お嬢様 味方と仲間
マリアベル師匠といずみオネエ様、そしてマルケス師匠の音程の狂った(本人はアレンジと言い張る)歌により、宴会の雰囲気がガラリと変わった。
あちらこちらで、交流が行われている。選手同士、チーム責任者同士――決して硬い話ではない。 酒の席と言うこともあり、同じ話でも本音が混じっているのだ。
雅の席にも引っ切り無しで人が寄って来る。
「三条総長、我々はあなた達のレース参加を歓迎します。レーシングスクルールの発想もすばらしい。なぜならこれは、夢想的なものでなく、確固たる基盤の上に成り立ってる。スポンサー、自前のサーキット、安全性、そしてマシン開発能力」
「たぶん――ここに来ているどのチームも、ここまでの環境はもっていません」
「はい。うぬぼれでなく環境は日本一だと自負しています。しかし私達になく、あなた方が持ってるものがあります」
「わたしたちが、持ってるもの?」
「レースに勝つための、人と経験です」
「それがわかってましたか。それでですね.........」
「雅~アンタに話があるの。ちょっとツラかしなさいよ」
そこにマリアベル師匠が、酔った雰囲気で横から割って入って連れていった。
行った先には、マルケス師匠とベグナー師匠と木田社長がいた。三人ともかなりお酒が入ってるようであった。
雅が席に腰を下ろした瞬間、
その場の空気が、ほんのわずかに締まった。
「お嬢、お前のことだ。馬鹿正直に全て話してたのだろう?」
「そうよぉ――この子ったら、持ちつ持たれつの話に持っていかれそうになってたのよぉ」
「雅君。正直は美徳だが、駆け引きを覚えないといけない。彼らが欲しがってるのは、相互関係だ。どうせ人を出すから環境を差し出せとでもという交渉を持ち出したんじゃないか?」
「はい・・・でもそれは事実です。人は、経験は、今うちでは用意できません。スクールの講師がネックなのです」
ベグナー師匠が落ちついた口調で話す。
「雅、そもそも君たちの持っているものと、彼らが差し出すものとは、相互関係は釣り合わないのだよ。これは、彼らだけに益を生む」
「なぜ俺らに相談しない。なぜ木田に相談しない。お前は、何でも一人で抱え込もうとする」
「師匠.........」
雅は情けなかった。
だが、それ以上に嬉しかった。
自分たちが、こうして支えられていることを――
今さらながら、はっきりと実感していた。
「チョット!あんたたち雅を責めすぎよ。あんたたち18歳の時なんか、まだ
寝小便して、ママにお尻叩かれたくせに。偉そうにしないの」
「なっ!何を言うマリアベル、寝小便なんか12歳以降やってないわ」
「へえ~アンタ12歳までしてたんだ。プップップ........次のモーター雑誌が楽しみよぉ」
「馬鹿やめろ!いや、やめてください」
「――どうだろう雅君、ここは、私達に任せてくれないだろうか?」
「木田のおじ様、お願いできますか?」
「ああ、悪い事にしないよ」
――しばらくして、宴会の中で、ある話題が静かに広がり始めた。
日本の四大メーカーが、レース監督とメカニックの講師を出すらしい。
「それって……オールジャパンじゃないか?」
ナンバーズが、オフシーズンに特別講師として来る。
さらに推薦枠で、すでに引退した元ランカーたちが常任コーチになる――
そんな話を、誰かが酔った口で漏らしたという。
「まさか……」
「いや、酔ってただけだろ?」
だが、言葉は続かなかった。
この噂を耳にした瞬間、
スクールに食い込み、発言力を得ようとしていたチームは、完全に動きを止めた。
仮に、木田一社だけでもメーカーが入れば太刀打ちはできない。
それが四社すべて――
事実であれば、プロチームであろうと、
スクール内で発言権を得る余地はない。
だが、話の出所ははっきりしない。
直接確かめれば分かる。
しかし、もし噂にすぎなければ――それは藪蛇だ。
当然、この話はナンバーズや木田社長の耳にも届いているはずだった。
それでも、肯定も否定もされない。
(……ふう。ジ・エンドだな)
ありがとうございます。木田のおじ様――スクールは、敵愾心も向けられず、独自性も保てました)
そこに、ミラー師匠が現れる。
「なあ、お前たちに預けてた、あの問題児たちだがな。
国に帰ってから、すっかり日本押しになっちまってさ。
……このスクールの話、しちまった」
言い終わる前から、ミラーは居心地が悪そうだった。
「それで、すまんが……」
「師匠。それ以上は、おっしゃらなくても」
雅は、少しだけ微笑む。
「彼女たちなら、十分な実力ですわ。
喜んで、スクールにお迎えいたします」
「ああ……すまねえな。この埋め合わせは、必ずする」
その会話も、いつの間にか別の話題に溶けていった。
誰が最初に話し始めたのかは、分からない。
ただ気づけば、会場のあちこちで、笑い声が枝分かれしていた。
誰かが、冗談半分にアテナへ歌えと声をかける。
《何の歌を、誰の声で、どの調子で流しますか?》
「それ、歌うんじゃなくて“流す”だけだろ?」
すかさず突っ込みが飛ぶ。
宮坂は、相変わらずあかねの後ろを忙しなく動いている。
《好感度……5%ダウン》
《好感度……1%アップ》
行動のたびに、どこかで採点が入る。
「それ、再審査願います……」
宮坂は本気だった。
白木は、少し離れた場所から、その光景を眺めていた。
(あのキャリアが、AIに頭を下げてる……?いや、違う)
気づいた時には、誰も“アテナをAIとして”扱っていなかった。
大きな笑いではない。
腹を抱えるような爆笑でもない。
ただ、会話が途切れない。
アテナは、話の邪魔をしない位置に立ち続けていた。
声を拾い、間を調整し、音を選び、照明を少しだけ変える。
話題に合わせて、いつの間にか資料や映像が出ている。
それでも、誰も違和感を覚えない。
――それが、白木には異様だった。
知っているからこそ、気づいてしまう。
隣で、正岡が首を傾げる。
「白木さん……さっきから、少し考え込んでますよね」
「ああ……大したことじゃない」
一拍置いて、続ける。
「なあ、正岡君。君は、アテナの“能力”について、どう思った?」
「能力ですか? すごいですよ。俺の問題点も、順位も、全部当てられましたから」
「……そこじゃない」
白木は、ゆっくりと言葉を探す。
「アテナはな、計算だけじゃない。人の“間”を読んでる。
あの雨上がりのタイヤ選択の時も――」
正岡は、少し考えてから答えた。
「……でも、俺はこう思います」
白木を見る。
「そんなアテナが、味方なんですよ。使うとか、使われるとかじゃなくて……仲間だって考えたら」
一瞬、言葉を切る。
「これ以上、頼もしい存在はいないと思います」
「……仲間、か」
白木は、ざわめく会場の奥に視線を流した。
肩の力が、ほんの少しだけ抜けていた。




