お嬢様 『夜の決着、誇りの継承』
18と19間違えましたので順移動します
勝負は、最終の400メートルストレートに持ち越された。 緑のマシンが先行し、黒のマシンがわずかに遅れて追う。
美奈子は、勝利を確信していた。 確かに、コーナーでは少しずつ差を詰められた。けれど、ストレートでは一度も抜かれていない。 つまり、パワーは互角。あとはこのまま、体を伏せてゴールまで突き進めばいい。
(あと10秒……このバトルも、終わる。楽しかったよ、梓。あんたは、最高のライバルだった)
だが——その瞬間。
梓の右手の親指が、静かに“それ”を押し込んだ。
「いけ……10秒間のモンスター」
黒いマシンが、まるで背後から巨人に蹴飛ばされたかのように、爆発的な加速を見せる。 前輪が浮き上がりかけるのを、梓は全身を前に預けて必死に抑え込む。
みるみるうちに、差が縮まる。
ゴールまで、あと50メートル。 二台は並び、そして——
ゴールラインを駆け抜けた。
中央のモニターに映し出されたのは、黒いマシンの前輪が、わずかに緑のマシンを抜いた瞬間だった。
「うおおおおっ!アルテミスの勝ちだ!!」
「最後の加速、なんだよアレ……鳥肌立ったぞ!」
「新しい伝説が生まれた……!」
「横浜レディース最速は、アルテミスだ!!」
観衆の歓声が、夜の埠頭を揺らす。 その中心で、梓がマシンを降り、美奈子に手を差し出した。
美奈子は、しばしその手を見つめ——そして、しっかりと握り返した。
「負けたよ。あんたの走りは、本物だ。……不思議と悔しくない。またいつか、一緒に走りたい。今度は、仲間として」
それは、彼女の本心だった。
観衆の中からも、惜しみない拍手と声援が飛ぶ。
「アルテミスが女豹疾走に勝った!これで横浜最速だ!」
「女豹もすげぇ走りだったぞ!」
「美奈子〜!かっこよかったぞー!」
「アルテミス!アルテミス!アルテミス!」
「美奈子!美奈子!美奈子!」
二人の勝者に、惜しみない声援が降り注ぐ。
だが——その空気を裂くように、冷たい声が響いた。
「何が“横浜最速のレディース”だ。負けたのは美奈子であって、“女豹疾走”じゃねぇ」
現れたのは、“女豹疾走”の総隊長・カヲルだった。 紫がかったパールブラックのロケットカウル。金箔で描かれた“女豹疾走”の文字。 その異様なバイクに跨り、カヲルは観衆の前に姿を現した。
「プッ……」 思わず雅が吹き出す。
「カヲルさん……勝負はついたわ。美奈子さんとは、もう認め合ったの」
だがカヲルは、美奈子を冷たく見下ろした。
「くだらねぇ友情ごっこか?そんなもんで“女豹疾走”の看板背負ってるつもりか?だったら今すぐ外せ。うちは“勝つか、潰すか”だ。お嬢様ごっこで済む世界じゃねぇ」
その言葉に、空気が凍りつく。
雅が一歩前に出て、涼しい顔で言い放つ。
「あら、つまらない方ですこと。美奈子さんの誇りの欠片もない、薄っぺらい獣ですわね。では、そのガラクタに乗って、わたくしと勝負なさいます? もっとも、“ジェネシス”でも修復できない前世代の改造車では、勝負になるかどうか……オホホホ」
観衆の間に、失笑が広がる。
「うっせぇ!走りじゃなく、タイマンだ!」
逆上したカヲルが木刀を抜き、バイクから飛び降りる。 雅に向かって振りかぶった、その瞬間——
ガンッ!
ヘルメットの鈍い音が響いた。 カヲルの横顔に、黒いヘルメットが叩きつけられる。
振り返ると、そこにいたのは——美奈子だった。
「上等だよ。今この場で、“女豹疾走”の看板、外してやるわ」
美奈子は特攻服を脱ぎ、カヲルに投げつけた。
「卑怯な真似ばかりして、勝負の結果にまで泥を塗るなんて…… てめぇ、それでもリーダーかよ。恥ずかしくねぇのか?」
そう言い捨てて、梓のもとへ歩み寄る。
「すまねぇ……本当に、すまねぇ。こんな形になっちまって……あたい、どう詫びればいいか……」
その背中に、三人の後輩たちが駆け寄る。
「すみません……美奈子先輩を、許してやってください。先輩は、本当に正々堂々と戦おうとしてたんです……!」
「それ以上言うな」 美奈子が振り返る。
「お前たちは関係ない。足を洗って、“女豹疾走”とは手を切れ」
「それは嫌だ!」
一人が叫ぶと、残る二人も力強くうなずいた。
「アタイたちは、美奈子先輩の走りに惚れて“女豹疾走”に入ったんだ。 先輩がやめるなら、アタイたちもやめる。どこまでもついていくよ!」
「そうだよ!先輩の背中を見て、あたしたち走ってきたんだ。今さら“看板”なんてどうでもいい。先輩がいる場所が、あたしたちのチームだよ!」
美奈子は、言葉を失ったまま三人を見つめた。 その目に、ほんのわずか震える光が宿る。
けれど——
「勝手に“女豹疾走”を抜けて、無事に済むと思ってんのか?」
カヲルが、地面に手をつきながら、なおも毒を吐く。
「潰してやるよ。美奈子も、アルテミスもな。うちのバック、“横浜狂想会”が黙っちゃいねぇからな」
その言葉に、場の空気が再び緊張を帯びる。
だが——
「はいはい、カヲルさんでしたっけ?」
雅が手をひらひらと振りながら、軽やかに前へ出た。
「あなたの部下がコースに細工してたところ、ちゃんと映像に残ってますの。ほら、この二人、うちで保護してましたから。お引き取りくださいな」
黒スーツの男たちに連れられ、しょんぼりとした二人の少女がカヲルの前に突き出される。 さすがのカヲルも、これ以上観衆の前で恥をかくのはまずいと悟ったのか、何も言わずにその場を後にした。
静けさが戻る。
その中で、雅がふと美奈子に向き直る。
「さて、美奈子さん。これから、どうなさるおつもり?」
美奈子は、しばらく黙っていた。 今の一件は、自分一人の問題では済まない。 あの三人を守りながら、“横浜狂想会”の影から逃れるのは、正直難しい。
(あたし一人なら、どうにでもなる。でも……)
その迷いを見透かしたように、雅が懐から名刺を一枚取り出した。
「明日、あなたと後輩の皆さんで、ここにいらしてください。決して悪いようにはいたしませんから」
美奈子は、名刺を受け取り、しばらく見つめたあと、静かにうなずいた。
こうして、夜の埠頭を熱く染めた祭りは、静かに幕を閉じた。 だが、物語は終わらない。 それぞれの選んだ道が、また新たな風を呼び込もうとしていた——。




