お嬢様 『席の意味』
何度目だろう。赤い絨毯の先に重厚な扉が鎮座している。神奈川県警の一課長が、本来何度も訪れる場所ではない。1度でも踏み入ればそれは栄達を意味する。――しかし宮坂は、憂鬱であった。また、あの3人の前に立つ。
(胃が、痛い・・・)
緊張が、彼を支配し、手に汗が滲む。
先導する秘書の警察官が、扉をノックし宮坂の到着を告げる。
「入りたまえ」
ドアが開けられ、いつもの3人がいた。応接セットの上席に、表情を崩さない京極源三郎、
片側のソファーには、親しみを込めた篤志県警本部長、
その隣には、みずほ警視庁方面部長が、いつものティーカップを持って笑みを浮かべて宮坂を招き入れた。
宮坂は、直立不動のまま完璧な敬礼をする。
最初に口を開いたのは、みずほである。
「相変わらず硬いわね。ねえ――あかねの前でもいつもそうなの?」
「いえ、そ・そのようなことはありましぇん」
(噛んだ・・・)
「みずほ、そんなに彼をいじめるなよ。まあとりあえず座りなさい」
篤志は、助け船を出す。
宮坂は、勧められた席に座る。
あいかわらず、源三郎の圧がすごい。
「今回は、よくやった」
表情を崩さずに、一言だけ源三郎は労をねぎらった。
「義父様、そんな顔でおっしゃっても宮坂さんは硬くなるばかりですわ」
「そうですよ。宮坂君は、よくやったじゃなないですか?何をスネているのですか」
「宮坂、なぜ温泉に行くことを儂にしらせなんだ?」
(ええええ、そこ? 俺に長官を温泉に誘えって.......無理ゲーでしょう)
「宮坂、お前あかねと同じホテルに泊まったよな」
「いえ、せ・正確には、京極本部長の御供で宿泊したが、正しい表現です」
(尋問ですかこれ?)
「あらら、あかねと新婚旅行のリハーサルかしら。いいわね若い人たちは」
みずほより爆弾発言が飛びだす。
みずほは、ティーカップを一口含んでから、ゆっくりと置いた。
その仕草だけで、場の空気が少し変わるのが、宮坂には分かる。
「そういえば」
独り言のように言ってから、みずほは笑った。
「温泉の話、ずいぶんきちんとしてたわね」
宮坂は、反射的に背筋を伸ばす。
「随行で、警護で、業務で……間違ってないのだけれど」
言葉を継ぎながら、みずほは篤志の方を一度だけ見る。
「不思議ね。あの場で、仕事の話しかしなかったの、あなただけだったわ」
宮坂の喉が、ひくりと鳴る。
「みんな、少しずつ余計なことを言ってたのに」
笑みは崩れない。
「あなたは、最後まできれいだった」
それが、褒め言葉なのかどうか、分からない言い方だった。
「うむ、それはそうだな。アテナ君・・・」
「え?アテナ?なんで......」
「ああ、心配しなくていい。君のプライバシーは、一切調べられない。制約があるからな。君が自室でなにをしていても、君が誰と電話で話していてもだ」
《はい、長官。お呼びですか》
「前日のパーティー風景だが、それは、君のリスクベースアプローチに引っ掛かるかな?」
《いいえ、パーティーは公のシーンですし問題ありません。共有化できます》
「じゃあ、そのうちの”あかねと宮坂君”のシーンは?」
《微妙な解釈ですが、関係者内であれば同意の下開示可能です》
「私達家族は、全員同意だ。宮坂君は?」
「あらあら、私も見てみたいわ。いいでしょ宮坂さん」
ノリノリでみずほが、圧をかける。
「・・・・はい」
――そこには、あかねの気を引くように世話をする、健気な宮坂の行動がつぶさに映されていた。
「まあ、いいわね。あかねもまんざらな雰囲気もだしてるわ」
そして会話の一部も。
『あかねさん。自分は、子供が大好きです。あかねさんはどうですか?』
『あかねさん、バイクはいいですよね。一緒に日本中回りたいです』
「いや~~いいわ。見ているこちらも顔が赤くなってしまいそうよ」
みずほが、煽りまくる。
だが聞いてた源三郎は、そんな会話を聞いて顔が厳しくなる。
「み・や・さ・か~子供って.......それに日本中バイクで回りたいって、わかった。えらべ、与那国島がいいか?八丈島がいいか?北海道の利尻島でもいいぞ。好きなとこにえらべ。すぐ辞令だしてやる」
「ちょっとお父さん、それは洒落になりません。宮坂君も心配しなくていいから」
「フン、この位の皮肉受け止める胆力がいるって事だ。あかねの婿ならな」
「宮坂!」
「はい」
「お前を本庁に移動させる。儂の側で職責を果たせ。これは正式辞令だ」
(え? 俺が本庁長官付き? それって……)
「栄転おめでとう、宮坂君。まあその位の事君はやったからね」
「たまには、家にも寄りなさいね。これからは、プライベートなお付き合いもふえますから、あかねをよろしくね」
二人は、上司部下の顔でなく、普通の娘を持つ母と父の顔になっていた。
「だが、まだ子供は早いからな。いいな宮坂!」
祖父として最後のささやか意地を源三郎は投げた。
東京の霞が関に関係なく、仙台では、アルテミスメンバーはのんびりとお茶会の最中だった。
「ひと段落つきましたね」
「ええ、みなさんもお疲れ様でした」
「でも意外でしたわ。警察が、私達のスクールに依頼されるなんて」
「総長もよくうけましたね」
「あれは、あかねさんを守るためですよ。少なくともこれで、あかねさんは、板挟みにあうことはないでしょ?」
「そうよね、あかねちゃんは、堂々と宮坂さんとデートできるわね」
「な、なにを........わたしはそんな.....」
「あ~あ、いいな。これでアルテミスから2人か、彼氏持ち」
彩とあかねが顔を真っ赤にする。
「私もだれかいないかなぁ」
「琴音、あなた誰かいないの?」
「いないわ、お見合いは来るけど.....私は絶対、恋愛派なの」
「そういう、麗子さんは?」
「うちも一緒よ。だから大阪に帰りたくないんよ」
「総長は....どうなんですか?」
「なっ?私?わ・わたしは、その・・・」
「雅総長は、彼氏いない歴と年齢は、一緒です。ちなみに私も同じです」
「ちょっと、梓――変なところでカミングアウトしなくていいの」
「ちなみに雅総長が、結婚した時の経済効果は、3000億円です」
梓は、眼鏡を上げ真面目な顔で答えた。
「結婚........」
そう呟いたあかねの目線は、宙に浮いた。




