お嬢様、ド派手な演出で決戦の地に表れる。
翌日の昼食会にて........................
「と言うことで、明日の夜本牧埠頭南を封鎖して2人で走ることになりましたの。皆さまには、コース管理のご助力をお願いしたいと.......................」
埠頭へと続く入り口は二つしかない。その二つを封鎖し、外部の車両を一切入れず、しかし観衆は自由に入場できるようにする.........”.埠頭の倉庫街は、こういうこともあうだろうと、7割はグループの三条商事とその子会社で押さえてる。3割は、金さえだせば、土曜の夜なら作業はなくせる。一晩のステージはつくれるわね。” 問題は警察か................
「事情はわかりました。梓さん面白いじゃない。」
あかねはいたずらっぽく笑うと、指で軽く髪をかき上げ、「警察は”公式には言えないけれど.........非公式なら何とかできるとおもいます。要するに邪魔が入らない夜をつくればいいんでしょ?」
梓は静かにうなずき、礼をした。「ありがとうございます。あかねさん。これで思いっきり走れますわ」
「お礼なんかいりません。でも負けるとこはみたくないですよ。」
「ふふふ、”暗夜の薔薇”が走りで負ける? それはそれで教官のおじ様たちに話題を差し上げるわね」雅は茶目っ気を出して笑った。
「いい機会ですから、私達の力をみせましょう。すこしは観衆を驚かせる舞台装置も用意しましょう。」
三条財閥が、コースの管理と誘導を、水面下であかねが、警察関係ににらみをきかし、不奥の事態を防ぐ。
梓は、シュミレターに入り、チームメンバー達を相手にあらゆるコースを想定し、万全の体制で挑んだ。
美奈子側の準備.........................
「コースも周回数も、すべてあなたに任せるわ」
梓のその言葉を聞いたとき、美奈子はほんの一瞬だけ目を見開き、それから口の端をわずかに釣り上げた。
(面白い女だ……そして、自信がある証拠だな)
夜の本牧南埠頭に戻った美奈子は、"女豹疾走"の仲間たちを倉庫街に集めると、すぐに地図を広げた。
「お前ら、聞け。コースも周回もあいつが全部任せるって言ってきた。つまり.......あたいらの舞台に上がると言ったんだ。」
仲間たちはどよめきつつも、緊張した面持ちで地図を覗き込む。
埠頭を取り囲む道路は、古い倉庫やクレーンが立ち並び、直線と直角コーナーが交互に現れる複雑な構造だ。しかも所々にシケインのようにコンテナが置いてある。
「隊長、どうするんすか? 単純な周回じゃつまらないっすよね」
「わかってる」美奈子は指で地図をなぞりながら言う。「勝負は夜。このコンテナで作られた死角が利用できる、東側のコンテナ群をメインに入れる」
「西側は舗装が荒れてるけど……」
「それがいい。スピードだけじゃ勝てないコースにする」
美奈子はペンでコースを描きながら続けた。
「まず北側の観衆が集まりやすい区画をスタート地点にする。そこから西側のコンテナ群に突っ込み、45度コーナーを抜ける。そしてクレーン群の脇を通って、直角カーブだ。曲がった先のコンテナ群をヘヤピンカーブに見立て西方面東方面と2回降り返し再び東側へ戻る。北側への直角カーブを曲がったら、400mの直線でゴールだ。周回は……三周で十分だ」
「短くねぇっすか?」
「短いからこそ、最初から全開だ。観客も飽きないし、勝負も一瞬で決まる。しかも西側は路面が荒れてる。ブレーキングと車体のコントロールが勝敗を分ける」
仲間たちは息を呑む。美奈子の瞳は、獣のように鋭かった。
「それから西側のコーナー手前には、見張りを立てて路面状況を常に確認させる。砂や破片があれば即座に排除しろ」
「了解っす!」
美奈子はさらに、仲間に耳打ちするように言った。
「最後の勝負どころは、南側のクレーン脇の道。あそこはナイターが灯ってるが、闇もできやすい。私はそこに全てを賭ける」
準備は夜通し続いた。
愛車のカワサキニンジャZX-4RRを念入りにメンテナンスし、タイヤの空気圧を調整。ライトは夜目を活かすために必要最低限の明るさに絞る。
「勝負はスピードだけじゃねぇ……集中力とコースを知り尽くした奴が勝つ」
最後に美奈子は倉庫の屋根に登り、夜風を胸いっぱいに吸い込んだ。
目の前には、荒くれた倉庫群と海に伸びる埠頭――そしてそこに集まるであろう大勢の観衆の姿が脳裏に浮かんでいた。
(梓……コースを私に任せたのは、ただの余裕じゃねぇよな。でもそれでいい。私が作ったコースは、半端な気持ちじゃ、怖くなって走れねえ。かといってツッコミ過ぎれば、暗い海にドボンだ。お前は本物だよな。)
2人のレース当日の夜......................
本牧南埠頭の夜空を切り裂くように、三台の巨大なトレーラーが滑り込んできた。
それは単なるサポートカーなどではなかった。、木田宗子の家の「木田技術開発」が用意した、最新鋭のレーシングピット用大型トレーラーだった。
鈍く光る黒塗りの車体の側面には、チームロゴもスポンサーも何もなく、ただ控えめに「Artemis」の銀文字だけが浮かぶ。
しかし荷台が展開されると、その中から姿を現したのは、整備エリア。エアツール、タイヤチェンジャー、燃料補給装置、工具一式そして、手術室を思わせる異様な機器すべてがレース専用の最新モデルである。
観衆がどよめきの声を上げるのも無理はなかった。
そして、埠頭の広い空地に設置されたのは、移動式の超大型LEDモニター。
埠頭のコースを囲むように設置さた十台の高感度カメラが各コーナーを映し出す。
暗い倉庫街の奥でさえも、光量を落とさずクリアに映し出し、どの地点で何が起きているのか観衆が一目で分かる。
そして巨大モニターには、上空を舞うドローンが撮影する映像も映し出された。
真夜中のレースコースを上空から映し出すライブ映像は、観衆たちの度肝をぬいた。
レースをただの“夜のバトル”で終わらせず、観客をも巻き込み、ひとつの大きなショーへと昇華させる。それが三条雅の狙いだったのだ。
観衆の中から誰かが言った。
「これ、本当にただの夜のレースかよ……プロのレースみたいじゃねぇか……」
美奈子は、仲間たちが回りいるにもかかわらず、ついつい本音を漏らした。
「あたいは、何と戦うんだよ?・・・・・・・・・」
夜8時を少し回った頃、本牧南埠頭の観衆のざわめきが、一際大きくなった。コース脇の巨大モニターが一瞬その光量無くす。
モニター前のステージに向かって大光量の白いストロボが瞬く。
そのストロボが8色の特攻服を浮かび上がらせる。
女神達の降臨にいやがうえにも観衆たちの興奮が盛り上がる。
どこからともなく「アルテミス!アルテミス!アルテミス!」の合唱が起こる。
十数人が、その様子をライブで流していたものだから、続々と観衆が、埠頭に続く2つの道路にあふれる。さながらひと夏のカーニバルがごとく。
あるものは、観衆として、あるものは、族のたまり場で、そしてあるものは、ヨーロッパのピットでこの走り見るためにバイクを降りていた。