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ある女生徒の調書

 セシル・ラグランジュ侯爵子息様についてですか?

 そう申されましても、わたしなんかは末端貴族の子女にすぎないので、高貴なお方のことなどほとんど存じ上げません。

 王太子殿下とのご関係ですか?

 ラグランジュ侯爵子息様は、王太子殿下と幼いころから仲が良く、側近候補のおひとりだったというお話くらいしか……。学園でもよく一緒にいるところをお見かけしましたわ。ラグランジュ侯爵子息様の亡くなったご婚約者様がまだご健勝だったときは、王太子殿下の婚約者でもあるカストレイン公爵令嬢様も含めた四人で行動されていたと存じます。

 ただ、ここ最近は、あの男爵令嬢と……たしか、レーナ・カノーザ様と申したかしら。レーナさんと、ラグランジュ侯爵子息様と王太子殿下の三人でいることが多かったようですよ。カストレイン公爵令嬢様が、王太子殿下をお諫めしているところも見たことがございます。

 たしか王太子殿下は、「俺の交友関係に口出しするな」とおっしゃっていたかと。ええ、ラグランジュ侯爵子息様もあの男爵令嬢をかばうようなことをおっしゃっていたように思いますわ。

 あの日のこととは、事件が起こった日のことでございますか?

 そう言われましても、わたし自身はとくに変わったことは……。はあ、それでもよろしいのですか?聴取って大変ですのね。

 わたしはいつも通り教室で授業が始まるのを待っておりました。チャイムが鳴っても先生がお越しにならないので心配しておりましたら、薬草学の先生が青い顔をして入ってこられて……。


「緊急事態が起こった。教室からは出ず、指示があるまで待機しているように」


 こんなふうにおっしゃって、一体何があったのかしらと教室はにわかにざわつきました。ただ、先生のご様子から飛んでもないことが起こったことは察しましたので、言われたとおり大人しく待っておりましたわ。

 ああ、そういえば、ええ、そうですね、わたしは王太子殿下とラグランジュ侯爵子息様と同じクラスの人間です。ただ、お二人が教室にいないことを、わたしたちは不思議に思っておりませんでした。あの男爵令嬢と親しくなられてから、お二人は授業に出られないことも多くて……。

 先生たちも気づいていたかと存じますが、お相手がお相手ですので、何も申し上げることができなかったんでしょう。あのころのお二人は、何と言いますか――申し訳ございません、うまく言葉が見つからず……。

 この場で話したことは、真実にもとづくなら不敬にならないのですか?

 それなら……そうですね、あのころのお二人は、気でもふれているのではないかしらと思うことが多々ございましたので……。とくにあの男爵令嬢が絡むと、それはそれはものすごい勢いでお怒りになりますの。

 カストレイン公爵令嬢様のお話すら聞く耳をお持ちにならないんですから、他の方のお話なんてとても聞き入れるようには見えませんでした。

 とにかく、そんな状態でしたから、王太子殿下とラグランジュ侯爵子息様が教室にいらっしゃらないことに、わたしも含めて誰も疑問に思っていなかったと存じます。

 そのあとのことですか?

 そのあとと言われましても……。再び先生が教室にやってきて、「事件が起こり、王太子殿下が重篤だ」と聞かされたので、そのときはただただ驚き恐ろしく思うばかりでした。

 王太子殿下とお立場上、お命をねらわれることもあると耳にしたこともございましたので、万が一があったらと思うと情けなく震えてしまいました。一部の生徒は気を失っていた方もおりましたわ。

 王太子殿下とラグランジュ侯爵子息様は一緒に行動されていることが多かったので、ラグランジュ侯爵子息様ももちろん心配しておりました。王太子殿下を命をかけてお守りすることは名誉なことでございますけれども、それでも凶刃にお倒れになってしまわれるなんてあってはならないことと思っておりましたので。

 ……それが、まさか、ラグランジュ侯爵子息様が王太子殿下に――刃を向けられた、なんて、夢にも思いませんでした。

 申し訳ございません、少し気分が悪くなってしまいますので、これ以上は……。

 そうですね、事件についてわたしが知っていることはすべてですわ。



 カノーザ男爵令嬢についてですか?

 わたしは直接お話ししたことはありませんけれど……。とても庇護欲をそそる愛くるしい見た目で、とにかく可憐な方だなというのが第一印象でした。カノーザ男爵は存じませんが、最近男爵位を購入したと聞きましたわ。

 爵位を買った男爵家のご令嬢となれば、たいてい周囲から避けられるものですが、カノーザ男爵令嬢はあの麗しい見た目でございますでしょう?当然、殿方のほうが放っておかなくて……。転入初日から、いろんな貴族子息の方が声をかけておりましたわ。

 下位の貴族子息はもちろん、本来なら歯牙にもかけないはずの、高位の貴族子息まで目を輝かせてカノーザ男爵令嬢を見ておりました。婚約者のいる殿方でさえ、自然と目がひかれているようでしたら、婚約者がまだいらっしゃらない方は言うまでもございません。

 そのなかに、ラグランジュ侯爵子息様もいらっしゃいました。

 ラグランジュ侯爵子息様がお声をかけられたときの光景は……ええ、今でもはっきり覚えておりますわ。わたしもお友だちも驚きあきれるばかりでございました。もし、わたしの婚約者だったらと思うと、大変失礼ではございますが、ぞっといたします。

 わたしの婚約者は年上の伯爵様で、学園には通っておりませんので本当によかったですわ。大変失礼いたしました、話が逸れてしまいましたわ。

 とにかく、ラグランジュ侯爵子息様がカノーザ男爵令嬢にお声をかけるなんて、この目で見ていなければ到底信じられなかったことでしょう。

 なにせ、ラグランジュ侯爵子息様は、数か月前にご婚約者様――アマーリエ・ロザリンド・フェルネ伯爵令嬢様がはかなくなられたばかりだったのですから。


「セシル・ラグランジュというんだ。セシルと呼んでくれ」


 たしか、こんなふうにおっしゃっていたかと存じます。いきなりお名前を呼ばせることをお許しになったので、わたしはお友だちと顔を見合わせて驚きましたわ。ラグランジュ侯爵子息様をお名前で呼んでいるのなんて、そのときはカストレイン公爵令嬢様くらいでしたから……。

 同じクラスでラグランジュ侯爵子息様とよくお話ししているご令嬢ももちろんいらっしゃいましたけれど、当然貴族として一定の距離を保って接しておりました。学園内は平等ではございますが、それはあくまで学問においてのことです。

 貴族の娘として教育を受けていればやんわりとお申し出をお断りするものですが、カノーザ男爵令嬢はあまり教育を受けていらっしゃらなかったのか、とてもうれしそうにされていたかと存じます。


「ありがとうございます!わたしのことは、レーナと呼んでくださいね」


 そうしてお二人はすぐに、セシル、レーナと呼び合っておりましたわ。

 フェルネ伯爵令嬢様のことを思うと複雑ではございましたが、わたしにはどうすることもできず、ただあまり関わらないようにするしかございませんでした。

 ラグランジュ侯爵子息様と仲良くなったカノーザ男爵令嬢は、その後、王太子殿下ともお話しするようになっておりました。

 これについては、わたしだけではなく、顔をしかめる子息や令嬢が多くいたと記憶しております。転入初日にカノーザ男爵令嬢にまとわりついていた殿方たちも、彼女の存在の危うさに気づいたのか、さっと引いていきました。

 カノーザ男爵令嬢の周りには、ラグランジュ侯爵子息様と……王太子殿下がいつも侍っておりました。下品な表現ではございますが、本当に「侍っていた」と言う以外にないのでございます。

 三人は授業中もいつも一緒にいらっしゃいました。カノーザ男爵令嬢を間に挟んで、まるで騎士のように。王太子殿下にはカストレイン公爵令嬢様というご婚約者様がいらっしゃるというのに、非常に親密に接しておられました。

 遠い東の国では、王がひとりの女性に入れあげて国が滅んだという例もあるらしいと聞いたことがございます。そういった不吉なお話が思い浮かんでしまうくらい、三人のご関係は目を背けたくなるものがございました。


「レーナ、君は本当にかわいらしいな」


 と、王太子殿下もよくおっしゃっていましたわ。それを見つめるカストレイン公爵令嬢様のお顔と言ったら、言葉にすることが大変難しいです。フェルネ伯爵令嬢様がお亡くなりになって、カノーザ男爵令嬢が転入するまでは、いつもカストレイン公爵令嬢様を挟んで仲睦まじくされていたのですが……。

 そうしてしばらくすると、三人でよく授業を抜け出されるようになってしまいました。先生たちも気づいてはおりましたが、学園の先生たちは下位の貴族出身の方が多く、見て見ぬふりをしているというありさまでございました。

 わたしは授業に出ておりましたので、そのときお三方が何をしていたか存じ上げません。知りたいとも思いませんけれど。

 カストレイン公爵令嬢様が王太子殿下をお諫めしたときのことですか?

 カストレイン公爵令嬢様は、最初、カノーザ男爵令嬢に直接お伝えしておりましたわ。殿方と適切な距離を保つようにとか、当たり前のことをおっしゃっていたかと存じます。

 カノーザ男爵令嬢にお伝えするときは、他の生徒の目もある場でおっしゃっておりました。わたしも何度か目にしたことがございます。そのときのカノーザ男爵令嬢は、大きな瞳に涙を浮かべておりましたわ。

 そういうわけで、カノーザ男爵令嬢は、カストレイン公爵令嬢様から言われたことをおおげさにお二人にお伝えしたようで……。


「可憐なレーナをいじめて楽しいのか!」

「リヴィアは幼なじみとして大切に思っていたけど、幻滅した」

「集団でひとりに言い寄るなど、次期王妃として恥ずかしくないのか」

「君の評価を考え直さなくては」


 おおむねこのような、口にするのもはばかられるほど聞き苦しい内容のことを、お二人は一方的に、まるでカストレイン公爵令嬢様が悪いことをしたと言わんばかりにおっしゃっていたと記憶しております。

 もちろん、カストレイン公爵令嬢様は当たり前のことしか言っていないと否定しておりました。いつも公爵令嬢として背筋を伸ばし、淑女然としたお方が、かなり取り乱して涙も見せておられました。


「仲良くするなとは申しておりません。適切な距離を保ってほしいと申し上げております」


 わたしが聞いているかぎりは、このような、貴族として当然のことをお伝えしていたかと存じます。ただ、カストレイン公爵令嬢様が否定なさればなさるほど、お二人は熱くなられて……。とてもお言葉が通じる様子には見えず、やはりわたしはぞっとしたのを覚えております。たしかにカノーザ男爵令嬢は可憐な方でしたけれど、あの態度は、本当に、異常としか申し上げることができません。

 王太子殿下もラグランジュ侯爵子息様も同年代の殿方のなかでは、ひときわ輝くご容貌だったので、ほのかに憧れる気持ちもあったのですけれど……あの様子を見て、幻滅するというより恐怖しか感じませんでした。この国の将来は大丈夫かしらと……申し訳ございません、言葉が過ぎてしまったようです。

 とにかくお伝えした通り、カノーザ男爵令嬢が現れてから、お二人はすっかり変わってしまったようです。変わってしまったのか、あれがもともとのお二人の本質だったのか、今となってはわかりませんけれど。

 フェルネ伯爵令嬢様がご存命のときは、いつも四人で楽しそうにしていらっしゃいました。憧れの目で見ておりましたわ。もちろんわたしも。とくに、フェルネ伯爵令嬢様はわたしたち下位の貴族令嬢にもいつもお優しくて……。

 そういえば、わたし、不思議だったんです。

 ラグランジュ侯爵子息様とフェルネ伯爵令嬢様はとても仲睦まじく見えておりました。

 それなのに、フェルネ伯爵令嬢様がご病気になられても、ラグランジュ侯爵子息様はいつも通りに見えておりまして……いえ、もちろん、きっと気丈に振舞っておられたのだとは思うのですが。

 フェルネ伯爵令嬢様がお亡くなりになったあとも、気落ちされているご様子はあったのですが、王太子殿下やカストレイン公爵令嬢様とは笑顔でお話しなさっていたので、ご婚約者を亡くしたのにあまり悲しくないのかしら、って。もちろん、そんなふうに見えた、というだけですけれど。

 でも、カノーザ男爵令嬢とすぐに距離を縮めたあたり、ラグランジュ侯爵子息様とフェルネ伯爵令嬢様にはお二人にしかわからないとがあったのかもしれませんわ。

 それくらい、カノーザ男爵令嬢との距離の詰め方は、誰の目から見ても違和感がございました。

 フェルネ伯爵令嬢様のことですか?

 わたし、余計なことを言ってしまったでしょうか……。でも、そうですね、そもそもフェルネ伯爵令嬢様がお亡くなりにならなければ、このようなことにはならなかったのかもしれませんわ。

 フェルネ伯爵令嬢様はご病気だと伺いましたけれど、初めてお見かけしたころは、ご健康そのものという感じでございました。お亡くなりになる数ヶ月前から、ご様子がおかしくなられて。

 突然、異常なくらいお痩せになられたんです。服の上からもわかるくらい華奢になっていて、ほほもこけて、肌は浮き出ているのではと思うほど白くなられて、とてもふつうではないご様子で心配しておりました。

 そういえば、授業中にいきなり泣き叫ぶこともたびたびございました。それも、恐ろしい獣のようなお声で泣かれるのです。


「婚約者の君がそんなだと困るよ」


 ラグランジュ侯爵子息様は、そんなふうにおっしゃっていたような……。心配しているというよりも、困っているという感じでいらっしゃいましたわ。

 そのうち、ご病気で学園もお休みがちになられて、心配しているうちにそのまま……。フェルネ伯爵ご夫妻の落ち込みはひとしおだったと伺っております。そういえば、何のご病気だったのかはわからずじまいだったそうですね。感染症ではないと、ラグランジュ侯爵子息様がおっしゃっていましたけれど……。

 そういえば――あの、このお話は、わたしから聞いたということは黙っておいていただけるのでしょうか?

 実は、真偽不明ではあるのですが、フェルネ伯爵令嬢様がお亡くなりになったころ、気になる噂を耳にしたことがございます。

 この王国で、出回っているというある薬品のことを。

 美しくなれる、と言われていたそうですわ。疲れなくなる、食べずとも平気になる、肌が透き通るようになる――そんなふうに。

 もちろん、噂にすぎませんのよ。その薬品を見たことがある人はついぞおりませんでした。

 ……ただ、泣き叫ぶフェルネ伯爵令嬢様の瞳を見たとき。

 まるで何も映していない鏡のようで、わたくし、息が止まりそうになりましたの。

 それだけは、今でも、はっきりと覚えておりますわ。

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