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セシル・ラグランジュの調書①

 だからさっきから言っているだろう。アルフォンスが――あいつがすべて悪いんだ。

 俺は、正義の鉄槌を下してやったんだ。愛する者のために。

 もともと、アルフォンスのことは嫌いだった。あいつはいつも、俺のほしいものを横からかすめとっていく。幼いころからアルフォンスの遊び相手になっていたが、あいつの傍若無人にはいつも困らされていた。

 アルフォンスは我慢のできない男で、よく家庭教師の授業を逃げ回り、そのたびに俺は言い訳を考えていた。そうして俺が矢面に立たされるから、いつも父上から怒られて。時として主君を諫めることも云々かんぬん。

 それならとアルフォンスを諫めれば、今度は国王や王妃に密告されて、またひどく父上に怒られる。幼いころは、父上に怒られてばかりだった。

 レーナ・カノーザの話が聞きたい?

 ああ、いいだろう。レーナは俺の女神だ。退屈な学園で、俺の唯一の癒しだった。手もとに置いていつも眺めていたいと思っていた。俺の心のなぐさめになっていたと言っていいだろう。

 レーナに声をかけたのは俺だ。転入してきたレーナを見たとき、胸がしめつけられた。ふさふさとしたやわらかいブロンドの髪に、目は吸い込まれそうなくらい深い青、制服の上からでもわかるくらいのスタイルの良さ、手足も細くて長い。肌も無垢な白雪のようだ。

 彼女がにっこりほほ笑むと、周囲に花が見えた。歩く姿もしなやかで、俺が守ってやらなくてはと思うほど可憐な様子に、俺はすっかり目を奪われた。

 まるで俺の理想を具現化したような女性、それがレーナだ。

 婚約者の――なんて名前だったか……そうだ、アマーリエ。アマーリエを亡くして一年も経っていないのによくないとは思いながらも、俺はレーナにひかれる自分を止めることができなかった。

 レーナは、カノーザ男爵の庶子らしい。カノーザ男爵は、隣国で手広く商売をやっている大商人で、今回わが王国でもその販路を開拓すべく、金で男爵位を買ったそうだ。そんな悪魔のような男に、レーナは政略の道具として引き取られた。その話を涙ながらに聞かせられたとき、俺は誓ったのだ。

 なんてかわいそうなレーナ!彼女を守ってやらなくては。俺のすべてをかけてでも。

 そうしてレーナとの距離が縮まると、問題がひとつ起きた。アルフォンスが、自分にもレーナを紹介しろと言い出したのだ。

 もちろん、俺はアルフォンスの婚約者であるリヴィアに悪いからとやんわり断っていた。もちろん本音は、誰にもレーナの視界に入ってほしくなかったからだ。とくに、アルフォンスには。


「輝く宝石をセシルばかり愛でるなんてずるいじゃないか」


 そう言って、あいつはいやらしく笑っていたような気がする。本当に腹の立つやつだ。

 俺はなんやかんやとごまかし続けていたが、ある日二人でいたところをアルフォンスが突撃してきた。


「はじめまして、レーナ」


 そう言ってほほ笑むあいつは、悔しいがやっぱり「王子様」で。レーナもうれしそうに笑い返すので、俺は仕方なくアルフォンスも入れてやることにしたんだ。思えば、レーナは、俺がアルフォンスの側近候補のひとりであると知っていて、俺のためにあいつににこやかに対応していたのだろう。俺がもっとしっかりしていればと今さらながら悔やまれる。

 俺は婚約者が亡くなっており、一応婚約者のいない独身貴族だったのでよかったが、アルフォンスは違う。あいつはすでに王太子で、王太子妃――そして王妃になるべき婚約者がいた。しかも相手は、公爵令嬢のリヴィアだ。

 リヴィアは美しく、そして頭の回る令嬢なので、すぐにアルフォンスの異変に気づき、それがレーナのせいだということに気づいたらしい。俺たちがいないところで、レーナをいじめ始めたようだった。俺がリヴィアに感じていた熱も、急速に冷めていったよ。

 アルフォンスが気がきく奴なら、リヴィアをうまくフォローしたのだろうが、この世のすべては自分のものだと勘違いをして、誰かが自分のために動くのを当たり前だと思っているあの男に、そんなことができるわけがない。案の定、レーナへのいじめは加速していった。

 レーナへのいじめはなかった?

 はっ、調査官の質も落ちたものだ。

 レーナはいつも、目に涙を浮かべ、震える声で俺に相談してくれていた。集団で囲まれて一方的にまくしたてられた、アルフォンスのことは好きでもなんでもない、ただの学友だ、リヴィアの誤解だ、と。

 アルフォンスのほうはレーナのことをどう思っていたか知らないが、リヴィアはアルフォンスだけをたしなめるべきだったんだ。

 だってレーナは、アルフォンスのことなんて、何とも思っていなかったんだから!

 アルフォンスが勝手にレーナの美しさに惑わされ、リヴィアをないがしろにしていただけだ。レーナとアルフォンスの心は一切通っていない。レーナがアルフォンスに対してにこやかに接しているのは、俺のためである。

 リヴィアにはなぜか「レーナがアルフォンスを誘惑している」と見えていたようだが。才女とも呼ばれているほどの女でも、嫉妬に狂うと真実を見る目を失ってしまうようだ。

 自分よりも美しいレーナを見て、リヴィアは嫉妬したのだろう。――アマーリエが、リヴィアに対して嫉妬していたように。



 そうそう、あいつのことが嫌いになった理由を聞かせてやるよ。

 俺とアルフォンス、そしてアルフォンスの婚約者のリヴィアは幼なじみだったんだ。小さいころは王宮の中庭でよく遊んだものだ。

 リヴィアは、同世代の令嬢のなかで、抜きんでて美人で利発的だった。頭もよかったので、政治の話もできるし、幼いながらに大人たちに一目置かれる存在でもあった。

 俺は、そんなリヴィアが好きだった。初恋だったと言える。

 対してアルフォンスは、美人だが自分より頭のいいリヴィアが苦手だったようだ。


「女は男を立てるべきだ」


 あいつは、バカみたいにそんなことをよく口にしていたっけ。

 あいつが「立つ」のは下半身くらいだろう?――ああ、失礼、この場には女性もいるんだった。でも、どうでもいいよな。どうせ俺は貴族には戻れないんだから。

 まあ、そういうわけで、アルフォンスはリヴィアのことを友人としては仲良くできるが、自分の婚約者に、なんて考えてすらいなかったと思う。

 俺の初恋を知るまでは。

 あいつは、アルフォンスは、本当にバカだった。

 国王と王妃の間に生まれた唯一の直系男子。たったそれだけのことで、あいつは生まれたときから王太子になることが約束され、周りの大人はひたすらに優しく甘く接していた。

 あいつは、頭の出来も、剣の腕も、弁も、何一つ俺やリヴィアに勝てるところはない。そしてそれを、内心おもしろく思っていなかった。

 だからこそ、俺がリヴィアにひかれていると知り、それを横からかっさらえば、幾分かすっきりすると考えたのだろう。あいつは、リヴィアを婚約者にしたいと両陛下の前で言ったそうだ。

 リヴィアは同世代の令嬢のなかで、最も美しく、賢い女性だった。公爵家の令嬢でもあり、血筋も問題ない。彼女を王妃にしたいと公爵もひそかに思っていたようで、二人の婚約は本当にあっさりと、まるでそれが当然であるかのように、決まったのだ。

 あのときの俺の絶望を、想像できるか?

 運命の相手だと信じた女性を、ただ生まれがいいだけの能無しにかっさらわれた俺の気持ちが。

 リヴィアとの婚約が決まったとき、あいつは勝ち誇ったような顔をしていた。


「すまない、セシル。でも、祝福してくれるだろう?俺たちは友人なのだから」


 今すぐにこいつを殴ってやりたいと何百回も思ったが、俺は笑顔で祝福した。アルフォンスを殴ればリヴィアが傷つく。リヴィアの泣いている顔は見たくなかった。

 リヴィアは、健気な女性だ。アルフォンスが本当は自分を愛していないとわかっていながらも、国に自分の未来を捧げることを誓っていた。


「わたくしの心だけは、誰にも渡さないから」


 そう言ってほほ笑むリヴィアの気持ちを、俺は尊重したかった。王妃となるリヴィアの心を支えられるのは俺だけだと本気で思っていたから。

 リヴィアの心は俺にある。――それはわかっていても、リヴィアの隣にはアルフォンスがいた。このもやもやを払拭するために、俺は、カストレイン公爵家の親戚筋にあたる、フェルネ伯爵家の令嬢を婚約者に指名した。

 リヴィアの従妹にあたるアマーリエ・ロザリンド・フェルネである。

 アマーリエは、リヴィアの面影を感じる顔立ちではあったが、凡庸な女だった。政治の話はそんなにできないし、自己主張もほとんどない。いつもにこにこ笑っているだけの女だ。

 ところがいつもにこにこ笑っているだけかと思いきや、見えないところでいつもリヴィアをいじめていたらしい。俺と馴れ馴れしくするなとか、女のくせに生意気だとか。

 最初は、あのアマーリエが?と思わないわけではなかった。そもそもアマーリエのほうが爵位は下だし、リヴィアのほうがアマーリエよりも賢く、あんな小娘ひとりいなすくらいなんてことはないと思っていたからだ。

 しかし、よくよく聞いてみると、アマーリエは令嬢たちだけが集まるなかで、同情を誘うという卑怯な方法でいじめていたようだ。俺の婚約者は自分なのに、いつもリヴィアばかりかまっている。リヴィアはわざと難しい話をして、輪に入れないようにしている。――そんなことを、令嬢たちだけの茶会でわざと大げさに言い、自分に同情を集め、リヴィアを孤立させているようだ。

 もちろん、そのひとつひとつの誤解をていねいに解いているので、結果的にアマーリエのほうが白い眼を向けられるらしいが、勝手に嫉妬されるリヴィアの心労は計り知れない。

 俺はそんな女とは即刻婚約破棄をしようと思ったが、リヴィアにやんわりと止められた。もし俺が婚約破棄をしたら、嫉妬に狂ったアマーリエが何をしでかすかわからない、と。そして、アマーリエの手綱をしっかり握っていてほしいとも。

 そのとき、リヴィアの味方になってやれるのは俺だけだったので、俺はリヴィアの言う通り、婚約破棄はしなかった。

 そしてアマーリエの手綱を握るために、ある作戦を実行したのだ。



 そんなことはどうでもいいから、なぜ王太子を刺したのか話せ、だと?

 だから最初からずっとずっと話しているだろう。正義の鉄槌だと。

 悪は滅ぼさなければならない。悪いのはあいつだ。アルフォンス・ディアナス・グランヴェール。あいつを刺したことを、俺はまったく後悔していない。あいつは悪人だ。生かしておけるわけがない。

 剣を向けたときのあいつの青い顔は今思い出しても笑えてくる。


「ま、待て。話せばわかる」


 たしか、そんなことを言っていたなあ。何が話せばわかる、だ。

 自分は権力で相手の言葉を奪っておいて。血統と権力以外何も持っていない薄っぺらい男。生まれた年が同じだと言うのに、生まれた家が違うだけで、俺とあいつに何の違いがある?俺のほうがあいつよりも頭がよく、剣の腕も、弁も立つ。傲慢で、バカで、うぬぼれ屋で、生まれ以外に才能なんてありはしないアルフォンスに、何の価値があるんだ?

 それでもあいつのほうが偉いんだ。国王と王妃の血を受け継ぐ、唯一の直系男子だから。その血統と権力には、圧倒的な暴力以外対抗手段がないだろう?

 俺はあの日、とある手紙であの空き教室まで呼び出された。その手紙はどうしただろう。捨ててしまった気がする。誰からの手紙かなんてどうでもいいだろう。

 とにかく俺はその手紙で呼び出されてあの空き教室まで行き、そこで同じく授業を抜け出していたアルフォンスを刺した。

 アルフォンスを刺した理由か?何度、同じことを言わせるんだ。さっきからずっと言ってるだろう、正義の鉄槌だって。それ以上でもそれ以下でもない。アルフォンスは刺されても致し方ない人間で、それだけのことをしでかしたんだ。

 そういえば、レーナは今どうしている?俺に会えなくて泣いているのではないか?ああ、かわいそうなレーナ。今すぐ彼女を抱きしめてその涙を止めてあげたい。

 ――は?レーナがいなくなった?

 どういうことだ?レーナは今どこにいる?

 わからない?

 何をしているんだ!ここにいる調査官は無能しかいないのか?

 レーナを今すぐ探し出して、彼女に会わせてくれ。レーナだけが俺の唯一の女神で、レーナだけが俺の生きる意味なんだ。

 きっとレーナも、俺に会えなくて震えているに違いない。

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