第九層ボス戦
想定外の事態がシルクたちを襲います。
「オイ、シルク。敵だ、構えろ」
「え?」
突然真面目な声質でMr.ヌードが呟く。
言われて意識を集中させると背後の森林から複数人の気配が読みとれた。より正確に数えると二十三名だ。ここまでくる道中で遭遇した敵は殲滅している。リポップまで時間がかかるはずだ。しかも相手は木々に隠れて団体行動を取っている。普通に考えれば自分達と同じくゲーム攻略を考える上級プレイヤー達だろう。
しかし同じ攻略組ならば顔出して挨拶してくるはずである。
今尚気配を殺してこちらの出方を伺っており、隠した殺気が漏れ出ている。それを感じ取ったMr.ヌードが相手を〝敵〟と断定したのだ。
「こんなに囲まれるまで気づかなかったなんて」
「感覚鈍ってたんだろ。HPは回復しても脳の疲労までは回復しない。睡眠は必要ってわけだなぁ……」
相手と交渉しようと前に出るシルクは藪の隙間から光りを見た。それが鏃の反射だと察し、盾を構える。そして数秒後周囲に金属の衝突音が木霊した。
「何!?」「敵襲か!?」
洞穴の方を見ていた少女達も事態の緊迫さに感づいたらしい。
それぞれが武器を構えて臨戦態勢を取る。――と同時に敵の斥候が姿を現した。フードを被り顔を隠している男は短剣を構えて素早い動きで接近してきた。
「俊敏さ(AGI)値が高い。でもこの程度なら!」
シルクは相手の強襲を見切り盾でカウンターを決める。
その陰から第二陣が襲ってきたがミチルが剣閃で吹き飛ばした。
敵の魔術師をリンネが狙撃で潰してくれている間にMr.ヌードが敵前衛にいた守護者の盾を拳でたたき割った。
「何なの、こいつら!? 山賊モンスター!?」
「いいえ。それぞれが各クラスのスキルを使ってきています。彼らは紛れもなく僕らと同じプレイヤーですよ」
「意味が分からないわ! プレイヤーが何で仲間の私達を攻撃するの!?」
「同族狩り……即ちPKだ。オンラインゲームではさして珍しくもあるまい」
やはりゲーマーのリンネは経験があるらしく理解が早かった。
悪意を持つ純然たる敵と認識して魔術を御見舞いしている。しかしゲーム経験の乏しいミチルは相手がプレイヤーと知った瞬間目に見えて動きが悪くなった。
「おい、ミチル! ぼさっとしてんな! 狩られるぞ!」
「意味が分かんないよ! 何で攻撃されるの!? 縄張りを荒したとかなら謝るから!」
「PKに動機を尋ねても無駄だ。やつらは快楽殺人者に等しい。同じ目線に立ってもおかしくなるだけだ。即効で片を付けろ」
「だめ! だってLPOでは死んだプレイヤーは生き返らないんだよ!? 私達の手で現実の本人を手に掛けることになる!」
ミチルの言葉は鉛のようにシルクたちの足を重くする。
普通のPKならMr.ヌードの対処法が正解であるが、ミチルが指摘した通り彼らを殺せば現実世界にいる彼らの脳も破壊されることになってしまう。心を殺して人を殺める覚悟など早々に決められるものではないのだ。
「くそっ! レベルはこちらの方が上なのに!」
積極性を失った攻撃では相手を仕留めきれずせっかく追い詰めた敵も体力を回復させてしまう。こうなればレベルの差よりも人数の差が大きな意味を持つ。
動揺したリンネとミチルはシルクの盾に隠れるしかなくなった。攻め手を欠いたMr.ヌードも気力が尽きて盾の背後でスタミナ回復を待つ。
「迷ってる暇はねぇ! このままじゃシルクの盾が持たん! その前に敵を殲滅するんだ!」
「できないよ! ヒトゴロシなんて!」
「わわわ、わたしもムリ! 正当防衛だとしてもすぐに覚悟なんて決まらないよ!」
「畜生、俺一人じゃ流石に二十三人相手はキツイ……どうすれば……」
彼らが悩み葛藤する内にもシルクに攻撃が集中する。
格下相手とはいえ集団リンチされれば少しずつ押されてしまう。
守護者は唯一防御というスキルが存在するクラスであるが、永遠に防御し続けることはできない。ガードゲージというクラス固有の値が存在し、その値が0になった瞬間、一定時間身動きが取れないガードクラッシュが発生するのである。
シルクはトップランカーのプレイヤーであったが敵の攻め手が多すぎた。やがてその鉄壁の守りは集中魔法の連続によりついに撃ち破られてしまう。
透明なガラスの砕けるエフェクトが発生し、シルクは後方に吹き飛ばされてしまった。
「シールドクラッシュしちまった! 大丈夫かシルク!」
「すみません、もう防御は……」
残されたのは真面に戦えない少女達三名。眼前には無傷のPK。彼らに降伏することは死を意味する。だが体勢を立て直す時間もない。無情にも敵の魔術師が追い打ちの火炎魔法を放ってきた。Mr.ヌードは女性陣を抱えて後ろに跳ぶしかなかった。
後方に下がった狩猟対象を見てPKたちは不敵な笑みを浮かべて去っていく。
「追撃しない……だと? おのれ、我らを舐め腐りおって!」
「怖がらせて楽しんでただけ……かしら?」
「――違う! 俺達は誘われたんだ!」
Mr.ヌードが叫ぶなり、洞穴の入口にシールドが張り巡らされる。
それはボス戦エリアに足を踏み入れた瞬間に発生する演出だった。シルクたちはPKの攻撃を凌いでいる内にボス戦発生のトリガーを踏んでしまったのである。叩いても叫んでも脱出することはできない。エリアボスを討伐するしかないのだ。
不気味な羽音が暗闇の奥から響いてくる。日常生活において羽虫が耳元に来た際に聞く不快な音をさらに大きくしたような感じである。奥から顔を出したのは巨大なスズメバチを思わせる昆虫型モンスターだった。黒と黄色のトラ模様に鋭利な棘を尾に着けた凶悪な昆虫が四枚の羽を振動させながら飛行している。胸部は六角形が密集する装甲になっているのかと思えばそこから小型の蜂が数体飛び出てエリアボスの周囲に侍り、護衛していた。その様は女王蜂と働き蜂の関係性を想い起こさせる。
毒針と僕を携えた超巨大蜂というだけで恐怖心を煽るに十分すぎる。
血の気が引いたシルクたちは二手に分かれて物陰に身を潜めた。
「どうするの、シルクちゃん」
「奇襲で倒せるのは小さい蜂だけでしょう。エリアボス本体はとても倒せそうにない。それにあの蜂の巣を思わせる形状から考えて今飛んでる分を全滅しても女王の身体から増援が生成されそうですね」
「あの毒針も凶悪そうだぜ。蜂には二撃必殺のアナフィラキシーショックってのがあるし、一撃で死ななくとも二撃目を受けたら死ぬかもな」
「……どうしようもないじゃん!」
それとなく分析にみせかけつつ開発者として知りうる情報を共有していく。
第九層のエリアボス『クイーン・ビーへイヴ』は配下の小型蜂『ハードワーカー』を使役する群体行動を得意としている。
針による毒状態と麻痺状態を併用して動きを封じた上で襲ってくるのだ。
『クイーン・ビーへイヴ』の針攻撃〈ヘルポイズン・スピア〉に当たると通常の毒状態よりも強力な猛毒状態になってしまう。更に恐ろしいのが毒・猛毒状態で二撃目の〈ヘルポイズン・スピア〉に当たってしまうと即死することである。
エリアボスの中では防御力が低い方ではあるものの、この状態異常と即死攻撃は非常に強力であり、テストチームの間で「序盤のエリアボスでは最強」と称されたモンスターだった。このモンスターの攻略は蘇生アイテムと状態異常回復アイテムを完備して臨むのが好ましい。逆に言えば開発側が攻略に際しある程度の死を前提にしてあるのだ。
デスゲーム化した今は厄介すぎる相手だった。
(コイツを倒さなければ脱出できない。でも……どうする!?)
本体のエリアボスを狙えば『ハードワーカー』が邪魔してくる。逆に『ハードワーカー』を先に殲滅できても『クイーン・ビーへイヴ』が生きている限り新たな働き蜂が生成されるのだ。攻略には電光石火で『ハードワーカー』を殲滅し、『クイーン・ビーへイヴ』の体力を削る戦術を展開しなければならない。
攻略推奨レベルには足りていない。人数も足りない。装備も心許ない。それでも何とか切り抜けなければ死んでしまう。そんな命の危機にシルクは知恵を絞った。
「……ユニークスキルを使えば或いは……でもハードワーカーが邪魔だ」
「あの周りを飛んでるのをどうにかできればいいのね。だったら私、できるかも」
「ミチルさん!? 無茶は止めてください! 死にますよ!」
「無茶しなきゃどの道全滅でしょ? それに私のユニークスキルなら小さいのを殲滅するのはできるよ」
「ユニークスキル!? やはりミチルさんも?」
「ユニークスキルって名称は知らなかったけど。第八層エリアボス戦でも使ってたんだよ」
――仮説を立ててはいた。あの時の彼女は急に動きが加速しヒットポイント値が上がっていた。確かにあの攻撃力と加速力があれば、斥候の『ハードワーカー』を最速で倒せるかもしれない。しかし敵の守備を突破してもエリアボスを叩けなければ意味がない。
「わわわ、我に任せ、任せよ……この魔眼があれば敵を幻術にかけることができ、る」
「声も足も震えてるぞ、リンネ。そんなので戦えんのか?」
「仕方ないじゃん! 闘わずに死ぬよりはマシでしょ! 元々私がここに行きたいって言わなければPKに襲われることもなかったわけだし……」
責任を感じていたリンネも無理やり肚を決めたらしい。彼女の〈イビルアイ〉があれば『クイーン・ビーへイヴ』を幻惑に落とすことができるだろう。
そしてユニークスキルを会得しているのは彼女達だけではない。当然社員であるシルクとMr.ヌードも覚醒している。レベルも装備も兵力も不十分であるが、ユニークスキルという武器を使えばこの逆境を戦える可能性がある。一同は希望を見出したのだ。
「チャンスは一度です。失敗は許されません。皆さん、最期に言い残すことはありますか?」
シルクの問いかけに全員が首を横に振る。例え無謀な戦いだとしても全員が生きて再会するつもりだった。故に最期に言い残す言葉などいらない。
エリアボスとその下僕が近くまで迫るのを待ってミチルが最初に仕掛けた。
「騎士スキル〈クイックブレード〉!」
ミチルの奇襲が一匹目の『ハードワーカー』に直撃した。
しかしレベル差からかHPを三分の一程度しか持っていけない。続けてアタックスキル〈セカンドスラッシュ〉を発動。高速の斬撃を二回繰り出す技であり、二撃目にこのスキルを発動するとボーナスダメージが加算される。おかげで一匹目の『ハードワーカー』討伐に成功する。そのタイミングでミチルのUIにユニークスキル〈エクステンション〉起動のテキストが表示され、ミチルの攻撃力と加速力が倍増した。
(私の〈エクステンション〉は一定期間同じ挙動を続ければその能力値が跳ね上がる能力! 一度でも違う挙動を取れば上がった能力はリセットされちゃう。でも今は攻撃あるのみ!)
ユニークスキルで倍増した剣戟はそのまま二匹目の『ハードワーカー』を一撃で屠った。
驚く『クイーン・ビーへイヴ』がスタミナ切れで小休憩中のミチルに狙いを定め、尾針で突進してくる。守りに入ったシルクが巨大な盾で防ぐ。その間にリンネが氷の礫をぶつけて注意を引く。そして目が合った相手に対して〈イビルアイ〉を発動させた。
「ギー! ギー!」
上手く幻術をかけられたようだ。『クイーン・ビーへイヴ』は精神攻撃に落ちた。蜘蛛の巣に縛られて生きたまま巨大蜘蛛に貪られるという悪夢に悶える。
相手の動きを封じつつ徐々に体力を削ることに成功した。
すかさずアタッカーのMr.ヌードとミチルが追撃を行う。
レベル差からか与えるダメージ値は微々たるものであるが着実にHPを削っている。対してこちらは未だにHPは無傷である。
このまま完封できれば良かったのだがそう簡単には行かなかった。
『クイーン・ビーへイヴ』が目を覚ましたのである。今まで〈イビルアイ〉にかかったモンスターはリンネが意図的に解かない限り永続的に幻術に落ちていた。故に一度追い詰めれば安全だと錯覚してしまったミチルは回避行動が間に合わなかった。
「下がれ! ミチル!」
Mr.ヌードが庇うようにミチルを突き飛ばしたおかげで彼女は敵の射程圏から離脱することができたが、代償にMr.ヌードが毒の息吹を受けた。
対象者を猛毒状態にする特殊攻撃のため彼のHPはさして大きな減少はなかったが、猛毒を意味する黒い髑髏がHPの横に表示されていた。
「裸族の戦士よ、我が今回復術を授けるぞ!」
「必要ねェ! このままやる!」
「そんな無茶な――」
「いえこれでいいです! 先輩のユニークスキルは〈ペインコンバージョン〉。HPが減少したり状態異常になればなるほど全ステータス値が上昇します」
「つまり、今が仕掛け時ってことね!」
いち早く仲間の能力を理解したミチルが駆け出した。
彼女の〈エクステンション〉は既にリセットされてしまったが、今の勝機を逃すまいとMr.ヌードと二人がかりで攻めていく。拳闘士のMr.ヌードがやや強引に盾役も引き受けてわざとHPを削り自身の能力を底上げする。続くミチルは回避と攻撃のみを行って再び攻撃力と加速力を上昇させていく。それを陽動としている間にリンネが再び〈イビルアイ〉を発動させた。だが敵も馬鹿ではない。同じ手は通用しないと言わんばかりに能力発動で動けない彼女に毒針を飛ばす〈ベノムショット〉で狙撃した。
「させませんよ!」
当然タンク役のシルクがその攻撃をカウンターで弾き飛ばし、のけ反った『クイーン・ビーへイヴ』相手に大盾を大斧に可変させ斬りつけた。守護者は全体的に挙動が鈍い代わりに破壊力が高い。シルクの一撃は正確に敵の急所に当たり、相手の羽を切断することに成功した。地面に落ちた『クイーン・ビーへイヴ』にリンネの爆炎魔法が追い打ちを仕掛ける。ユニークスキルが不発したときから準備していたのだ。
羽を失くした上に強烈な攻撃を受けたせいで『クイーン・ビーへイヴ』は気絶状態に陥った。無防備を晒したエリアボスに対してリンネは能力低下スキルを濫用し、Mr.ヌードとミチルはラッシュを続ける。
敵が身動きできない今ならば鈍足なシルクは存分に活躍できる。
超重武器の斧を盛大に振り下ろした。ユニークスキルによる力押し、全プレイヤーの中でも一部しか目覚めていない固有能力は強力であり、少数とはいえ全員がユニークスキル持ちのシルクたちは対等以上にエリアボスと渡り合ったのだ。おかげで目を覚ました『クイーン・ビーへイヴ』の体力ゲージを瀕死の赤ラインにまで削りきることができた。
「あと一撃……もう少しだけ……!」
しかしMr.ヌードは既に毒状態が瀕死間際まで削られていたため解毒剤を使用し、ユニークスキルがリセットされてしまった。復活の瞬間に『クイーン・ビーへイヴ』の発した衝撃に吹き飛ばされる。ミチルも同じく上がったステータス値が通常ラインまで戻ってしまっている。
「ここで終われない!」
シルクは斧を片手にゆっくりと『クイーン・ビーへイヴ』に接近する。
この一撃が決まれば体力を0にできる。しかし相手も『ハードワーカー』を大量に召喚して最後の抵抗を見せる。
「白きメイドよ! お前の道、我が作ってやろうぞ! ――〈イビルアイ〉!」
シルクの攻撃の盾になろうとする『ハードワーカー』は一斉に彼女の方を見ていた。
その間にリンネが滑り込むことで自身の邪眼を全てに見せることに成功したのだ。
綺麗にスキルが決まった瞬間である。長い間多数の敵を幻術に嵌めることはできないが、それでもエリアボスの最後の盾を剥ぎ取る効果を発揮できたのだ。
「「「いっけー!!」」」
皆の想いを乗せてシルクは羽を失くした女王蜂に斧を振り下ろした。
「ピギギギギギ―――!!!」
大きな断末魔の果てに『クイーン・ビーへイヴ』は絶命する。
――と同時に彼女の僕である『ハードワーカー』も消滅した。
虚空に踊る『第九階層CLEAR!!』が表示された瞬間、シルクたちは涙を浮かべて抱き合った。
「「「「やったぁぁぁああああ!!!」」」」
彼らはたった四人で第九層のエリアボスを討伐したのである。
PKに囲まれたシルクたちはボスエリアまで誘導されてしまいました。
愉快犯ですね。本来四人パーティで攻略はできませんが
全員がユニークスキル持ちのためなんとか難を逃れることができました。
ギリギリの戦いでしたね。