お嬢様 「月から来たサンタクロース」
ドアを開けた先には、
魔女というより、天使のような優しい顔つきの女性が立っていた。
「少々時間が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。
皆本マリさんですね。私が招待状をお送りしました、アルテミスの梓と申します」
「アルテミス?
私に招待状を送ってくれたのは、魔女さん……?」
「――でも、本当の魔女さんなんかいないことくらい、わたしでもわかります。
招待状って、あれは何なんですか?
わたしを、月にでも連れて行ってくれるのですか?」
事故によってすべてを失った彼女にとって、
自分の体は、借り物ほどの価値もなかった。
「もちろん、今後のあなた次第では、月へ行くこともできますよ。
それより今日は、クリスマスイブです。
せっかくですので、ケーキをお土産にお持ちしました。
一緒に、束の間のクリスマスを楽しみませんか?」
クリスマスケーキ……。
数年前に食べた味が、微かな記憶としてマリの脳裏に蘇る。
「マリ、お客さんかい?」
異変を感じた祖父が、襖を開ける。
「おじいちゃん、魔女さんだって。
魔女さんが、ケーキを持ってきたって」
「魔女さん?
まあ、魔女さんでも外は寒かろう。
こんなあばら家でも、外よりはマシじゃろうて――
上がってもらいなさい」
そう言って祖父は、簡単に身支度を整え、梓を招き入れた。
梓は履いてきたブーツを揃え、
軋む床を踏みしめながら、中へと入って来る。
マリの意識は、すでにケーキのほうへ向いていた。
しっかりしているが、まだ子供だ。
しかも、久しぶりの甘味である。
祖父は、消していたストーブにマッチで火をつける。
部屋の中に、わずかな灯油の香りと、じんわりとした暖かさが広がった。
梓は、ほとんど物のない部屋の片隅に、
小さな仏壇があるのに気づく。
短くなった蝋燭と、僅かばかりの線香。
マリの両親らしき、小さな写真。
白木の戒名。
それだけで、すべてを察した。
梓は、蝋燭にも線香にも手を出さず、そっと手を合わせた。
そのしぐさにマリは、少し心を開く。
両親の仏壇に手を合わせる人は、葬式の時以来だった。
その間、祖父と自分だけが忘れずに手を合わせてきた。
「では、ちょっと遅いクリスマスパーティーをしましょ。
今日は、ケーキの他に沢山フライドチキンも持ってきたの」
「マリちゃん、ご両親にまず一つずつお供えして、みんなでいただきましょう」
「違うよ、魔女さん。お父さんとお母さんが喧嘩しないように、二つずつだよ」
マリは、諭すように梓に応えた。
「そうよね、おねいさんが間違ってたわ。そうしないといけないね」
そう言ってケーキの箱を開ける。そこには、沢山のフルーツで彩られた大きなケーキが......両親にお供えしても十分余る大きさだった。
「こんな、ケーキ初めて見た。ねえ、私サンタさんが乗ってるとこがいいな」
梓が切り分けしてる間、マリはお茶の準備をする。小さなこたつ台の上に不揃いの湯飲みが三つ、そして不揃いの皿が三つ。
ケーキとフライドチキンのバールが中央に、一気にクリスマス色に染まる。
まっさきにマリは、ケーキを口に運ぶ。口いっぱいに広がる甘み。夢にまでみたケーキ。父と母と三人で楽しんだ幸せの時間が思い出される。
「お爺ちゃん、おいしいね」
満面の笑みで祖父に笑いかける。
「ああ、うまいべ」
そう言って祖父は、マリに気づかないように、そっと涙をぬぐう。
しばしケーキとチキンを楽しんだ後、祖父が切り出した。
「それで梓さん、この子が言ってる招待状とは、このパーティーのことでは、ないですね?」
「私は、こんな病身の身。マリの為なら離れてもかまわないが、この子の為になるんだったら......」
「はい。ではお話をさせて頂きます。マリちゃんも一緒に聞いてね」
「マリちゃんには、将来バイクレーサーになる為の学校に来て頂きたいのです。そして一年後からはレースに参加してもらいたい」
「そったらこと――マリは、まだ12歳だべさ。バイクに乗ったこともなければ、免許もとれない」
「お爺様が言われるのは、半分正解で、半分不正解です」
「確かに、公道を走る為の免許は、16歳になるまで取れません。でもレース場や、私道は別です。つまり13歳でもレースに出場できます。そして若い世代のレースは、外国だけじゃなく日本でも行われています」
「そんな事聞いたこともない」
祖父は、子供がレースすることなど考えられなかった。
「お爺さま、日本は世界一のバイク生産を誇ります。しかし、ドライバーの育成が遅れています」
「遅れている理由は、才能じゃない。環境なんです。モータースポーツは、スケートやスキーと同じスポーツなのですが......参入障壁が高い。これに参加できる人は、一部の裕福層だけ」
祖父の顔が暗くなる。孫に何もしてやれなかった自分の甲斐性の無さを恥じているのだろう。
「もちろん、金銭的な負担は一切ありません。教育費用・衣食住費用全て当方が負担いたします」
「教育って、学校も行かせてもらえるのかい」
「行くと言うより、新設します。もちろんそこでは、中学・高校の卒業資格が得られます。少し違うのは、全寮制で1クラス10人以下で、基礎からしっかり学べます。希望されるなら大学もいけますわ」
「マリ、お前この方にお世話になれ。儂じゃお前の笑顔は取り戻せない」
「だめ。わたし学校なんか行かなくてもいいもん。お爺ちゃんがいればいいもん」
「マリ、よく聞きなさい。儂の力じゃ、お前に明るい未来は......わかるだろう?お前は、二人が亡くなる前まで、勉強もスケートもがんばる儂の自慢の孫だった。よく笑っていた。その笑顔を奪ったのは儂だ」
「儂の病気は、治らないよ。先日このままならあと二年と医者から言われた」
「だから、この人達にお前を託したいのだ」
祖父は、梓を信じた。たぶん裕福な生まれだろう。でも、自分達を蔑む態度は一切ない。自分達の困窮は、すぐにわかったはず。それに同情の言葉も施しの押し付けもしない。
「でもそれじゃお爺ちゃんを.....」
「ねえ、魔女さん2年待ってくれませんか?お爺ちゃんを残していけない」
「それはできません。その2年間が、大事なんです」
「そんな・・・」
小学生に、まだ見えぬ自分の将来と唯一の肉親との別れ――そんな究極の選択を求めているのだ。
しかし先の見えない未来と祖父との限られた時間。
答えは明白だった。
「マリさん。あなた方が、すぐに来てもらうことが、条件です」
「でもやはり。お爺ちゃんを・・・」
「マリ!」
祖父が涙を流して声を出した。
「わからないのか、この人は、『あなた方』とおっしゃった」
「だから、儂もこの命が続くかぎりお前の成長が見れると言われている」
「じゃあ、一緒にいけるのね。大事な二年間一緒にいれるのね」
「ああ......ああ.....」
頷きながら答える。
「お爺様、あなたの病気はこのままでは、二年とお医者様が言われたのですね?」
「そうじゃ。手術の可能性も言われたが、成功率が、半々だと。手術費用もじゃが、その後も薬代などお金がかかるそうじゃ」
「これ以上、孫からは奪えない。孫は全てを奪われた。儂が死ねば、わずかじゃが、孫に生命保険がおりる。それしか.......」
「これから向かう仙台には、私達と関係の深い病院があります。そこでなら、成功率100%とはいえませんが、90%以上だそうです。
一緒に克服してマリさんの活躍を見たくありませんか?」
「マリの活躍が見れるのか?あのスケートで輝いてたようなマリが――」
「ええ、レースだけでなく。マリさんの花嫁姿まで見れるかもしれませんわ」
気づけば25日になっていた。
魔女のサンタさんが持って来てくれたもの。ケーキにチキンそして未来だった。
祖父が言ってた言葉。
「(夜は、)何も変わらんようで、変わるときは、一晩で変わっちまう」
言葉が嘘でなかったことを実感した夜だった。




