卵収穫(一仕事)の後は打ち上げです。
「貴重な休日なのに、魚のせいですみませんでした」
「いや、気にしないでくれ」
粘土質な硬くて粘っこい土を掘っていたせいで、レイジはどろ汚れがかなりついている。
アリカは家の風呂を沸かして、レイジに勧める。レイジの着替え一式は、タケルのストレージの中に入っているため、タケルも賛成したので、レイジは風呂を借りることにした。
「よっし、今のうちにっ!」
アリカは腕まくりをして店に出る。タケルは手持ち無沙汰なのでアリカの後ろをついていき、様子を伺う。
「どーせ、ご飯食べてくでしょ」
「もち」
姉弟ゆえの遠慮のない会話が飛び出る。
久しぶりにあったというが、ぎこちなさは全く無く、2人とも自然体でいる。
「アリカ、コーヒー頂戴」
「そこの棚に豆入ってるから、コーヒーメーカーに入れて勝手に飲んで」
「おう」
コーヒーを飲んで落ち着いていると、厨房から美味しそうな匂いが漂ってくる。
「なんか、濃い匂いだね」
タケルは鼻をひくつかせて、漂ってくる匂いを探るも、料理をしないためよくわからないから、単純な感想になってしまう。
「今日ダンジョンで採れた食材の、おすすめ調理法が、なんか酒のつまみっぽいやつばっかなんだよね」
「へー、いいね。なんか酒買ってくる」
「うちにも果物のお酒つけてあるけど、飲み頃のやつ飲んでみる?」
「お、なんか美味そうな予感! それももらう」
休みならば、お酒を嗜むくらいは普通に行なう年齢である2人。アリカはダンジョンで採れた果物類や、普通の果物も買って果実酒を漬けている。
店舗エリアは色々貯蔵できるため、ついいろんなものに手を出したくなってしまった。
普通の料理も作れば経験値になり、レベル上げにもなるそうだ。
「買ってくるって言ってもさ、土砂降りになってるよ」
「うわ、マジだ。ビールは諦める」
つまみを作りつつ、ご飯の仕込みも済ませたアリカ。
色々作っているうちに、レイジが風呂から出てきたので、今度はタケルを風呂に押し込める。
「すまない、風呂まで借りてしまって」
「むしろ、あんなに泥だらけになってもらったのに、風呂も貸さない方がありえません……」
本来なら、自分がダンジョンボスとした約束なので、泥まみれになるのは自分だったはずなのだ。
それを肩代わりしてくれたレイジに、タマゴ掘れたからありがとう、さようなら。なんてことできるはずが無い。
それ相応以上のお礼はしたくなるものである。
「ところで、レイジさん、お酒飲めます?」
「あぁ、それなりには」
酒のつまみが、鑑定スキルによりおすすめされた料理で、とことん作ってみたし、過去にダンジョンで採れた物を果実酒にしたけれど、お酒が飲めなければ楽しさが少し減る気もしてしまい、アリカはおずおずと訊ねるも、返ってきた答えは不安を払拭するものだった。
タケルも風呂から出てきた。いつものロリータ服ではなく、ジャージ姿だ。
「あれ、部屋着ジェリピケ系だと思ったのに」
「無理、風呂の後はジャージ」
「スカート以外も着るとは……そして、アリカとそっくりだな、本当に」
普段の可愛らしい服装しか知らないレイジは、驚いて見ていた。風呂上がりですっぴんなタケルは、アリカと同じ顔だ。
アリカと違って、髪を染めているので見分けはつくものの、顔はアリカと瓜二つ。本当に双子だったのか、と驚きと納得に包まれる。
「つーか、化粧も落としてくるなんて、どうした」
「おれのすっぴんがそこにいるから、もうどうでも良くなった。あと、この雨じゃ外に出るのも危ないし、どうせ泊めてくれるでしょ。ストレージの中に寝るための道具入ってるし」
双子ならではの会話なのかもしれない事を聞く。
仲のいい姉弟なのだろう、タケルに遠慮の言葉はない。
「もちろん。傘が意味をなさないレベルの雨の中、放り出したりしないから。あ、レイジさんも泊まって行ってください。空いてる部屋はあるんで」
予報によると明日の昼まで、この大雨は続くものらしい。
気さくに言うアリカだが、素直にはいと答えて良いものかわからないレイジ。
「にきゅん、ちゃんとおやすみセットあるから安心して」
同じギルドに所属するハンターで、ダンジョンに篭る際の荷物は全て持っているタケル。
もちろんレイジの着替えや生活用品も入っているため、急なお泊まりでも困る事はないが、場所が場所で、女性の1人暮らしの家。と、ぐるぐる考えていたが、同僚が言うなら大丈夫だろうと、深く考える事を放棄した。
「「「かんぱーい!」」」
グラスがカシャンと鳴る。
大きめのテーブル席に、たくさんの料理やツマミ、スイーツなどなど、宴会の席であろうかというくらいの食べ物が載っている。
隣のテーブルには、注ぎ口のついたドリンクサーバー型をした果実酒の瓶が並べられている。
「この店、酒出してないんだね」
テーブルに置いてあるメニューを見て、タケルは呟く。
「仕事前に食べて行く人が殆どだから、メニューには載せないでいるよ」
「あー、なるほど。それにしても、にきゅんがこの店をギルド員に教えたくない、って言ってた意味わかったよ」
タケルは炭酸水で割ったイチゴ酒を、くいっと飲む。
いちごが持つ酸味と甘味が、炭酸の刺激と共に喉を抜ける。
「だろう」
レイジが、アリカに片想いしているからだけではない。
この店の食事がどれも美味しいのだ。ハンターしか入れない店とはいえ、穴場である。
レイジはダンジョン産であろう、よくわからない果物が漬けてある酒を、躊躇う事なく飲んでいる。
「実家にいた頃より、料理の腕もめっちゃ上がってるし、レベルアップしすぎじゃね?」
「そもそも実家にいた頃なんて、覚醒自体してないからレベルゼロだよ!」
アリカは、ダンジョンで採れた果物を漬けたお酒に、お茶を入れて飲んでいる。
フルーティーな香りのフレーバーなお茶を飲んでいる感じで飲みやすくて、ツマミも進む。
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「アリカー、うちのギルドの専属になれよぉ」
ある程度飲み食いして、酔いも回ってきた頃、タケルが絡み始める。
全然酔いが回っていないレイジは、ぐっと喉を詰まらせる。
「バカヤロー、食在庫を手放せってか!?」
「惜しむの店の方じゃないの?!」
アリカは真剣に答えるも、惜しいのはダンジョンの方らしい。
「この家はなぁ、固定資産税が軽自動車の税金より安いんだぞー」
「「やっす……!!」」
ダンジョン付き事故物件の固定資産税は、1万円あたりということだろう。
レイジとタケルの声が重なる。
ギルドに所属して専属料理人になった方が、面倒なことは少なくなるだろうが、この食在庫を手放す事はしたくない。
自分の城で夢を叶えたアリカは、そう易々と手放す事はないと言い切った。
「ダンジョン内に友達もできてるしなー」
ゲラゲラ笑いながら言い放つタケルに、アリカとレイジの目は若干死んだ魚のようになる。
「なんで認定されたんでしょうか……」
「わからん。本来なら魔物は襲いかかってくるものであるが、あいつは意思疎通を図ろうと、身振りヒレ振りでコミュニケーションを取ろうとする。少なくとも敵意は……」
「敵意ってか、親友認定されてましたよね、魚からっっ! 魚の友達できちゃった、くくくくっ」
アリカは何かツボに入ったのか笑う。
「魚ってか、魔物っっ」
タケルも笑い出す。
「だが、親友らしいな?」
鑑定結果によるとそう出ていた。アリカとタケルは吹き出して大きく笑う。
「はー、おかしー。これ、誰かにバレたら、私世間から消されそうっ」
笑いながら笑えないことを言うアリカ。しかし、その通りである。
レイジはコップをテーブルに置いて、アリカを見つめ口を開く。
「そうなった場合、俺らのどちらかが、アリカの秘密を漏らしたことになるが、俺は絶対にそのようなことしないからな」
「お、おれもだって! 流石に家族を売るとかしないから」
アリカはニコリと笑い、隣のテーブルから果実酒を注ぎ、炭酸水を淹れる。
「2人がそんなことするわけないじゃん。今の世の中、何のスキルがあるかわかんないから、いつバレてもおかしくないけどねー」
食材だって、鑑定できてしまうのだ。なんの力でそうなっているのか、解明されていない未知の力。
何が起こるかわからないながら、見えない不安を抱えるよりは、自分の信念に基づき行動する意思を持つことの方がアリカにとっては重要である。
「なんかあったら、すぐに、にきゅんに言えよ!」
「自分じゃないんかい!」
「あのな、アリカ。にきゅんは部隊の隊長なの。平社員のおれと違って、ハンター組織内の権力があるの!」
「平社員、悲しい」
「うるせー!」
わいのわいの騒ぎ、酒もどんどん減っていく。
そして、タケルが潰れて、テーブルに突っ伏して寝てしまう。
「あー、お酒だいぶ減ってくれたー! 助かったー!」
「……助かった??」
アリカがケラケラ笑いながら、カサの減ったドリンクサーバーを見て、笑顔になる。
が、助かったの声が、イマイチ理解できなかったレイジは首を傾げる。
「経験値アップになるからって、おすすめされるものをとりあえず作ってみるんですよ。そうしたら酒が増えちゃって、普段飲まないから、増えていくばかり。お店にも出せずにどうしようかと思っていたので。2割くらい減ってくれたので助かりました!」
「まだこの4倍の量があるのか!?」
「はい。ほぼダンジョン産になるんで、おすそ分けもできず……」
レイジは、酒を買い取りたくなってしまった。
飲んだくれる事はないが、1日1〜2杯は仕事が終わると家で飲む。
「あ、もしかして、お家でお酒嗜んだりなさいます?」
「あ、あぁ。缶ビール1つくらいは」
アリカはパッと明るい顔をして、ずずいっと迫った。お酒の力なのか、いつもより距離が近い。
お酒に感謝をしつつ、心臓が忙しくなるレイジ。頬が熱いのはきっと酒のせい。己にそう言い聞かせる。
「お口に合うもの、よければ貰ってくれませんか!」
「い、いや、買い取る」
「ドリンクサーバーの容器買ってくれれば、中身のお代は要りません!」
アリカも商売人、ちゃっかりしているものの、容器代だけでいいという。
明日、タケルのストレージにいくつか入れてもらい、運んでもらおうとレイジは頷いた。
時計を見れば日付が変わってしまい、短針も少し傾いている。
「おい、タケル。起きろ。部屋に行け」
バシンと背中を叩くアリカ。
「イッテェ!!」
はねるように起きたタケル。
突っ伏して寝ていたのは10分ほどで、何か2人が進展しないか、狸寝入りでこっそり伺っていたが、全く何もなかった。そんな中急に背中を叩かれて、びっくりしてしまう。
「痛いわけないだろ」
「おれより腕力ある奴が何言ってるんだ!」
「腕力より、背筋が足りてないんだろうな」
レイジに言われると全ての筋肉が足りないことになってしまう。
タケルはその事をツッコミつつ、空き部屋に行く。
「寝具って寝袋とか?」
「ハンモックと寝袋」
ダンジョンは石や土などの硬い床になるので、据え置き型や吊り下げ型のハンモックがいくつか、タケルのストレージに入っていた。
家の水平な床なので、据え置き型のハンモックと寝袋を2つ出して、男2人は眠りについた。
おやすみの挨拶ののち、アリカは宴会場を片付ける。
料理やつまみは綺麗に平らげてくれた。お皿はコップはさっとお湯で流したら食洗機任せ。
中身がだいぶ軽くなったドリンクサーバーをパントリーへ片付けたら、シャワーを浴びて床についた。
久しぶりに楽しくお酒を飲んだ。レイジが色々食べてくれたのも嬉しくて楽しい。
気分がいいまま眠りについた。
――翌朝
「おはよ、すでにフルメイクじゃん」
朝の挨拶をされたタケルは、ロリータ服に身を包みメイクバッチリ。アリカとは違うお顔になっていた。
着替えと洗顔などを済ませたレイジは、すでに店舗エリアでコーヒーを飲んでいる。
まだ朝なので、雨は予報通り降り続いて、まだ外に出るのは厳しそうだ。
アリカはイギリスパンのハムチーズサンド、スクランブルエッグ、ハムとポテトのサラダ、ココアが載ったモーニングプレートをタケルに差し出す。
「おはよ。んで、ありがと」
そして、タケルはレイジがいるテーブルに、なんとなく行ってしまう。
「はい、レイジさん。お待ちどうさまです」
「あ、ありがとう」
レイジの前に置かれたトレイには、山盛りのご飯、湯気のたつ濃い色をした味噌汁、3切ほどの焼き魚、卵焼きにほうれん草のおひたし、レンコン入りのきんぴら、そして生姜焼き。
すごく豪華な朝ごはんが置かれた。
「めっちゃ豪華じゃん……」
「私が食べている朝ごはんと変わんないよ」
タケルのツッコミにアリカは、さらりと返す。
色々作るけれど店で出せないものは、自分で消費しないといけない。そのため、冷蔵庫には色々入っているのだ。
レイジはアリカの手作りごはん・おつまみ・お酒で、心の栄養は限界突破レベルである。さらに豪華な手作り朝ごはんで、今世の運を、全て使い切ったような気分になっていた。
「ってか、そうじゃない! なんかお酒飲んだのに、元気なんだけど!」
「そりゃ、いろんな種類のお酒を飲んだわけじゃないから、そうだろうね?」
「だなぁ」
アリカとレイジは首を傾げて、タケルの言葉に返す。
日本酒、ウイスキー、焼酎、カクテル、ワインなどなど、たくさんいろんな種類を飲めば、酔いやすくなる人もいる。
昨日飲んでいたのは、ホワイトリカーに漬けられた果実のもので、お酒はざっくり言えば1種類である。
「そうじゃないんだ、おれ酒飲んだら、肌ボロボロになるんだけど、化粧ノリが今までにないレベルで良かったんだよ、なんだよあの酒!」
「酒じゃなくて、飯じゃねぇの?」
ダンジョン産やそうでなくても、ハンターという職業の料理人が手がけたものだ。ステータスアップ効果は全部に少なからず発生する。
アリカは特に不思議に思っていなかった。
ハンター料理人の料理は、実はそこまで食べる機会がないため、効果にタケルは驚きを隠せない。
「アリカの飯を食った後、ダンジョンへ行くと疲労がいつもより少なかったり、休んだ後の回復幅が大きかったりするからな」
「何それ、そんなすごいのに、優遇されてないの?」
「戦闘職じゃないと、そんなもんだよ」
レイジたちの所属するギルドに、かつて己を売り込みに来た料理人のハンターはいたものの、料理の腕が壊滅的でイマイチ効果を実感できなかったため、効果が出ることにびっくりしてしまうタケル。
久々の再会にも関わらず、ドライなアリカは今まで何をしていたとか、語らない上に聞いてこない。
いろんな話もしたい、と思ってタケルが口を開こうとしたら、レイジとタケルのスマホが突如同時に鳴る。
「ダンジョン出たのかよ!」
「そのようだな。こんな悪天候が続いてる時間に迷惑な……」
スマホの通知画面を見て、レイジとタケルの画面には緊急招集の文字も表示されている。
ギルドに所属するハンターなら、こういうこともあったりする。
幸いにも朝ごはんは食べ終わった後だ。
「慌ただしくしてすまないが、招集が掛かったので、これにて失礼する」
「雨なのに、と言いつつも、仕方ないですよね」
アリカは眉を下げ、力なく笑う。
時間が許せば、もっとここに居て良かったのだろうと思ったレイジ。心の中で歯軋りをする勢いで悔しい思いを滲ませる。
「意味ないかもですが、ビニ傘使います?」
「いや、タケルを担いで走るから、気持ちだけ頂こう」
「はーい。あ、タケルこれ持ってきな。2人の昼飯」
アリカは使い捨てのお弁当箱を持たせる。お弁当パック5個の3つはレイジ、2つはタケルの分である。
タケルはストレージの中に入れて、挨拶をする。
「ま、また来るから! まだ話したいこといっぱいあるし!」
「はいよ」
「それじゃあ、いい肉が手に入ることを願っていてくれ」
「はい、期待してます!」
そして、2人はあっという間に視界から消えてしまった。
戦闘職ハンターの肉体能力はやはりすごいな、とアリカは呆気に取られそうになりながらも、扉を閉めた。
弟との再会よりも、意中の人が家に泊まっていってくれた喜びを、じわじわと噛み締める。
「一緒にお酒も飲めたし、仲良くなれてる、のかな……」
赤くなった頬を抑え、アリカは言葉を落とした。