表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/109

お嬢さまのレディースアルテミス発進します。

 

 夜風に昼間の暖かさが残ってる初夏の夜、横浜・元町公園の坂道に、白や漆黒、赤などの絢爛(けんらん)な特攻服を翻した八人のシルエットが集まった。


「いよいよですわね……アルテミスとしての初陣。そして私達の我道の始まりが。」


 総長・雅は、その個人カラーの白いヘルメットを被る。月明かりは、彼女たちを祝福するかのように照らしている。


 白い特攻服には本物の金糸で背中上部に「Artemis」そして上から下に縦に大きな文字で「月下美刃」と刺繍されている。


 背中の刺繍は、月の光を浴びてひときわ輝いてる。


 「出発」



 公園を抜け、元町の石畳を滑るように駆け下りると、クラシカルな街灯がマシーンのモールを照らす。


 副総長・あずさはハンドルを軽やかに切り、本牧通りへ。


「暗夜の薔薇」……どんな夜道も気高く、美しく走り総長をささえますわ。



 麗子のバイクが左車線から軽くタクシーをパスし、本牧元町の広い通りに出る。


(夜風が、わたくしたちを祝福しているようですわ……)


「華麗奔放……決して私の名前と学校名から採った訳ではありませんわ!」



 彩はすぐ背後で、麗子のコーナーラインを見事なまでにトレースし、ピタ


リと麗子に続いた。


「晴嵐烈日........わたしの前にはただ道があるだけ。私の後塵はただ風があるだけ」



 輪団は工場の灯りとタワークレーンの影が浮かぶ港湾地帯へ。


 琴音は路面のわずかな凹凸を正確に捉え、振動をいなす。


「優闘陣諷……夜の鼓動を感じますわ……」




 宗子は一瞬後ろを振り返り、僅かに遅れそうなエマとあかねをフォロー。


「孤月無双……仲間を置き去りにはいたしませんわ!」




 南本牧の埠頭で、8台は一直線に並ぶ。

 照明塔の下で、背中の刺繍が一斉に浮かび上がる。


「月下美刃」「暗夜の薔薇」「華麗奔放」「晴嵐烈日」

「優闘陣諷」「孤月無双」「紅炎刹刃」「桃華精霊」



 海風を感じながら、総長・雅が手を前に差し出しながらインカムで


指令をだす。


「さあ........横浜の夜に、アルテミスの名を知らしめますわよ。」


 アクセルが一斉に火を噴き、8台は夜の海沿いを一団となって駆け抜ける。



 急カーブを華麗に旋回し、信号のタイミングを読み切り、バイク同士の車間は寸分の狂いもない。



 見物していた他の走り屋たちが息を呑む。



 夜の横浜本牧の港湾道路。

 少し湿った潮風を感じながら、いつものように友人たちとバイクを並べていた俺たちは、いつも通りただ走りを楽しむつもりだった。


 ..........だが、その夜は違った。


「……おい、あれ見ろ」

 先に気づいた友人が呟く。


 街灯の影から現れたのは、8台のバイク。

 光沢のある特攻服を身にまとい、背中には大きく刺繍された文字。

 しかもその並びが美しいほどに乱れず、一糸乱れぬ隊列を組んでいる。


「なんだ……? あれ……レディースか……?」


 普通の暴走族じゃない。走りに荒さもない。

 むしろ、何か信じられないほどの気品すら感じる。


 先頭を走る女.........背中に「月下美刃」と刺繍された特攻服が、街灯の光に照らされる。

 その隣には「暗夜の薔薇」と刻まれた別の女がいて、その走りはどこまでも冷静で美しい。


 後続の仲間たちも、急カーブでもブレずにピタリと追随。


「速い……だけじゃねぇ……」

「なんだ、この統率の取れた走り……まるで夜の舞踏会みたいだ……」


 しかし、なぜあんな走りがスクーターで出来るんだ?



 赤いブレーキランプの点滅が連なり、次の瞬間には夜景の中へ溶けていく。

 市街地のネオンさえも背景に変えてしまうほど、今日はあの8台が主役だった。


 港の工場地帯の光が、彼女たちのカラフルなバイクを照らし出し、そのたびに特攻服の刺繍が妖しく光る。


「”アルテミス”……って聞こえたな」

「名前もカッコいいじゃねぇか……!」



 その夜、俺たちはただ見送るしかなかった。

 挑む気も起きなかった。いや、挑む気持ちすら湧かないほどの美しさと速さだった。



「……すげぇ……」

「ただのレディースじゃねぇな……」


「おい……見たかよ、今の」

 エンジンを切ったばかりの青年が、まだ鼓動の速さを隠せない声で言った。


「見たどころじゃねぇよ……なんだよあの隊列……」

「全員女だよな? 特攻服、めっちゃ綺麗だった……背中に金の刺繍入ってたぞ」

「一瞬だったけど、『月下美刃』って書いてあった気がする」

「あと『暗夜の薔薇』とか……普通のチームじゃねぇよな、あれ」


「しかも速ぇだけじゃない。カーブの角度もスピードも完璧だったぞ……」

「夜景が背景にしか見えないくらい、あいつらが絵になってた……」


「アルテミス……って名前、聞こえたよな?」

「うん、確かに。総長って呼ばれてた人がいたし、副総長もいた……」


「お嬢様レディースって噂、熱海のいとこから聞いたのだが、なんでも、世界ランカーのプロをコーチにしてサーキットで徹底的にテクを学んだって。そしてなんでも巫女の家系の人がいるらしく、雨ごいしたら本当に雨を降らす神通力を持ってるらしいぞ。」


「ちょ!...........さすがにそれは盛りすぎだろ。世界ランカーがプライベートコーチなんかするものか。雨を降らす?そんな迷信信じられるか。」



「元町公園から走り出したんだろ? 横浜に新しい伝説作る気か……」

「しかも初陣であの完成度……マジで半端ねぇわ」


「けど、あれに勝負挑むやついるか?」

「……いや、挑みたい気持ちはあるけどさ……」

「正直……ただ荒っぽいだけの走り屋じゃ、絶対勝てねぇよな」


「美しくて、強くて、しかも誇りがある……そんな走り方、見たことねぇもん」


「他のレディースは同性だけに荒れるよな。男は、相手にしないことで逃げられるが。女はそういう訳いかないよな」



「動画撮ったヤツいる?」

「おう、今上げるわ..........『#アルテミス』『#横浜夜走』でバズるだろ、これ……」

「横浜に、新しい女神が舞い降りた夜って感じだな」


 ネオンに照らされながら、誰もがまだ興奮冷めやらぬ顔でつぶやく。


「俺たち、今……伝説の始まりを見たのかもしれないな……」

「そうだな。夜の街に、新しい女神が生まれた夜だ……」



 夜の海風が冷たく吹く中、錆びた倉庫前に停められた数台のバイク。

 横浜でそこそこ名の知れた走り屋チーム「横浜不如帰(よこはまほととぎす)」の面々が、スマホの画面を囲んでいた。


「……マジで言ってんのかよ、これ」

 無精髭の青年がスクリーンを食い入るように見つめる。


「女だけのチームが、こんな綺麗に走れるかよ……」


 画面に映るのは、先ほどSNSにアップされた夜の動画。

 ネオンをバックに一糸乱れず走る8台のバイク、その背中にきらめく刺繍文字。


「アルテミス……だっけ?」

「そう。『お嬢様レディース』って呼ばれてるらしいぜ」


 別のメンバーが動画をスローで再生しながら呟く。


「見ろよ、カーブ入るときの隊列の動き。呼吸まで合わせてるみてぇだ……」

「速いのに荒さがない。……普通のレディースじゃねぇよな」





 隊長格の美奈子は、画面から目を離さずに言った。


「ふぅん……やるじゃないか。

 この街に新しい風が吹くのは嫌いじゃないさね」


「特攻隊長、どうする? 潰す?」

「まずは会ってみたいな。潰すか潰さないかは後の話だ。」


 夜風にたなびくチームの刺繍は「女豹疾走」......夜を自在に駆けるを信条とする集団だ。



「速さは、憧れを生み美しさは、カリスマ性を生む。あいつらはその両方を持ってる……」


「だが……横浜の夜はそう甘くないって教育してやるのも悪くないかもな。」


 美奈子の口元に、挑戦的な笑みが浮かぶ。



 その夜以降、横浜の港湾エリアではこんな噂が広がり始めた。


「月の女神たちが現れたらしい」

「アルテミスって名乗るお嬢様チームだ」

「横浜不如帰も動くらしいぜ……!」

「レディース最速の女豹疾走が、走り勝負に出るらしい」

 夜風に紛れてささやかれるその名は、少しずつ、しかし確実に横浜中の走り屋たちの耳に届き始めていた。




 夜の横浜を舞台に、お嬢様レディース《アルテミス》と、横浜最速レディース《女豹疾走》の物語が、今まさに動き出そうとしていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ