お嬢様 五週の猶予
アテナからの雨の報告があった2分後、急に各ピットの中が騒がしくなってきた。それは、師匠達のピットから伝播していった。
「さすがに師匠達の、ピッドは情報収集が早いですね。」
雅は、その対応の比較をピッドの動きでいち早く気付く。
「アテナ、この雨何分続くの?」
雅は、アテナを信じてるどの位?とか何分位とか曖昧には問わない。
《11分です》
(11分・・・コースが完全に乾くまで10分 合計で21分 10週分か)
このレースは、本来タイヤ交換はなしで組まれていた。しかしこの雨で普通なら2回交換に変わることになる。
雨は、長くは続かない。
そのことだけは、誰の頭にも共通してあった。
問題は、そこからだ。
レインを履く。それだけなら、迷いはない。
だが、乾き始めた路面で、レインは確実に遅くなる。
交換にかかる時間は、早くて数秒。
だが、その数秒を惜しんで履き続ければ、
一周ごとに、確実に削られていく。
数秒か。それとも、数周分の遅れか。
どちらを選んでも、痛みは避けられない。
スリックのまま走り切る?
そんな判断は、最初から選択肢に入らない。
ここは遊び場ではない。
だから、残るのは一つしかない。
タイミングはいつか?
雅は、その一点だけを見ていた。
雅は動いた。
「各ピットの交換のやり方、交換時間をモニターして」
各チームから、ピットボードで雨が、表示される。
するとレースが動いた。
静まりかえっていた水面が、大きな石を投げ込まれたように、至る所でバトルが開始される。ラバーマネージメントの概念がなくなり、終盤のような情景に変わる。レーサーは、少しでもピットINする混雑を避ける為、人よりも
早くピットに入るため。
ピットでは、レインタイヤにウォーマーは装着され、監督の判断を待つ。
ここからは、前半戦の陣取り合戦だ。そこから雨が降り始めるまでの約5週の壮絶なバトルが始まった。
各々が牽制し、牽制され、最適ラインの取り合いとなる。ライン取りに負けたものは、強引に外に出て第二ラインへと向かう。それを前車はブロックする。
スプリントレースの醍醐味が、スタンドの声を奪っていく。
車団は大きく崩れ始めた。コーナーごとに順位が目まぐるしく入れ替わる。
そしてそれは、先頭と最後尾の距離を縮めた。
バックストレートでも、それまでの縦線が横線に変わる。
蓮は、ピットサインからの悠翔の指示を見逃さなかった。
そこには美奈子の車体番号と-4の表示。
蓮のローターリーの音が、これまで以上
に高く吠える。
「変わった・・・」
ぽつりと宗子が呟く。
美奈子の集団に追いついてくる影が二つあった。
一つは蓮のロータリー、そしてもう一つは15番。この2台が個別にではあるが明らかに目立っていた。
蓮は、15番の車体を見ると納得した。
(なるほど、悠翔の言ってた奴だな)
2人は一瞬最初のコーナーでラインが重なる。
しかしここでは、蓮が引き15番を先に行かせる。
蓮は、後ろから15番の挙動を確認する。
(上手い。俺と同じ理論型だな・・・)
15番は、隙のない安定した走りをしながら先行する。その先には、美奈子達の集団が走ってる。
弱S字にかかる。美奈子はそこで1台を抜き順位を一つ上げる。今度は抜き返されなかった。
そのままの順位で、バックストレートに入る。
蓮は、またピットボードを見る。
美奈子の車体番号と-2の文字。違っていたのは、そこに15 -0 GOが入っていた。
(捕まえた・・・)
ロータリーは15番を押し出すように吠える。早く行けと言わんばかりに。
第2コーナーで15番はインから蓮がアウトから前車をパスする。
(すげーよ相棒。お前の言った通りの展開だ。条件は全て整った)
そして運命の弱S字。
美奈子は、蓮の甲高いロータリー音に気を取られる。
(蓮が後ろから来てる。でもここは、アタイのコーナーだ行かせない)
得意のブレーキングドリフトで最短距離で、S字を抜けブロック態勢を取ろとした瞬間..........
インから15番が、強引に割り込み隙をついて並ぶ。
美奈子は、慌ててインを締めようと15番を牽制する。
その刹那、蓮のロータリーがアウトが襲いかかり美奈子の前に躍り出る。そしてINから来た15番にも追い抜かれ2台が前で交差し、美奈子を後ろに追いやった。
(これって1週目にやられた・・・・)
掲示板では、MINAKOの電光掲示板が2つ落とされる。
蓮は飛ばした。ロータリーは、前半押さえたことで、快調だった。ラバーの減りもない。今が一番おいしいところだ。次のターゲットに狙いを定める。
外から仕掛けてみる。しかし軽くいなされ前には出れない。
次に内から仕掛けてみる。やはり隙はない。
攻め倦んでいたら、後ろから15番が抜こうと仕掛けてくる。一瞬抜かれそうになるが立ち上がりのパワーでなんとか今の位置を維持する。
精神が削がれていく。
(あいつ、こんな戦いをしてたのか)
バックストレートに入る。ピットを見た。15 +1 美奈子の車体番号+3
前の車体番号との差は、書かれてない、この混沌のなかでは、特定の車体番号以外は書けないのだ。
(アテナなら、予想まで入れてきっちり書くだろうな。あいつ几帳面だから)
15番の男は、少し機嫌が悪かった。
(使われた・・・。あの男のマシンのパワーを見誤った。あいつは、俺と同じタイプだ。あいつとの差はマシンの差か)
先頭を走るナンバーズは、後ろの混沌を気にも留めてない。ただ淡々と同じペース同じラップタイムを刻んている。ただそれだけ。それでいて、第二集団との差は開いていく。
そこだけ、静謐な時間が過ぎていく。世界のトップは、レースをゴールから逆算して組み立てる。だから乱れないのだろう。
「まさか、あのナンバーズが、ポケバイレースしたり、無邪気にシュミレーターではしゃぐなんて誰も想像してないでしょね」
この話題の時だけは、雅も気がおけない顔になり緊張感も緩む。
しばしコントロールタワーにいるアルテミスメンバー達の間に、ナンバーズとの想いでが共用され、暖かな時間が流れる。
しかし、その時間もすぐに現実へ引き戻される。




