お嬢さまのレディースアルテミス発進します。
夜風に昼間の暖かさが残ってる初夏の夜、横浜・元町公園の坂道に、白や漆黒、赤などの絢爛な特攻服を翻した八人のシルエットが集まった。
「いよいよですわね……アルテミスとしての初陣。そして私達の我道の始まりが。」
総長・雅は、その個人カラーの白いヘルメットを被る。月明かりは、彼女たちを祝福するかのように照らしている。
白い特攻服には本物の金糸で背中上部に「Artemis」そして上から下に縦に大きな文字で「月下美刃」と刺繍されている。
背中の刺繍は、月の光を浴びてひときわ輝いてる。
「出発」
公園を抜け、元町の石畳を滑るように駆け下りると、クラシカルな街灯がマシーンのモールを照らす。
副総長・梓はハンドルを軽やかに切り、本牧通りへ。
「暗夜の薔薇」……どんな夜道も気高く、美しく走り総長をささえますわ。
麗子のバイクが左車線から軽くタクシーをパスし、本牧元町の広い通りに出る。
(夜風が、わたくしたちを祝福しているようですわ……)
「華麗奔放……決して私の名前と学校名から採った訳ではありませんわ!」
彩はすぐ背後で、麗子のコーナーラインを見事なまでにトレースし、ピタ
リと麗子に続いた。
「晴嵐烈日........わたしの前にはただ道があるだけ。私の後塵はただ風があるだけ」
輪団は工場の灯りとタワークレーンの影が浮かぶ港湾地帯へ。
琴音は路面のわずかな凹凸を正確に捉え、振動をいなす。
「優闘陣諷……夜の鼓動を感じますわ……」
宗子は一瞬後ろを振り返り、僅かに遅れそうなエマとあかねをフォロー。
「孤月無双……仲間を置き去りにはいたしませんわ!」
南本牧の埠頭で、8台は一直線に並ぶ。
照明塔の下で、背中の刺繍が一斉に浮かび上がる。
「月下美刃」「暗夜の薔薇」「華麗奔放」「晴嵐烈日」
「優闘陣諷」「孤月無双」「紅炎刹刃」「桃華精霊」
海風を感じながら、総長・雅が手を前に差し出しながらインカムで
指令をだす。
「さあ........横浜の夜に、アルテミスの名を知らしめますわよ。」
アクセルが一斉に火を噴き、8台は夜の海沿いを一団となって駆け抜ける。
急カーブを華麗に旋回し、信号のタイミングを読み切り、バイク同士の車間は寸分の狂いもない。
見物していた他の走り屋たちが息を呑む。
夜の横浜本牧の港湾道路。
少し湿った潮風を感じながら、いつものように友人たちとバイクを並べていた俺たちは、いつも通りただ走りを楽しむつもりだった。
..........だが、その夜は違った。
「……おい、あれ見ろ」
先に気づいた友人が呟く。
街灯の影から現れたのは、8台のバイク。
光沢のある特攻服を身にまとい、背中には大きく刺繍された文字。
しかもその並びが美しいほどに乱れず、一糸乱れぬ隊列を組んでいる。
「なんだ……? あれ……レディースか……?」
普通の暴走族じゃない。走りに荒さもない。
むしろ、何か信じられないほどの気品すら感じる。
先頭を走る女.........背中に「月下美刃」と刺繍された特攻服が、街灯の光に照らされる。
その隣には「暗夜の薔薇」と刻まれた別の女がいて、その走りはどこまでも冷静で美しい。
後続の仲間たちも、急カーブでもブレずにピタリと追随。
「速い……だけじゃねぇ……」
「なんだ、この統率の取れた走り……まるで夜の舞踏会みたいだ……」
しかし、なぜあんな走りがスクーターで出来るんだ?
赤いブレーキランプの点滅が連なり、次の瞬間には夜景の中へ溶けていく。
市街地のネオンさえも背景に変えてしまうほど、今日はあの8台が主役だった。
港の工場地帯の光が、彼女たちのカラフルなバイクを照らし出し、そのたびに特攻服の刺繍が妖しく光る。
「”アルテミス”……って聞こえたな」
「名前もカッコいいじゃねぇか……!」
その夜、俺たちはただ見送るしかなかった。
挑む気も起きなかった。いや、挑む気持ちすら湧かないほどの美しさと速さだった。
「……すげぇ……」
「ただのレディースじゃねぇな……」
「おい……見たかよ、今の」
エンジンを切ったばかりの青年が、まだ鼓動の速さを隠せない声で言った。
「見たどころじゃねぇよ……なんだよあの隊列……」
「全員女だよな? 特攻服、めっちゃ綺麗だった……背中に金の刺繍入ってたぞ」
「一瞬だったけど、『月下美刃』って書いてあった気がする」
「あと『暗夜の薔薇』とか……普通のチームじゃねぇよな、あれ」
「しかも速ぇだけじゃない。カーブの角度もスピードも完璧だったぞ……」
「夜景が背景にしか見えないくらい、あいつらが絵になってた……」
「アルテミス……って名前、聞こえたよな?」
「うん、確かに。総長って呼ばれてた人がいたし、副総長もいた……」
「お嬢様レディースって噂、熱海のいとこから聞いたのだが、なんでも、世界ランカーのプロをコーチにしてサーキットで徹底的にテクを学んだって。そしてなんでも巫女の家系の人がいるらしく、雨ごいしたら本当に雨を降らす神通力を持ってるらしいぞ。」
「ちょ!...........さすがにそれは盛りすぎだろ。世界ランカーがプライベートコーチなんかするものか。雨を降らす?そんな迷信信じられるか。」
「元町公園から走り出したんだろ? 横浜に新しい伝説作る気か……」
「しかも初陣であの完成度……マジで半端ねぇわ」
「けど、あれに勝負挑むやついるか?」
「……いや、挑みたい気持ちはあるけどさ……」
「正直……ただ荒っぽいだけの走り屋じゃ、絶対勝てねぇよな」
「美しくて、強くて、しかも誇りがある……そんな走り方、見たことねぇもん」
「他のレディースは同性だけに荒れるよな。男は、相手にしないことで逃げられるが。女はそういう訳いかないよな」
「動画撮ったヤツいる?」
「おう、今上げるわ..........『#アルテミス』『#横浜夜走』でバズるだろ、これ……」
「横浜に、新しい女神が舞い降りた夜って感じだな」
ネオンに照らされながら、誰もがまだ興奮冷めやらぬ顔でつぶやく。
「俺たち、今……伝説の始まりを見たのかもしれないな……」
「そうだな。夜の街に、新しい女神が生まれた夜だ……」
夜の海風が冷たく吹く中、錆びた倉庫前に停められた数台のバイク。
横浜でそこそこ名の知れた走り屋チーム「横浜不如帰」の面々が、スマホの画面を囲んでいた。
「……マジで言ってんのかよ、これ」
無精髭の青年がスクリーンを食い入るように見つめる。
「女だけのチームが、こんな綺麗に走れるかよ……」
画面に映るのは、先ほどSNSにアップされた夜の動画。
ネオンをバックに一糸乱れず走る8台のバイク、その背中にきらめく刺繍文字。
「アルテミス……だっけ?」
「そう。『お嬢様レディース』って呼ばれてるらしいぜ」
別のメンバーが動画をスローで再生しながら呟く。
「見ろよ、カーブ入るときの隊列の動き。呼吸まで合わせてるみてぇだ……」
「速いのに荒さがない。……普通のレディースじゃねぇよな」
隊長格の美奈子は、画面から目を離さずに言った。
「ふぅん……やるじゃないか。
この街に新しい風が吹くのは嫌いじゃないさね」
「特攻隊長、どうする? 潰す?」
「まずは会ってみたいな。潰すか潰さないかは後の話だ。」
夜風にたなびくチームの刺繍は「女豹疾走」......夜を自在に駆けるを信条とする集団だ。
「速さは、憧れを生み美しさは、カリスマ性を生む。あいつらはその両方を持ってる……」
「だが……横浜の夜はそう甘くないって教育してやるのも悪くないかもな。」
美奈子の口元に、挑戦的な笑みが浮かぶ。
その夜以降、横浜の港湾エリアではこんな噂が広がり始めた。
「月の女神たちが現れたらしい」
「アルテミスって名乗るお嬢様チームだ」
「横浜不如帰も動くらしいぜ……!」
「レディース最速の女豹疾走が、走り勝負に出るらしい」
夜風に紛れてささやかれるその名は、少しずつ、しかし確実に横浜中の走り屋たちの耳に届き始めていた。
夜の横浜を舞台に、お嬢様レディース《アルテミス》と、横浜最速レディース《女豹疾走》の物語が、今まさに動き出そうとしていた。