お嬢様 『照らす者たち、月の名を持つ』
次は、本日20時ころアップ予定です。
ランチを終えた少女たちは、再び会議室へと戻っていた。 テーブルの上には、温かい紅茶と、まだ湯気の立つカップが並んでいる。
副総長の梓が、静かに口を開いた。
「では、これまでに合意した内容を整理しますね」
彼女は手元の端末を操作しながら、簡潔に読み上げる。
新チームはアルテミスの傘下ではなく、あくまで“友好チーム”として独立性と自由を尊重する。
友好チームには、5階の専用会議室を提供する。
友好チームは、ビル内のすべての施設を自由に利用できる。
チーム名には“ルナ”の語を含めること。
横浜狂想会は、敵対勢力として排除対象とする。
「以上です」
梓は端的にまとめ、席に戻った。
雅は紅茶のカップを指先で回しながら、静かに口を開いた。
「美奈子さん……あなたに、お願いしたいことがありますの」
「……なんだい、総長?」
その声に、どこか緊張が走る。 雅の瞳は、微笑んでいても、奥に冷たい炎を宿していた。
「“女豹疾走”のカヲルさん。その背後にいる“横浜狂想会”—— あの古い体質の暴走族が、今もこの街を支配している。女を飾りとしか見ない、時代遅れの連中ですわ」
美奈子は舌打ちした。
「あいつらか……やり口が汚ねぇんだ。女は黙って後ろにいろって、そういう連中だよ」
「だからこそ、私たちはここにいるのです」
雅の声が、静かに強く響く。
「その“常識”を、壊すために」
彼女は美奈子をまっすぐに見つめた。
「あなたと、あなたの新しいチームにお願いしたい。“女豹疾走”——そして“横浜狂想会”を、揺さぶってほしいのです」
美奈子は目を細めた。
「……本気か? あそこを敵に回すってのは、ただの抗争じゃすまねぇぞ」
「わかっているわ」
梓が静かに言葉を添える。
「でも、何もしなければ、何も変わらない。私たちは、ただの“飾り”じゃないってことを、街に見せたいの」
雅は微笑みを取り戻しながらも、その声には鋭さがあった。
「私たちの武器は、鉄パイプじゃない。情報、人脈、そして“女だからこそ見える景色”—— それで、狂想会を切り崩すのです」
「……策はあるのか?」
「もちろん」
雅は、薄く大きな封筒をテーブルに置いた。
「狂想会の資金源、フロント企業、幹部の行動パターン——
すべて、調べがついています。あなたの役割は、“元・女豹疾走の幹部”としての信頼と、今も繋がっている仲間たちへの“声”を届けること」
美奈子は封筒を手に取り、しばらく黙っていた。 やがて、低く笑った。
「……上等じゃねぇか。やってやるよ、総長」
梓が静かに拳を握りしめ、美奈子を見つめる。
「じゃあ、まずは新チームの名前を決めないとね。何か、考えてる?」
美奈子は少し考え、ぽつりと口を開いた。
「アルテミスって、月の神様の名前だろ?このビルも“月の雫”って名前だし……“ルナ”ってのも、月の意味だよな?」
「ええ、“ルナ”は“月”そのものの名ですわ」
「じゃあさ、神様から与えられる“幸せ”って、なんて言うんだ?」
「“福音”……英語なら、“ゴスペル”かしら」
「決まりだな」
美奈子はにやりと笑った。
「うちらの新チームは——ルナゴスペルだ」
「うわっ、先輩、それカッコいいっス!」
千秋が目を輝かせる。
「英語のチーム名……なんか、頭良くなった気がする」
沙耶香がぽつりとつぶやく。
「ルナゴスペル……確かにいい響きですね」
彩が微笑む。
「……あかねさんにも、そのセンスがあればよかったのに」
「ちょっと、どういう意味よそれ!」
あかねがむくれて、彩をにらむ。
雅は立ち上がり、静かに手を差し出した。
「では、正式に。私たちアルテミスは、あなたたちを“仲間”と呼びます」
その言葉に、美奈子たちは一斉に立ち上がり、深く頭を下げた。
「……今日から、お世話になります!」
梓も立ち上がり、優しく、そして歓迎の笑みを浮かべる。
「これから一緒に、街を走れるのを楽しみにしてるわ」
会議室に漂っていた緊張が、ふっとほどけた。
「エマさん、4人を2階のフォン・マキコの工房へ。特攻服を仕立ててあげて」
「了解ですわ」 エマが立ち上がり、4人を連れてエレベーターへ向かう。
「うわ〜!フォン・マキコの特攻服、ホントに着れるんだ!」
千秋がはしゃぐ。
「世界的デザイナーの特攻服……ステキ」
普段は無口な涼子まで、目を輝かせていた。
「どんなデザインかな……サイズ、合うかな……」
沙耶香がそっとつぶやくと、エマがくすっと笑って答えた。
「大丈夫よ。既製品じゃなくて、仕立てなんだから。それに、ママのデザインですもの。きっと、あなたたちにぴったりよ」
「……ママ?」 千秋が首をかしげる。
「仕立て……って、まさか……」
「え、え、えっ!?」 三人が同時に振り返る。
「エマさんって……フォン・マキコの娘さんなの!?」
「お貴族様……!?」 沙耶香がぽつりとつぶやく。
「ママはそうだけど、私はただの一メンバーよ」
エマは肩をすくめて、さらりと答えた。
——2F、服飾室。
「まずは生地選びからね。好きなのを選んで」
エマが優しく促す。
だが、目の前に広がる色とりどりの布地に、四人は完全に圧倒されていた。 シルク、サテン、ベルベット、刺繍糸の煌めき……どれも目移りして決められない。
「うわ、どれもキラキラしてて選べないっス……」
千秋が目をぐるぐるさせる。
「じゃあ、私が提案してもいいかしら?」
エマが手に取ったのは、深い夜を思わせるミッドナイトブルーの光沢あるサテン生地。
「これなんかどう? 夜の月光みたいで、ルナゴスペルにぴったりだと思うの」
「シルク……! こんなの、外で着たら緊張しちゃうよ……」
沙耶香が目を丸くする。
「これ、フォン・マキコの生地ってことは……お高いんでしょう?」
涼子がぽつりと呟く。
「もう、そんなの気にしないで」
エマはにっこり笑ってスタッフに指示を出す。
「この生地でお願いね。デザインは私が仕上げておくから」
エマが部屋を後にすると、工房のスタッフたちが手際よく動き出す。 採寸データが読み込まれ、AIソーイングマシンが静かに唸りを上げる。
——1時間後。
完成した特攻服が、4人のもとに届けられた。
それぞれの個性が刺繍に込められた、世界に一着だけの“戦装束”。
ルナゴスペル・特攻服デザイン
美奈子(新リーダー)
刺繍糸:漆黒 × シルバー
背中:「Luna Gospel」+「月下黒豹」
左胸:「初代総長」
左腕:「烈火の誓い」
右腕:「身命必達の心」
千秋(副長)
刺繍糸:桜色 × シルバー
背中:「Luna Gospel」+「月桜一閃」
左胸:「副長」
左腕:「先駆け一番槍」
右腕:「純真拝命の心」
涼子(参謀)
刺繍糸:深緑 × シルバー
背中:「Luna Gospel」+「月影蒼龍」
左胸:「参謀」
左腕:「静かなる刃」
右腕:「冷静芯炎の心」
沙耶香(庶務)
刺繍糸:薄紫 × シルバー
背中:「Luna Gospel」+「月詠白百合」
左胸:「庶務」
左腕:「月夜の微笑」
右腕:「慈愛照星の心」
完成した特攻服に袖を通した四人は、緊張と誇らしさを胸に、再び会議室へと戻った。
「おお……」
アルテミスのメンバーたちが、思わず息を呑む。
「まあ、素敵。いい色を選ばれましたね」
雅が微笑みながら、ポケットから4枚のカードを取り出した。
「これは、あなた方のIDカードです。これがあれば、深夜でもこのビルに自由に出入りできますわ」
「……総長、そこまでアタイらを信用してくれるのかい?」
「当然ですわ。だって、あなたたちは——“仲間”ですもの」
その言葉に、美奈子は胸を押さえ、深く頭を下げた。
「ありがとうございます。この恩は……月がこの地に落ちても、忘れません」
「ふふ、そんな縁起でもないこと言わないで。私たちの月は、決して落ちませんわ。そして、あなたたちを照らす月光も、ずっと消えない」
その言葉に、誰もが静かにうなずいた。
こうして、アルテミスは初めての“仲間”を迎えた。
新たな風が、月の雫プロジェクトに吹き込んだ瞬間だった。
そして、ルナゴスペルの物語が、ここから紡がれる——。




