お嬢様 『選ぶもの』
アルテミスあかね スキー姿
鳴子温泉に朝が来た。皆それぞれの1日へと散っていく。
空港に向かうもの、
引き連れたトランスポーターで高速に向かうもの、
そして仙台にとどまる者。
それぞれが、向かう先が違うも、同じ世界で戦う同志でありライバルであった。
三人のパパ友達も、娘と短い別れの挨拶をする。そして雅に声をかける。
伊藤官房長官が、まず話す。
「君には、これまで三 度も救われた。これは、彩の父としての立場じゃない。国政を預かる立場から、一度君にお礼がしたかった。今後の活躍も期待してるよ」
次に、あかねの父が声をかける。
「私は、あかねの父として礼がしたい。あの修学旅行のとき、あかねを救出してくれたことにね」
「いえ、それは礼には及びませんわ。京極のおじ様。それよりあちらのほうは、どうなってますの?」
雅が顔を向けた先では、宮坂とあかねのやりとりに、あいかわらずアテナの厳しい査定が続いていた。
「ああ、あれかい。もう家では、2人を認めてるんだがね。アテナが最後の小姑さながらの嫌がらせ中だよ」
そんなやり取りが終わり、三人はバイクに跨り、数台のSPとともに走り出した。
宮坂の姿は、そこにはなかった。
仙台の朝は、鳴子よりも硬い。
ガラス越しの空は澄んでいるのに、建物の中の空気は、音を吸っていた。
応接の扉が開いたのは、予定よりもわずかに早かった。
先に姿を見せたのは、宮城県警本部長だった。
制服でも礼装でもない、仕事の顔。言葉を置かず、視線だけで場を測る。
その半歩後ろに、宮坂がいた。
昨夜の名残は、どこにもない。
声の高さも、間の取り方も、違う。
ただ一度、雅と視線が合い――それで十分だった。
アテナは、彼を識別した。
だが、感情のタグは付けなかった。
宮坂は立ち止まり、席を示される前に、短く言った。
「時間を、少し」
本部長は何も補足しない。
それが、交渉の前触れであることだけが、静かに共有された。
――ここから先は、言葉の重さが変わる。
そう予感させるところで、場は止まっていた。
「今回の話は、警察庁長官――京極閣下からです」
「私は、警察を代表する立場ではありません。この地域の一管轄者です。
まあ、宮坂君の後見人と思ってください」
雅は、席を勧め自らも席につく。その瞬間から思考が頭をめぐる。
軽い話ではない。
(京極のおじ様からは、なんの事前情報もなかった......話の発端が、京極のお爺様。つまり警察のトップ)
(そして県警本部長が自ら“一管轄者”と前置きをしてる。友好チーム独眼連合のこと?...........いや違う。それなら県警本部長が前に出るはず)
(残るは........うん。それしかない)
応接室に流れているのは、沈黙ではない。
誰もが、言葉と、そのタイミングを選んでいる時間だった。
「白バイの隊員です」
宮坂ではなく、県警本部長が続けた。声は低く、説明口調でもない。
雅の予想は、遠からずも外れた。サーキット関係だとは思ってたが――
「技量はあります。ですが、現場で“限界を越える瞬間”を、どうしても自前で用意できないのです」
その言葉に、雅は好意をもった。言い訳でなく、必要以上の謙遜もない。
「了解いたしました」雅は、即答した。
「つまり開校予定の我が校に、枠をつくればよろしいのですね?」
「雅総長、そんなに簡単に.....」
慌てて宮坂が言葉を発す。
「三か月サイクルで5名づつ――でいかがでしょうか?」
「費用は全額こちら持ち。マシンも、木田さんとこの警察用車両をこちらで準備いたします」ー
「多分京極のおじ様から、スーパーシュミレターの事もお聞きになってるのでしょ?もちろんそれの使用許可もおつけいたしますわ」
あまりの好条件に、県警本部長も宮坂も驚いた。
当初宮坂は、京極から、費用はこちら持ち、バイク持ち込み、シュミレター費用は別途相談で――を条件に話を進めてみろと指示されていた。
それが、予想外の条件だった――いや、穿った考えさえ、一瞬浮かんだ。
隣の県警本部長に様子を伺う。
同じように、困惑した表情が読み取れた。
「本当にそのような条件で受け入れるのですか?」
「ただし、スクールでは、平等に扱います。生徒に警察官、プロドライバー等の区別はつけません。警察官だからと官権を振るう方は、その場で即退場していただきます」
「いえ、それは当然です。そこは、こちらの責任です。そして私達はあなた方を――信じています」
「本部長、ではこの条件で持ちかえり、長官に報告してよろしいですね?」
「ああ、問題ない」
「アテナ、画面に出して」
《はい。雅様》
画面が映される。それを見た本部長と宮坂は、席から腰を浮かせ、直立した姿勢で敬礼をする。
「よくやった――宮坂君」
画面に出た人物は一人しかいない。
「すまなかったね、雅君。本来なら私が頼みにいく案件だったが、都合がつかなくて......息子じゃ、そちらの本部長の顔を潰すからね」
「本部長、君は来年は、本庁に戻ってきたまえ—―今回の功績だ」
「いえ、長官......功績だなんて........」
「雅君、今回の功績は本部長だったよな」
全てを察して雅が答える。
「ええ、おじ様、本部長の交渉はお見事でしたわ」
「そう言うことだ。では、早坂早く戻れよ。わかってると思うが........」
そう言うと、一瞬長官が、祖父の顔になり、画面が消えた。
応接室を出た二人は、どちらも何とも言えない顔をしていた......意味は違うが。
「宮坂君――私はなんか釈然としないのだが?功績って私より君だろうし」
「功績ですか?私には意味がありません」
「意味ないって、君もバリバリのキャリアだろ......それなら,,,,」
「ええ、もちろん分かってますよ。同時にあなたクラスになれば、実力以上に昇進が運も必要だってことも。ですがそれさえ霞む力があるのです」
「とにかくおめでとうございます。次期警視監殿」
宮坂は、次に与えられる試練に憂鬱そうな顔をしていた。




