お嬢さま 「クロスオーバー」
雨が降る。それが意味することは――混沌
このレースでは、1時間前後の設定でマシン調整されいるため、ほぼタイヤ交換無しで走り切るギリギリの距離。
それが、雨と言う不確定要素が介在し、先の見えないレースになった。
各チームのレースメーカーは、1から戦略の見直しに追いやられた。前半飛ばし逃げ切りを図ってたチームも、後半に追い込みをかけるつもりだったチームも、この雨で全てリセットされる。
そしてタイヤの消耗戦が、雨が去ったあとの路面状態の判断、タイア交換の見極めタイミングに置き換わった。
蓮のピットでも悠翔が厳しい顔をしてる。ピットからでは、全ての路面状態は、把握できない。そこは、ドライバー判断に任せる以外ないから。レインへの交換は、ピットで出来る。問題は次・・・・
コントロールタワーでも雨に対する対応が取られた。
「冬香さん、医療スタッフの準備を・・・・」
「ええ、すでにスタンバイ状態ですよ。これは折りこみ済みですから」
その落ち着いた言葉の裏に、その手は緊張を隠していない。
そして、雨粒が、ポツポツ――コースを薄黒く染めていく。
マシンの背後からわずかながら水煙が尾を引く。
各ピットに緊張が走る。レインタイヤはすでに所定の場所に準備された。
ピットボードが出される。次の週回後の指示が表示される。選択の1週目が決まる。
コースはまだ雨水をためていない。しかしあと1週で表面を覆うだろう。そのギリギリがこの週回。
悠翔は、迷わずピット指示を出す。
そして千秋もピット指示を出そうとしたとき、アテナから止められた。
「なぜ?」
《美奈子は、雨に強い。混雑時は、リスタート制限される可能性が高い。そのロスタイムとタイヤでのロスタイムのトレードオフで計算しました》
白木は驚いた。
(こいつ、どこまで考えてるんだ・・・)
路面の黒さが、所々光を反射し始めた。ドライバー達は、無意識にペースが落ちる。それはナンバーズ達も同じ。取れるラインの数が徐々に制限されていく。
その中で、ペースを無視する2台があった。
蓮は、使えるラインを正確にトレースし2台を抜き去る。美奈子も15番を抜き去り、さらに次のコーナーでもう1台をそして得意のS字でもう1台を抜き蓮の後ろに付く。
15番の男は、ヘルメットの中で顔を崩す。
(あいつら、ぶっ飛んでやがる。恐怖はないのか?)
蓮は、後ろを走るドライバーの雰囲気が、変わったことを感じた。
(美奈子か・・・)
先頭を走るナンバーズが、ピットインする。
そのシーンがセンタースタンドの大画面モニターにタイマー付きで映し出される。
スタンドの視線が、コースからモニターに流れる。
『9:12』
「早い・・・」
観客の一人が思わず呟く。彼は、タイマー等見てなかった。
この言葉は、ピットクルーの動きが、まるで手品師のように見えた自然の感嘆。
そして、ナンバーズ達は、何もなかったように定位置に戻った。
第二集団もピットに戻る。 間を置かず蓮や美奈子の第三集団も入る。
そこに一台だけ、ピットにはいらないドライバーがバックストレートを疾走する。
観客から、「ザワっ」と声が上がる。そのマシンは、他と違った甲高い音を残してストレートを走り過ぎた。
”REN JP” の文字が、一気に階段を駆け上がりナンバーズの次に来る。
驚いたのは、観客だけでなかった。
悠翔は、少しの怒気を含んでピットクルーに尋ねた。
「ピットボードは、ちゃんと出したのか?」
「はい、出しました」
(蓮の見落とし?いや違う・・・・)
そしてもう一つのピットでも同じ事が起こっていた。
《美奈子が、ピットに入ります。準備を急いでください》
「なんで?ピットインの指示だしてないよ」
《今は、まだ理由はわかりません。とにかくタイヤ交換を》
白木は、驚いた。
(何が、このレースを支配してるんだ?万能に見えたアテナがわからない?)
美奈子が戻ってきた。アテナリジェーネが稼働する。そのシーンがまた、大モニターに映される。意図して運営は人間とAI支援ロボットの対比を見せるようだ。
巨大なアームがバイクを少し浮かせ2本のタイヤを外す、そしてクルリと180度回転し2本のレインタイヤを2か所同時に設置した。
「オオーッ」 スタンドから歓声が上がる
タイマー止まった数字は、
15:03
コントロールタワーで見てた雅は誰となく言った。
「さすがに、早さでは師匠たちのピットには及ばなかったですね」
「ええ、安全性の観点からもここまでが限度です。でも、バイクの構造をユニット化して、タイヤだけじゃなくユニット交換式にすればもっと短縮できます」
宗子が答えた。
「その為の新式バイクは、今うちの会社で試作中だけど、これが実用化されれば、故障も、修理も飛躍的な時間短縮ができますし、アップグレードも簡単にできます」
「そう・・・夢のバイクですね」
(わかっている。それが人の生活を便利にする技術なのも。だから今回、アテナにリジェーネを預けた)
ピットでは、美奈子が簡単な情報交換をアテナとする。
そしてリスタートした。
《美奈子の判断は正しかった。タイヤの空気圧が、想定より減ってます。このまま走れば、1週のどこかでバーストしました》
「そうか」
白木は妙に納得した顔で答えた。
蓮は、必死にナンバーズを追う。しかし背中を追えたのは、最初のコーナーまで。それ以降は、タイヤ性能の差でコーナー毎に離される。いやタイヤが条件が同じでも結果は一緒だったろう。
次のピットでは、美奈子にさえ追い抜かれてる。
(あいつ、怒るよなぁ......)
9番目の名前が、10番目に、そして11番目に、ピットに入った時には15番目まで落ちていた。
ピットで蓮が釈明をしようとしたら、悠翔が止めた。
「話は後だ。まかせろ。アテナリジェーネのタイムは抜いてやる」
13秒でタイヤ交換を終わらせると蓮は、加速した。出口で美奈子と並ぶ。
最初のコーナーでは、お互い譲らない。美奈子は反射の鋭さで、蓮は、合理的なラインをトレースする。
感性と理論のせめぎ合いが続く。
そして、気付けば2人の走りに不思議な調和性が訪れる。
ラインは違っても、二人の差は広がらない。
美奈子は、蓮の完成された走りを渇望し、蓮は美奈子の感性の走り
が欲しいと相互に思っていた。
その時、1台の15番の車体マシーンが前に現れる――いやとらえた。
第2カーブで蓮は、15番のインをつく。美奈子は、反射的にアウトに車体を持っていく。そして2台のマシンは、15番のマシンをパスし綺麗にラインを交差させる。15番のマシンは、アウトにもインにもラインがなく後方に押しやられた。
美奈子にとっては、2度目のデジャブである。ただし今度は、やった方だが・・・
(チッ!、”種明かし”してしまったか・・・)
しかし蓮は、わるい気はしなかった。




