表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お嬢様レディース ~超お嬢様達がレディースをつくったら、最強のやりたい放題のチームになりましたわ~  作者: 猫の手


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

190/241

お嬢様 走る覚悟 走れぬ覚悟

 コントロール棟の扉が開いた瞬間、空気が変わった。


 男ばかりの中に、一人だけ歩調の違う人物がいる。

 ジャケットの裾を軽く払うその仕草が、妙に優雅だった。


「……あら」


 マルベリアが足を止め、雅を見て目を細める。

 視線は値踏みではない。昔から知っている相手を、もう一度確かめるような、それだった。


「時間、ちゃんと重ねてきた顔ね。

 でも、立ち方は変わらない。相変わらず、逃げ道を作らない立ち方」


 雅は一礼する。深すぎず浅すぎず、弟子として、そして主催側としての距離を守った動作だった。


「ご無沙汰しております、マルベリア師匠。

 本日は、お時間を頂きありがとうございます」


「ふふ……ほんっと、生意気」


 その一言に、背後の師匠たちが小さく肩を揺らす。

 笑っているが、誰も否定はしない。


「再会一言目でそれですか」

 ベグナーが呆れたように言うと、マルベリアは肩をすくめた。


「だって仕方ないじゃない。この子たち、また“やっちゃった顔”してるもの。

 ……どうせ今回も、上のほうを静かに動かしたんでしょ?」


「いえ、ちょっとした覚悟を語っただけですわ、師匠」


「マッ!生意気な。

 私たちを“電話一本”で揃えられるのは、あなたたちくらいのものよ」

 言葉は厳しいが、そこには怒りは全くなかった。


 視線が、雅の後ろアルテミスの面々へと流れる。

 全員が、揃って背筋を伸ばしていた。


「……あらあら。増えたわねぇ」


 そこで、ルナヴァイオレットが一歩前に出る。

 場の空気を読んだというより、空気を壊しに来た歩き方だった。


「初めましてぇ。私たち、ルナヴァイオレット。

 今日は“場を和ませる係”で来ておりますわ♡」


 一瞬の沈黙。


 そして、マルベリアが口元に手を当てて、楽しそうに笑った。

「……やだ。私と同じ香りがする。

 ところで――今回のサーキット、難易度高すぎじゃない?」 


 その一言で、張り詰めていた空気が、ふっと緩む。


 マルケスが低く息を吐き、ぽつりと呟いた。

「お嬢。……こりゃ、俺たちの仕事、増えたな」


 雅は、ほんの一瞬だけ微笑んだ。

「承知しております。ですが、逃げ場は、用意していません」


 それを聞いて、師匠たちは顔を見合わせる。誰もが、同じ表情だった。


「……まあ、そうでしょうね」

 そう言って、マルベリアは肩をすくめ、にやりと笑った。


 扉が閉まり、足音が消える。


 しばらく、誰も何も言わなかった。

 代わりに聞こえたのは、誰かが息を吐く音と、ジャケットが擦れる気配だけだ。


「……相変わらずだな」


 ベグナーが、短く言う。

 文句でも称賛でもない。ただの事実確認だった。


 マルケスは肩をすくめる。


「電話が鳴った時点で、嫌な予感はしてた」


「よく出たよね、全員」

 ミラーが笑う。


「出るに決まってるでしょ」

「“お嬢”からよ?断る理由なんか……ある? 」


 誰かが、くっと小さく吹き出す。


「それにしても……」

 アントニオが天井を見る。

「あいつら、走らないつもりだぞ」


「だな」

 ジーコが頷く。

「自分では走らず、場だけ作る。嫌な役回りだ」


「昔は逆だったのにな」

 マルケスが苦笑する。


 少し間があった。


「……ちゃんと守る気だ」

 ベグナーが、ぽつりと。


「医療、見た?」

「見た」

「やりすぎだろ」

「だな」


 マルベリアが、ふっと笑う。

「でもさ。ああいう“やりすぎ”を、誰も止めなかったってことよね」


 誰かが低く唸った。


「まあ……」

 マルケスが帽子を被り直す。

「乗ってやるか」


 その一言で、話は終わった。



 東光連合の会議室に、ざわめきはなかった。

 誰も座ろうとしない。三条雅が立っている限り、ここはそういう場だった。


「選手枠は二名です」

 言葉は淡々としていたが、決定はすでに終わっている。


「アルテミスからは出しません。

 これは国内最強を決める場ではない。世界に触れさせる場です」


 視線が一巡する。異論はない。


「ルナゴスペルの美奈子さん。そして、不如帰の蓮さん」


 名前を呼ばれた瞬間、空気がわずかに動いた。

 しかし、誰も視線は動かさなかった。


「東光連合は、運営をしっかりサポートしてください」

 雅は、そう告げると、わずかに間を置いた。


「――二人が、世界に踏み出す時」


 視線は誰にも向けられない。


「その背中を追って走りたい者も、

 走りはせずとも、機体の側に立ちたい者も」


「覚悟があるなら、ピットに立つ道は残します」

 その言葉が落ちた瞬間、会議室の空気が、ほんのわずかに変わった。


 誰も声を上げない。だが、数人が、無意識に視線を落とす。


 床ではない。自分の手だ。油の染みが残る指先。

 長く握ってきた工具の感触を、確かめるように。


 別の場所では、ブーツの爪先が、きゅっと床を擦った。


 その静けさを、雅の声が、切る。


「ただし」


 全員の意識が、同時に上がる。


「今回は、遊びではありません」


「応援だけの覚悟なら、スタンドにいてください」


 誰も、言い返さない。


 視線は、上がらなかった。だが今度は下がらなかった。


 会合が終わり、廊下で雅は蓮を呼び止めた。


「蓮さん、"勝て"とはいいません」


 それだけで、蓮は察する。


「世界の入口か........」


 短い沈黙のあと、蓮は笑った。

「そうか........ありがとよ」


 雅はもう振り返らなかった。


 雅が去った会議室では、椅子を引く音が、ようやくいくつか重なる。

 張りつめていた背中が、同時に少しだけ緩んだ。


「……なあ」

 誰ともなく、声が漏れる。

「ピット、入っていいってことはさ」


 一瞬、言葉を探す沈黙。


「走れなくても、世界には行けるってことだよな」


 返事はない。だが、否定する者もいなかった。


「世界、って言われるとさ……急に現実感なくなるんだけど、

 なんか、総長は、夢くれるよな」


「ああ。一年前の俺らだったら、逆立ちしたって考えられなかった」


「……あれで、18だぞ」


 ほんの一瞬、間があった。


「――いや、待てよ。そう考えるとさ……」


 そこで言葉が止まる。


<ペシッ!>


「あんたら、そこから先はアウト」


 振り向くと、千葉烈風華の総長・峰子が立っていた。


「それ、普通にセクハラ。だから女に縁がないんだよ」


「えー、峰子姉さんはどうなんスか」


「バカ!」


 それだけ言って、峰子は足早に立ち去った。


 その背中に、誰かが小さく笑う。

 さっきまでの“世界”の話は、いったん胸の奥にしまわれた。



 会合が終わり、扉が閉まったあと。


 ルナゴスペルの控えスペースには、まだ張りつめた空気が残っていた。


「……選ばれたの、うれしい?」

 千秋が、軽く聞く。


 美奈子は即答しなかった。少し考えてから、はっきり言う。

「うれしいよ。誇りに思ってる」


 その声には、迷いがなかった。


「師匠たちと同じ舞台で走れる。それに東光連合を背負って行ける」


 涼子が頷く。

「じゃあ、引っかかってるのは?」


 美奈子は、そこで一度だけ言葉を切った。

「……なんで、私なんだろって」


 全員が察する。

 誰の名前かは、言わなくても分かる。


「梓が出ないのに、私が出る。そこだけが、ずっと気になってる」


 沈黙が流れた。


「実力の順じゃない」

 沙耶香が、ぽつりと言う。


 美奈子は、静かに続けた。

「アルテミスは、走らない。走れない立場だから」


 視線を上げる。

「だから、最初に世界へ出るのは、“走れる側”の私たちなんだと思う」


 千秋が、息を吐く。

「代表、ってこと?」


「ううん」美奈子は首を振った。


「象徴」短く、はっきり。


「サーキットと無縁だった私達から、最初に踏み出す役」


 誰も笑わなかった。

 冗談ではないと、全員が理解したからだ。


「……なるほどね」

 涼子が、少しだけ口元を緩める。


「アルテミスは、道を作る。私たちは、その道を最初に走る」


 美奈子は頷いた。

「だから、梓は出ない。出たら、意味が変わる」


 言い切りだった。


「重くはない?」

 千鶴が聞いた。


 美奈子は、少し笑った。

「ないよ。だって独りじゃない」


 仲間を見る。

「背中は、ちゃんとある。見えなくなったら、戻ればいい」


 その言葉で、空気がようやく緩んだ。


「ふふ……」


「なに、隊長。思い出し笑い?」


「いやさぁ」

 美奈子は、天井を見るでもなく、ふっと視線を泳がせた。


「最初に梓と会った日のこと思い出してた。

 アルテミスのデビューの、二日後」


「二日後?」


「ああ。お嬢様学校の制服でさ、でっかいリムジン乗りつけてきて……」


 千秋が小さく笑う。


「その時は、まだ分かんなかったけどな」


 美奈子は、肩をすくめた。

「あの日から、流れが変わったんだってこと」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ