同じだね」
《はい。でもこのような事は、出来ますよ》
画面が変わる。そこに映ったのは――。
「お爺ちゃん!」
画面に映ったのは、夕方別れた祖父の顔だった。
《今は、まだ話せませんが、手術後の面会時間内なら、このPCを使って話せますよ》
「ほえぇ~やっぱりアテナさん、すごい」
《それに、家庭教師も出来ます》
「勉強......はい」
「なんだい、勉強は嫌いか?」
「うん。私4年生までは、学校は好きだったの」
「でも5年生になって、お父さんとお母さんが、天国にいっちゃって、
みんなが、私を避けるようになって......一人になったの」
「それで6年生から、学校にいかなくなったの」
「そっか......じゃあさ、お姉ちゃんと一緒に勉強しないか?」
「一緒に?」
「お姉ちゃんも、勉強苦手なんだ。でもダチと一緒なら楽しいぞ」
そもそもマリは、勉強嫌いじゃなかった。学校に行った時の孤独感、喪失感、そして経済的な理由が、遠ざけた。
その時一人でも寄り添う友達がいれば、学校に行ってたかもしれない。人への接し方も変わってたかもしれない。すべては、もしも......の話ではあるが。
「なっ!競争だ。ダチでもありライバルだ」
「うん.....お姉ちゃんとなら、してみようかな」
「よし。じゃあ今日はもう寝るぞ」
「パジャマに着替えるよ。ほら、今日はどっちにする。ピンクと黄色があるぞ」
マリは、喜々としてピンクのパジャマに腕を通す。
そして、フカフカのベッドに滑り込んだ。枕からお日様の香りがする。
お爺ちゃんは、一晩で変わると言った。 でも......今日一日ほど変わったことはない。 お爺ちゃんの手術。アテナさんとの出会い。沙耶香お姉ちゃんとの出会い。そして......そして......そして......。
夜は、終わりじゃない。明日へと続く始まりでもあった。




