お嬢様 《風林火山:動かざること山のごとく》
大崎白継の拘束から二時間後。
夜の国道は異様な静寂に包まれていた。
東光連合の各チームが大移動を開始した、その瞬間だった。
「全車停止せよ。これは国家公安委員会の緊急通達である」
闇を裂くように、道路脇の大型モニターが点灯する。
続いて、上空から複数のドローンが一斉にライトを向けてきた。
梓が眉を寄せた。
「……来たね。“久我”側の妨害が」
すぐさま道路の前方で、警察車両の列が封鎖のように展開する。
ただの警察ではない。一目で分かる。
国家公安委員会直属の対策部隊だ。
その異様な緊張感は、まるで戦時下の阻止線のようだった。
涼しい声がスピーカーから響く。
『大崎白継の拘束は不当。
国家機密に関わる人物を民間組織が“拉致”したと認定する。
即刻、その人物を引き渡せ』
冬香の胸に怒りが込み上げる。
「……っ、拉致なんかじゃない……!」
梓が肩を押さえた。
「冬香さん、分かってる。でも、これは“正論の勝負”じゃない。
久我 慶臣は、国家権力そのものを使ってくる」
雅は静かに周囲を見渡した。そしてみんなに向かって言った。
「みんな聞いて。今回の敵は、国家そのもの。アルテミスの人脈を使っても日本の半数は、敵に回るわ。国家も、企業も・・・」
ここで悔しそうな顔をして、みんなを見ながら続けた。
「ごめん。この戦いに敗れれば、私達の後ろ盾の企業や組織も只では済まないと思う。つまり東光連合は、真っ先に反社団体と見なされるでしょう。だから皆は・・・」
言葉を続けようとしたとき、黒いヘッドライトが静かに列の中へ入ってきた。東北最恐・伊達嵐子の独眼連合だ。
嵐子がゴーグル越しに笑った。
「国家権力に囲まれた? ……上等じゃん。でも、雅。あたしらは“暴れる”ために来たわけじゃない。どう動く?」
「いや、だから皆は逃げ・・・・」
「おいおい総長、『俺らに逃げろ』なんか言わないよな」
言葉を割って来たのは、不如帰の蓮だった。
「半端者の、俺らに進むべき道をくれた以上、俺らはついていくぞ。
いや、ついていく資格くらいあるだろ?なあ、みんな?」
「こんな、面白いイベントに参加できないほうが、よほどつらいな」
悠翔もキザっぽく同意する。
「ウフ!お姉さん達も興奮してきちゃったわ~♡」
いずみオネエ様は、言葉と裏腹に目がつり上がっている。
「私は、アルテミスの親衛隊よ。アルテミスが最後の1台になっても見限り事は絶対ない」
風烈華の峰子は、当然のように前に出る。
「もう、東光連合は、バカばっかりですね」
そう言う雅の目には、キラリと光ものがあった。
《雅、東光連合1人の脱落者も出ません》
アテナの声が響く。
「……この状況で無理に突破すれば、多くの人を巻き込む。
正面突破は“久我の思う壺”ですね」
東光連合各チームが緊迫し、エンジンを抑えながら停車していく。
雅は一拍おいて、夜空を見上げる。
そして、言った。
「ここは動かない。動かず、勝つ」
封鎖された国道近くの廃倉庫に、連合幹部が集結した。
アルテミスメンバーと東光連合の幹部。東北から嵐子。
照明ひとつない薄暗い空間で、綿密な作戦会議が始まった。
梓がタブレットを広げる。
「久我 慶臣は“国家機密保護”を名目に、東光連合全体を包囲した。
正面から大崎を連れて進めば、間違いなく逮捕される」
蓮が前に出る。
「逃げ道は? 神奈川側の高速はすでに塞がれた」
悠翔が静かに言う。
「栃木の山道も封鎖された。
久我は“逃げ道を塞ぎ、正面突破を誘う”つもりだ」
だが、その時。雅がゆっくりと指を立てた。
「逆ですよ」
全員が彼女を見る。
「久我は“わたしたちがバラバラになり、正面突破しない”と読んでいる。
だから、封鎖の網をあえて広くしているの」
梓が頷く。
「つまり、包囲は広いけれど“薄い”。
本隊を動かさず、目立たず、分散させれば……突破は可能ってこと」
嵐子が口角を上げる。
「ほぉ~、やるねぇ。本隊はここに残して、“影”だけを動かすってわけ?」
雅は冬香を見る。
「うん。そして影を動かすのは、冬香。あなたしかいない」
冬香が息をのむ。
「わたしが……?」
「あなたは“大崎白継の被害者遺族”。
なおかつ、証拠を最も把握していて、久我の動機を理解してる。
それに……東光連合の誰よりも、追われる理由がない」
嵐子が冬香の肩を叩く。
「つまり、“たった一人で国家中枢に殴り込んでこい”ってこと。
カッコいいじゃん」
冬香は深く息を吸った。
(怖い)
だが逃げる気はなかった。
「……分かりました。行きます」
雅がふっと微笑む。
「大丈夫。あなたが久我に辿り着くまで、
この国道は東光連合と独眼連合の総力で支えるから」
蓮が牙を見せるように笑う。
「相模の狼、“不如帰”は道を一本でも通さねぇよ」
悠翔は目を閉じ、静かに呟く。
「紅の監視者は、久我側の監査官に紛れ込む。
政治側の動きは俺が押さえる」
冬香は胸の底から力を込めて言った。
「……みんなの力、無駄にはしません」
雅が立ち上がる。
「出発します。冬香さん、久我 慶臣のいる“中央医療政策局本部”へ」
深夜。香は黒いフードを被り、単身で裏道の車両に乗り込む。
その背後で東光連合と独眼連合、数百台のエンジンが同時に咆哮した。
嵐子の声が夜空に響く。
「行けぇぇッ!! 冬香!!アタシらが作った“道”を突き抜けろ!!」
雅が無線を取る。
「全隊、配置。冬香が久我に辿り着くまで、誰ひとり通さない。
これより、国家権力との全面戦争に入る!」
冬香の車両は、静かに暗闇へ消えていった。
向かう先は久我 慶臣。冷門事件の本丸。
国家を動かし、人を選別しようとした男との最終決戦の地。
夜風がざわめき、星が震える。
冬香の乗った無灯火の車両は、街灯すらない旧道へと滑り込んだ。
エンジン音は抑えられ、タイヤがアスファルトを撫でる音だけが夜の闇を切り裂く。
ふと、耳元の通信機から柔らかな電子音が響く。
《冬香、聞こえていますか》
冬香は小さく頷いた。
「……アテナ?」
《はい。これより、久我 慶臣の元へ向かう“影の道”を案内します》
闇の中、アテナの声だけが明確な導きとなっていた。
アテナが続ける。
《現在、国家公安委員会の封鎖網は全域に展開しています。
しかし、完璧ではありません》
道路脇の地図パネルが突然ノイズを走らせ、別の県道案内が点灯する。
これはアテナが合法的に操作している“公共案内の更新”だった。
《冬香、右へ。旧県道三四号線。警察庁のデータベースでは
“通行止め”になっていますが、物理的には開いています》
冬香はハンドルを切る。
(……アテナって、こんなことまでできるんだ)
《不正操作ではありません。“放置されている行政データの更新”を、
代わりに行っただけです》
どこか誇らしげにすら聞こえる声だった。
道の先で、警察車両数台が巡回しているのが見えた。
冬香の喉がひりつく。
しかしアテナは落ち着き払っていた。
《心配ありません。
あの車両は“久我派の監視部隊ではなく”、通常の交通巡回車です》
「どうして分かるの?」
《巡回車の通信ログを、あかねさんに、”お熱”の宮坂警視経由して法定監査権限で確認しました。彼らは久我と無関係。あなたに気付くことはありません》
(……アテナがいなかったら、絶対に避けられなかった)
冬香は息を整えた。
その頃、冬香の背後十数キロ後方では、東光連合と独眼連合が“国道上で動かずに”封鎖線を押さえていた。
長い夜は、今始まった。




