お嬢様 「走り性質 第三の男」
スタンドが、美奈子の躍進に歓声を上げてた時、蓮は、苛立ちを隠せなかった。
「まだか?急かすように後ろの男に声をかける」
「まだだ.....焦るな。ここまでは、全て予定通りだ。それとも俺のレースマネージメントに不服か?それならいつでも俺は・・・・」
「わかってるって、決勝に出るためなら全てお前に従うって約束だったからな」
後ろの男は、冷静にピットクルーに指示する。そしてテレメトリーから吐き出される紙を冷静に見直す。マシーンの全て状態やセッティングはこの男が握ってる。男は、一切の妥協をゆるさない雰囲気を醸し出してる。
「よし、よくここまで我慢したな。今がエンジンが最高調だ。封印していたリミットをはずせ。あの大化けした女を抜け」
「蓮さんのピットに動きがあるようです」
梓が、場を乱さないように雅に伝える。
ピットから、異質な甲高い音を出し、猛烈な加速で飛び出すマシーンがあった。
スタンドからも、そのバイクが他のバイクと違い、
どこか前のF1マシーンの音を思い出させた。
そう、F1全盛期にシーズン16戦15勝という圧倒的な勝利をもたらした、木田KP4/4である。その音は、キダミュージックと称されファンを魅了したマシーンだ。
遡る事2週間前、2人の男達がアルテミスを訪ねてきた。
「あるんだろ?総長達が、乗ってるロータリー搭載のレーサーが」
「なぜそれを?」宗子が、訝し気に聞き返す。
「いやなぁ、相棒が絶対プロトタイプか、レーサーがあるはずだって」
「あったとして、それをあなた達は、乗る資格があると?」
「俺一人じゃないかもしれないが、相棒とセットならどうだ?」
「いいでしょう。宗子さん出してあげて。セッティングもそちらの相棒さんならなんとかなるでしょ」
2人が、部屋を出たとき雅は笑いながら呟いた。
「ふふふ、そう来たか。失念してたわ。レースは、レーサーとメカニックだけでなく第三の人も必要なことを。おもしろくなりそう」
スタンドが、美奈子の躍進に沸いていた、その裏で。
ピットロードに、異様な緊張が走った。
「来るぞ」
誰かがそう呟いた瞬間だった。
蓮のマシンが、弾かれるようにコースへ飛び出す。
立ち上がりが、違った。
アクセルを開けた“音”ではない。
開けた結果が、最初から分かっている走りだった。
ギアがつながる。回転が揃う。
まるでエンジンと路面が、事前に約束を交わしていたかのように、加速が淀まない。
(……あれは、乗ってるんじゃない)
国内若手プロの一人が、無意識に唇を噛む。
(使ってる)
コーナー進入。蓮は、美奈子ほど深くは入らない。だが、同時に迷いもない。
ブレーキは短く、だが正確だった。
制動の瞬間、フロントが沈み込む“角度”が一定で、そこから一切乱れない。
それは、走りながら考えている姿ではなかった。
考え尽くされた結果を、なぞっているだけの走りだった。
(ラインが……動かない?)
誰かが気づく。
美奈子のラインは、生き物のように微かに変わる。
路面に合わせ、状況に応じて、最適解を探し続ける。
だが、蓮は違った。
最初から最後まで、一本の定規で引いたようなラインを外さない。
理由は、すぐに分かった。
「……セッティングだ」
ピットウォールの向こうで、低い声が漏れる。
トラクションの立ち上がり。
ブレーキング時の姿勢変化。旋回中の荷重移動。
すべてが、“このコースの、この温度、このラバー量”を前提に組まれている。
走りで修正する必要がない。修正は、走る前に終わっている。
だから、ラップを重ねるごとに、差が詰まる。
最初は、僅かだった。バックストレートで、半車身。
次のラップでは、コーナー出口で、確実に距離が縮まる。
美奈子が“気づいて”速くなったように、蓮は“計算通り”に速くなっていく。
(追いつく……)
誰かが呟いた。
弱S字に差しかかる。
美奈子は、変わらず一度のブレーキで、流れるように抜けていく。
直感と技術が融合した、無駄のない走り。
だが、その背後で蓮は、同じことを、別のアプローチでやっていた。
進入速度は、ほぼ同じ。だが、安定差が半端じゃない。
ここで限界が来ないことを、この速度で抜けられることを、彼は“知っている”。
マシンが、それを保証している。
S字の出口。
僅かに、蓮のマシンが外に膨らむ。
その瞬間――エンジンが、吠えた。
リミットを開放された回転域。本来なら、扱いづらいはずの領域で、
マシンは一切、暴れない。
「……出た」
誰かが息を呑む。
美奈子の背後に、影が重なる。それは、才能の影ではない。
組織と理論の影だった。
(違う……)
国内若手プロが、はっきりと理解する。
(あれは、個人の走りじゃない)
一人で走っているようで、その背後には、メカニックがいて、データがいて、判断を下す“第三の人”がいる。
蓮は、走っている。だが同時に、走らされてもいる。
そしてその事実が、この場にいる全員に、別の恐怖を植え付けた。
追いつかれたのではない。
“違うやり方”で、並ばれただけだ。
そして、スタンド前のストレートを抜けたときタイムが出る。
それまで、動きが止まってたメインスタンドの、順位表が縦に崩れる。
一瞬、誰もが息を呑んだ。
<REN. JP>
表示が、そこに強引に割り込む。
メインスタンドの喧騒とは対照的に、蓮のピットは静かだった。
テレメトリーを閉じ、悠翔が眼鏡を指で押し上げる。
「当然だ.....」
「俺がメイクしたのだからな」
梓は、順位表を見ていなかった。
歓声が上がるたび、数字が崩れるたび、周囲の空気が浮き立つのを感じながらも、視線はずっとコースの同じ一点に置かれている。
弱S字の進入、そのほんの数メートル手前。
美奈子も、蓮も、必ず一瞬だけ姿勢が“露わ”になる場所だ。
同じ速度ではない。同じラインでもない。だが、どちらも迷いがない。
美奈子は、コースを読んでいないし、読もうともしていない。
視界に入った未来を、躊躇なく現在に引きずり下ろしているだけだ。
一方で蓮は、未来を先に固定し、そこへ機械と理論を並べて押し込んでいる。どちらも正しい。
そして、同じレースに並ぶには、あまりにも性質が違いすぎた。
「まずいな」
梓は、初めてそう思った。
これは順位の問題ではなし、勝敗の話でもない。
この場所に、二つの“速さの系統”が同時に揃ってしまったことへの、畏怖の念であった。
梓は、無意識に通信ヘッドセットへ指を伸ばし、して、何も言わずに、手を下ろした。
自分が、この走りの違いをなぜ気付いたのかがわかったからだ。
一方師匠たちのピットからは、違う感想が生まれた。
マリアベルが、ジーコを捕まえて嫌味を言う。
「あんたさぁ。見せすぎたんじゃないの?私達の走りを」
「ああ、しっかり盗みやがった。だが、何人いる?俺たちから盗める奴は?」
一方国内プロのピットでは違う反応がでてた。
確かに、蓮のマシーンは異質だ。だがそれだけでは説明がつかない。最初は乗れてなかった。レーサーとマシーンとが噛み合ってなかったのだ。
それがピットに入る度に改善していった。
ピットを出る都度走りにしなやかさが加わってきた。
「だれかが、軍師がいるな。レーサーをバイクの一パーツにする、いやバイクをレーサーの一部にする・・・・」
そして、あのタイム.....まだ90%位の仕上がりだろう決勝になれば・・・
しかし、美奈子はどうだ?あいつのレースメイキングをしてるのは誰だ?
決勝進出者は、ほぼ決まりつつあった。




