お嬢様 こけた こけた またこけた スーパーシュミレターと教官
ナイターなしの夜のサーキットは、昼間と違った顔を見せる。
明かりといえば、ピットから漏れる明かりと、所々に点在するマシンのヘッドライトだけだ。
昼間と打って変わって漆黒の闇が辺りを覆う。神経が研ぎ澄まされるのか、マシーンのアイドル音がやけに近くに感じられる。
生徒たちは、心細さを隠せぬまま、インカムから聞こえる教官からの指示に耳を澄ます。ここからは、どんな指示も聞き漏らしてはいけないと念を押されたからだ。
「いいか、よく聞け。夜は目に入る情報が昼間に比べ大幅に減る。その断片的な情報を線で結ぶようにして走行ラインを決めるんだ。それと路面のかすかなうねり、接地面のタイヤから発するかすかな音の違いや振動を、聞くというより感じるんだ。」
このように不安を感じたのは、どの生徒も初めての経験だった。教官が先導する。かすかに光る教官のマシーンのテールライトは、小さく心細い。
AIで制御されたLEDの大光量ヘッドライトは、暗さに合わせて光を発するが、生徒が追いかけているのは、教官の赤いテールライトだ。
「きゃ!……真っ暗!どこがコーナーなのか全然わかりませんわ」
コーナーを曲がりきれず、コース外の砂地まで滑りこみ盛大にこける。
「うひゃ~」
「いや~~」
「ひいいい」
........ガシャン..........
.........ズシシャ.........
........ガタン.............
..........ボコン..........
ヘッドライトの光源があちらこちらで明後日の方向に向く。
「あ~んこけた」
「いや~もう2回目」
「こけたー!こけたー!またこけたー!」
ヘッドライトは、さながらサーチライトのように、漆黒の空を照らす。
教官のインカムやピットには、阿鼻叫喚の声が響いてくる。
教官は、バイクを止め、ため息をつきながらゆっくりと近づいて来て言った。
「転ぶことは想定内だ。夜の恐怖を知るのが目的でもあるのだからな。それより体は大丈夫か?」そう言って教官は手を差し出す。
「それは問題ないのですが、何度もバイクを立て直しましたから、足がガクガクですわ。」
「しかし、嬢ちゃんたちのピットクルーは優秀だな。マシンが壊れてもすぐ直しやがる。」
「それは、この事を想定しまして、スペアカーを一人3台ずつ準備してましたから、修理中は、とっかえひっかえしてますの。それに少しずつですが、初日位の速度は出せるようになりましたわ」
「ちげーね。嬢ちゃんたちの根性には頭は下がるわ。一度こけたらしばらくは速度だせないのに、みんなこけた事忘れてるように攻めてきやがる」
と教官が話してるとき.......
..............ボン..........ガタン.......
「タイヤバリアーに突っ込んでこけた~」
こけても、こけても、こける そんな夜のサーキットもあっていいんじゃないかと教官は思った。
女子浴槽にて
「ひー沁みる~。」
「うわ~私の白肌に煽墨がああああ。」
「ねえ、誰か私のお尻みてくださらない?」
無傷の生徒はいない。むしろ傷や打ち身の跡を勲章のように誇ってる。
皆10回以上こけたのだから当然である。むしろこの位の怪我で治まったのは、優秀な教官たちが、少女達の限界を見切って速度を調整したのと、特別製のライダースーツがあったからである。
その事をわかってるから、生徒たちは(痛い)とか(沁みる)とか言ってはいるが、決して《怖かった》とは言わないのだ。
男子浴室にて
「ふ~~ しかしすげーな。あの嬢ちゃんたち」
「ああ、多分まだ先も見えてないだろうに、思いっきり攻めてやがる」
「いや~、俺の担当してるお嬢ちゃんなんか、おれのマシーンのテールランプ目がけて、サイドワインダーようにつっこんできたよ。もうすこしでオカマ掘られるとこだった。」
それを聞いてミラーは、(掘られてみたい.........)と思ったことはさすがに言わなかった。
ラウンジにて
「で、嬢ちゃん夜間走行は、たぶんあと一日程度で形になりそうだが、ウェット走行は、どうするつもりだい?この分じゃ当面雨は期待できそうにないが?」
「そちらは、すでに手配しておりますわ。明後日の昼からかかれますからご安心を。」
コース全体をウエットな状況にするには、給水車100台程度とても足りない。しかも連日の日照り続きで、路面はカラカラである。
直前の昼にまいてもサーキットの特性上水はけがよく、すぐに乾いてしまう。
ここにきてサーキット仕様なのが、裏目にでたと心配してるのだ。
「それよりも教官、30分ほどお時間いただけませんか?」
そう言って雅は、マルケスを別の部屋に連れていった。
「こ、これは!? まさかドライブシミュレーターじゃないのか?
いや、市販品じゃないな。何軸なんだ?4軸、まさか大手自動車会社が研究用に使ってる6軸か」
「すぐこれがドライブシミュレーターと当てられることは、さすがと思います。でもこれは、私どもの三条重工業とビックデーター社でカスタマイズいたしました8軸でございます」
「8軸・・・ありえない」
「やっと今日になって8台届きましたの。一応コースデータと私達や、先生たちの走行データは入れておきましたが、夜間走行の本気で攻められた先生達の走行データが欲しいのです。先生方が戻られても私達は弟子として練習に励むことができますから、急なことですがご協力願えませんでしょうか?」
マルケスは、すぐに仲間を呼び夜間の全速走行をシミュレーターを試した。
「スゲー、加速まで超リアル・・・」
「アントニオお前こんなラインをとってたのか?」
「こらジーコ俺のライン消すな」
「うぇ~俺、いままで、こんなに安全マージンとってたのか」
30分の時間予定であったが、大人たちは3時間シミュレーターを堪能した。
最終日前日、ウェット練習日がやってきた。やはり薄曇りであるが雨の兆しもない。天気予報も降水確率0%となっている。
海に近いせいか、時折やや厚い雲がかかるが、1滴の雨も降らない。マルケスは、まさか1,000台の給水車が待機してるんじゃないかと思って外に出てみた。しかし見当たらない。考えてみれば、1000台は現実的とは思えない。
せめて1時間でも降ってくれれば、彼女達に残せるものがあるのに、と悔しさが滲み出ていた。
「やはり降らなかったようだな。」残念そうに雅の方を見た。
「そうですね。降ればいいのにと願ってましたが・・・
仕方ないので雨乞いをいたします。あ~めあ~めふ~れふ~れ」
雅が唱えたときである。
サーキートの上に突如白煙を吹きながら上がるロケット。
教官たちは驚きのあまりロケットを目で追う。
ロケットが薄ネズミ色の雲の中に突っ込むと……
しばらくして、ぽつぽつと乾いたコースに水滴がおちる。
そしてザァァッとコースのアスファルトを黒く光らせていく。
”人工降雨か!” たいていの事では驚かなくなってたマルケスもさすがに目を白黒させている。
「この辺りの農家さんも困っていたので、雨が降るならと喜んで了承していただきました。」
「よ~し、お前ら! 女神さまが下さった正しく天の恵みだ。ウェット路面での特訓をはじめるぞ。」
「いいか、水に濡れた路面は、スリッピーでマシンの挙動が大きく変わる。特にスロットルの開け閉めは繊細さが要求される。そして・・・このウェットに最も強いのは、ミラーだ。あいつのラインとスロットル調整を目標にしろ」
”やっと俺の見せ場が来た” ボソっとミラーは呟き顔を赤くした。
それからしばらくたって
........ガシャン..........
.........ズシシャ.........
........ガタン.............
「またこけましたわ。」
「いや~ん。今回は、こけたら気持ちわるいですわ。」
「もう下着までベチョベチョ。」
「こけたー!こけたー!またこけたー!ついでにまたまたこけたー!」
こうしてレディスアルテミスの合宿は終わった。
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