お嬢様 「空から来た迎え」
年が明けて早々に迎えが来た。
魔女さんらしく、空からやって来た。
お爺さんの体のことも考えてくれたのだろう。
救急車に乗せられ、二人がやって来たのは、河川敷の大きな広場だった。
ヘリコプター?
マリが一度は乗ってみたいと思っていた、テレビで見たあの乗り物が、目の前にある。
着くや否や、ヘリコプターからお医者さんと看護師さんが降りてくる。
こちらから行かないと会えないお医者さんが、向こうからやって来た。
「皆本さんですね。藤原医科大学の心臓外科医、蒲原です。
皆本さんの担当医になります。よろしくお願いします」
マリは、ずっと人の目を見ていた。
蔑まれる目には敏感だ。
しかし、このお医者さんは違った。
優しい目をしていた。
「マリちゃんだね。
絶対、お爺ちゃんの手術、成功させるからね――ハイ」
そう言って、蒲原医師は小指を差し出す。
マリも、差し出された小指に、自分の小指を絡めた。
魔女のお姉さんがやって来た。
左手には、ヘッドフォンを持って。
「こんにちは――正月は、ゆっくりできましたか?」
「はい」
マリは、明るく答えた。
――その三十日の午後、宅急便が来た。割りと大きな箱と包――箱の中には、2人では十分すぎるお節の重箱。包には、お餅と年越しの御蕎麦セット。
重箱をあけたら中は宝石のように輝く綺麗な料理が、所狭しと詰め込まれていた。お爺ちゃんも驚いていた。正月は、人並みの正月が一緒に過ごせると。
そして正月――お爺ちゃんが、数年ぶりに言った。
「あけましておめでとう」と・・・
魔女のおねえさんは、胸から小さなポチ袋を取り出す。
「はい。遅くなったけど、これお姉さんからのお年玉」
その存在さえ忘れていたマリは躊躇い、お爺ちゃんの方を向く。
祖父は、コクリと頭を下げる。
「あ......ありがとうございます」
そう言ってマリは大事そうにポチ袋を受け取った。
「じゃあ仙台に行こうか?忘れ物はないかな?」
「あはっ!おねえちゃん、お母さんと同じこと言ってる」
「マリちゃんその袋は何?」
「これはね、私のスケート靴。もう小さくなって履けなくなったけど――
大切なお母さんとの想い出」
「そっか、じゃあ向うに着いたら部屋に飾ろうね」
ヘリコプターから見る景色は、新鮮だった。白い大地、そして地図でしか知らなかった海岸線。
でも数年過ごした自分の家だけは、すぐにわかった。
その一点が、段々と風景の中に溶け込んでいく。そして白い絵の具の中に消えて行った。
津軽海峡を越える。本州の上空に入ると景色が一変する。右側の山は白いが、左側の海岸線は、大地が露わになってる。しばらく飛び続けると、正面に開けた大きな街が見えた。
ヘッドフォンからお姉さんの声が聞こえる。
「ほらあそこ。あれが、仙台よ。マリちゃんが今から住む街よ」
今度は、小さな点だった街が、どんどんと広がっていく。
そしてヘリは、大きな建物の屋上に着陸した。着陸と同時にローター音が低くなり消えた。
ヘリの扉が開き、屋上の続く扉から看護師が二、三人ストレッチャーを引き近づいて来た。
祖父を乗せ、先生と一緒に病院の中へ連れていった。
魔女のお姉さんは、白衣を着けたお姉さんと何やら話している。
マリは急に心細くなった。
どうしていいのか分からずにその場に立っていた。
二人が気付く。
「ごめんね。待たせて。紹介するわね、こちらが藤原冬香さん。この病院で、分からないことがあったらこのお姉さんに聞くのよ」
「藤原冬香です。冬香お姉さんでいいわよ。今ね、あなたのお爺様は、検査してるの。少し時間がかかるから、私の部屋でココアでも飲みながら待ちましょう」
そう言って冬香は手を差し出した。
温かい手だった。優しそうな顔だった。
「魔女のお姉さんと同じ。ねえ、お姉さんもお医者様?」
「お姉さんは、まだ医者の卵よ」
そう言って部屋に案内した。
冬香の部屋は、想像と違って広かった。
子供とはいえ、その違和感がわからないはずはない。
ふかふかの応接セット、広い木製の机には、パソコンのモニター。
壁には、調度品に大きな絵。
お爺ちゃんの病院で、ちょっと見た病院長の部屋よりも広かった。
「なして、お姉ちゃんの部屋なまら大きいの?」
素朴な疑問が、方言の言葉になる。
冬香は、方言にとまどい言葉に詰まる。
その時
《”どうしてお姉さんの部屋がこんなに広いの”と言う意味です》
「うわ~誰の声?」
一瞬で部屋への疑問が、声への疑問に上書きされる。
《私は、AIアテナといいます。よろしくね。マリさん》
マリは頭を下げて挨拶しようとしたが、姿が見えない。
「皆本マリです」
キョロキョロしながら、どこに話せばいいか迷っていた。
「ふふ、マリちゃんアテナはね、体のないロボットみたいなものなの」
冬香が説明する。
《冬香さん、それは違います。私は、同時に252か所で精密アームも動かせます》
「アテナ、すこし黙っていないさい。空気を読みなさい」
梓が窘める。
《・・・・・ハイ・・・・・》
「ごめんね。驚かせちゃったわね。ちょっとおねえさんの説明が間違ってたわ。ほら漫画にでてくる電子頭脳ってわかる?」
冬香はなんとか、分かりやすく説明しようとした。
「うん。アニメでみたことあるよ」
「あんな感じ。
でもね、アテナはあなたのお爺様を助けるお医者様でもあるのよ」
「えええ!お爺ちゃんの命を救ってくれる人なの?」
「そうよ、スゴイお医者さんなんだから」
「魔女のおねえさん、アテナさんと話していい?」
梓に許可を求める。
「いいわよ。アテナ、会話を許可します」
「どこに話せばいいの?」
「姿は見えないけど、その場で、話せば大丈夫よ」
「アテナさん。お願いします。お爺ちゃんを助けてください。
お爺ちゃんは、悪い事をしてません。私を一人にしないでください」
マリは、両手を組み祈るように頭を下げる。切実な願いであった。
《マリさん、頭を下げないでください。私は神ではありません》
《でも、私の診断では、大丈夫ですよ》
張り詰めていた、マリの感情の堤が溢れる。
大粒の涙が、頬を流れる。
梓が、そっと肩を抱く。
《……冬香さん。医師というのは、重いのですね》
《私は、涙を流すことも、寄り添うこともできません》
《それでも……今日のことは、記録します》
冬香は、何も言わなかった。
ただ、アテナのログ画面を一度だけ見て、そっと、手を下ろした。




