リヴィア・エルノア・カストレインの調書②
婚約者であったアルフォンス様も、あの忌まわしい事件でわたくしを置いて逝ってしまわれた。わたくしの絶対的な庇護者であり、権力の源泉でもあったお父様も、今や罪人として捕らわれの身。これで本当に、わたくしはひとりになってしまったのね。カストレイン公爵令嬢リヴィア・エルノア・カストレインという、かつては誰もが羨望と畏敬の眼差しを向けたその名前も、もはや何の意味も持たない。ただの、死を待つ女。……わたくしの人生とは、一体、何だったのかしら?ここ最近、ずっと、ぼんやりと同じことばかりを考えているわ。
カストレイン公爵家に生を受けたわたくしは、間違いなく、他の多くの者たちよりも幸福な人生を約束されていた。それは疑いようのない事実よ。王宮の中枢で辣腕を振るい、国政を意のままに操っていたお父様。常に最新の流行を取り入れ、その美貌と才気で社交界を華やかに牽引していたお母様。そして、カストレイン家の次期当主として、若くしてその優秀さを周囲に認めさせ、盤石な未来を約束されていたお兄様。
わたくしは、そんな完璧な家族の愛情を一心に受け、蝶よ花よと育てられた。欲しいものは何でも手に入ったし、わたくしの言葉は常に肯定され、わたくしの望みは必ず叶えられた。そうね、思い返せば、あの頃のわたくしは、自分が世界の中心で、わたくしが一番でないと気が済まなかった。いいえ、むしろ、わたくしが一番であることが、この世の当然の摂理だと、心の底から信じて疑わなかったわ。
アルが……アルフォンス様が、アマーリエのことを調べてほしいと、最期にそう言い遺したのね。アマーリエ・ロザリンド・フェルネ。わたくしの、一つ年下の従妹にあたる伯爵令嬢。わたくしの母とアマーリエの母が実の姉妹だったの。けれど、正直なところ、幼い頃に数えるほどしか顔を合わせたことがなく、特に親しい間柄というわけではなかったわ。
ただ、フェルネ伯爵家はカストレイン公爵家の縁戚であり、家格としては下位ながらも、古くから寄親と寄子のような関係でもあったから、その存在は認識していた。そして何より……アマーリエは、わたくしと驚くほど面影がよく似ていた。髪の色、瞳の色、そしてどこか儚げな雰囲気まで。けれど、性格は正反対。彼女は、いつも何かに怯えている小動物のように引っ込み思案で、自分から積極的に人と関わることを極度に避けるような、影の薄い子だったわ。だから、そう……だからこそ、彼女はわたくしにとって、実に都合のいい駒だったのよ。
セシルが、わたくしに対して、単なる幼馴染以上の、熱のこもった親愛以上の感情を向けていることには、かなり早い段階から気づいていたわ。そして、彼が心の奥底で、わたくしを自らの婚約者にしたいと、強く、強く望んでいたことも、痛いほど理解していた。セシルは、その見た目も、立ち居振る舞いも、そして家柄も、たしかにこの国一番の貴公子と呼ぶに相応しかった。ええ、アルフォンス様よりも、ずっと。正直に言えば、彼から向けられるその熱烈な想いは、決して不快ではなかったわ。むしろ、心地よかった。だって、わたくしは常に一番でなければならなかったから。
――なら、どうしてセシルと婚約しなかったのか、ですって?そんなの、決まっているでしょう?彼が、ただの侯爵家の嫡男だったからよ。それ以上でも、それ以下でもない。
わたくしは、この国で最も権勢を誇るカストレイン公爵家の、唯一の姫よ?なぜ、そのわたくしが、わざわざ家格が下になる侯爵家に嫁がなければならないの?それは、わたくしのプライドが許さなかった。わたくしは、何よりも、誰よりも、常に一番でいたかった。この国で一番の地位、一番の権力、一番の輝きを手に入れたいと願うなら――選ぶべき相手は、アルフォンス様、ただおひとりでしょう?次期国王となるべきお方。それが、わたくしの揺るぎない結論だった。
それに、アルフォンス様ご自身も、あれほど嫌がっていたはずの国王の座に、どういう心境の変化か、いつの間にか強い執着を見せるようになっていたようだし、カストレイン公爵家という強力な後ろ盾を欲していた。わたくしたちの婚約は、双方の利害が完全に一致した、いわば政略結婚。それが、この国における貴族社会の、ごく自然な流れだったのよ。
でもね、わたくしは欲張りなの。どんなときでも、どんな状況でも、一番でいたいの。わたくしはセシルを選ばなかったけれど、それでも、彼の心の一番は、常にわたくしでなければ嫌だった。彼が他の誰かに心を移すなんて、想像するだけで虫唾が走ったわ。
あきれる?軽蔑する?ふふ、お好きなように思えばいいわ。じゃあ、ひとつお聞きするけれど、世間では、「男に愛されない女に価値などない」と、そううそぶくのは、いつだって男性のほうではなくて?女は、少しでも若く、少しでも美しくあることを求められ、そして、賢い方がいいけれど、決して男のプライドを傷つけない程度の、都合のいい愚かさも必要とされる。
それが、あなたたち男性が、女に一方的に求める理想像でしょう?そうして、自分を着飾るための宝飾品のひとつとして、より見栄えのする、より従順な女を妻に選びたいと、そう考えるのではなくて?それと、わたくしのこの考え方と、一体何が違うというのかしら。わたくしは、ただ、自分の価値を最大限に高め、それを維持しようとしただけよ。
だから、そう……わたくしは、セシルにとって、わたくしが常に唯一無二の一番であり続けるために――あの大人しくて、わたくしに面影の似た従妹、アマーリエを、セシルに紹介したの。ある意味、彼へのささやかな贈り物、といったところかしら。
セシルは、見た目も家柄も申し分なく、将来も約束されていて、お金も地位も名誉も、全てを手にしていたけれど、残念ながら、その心根は驚くほど貧相で、歪んでいたわ。彼は、心のどこかで常にアルフォンス様を見下し、その優しさや人の良さを、弱さだと断じていたでしょう?それがいい証拠よ。アルフォンス様のほうが、人間としての器の大きさでは、セシルよりもひとまわりも、ふたまわりも大きかった。アルフォンス様はきっと、心の底から誰かを見下すなんてことは、生涯一度もなかったでしょうね。それどころか、あの方はきっと、自分自身のことさえも、取るに足らない、平凡な人間だと、あの最期の瞬間まで、そう考えていたのではないかしら。
そういう、ある意味での潔癖さ、不器用さも、わたくしがアルフォンス様を選び、セシルを選ばなかった理由のひとつよ。セシルのような、他者を見下すことでしか自分の価値を確かめられないような男は、結局のところ、信用できないもの。
アマーリエがわたくしの従妹であり、そしてわたくしの面影があると知れば、セシルは必ずや彼女を婚約者にするだろうと、わたくしは確信していたわ。セシルは、恐ろしいくらいに、病的なまでにわたくしに執着していたから。もちろん、その執着を、わたくしが巧みに操れるという絶対的な自信もあった。わたくしの面影だけでもいいから、自分のすぐそば近くに置いて、日がな一日眺めて心の慰めにしたいという、彼のあの昏く、粘つくような欲望は、手に取るように見え透いていたから、アマーリエとの婚約が決まったと風の便りに聞いたときは、気持ち悪いという感情を通り越して、思わず笑いが込み上げてきたわ。本当に、色欲というものが絡むと、どんなに普段は優秀で頭の切れる男も、まるで五歳児と変わらないような、短絡的で愚かしい思考回路になってしまうのね。あわれなほどに。
でも、わたくしは、自分の思い通りに事が運んだとほくそ笑む一方で、同時に、言いようのない不愉快さも感じていた。あんなにも、わたくしのことを想っている、わたくしのためなら何でもするといった態度をあからさまに出しておきながら、結局は、あっさりと他の女を婚約者にしたんですもの。しょせんは、自分の性的な欲望を満たすことができれば、相手は誰でもよかったということかしら?男の浮気は甲斐性だなんて、馬鹿げたことをおっしゃる方もいますけれど、それは結局のところ、「自分は理性よりも本能に劣る、性欲に簡単に負けてしまう愚かな男です」と、そう高らかに自己紹介しているようなものだと、どうして気づかないのかしら。本当に滑稽だわ。
――そういうわけで、わたくしは、セシルがアマーリエよりも、常にわたくしを優先するように、そしてアマーリエがセシルにとって、わたくしの代用品以下の存在であるように、巧妙に仕向けたの。それは、わたくしにとって、息をするのと同じくらい簡単なことだった。
アマーリエは、本当にどこまでも大人しい子だったし、一緒に話をしていても、いつも曖昧ににこにこして、ただ黙ってわたくしの言葉に頷くだけだったけれど、ふとした瞬間に、ぽつりとこぼした言葉を、本当はそういう意図で言ったのではないのに、わざと大げさに、悪意をもって捻じ曲げてセシルに伝えたわ。
例えば、そうね……。アマーリエが、他の令嬢たちとの賑やかなお茶会の輪に馴染めず、一人ぽつんとただただほほ笑んでいるだけだったから、わたくしが気を遣って声をかけたら、「わたくしには、皆様のお話が少し難しくて……」なんて、困ったように、でもどこか媚びるように微笑むのよ。まるで、このお茶会のホストであるわたくしが、彼女をうまく輪の中に導いていない、采配が悪いとでも言いたげな口ぶりに聞こえたから、それをあとでセシルに、「アマーリエったら、わたくしがわざと彼女を孤立させようとしているとでも考えているみたいなの。本当に困ったものだわ」と、さも自分が被害者であるかのように言ってやったわ。
あのときの、セシルの眉間に皺を寄せ、アマーリエへの不快感を露わにした怒ったような顔は、今こうして思い出しても傑作だったわね。そういう小さな、けれど効果的な毒を、少しずつ、確実にセシルの心に注ぎ込んで、わたくしは、自分が彼にとって常に一番であり、アマーリエは取るに足りない存在であることを、くり返し確認していたの。
今こうして、自分自身の過去の所業を客観的に振り返って思うけれど、あの忌まわしい毒婦――レーナとか言ったかしら、あの男爵令嬢がアルフォンス様に対してやっていたことも、結局はこれと全く同じだったのね。自分のやったことは、いつか必ず自分に返ってくる、という東方の古いことわざを聞いたことがあるけれど、わたくしはまさに、その状況に陥っていたというわけね。本当に、皮肉なほどに愚かだったわ。わたくしがアルフォンス様に愛想を尽かされ、あの女にその座を奪われ、そして最期には誰からも見捨てられてしまったのも、すべてはわたくし自身の行いの当然の報い。仕方のないことだわ。
そうしてわたくしがせっせと、セシルという名の犬に餌を与え続けていたら、案の定、彼はアマーリエとわたくしをあからさまに比較して、アマーリエを公然と蔑むようになった。
最初は、さすがのわたくしも少し驚いたけれど、セシルから容姿のことなどを辛辣に言われても、ただ黙って俯き、涙を堪えることしかしないあの愚鈍な従妹を見ていると、次第に、そうして誰かが助けの手を差し伸べてくれるのをただひたすら待っているだけの、その受動的で卑屈な姿に、言いようのない嫌悪感を覚えるようになったの。だから、もう、セシルの好きにさせてあげることにしたわ。アルフォンス様が、時折、気づかわしそうに、同情的な眼差しでアマーリエを見ているのも、正直、不愉快で仕方がなかった。嫌なら嫌だと、はっきり言えばいいでしょう?助けてほしいなら、そう大声で叫べばいいだけでしょう?それなのに、アマーリエはただ黙って耐え、俯くだけ。そうして、アルフォンス様の貴重な関心と時間を独り占めしているのが、本当に、心の底から嫌だったのよ。
お父様が、違法な薬物の流通に深く関わっていたと、取り調べでそう白状したと聞いたけれど、わたくし自身は、そのことについては何も知らないわ。まあ、こんな状況でこんなことを言っても、今さら誰ひとりとして信用なんてしてもらえないでしょうけれど。ただ、もし物的証拠があると言うのなら、アマーリエはきっと、その得体の知れない薬物を、知ってか知らずか飲んでいたのでしょうね。あわれなことだわ。
「近頃流行りの、美しくなれるという秘薬を、アマーリエにプレゼントしたんだ。彼女もきっと喜んでくれるだろう」
そう言って、セシルはいつだったか、実に嫌な、粘つくような笑みを浮かべていたものよ。わたくしはとくに興味もなかったから、それ以上くわしくは聞かなかったけれど、今思えば、セシルはお父様から、あるいはカストレイン公爵家の息のかかった者から、その薬を手に入れていたのでしょうね。そして、それをアマーリエに……。
ちなみに、その違法な薬物とやらは、一体どんな効果があるのかしら?瘦身に、美白?まあ、それはそれは。たしかに、世の多くの女性ならば、喉から手が出るほど欲しいと願う薬ですわね。だって、それらは全て、世の男性が、女性に対して一方的に求める美しさの基準そのものですもの。どうせあなた方も、わたくしのことだけじゃなくて、そんな薬に手を出した愚かなアマーリエのことを、心のどこかでほんの少し見下しているのではなくて?「そんな都合の良い薬があるわけがない、少し考えればわかるだろうに」とか、そう思っているのでしょう?
そんなこと、女だって百も承知でわかっているわよ。わかっていても、それでも、少しでも条件のいい男性と結婚したい、少しでも深く愛されたいと願うのは、そんなにいけないことなのかしら?女性の美しさの基準なんていうものは、いつだって、その時代の男性の好みや視点によって、ころころと変わるものだと、あなたたち男性はいつになったら気づいていただけるんでしょうね。男性が、そういう非現実的なまでに完璧な女性を求めるから、追い詰められた女たちは、そういった得体の知れない薬物にさえも、藁にもすがる思いで手を出してしまうのよ。アマーリエも、その犠牲者の一人だったのかもしれないわね。
アマーリエが、ある日突然、教室で奇声を発して発狂したときは、さすがのわたくしも、これはただごとではないことくらい、すぐにわかったわ。けれど、だからと言って、そのときのわたくしに一体何ができたというの?あの頃のアマーリエは、本当に、正気のときなど一瞬たりともないのではないかしら、というくらい、終始うわの空で、こちらの話もまともに聞けない、聞こうとしないというような、惨めなありさまだったわ。
そのあと、彼女はぱったりと学園に来なくなってしまって……。何度か、形だけはお見舞いにも行ったけれど、結局、アマーリエ本人に会うことは一度も叶わなかった。そうして、数ヶ月もしないうちに、彼女はあっけなく、本当にあっけなく、この世を去ってしまったと聞いたわ……。
その後のことは、きっとあなた方も、もうご存知の通りでしょう。わたくしは、アルフォンス様とセシルという二人の男性に囲まれて、一時は得意の絶頂にいたけれど、あの狡猾な女狐――レーナが現れて、まるで蜃気楼のように、一瞬にしてその輝かしい玉座を奪われた。
そして今は、カストレイン公爵令嬢でも何でもない、ただの罪人として、この薄汚れた部屋で、本来なら言葉をかわすこともなかったような方たちと言葉をかわしている。あら、ごめんなさい。でも、女ひとりを複数人で責めたてる仕事なんて、高貴な身分の方はなさらないでしょう?
わたくしの人生、一体どこで間違えてしまったのかしらね。いいえ、もしかしたら、生まれた瞬間から、全てが間違っていたのかもしれないわ。
――ねえ、もう、これくらいでいいでしょう?これ以上、わたくしに何を語れというの?
アルフォンス様もいない、お父様もいない、わたくしを助けてくれる家族も、もうどこにもいない……。地位も、名誉も、財産も、すべてを失って、このまま惨めに生きていても、もう何の意味もないわ。処刑でも何でも、お好きなように、早くしてちょうだい。もう、何もかもどうでもいいの。
そういえば、あの女狐が死んだと、あなた方はそうおっしゃっていたけれど、本当に、本当にあの女は死んだのかしら?あの女は、わたくしが見てきた中でも、飛び抜けて狡猾で、頭も口も回る、底知れない女だったわ。そうやすやすと、誰かに殺されるような、そんな間抜けな女だとは到底思えないのだけれど。床に大量の血痕があったと聞いたけれど、その血は、本当にあの女のものなの?まあ、そうは言っても、検視の結果、それが動かぬ証拠として真実だというのなら、仕方がないわね。
ああ、そうだったわ。わたくしが、あの女を殺したということになっているんですっけ?うふふ、おもしろい冗談だこと。まんまとわたくしを罠に嵌めたあの狡猾な女が、このわたくしごときに、そう簡単に殺されるとは思えないけれど。まあ、いいわ。どうせ死ぬなら、最後に一つくらい、大きな罪を背負って死ぬのも悪くないかもしれないわね。
女の、その見せかけの純真さや、計算され尽くしたあざとさすら見抜けないような、愚かな男性ばかりでは、その「真実」とやらも、たかが知れているかもしれませんね?