夕暮れと猫とカシスオレンジ
夏の夕暮れ。
海にオレンジと青のグラデーション。
綺麗だった。心が痛かった。泣きたかった。
健「別れよう」
あなたは甘え上手な可愛い女の子が好きなのよね。
それならどうして私と付き合ったの?
ねぇ、誰か教えてよ。
一人になった後も砂浜に座り海を眺めていた。
このまま砂浜と夕陽に溶けていけたら・・・。
「にゃあ」
不意に声がして隣を見ると茶トラ猫がちょこんと座っていた。
1時間後。
暗くなる前に帰ろうと立ち上がる。
猫は同じように立ち上がるとふわっと宙に浮き、砂浜と夕陽の中に溶け込んで消えた。
数年後。
「カシスオレンジ下さい」
店長「かしこまりました」
華の好きだったカシスオレンジという響きに思わず健が振り向く。
一つ隣のバーカウンターの席に座っていた華と目が合う。
新しくできたバーで偶然の出会いを果たした二人。
「俺もカシスオレンジを」
「かしこまりました」
「俺、ずっと後悔してたんだ、別れを告げた事」
「私もよ」
「え?」
「あなたに別れを告げられて悲しかった、泣きたかった、寂しかった」
「俺、華が甘えられる男になろうって、正社員になった、ジムにも行ってる」
「ふふ、筋トレまでしてるの?」
「寄りを戻せるなんて確証もなかったのにバカだよな」
「私、あなたのこと好きだったわ」
「それは今はもう好きじゃないってこと?」
「いいえ、今も好きよ、でも、今までよりもっと好きになったみたい」
バイト「あのー、仲が良いのは良い事なんですが・・・他のお客様の視線がその」
「「え?」」
バッと二人が振り返ると他のお客たちの視線が集まっていた。
二人は急いでカシスオレンジを飲み干すと会計を済まし店を出た。
外はまだ夕陽が沈み切る前だった。
カシスとオレンジが混ざったような色。
二人並んで歩く。
華が健の手を人差し指でツンツン突く。
一瞬驚くもすぐに満面の笑みになり手を繋いだ。
別れたのは彼でも夕陽でもない。
昨日までの私だったんだ。