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新しい仲間リンネ

新規メンバーが加入します。

 バイオニックモンキーはまだ一体残っているようだ。

 最後の一体はレベルが高いためか六人がかりでも手こずっている。


「ヴォオオオ!!」


 胸を激しく叩いて威嚇するモンスターの前に魔術師(マジシャン)が立ち塞がる。

 前衛向きではないため明らかに間違った行動だ。しかも立ち塞がったきり不思議なポーズを決めたまま回避も攻撃行動も起こさない。敵も虚を突かれたのか固まってしまっていた。ただモンスターと見つめ合っている状況である。


「リンネ! 独断専行すんな!」


 両者は数秒硬直していたが、スタミナを回復した仲間達がバイオニックモンキーを撃破し、プレイヤー側の勝利という結果に終わったようだ。


(顔も知らない人達だけど死人が出なくてよかった)


 ほっと胸を撫で下ろすシルクの袖を誰かがグイグイと引いてくる。


「何か揉めてるみたいよ?」


 ミチルが指さした先には魔術師(マジシャン)に食ってかかる拳闘士(ファイター)がいた。

 周囲の仲間たちも彼を止めるでなく一緒になって怒っているようにみえる。

 耳をすませば、彼らの会話が聞こえてきた。


「どういうつもりだ! リンネ! なんで真面に攻撃を当てられないんだ!?」


「我は敵の動きを封じた。我が動かなければ敵の増援が襲ってきただろう」


「何が増援だよ! 敵はアイツ一体しかいなかったじゃねーか! 大方目立ちたくて前に出てきたんだろ!?」


「アンタが独断行動とるから前衛に余計な負担がかかるんだ!!」


「大体いつも変な呪文ばっか唱えて耳障りなんだけど!?」


 魔術師(マジシャン)の少女は何かを言いたそうにしているが仲間達が矢継ぎ早に批判するため何も言えなくなってしまったようだ。小さくなる彼女に対して仲間達は無情な眼で見下ろす。


「リンネ、お前はクビだ!」


「へっ!? どうしてっ! 今までずっと五人で一緒にやってきたじゃないっ!」


「それはLPOが健全なゲームだった頃の話だろ! このゲームはもう遊びじゃねぇんだよ! 皆必死に命懸けてんだ!」


「そうそう、中二病設定に付き合ってあげる程余裕ないのよ」


「ぶっちゃけ、もう他の魔術師(マジシャン)に声かけてんの。そう言う訳だからリンネちゃんはお役御免ってわけ」


 追い縋る彼女を振り解くように他のメンバーは去っていく。

 一人残されたリンネという少女はただ呆然と立ち尽くしていた。

 心を痛めるやりとりに黙って見ていることはできない。


「言い過ぎじゃないですか!?」


 最初に飛び出し食ってかかったのはシルクだった。大きな盾を地面に叩きつけて肩を震わせる少女の前に立つ。

 必死に涙を堪えていた少女にとって大きな盾に守られるのはとても心強かった。


「何だよ、外野は引っ込んでな!」


「寄ってたかって女の子虐めるなんて最低!」


 彼女の肩を支えるようにミチルも降り立った。

 正義感が強いらしいミチルはリンネの肩を抱きながらキッと彼女の仲間達を睨む。

 さらに拳を鳴らす堅の良いがMr.ヌードが現れたことで彼らは急に威勢を失くしてしまった。彼が変態じみた格好だったからではない。その奇抜な姿もさることながら彼が一級プレイヤーであるというのは周知の事実だったからである。


 また、彼の正体を知ったことで最初に食ってかかってきたメイド少女も一級プレイヤーの『シルク』だと察したようだった。喧嘩するつもりはなくなったようだが、自分達の発言を撤回するつもりもないらしく、彼らは踵を返すと足早に去っていってしまった。


「……リンネちゃんだっけ? 大丈夫?」


「うわぁあああん! 捨てられたぁぁああ!」


 緊張の糸が解けたことでリンネはワンワンと泣きだしてしまう。

 仲間に見限られればショックは大きいだろう。話しぶりから察するにずっと同じチームでやってきていたのだ。同じ立場だったらと考えただけで胸が痛くなる。

泣いてる女の子は専門外とばかりに外野で煙草を吹かすMr.ヌードは頼りにならない。

仕方なしにリンネを落ち着かせるためシルクとミチルは必死に慰めにかかった。


「大丈夫、私達が傍にいるから」「辛かったですね、全部吐きだしちゃいましょう」


 人の温もりに飢えていたのだろう。ミチルの胸の中で泣きじゃくっていたリンネは次にシルクの胸に顔を埋めた。


(うぅ……自分の胸の感触を自覚してしまって恥ずかしいな)


LPOで女性アバター歴は長いものの業務の一環として活動していたので自分の身体を検める機会はほとんどなかった。会社でメディカルチェックを受けた時以来である。

 他人から接触を受けるのは慣れていないシルクは恥じらいを掻き消すようにリンネの頭を撫で続ける。やがて落ち着いたのか涙を拭った少女は少し調子を取り戻したらしくアバターキャラになりきって経緯を話しだした。


「……元々我と、かの者達は前世よりつき合いがあった。ダークウェブを通じて血の契りを結びし同胞だったのだ。かつては同じ闇の眷属として活動し、人間共に恐怖を与えていた。その縁あって転生後の世界でも共に歩むことになったのである」


「なるほど、さっきの人達とはネットを通じたゲーマー仲間で以前他のMMORPGで同じギルドに所属して活躍していたからLPOでもすぐにチームを組んだ……と」


「凄い! 私全然解読できなかったのにシルクちゃん分かるの!?」


「まぁ業界経験長いし……」


 リンネは仲間達から中二病と罵倒されていた通り、かなり痛い感じの女の子だった。

 普段からキャラ付けを大事にするタイプらしい。


「我の言語は常人には理解し難いようであったが、同胞達は快く迎え入れてくれた。しかし審判の日以降、同胞達はサタンに魂を奪われたらしく我の言葉が分からなくなったのだ」


「……えーっと? シルクちゃん、翻訳お願い」


「つまり、最初は仲良くLPOで活動していたけど、デスゲーム化以降チームメンバーに余裕がなくなりリンネさんの中二病言語にアタリが強くなったってことじゃないかな」


「中二病言うな! でも解説ありがと!」


「なんだ、普通に話せるんじゃない。傷ついたショックで変な言葉遣いになってたのね」


「私は最初から正常だもん! あのしゃべり方が普通なの!」


 地団太を踏んで猛抗議するリンネ。泣かれるよりはマシだが暴れられるのも面倒である。見かねたMr.ヌードが止めに入ってくれた。

 改めてリンネの話をまとめるとデスゲーム化に伴い、かつて楽しんでゲームをしていた仲間達が日を追うごとにおかしくなっていったということだった。

 レアアイテムを獲得するのに躍起になり、仲間の小さなミスすらも目くじらを立て、どんどん現実主義・成果主義の冷めたパーティになってしまったようだ。


「そっか。ピリピリしてた時に後衛のリンネちゃんが前に出ちゃったから怒ったんだね」


「ですがリンネさんの行動は意味がありました。相対していたバイオニックモンキーは仲間を呼ぼうとしてましたから彼女は身体を張って阻止したのでしょう」


「え? どうして分かるの?」


「バイオニックモンキーは〈遠吠え〉のモーションを取ろうとしていました。この〈遠吠え〉は近くのモンスターを引き寄せる技です。もし決まっていれば沢山のモンスターが駆け付けてパーティは壊滅していたでしょう」


 通常ゲーマーは敵モンスターの攻撃の種類や技の前兆となるモーションを研究し対策している。だがこの第八層付近のフィールドは開拓されたばかりなのでモンスターの技は周知されていない。特にバイオニックモンキーは第七層を踏破できるプレイヤーでも多少手を焼くため、全ての技を知っている者はいないだろう。例外はシルクたちのような運営社員くらいだ。


「ククク、よくぞ見破った。我には全てが見えていたのよ」


「でもどうしてあのお猿さんは〈遠吠え〉を中断したの? 攻撃も受けてないのに」


「恐らく眼帯の嬢ちゃんが使ったのはユニークスキルだろ?」


 指摘されたリンネは目を皿のようにしていた。

 まさか出会ったばかりの人間に看破されるとは思っていなかったのだろう。


「ユニークスキル? って何、シルクちゃん」


「僕達が使ってるスキルは通常誰にでも覚えられるものなんです。ただ、このLPOでは特定の条件を満たすことで唯一無二、自分だけのスキルを覚えることができます。それがユニークスキル。上級プレイヤーでもまだ一部の者しか習得していません」


 リンネはシルクとMr.ヌードがまだ周知されていないユニークスキルの習得者であると判断し納得したように頷いた。


「まさか同族がおったとは。ククク……いかにも。我のユニークスキルは〈イビルアイ〉。目があった相手に幻術をかける能力である。発動中はこちらも身動きが取れぬが……」


 先程の戦闘で彼女が突如前に出たのは〈イビルアイ〉起動のためだったのだ。

 そしてスキルは無事に発動し、バイオニックモンキーは幻術に堕ち、遠吠えを中断させられたのである。


「じゃあリンネちゃんの手柄じゃない? 何でお友達に説明しなかったの?」


「できるわけなかろう。先程そこの白きメイドが言った通りユニークスキルは一部のプレイヤーしか目覚めておらぬ。無論我が同胞達も使えぬ。そこで我が真実を話せば同胞達は我にあらぬ疑いをかけることになるだろう」


「あらぬ疑いって?」


「分からぬか? 運営側の人間と邪推されかねぬのだ。そうなれば我は命すら危うくなる」


 プロゲーマーたちにすら周知されていないユニークスキルを扱えば、予めその存在を知っていた運営側だと断定されるとリンネは危惧したのだ。LPOのデスゲーム化以降、運営に関わる人間とみなされた者には死のペナルティが待っている。実際正体が露見した『プレデターX』は制裁とばかりに殺されてしまった。大衆の犠牲となったのは彼だけではない。リンネが怯えてユニークスキルについて口を閉ざしたのは無理からぬことだろう。

だから彼女は秘密裏に能力を使うしかなかったのだ。


「自分だけの特別な力に憧れてたけど……実際もったらアニメみたいにはいかないものね」


「リンネちゃん……」


 長年一緒にオンラインゲームを遊んでいた仲間達に絶縁されるのはショックが大きい。

 リンネは目に見えて落ち込んでいた。折角自分が目覚めた力を公にできないのは悔しいだろう。仲間のために命を懸けて戦っても評価されないのは苦しいだろう。

 システムにあるフレンド一覧から仲間の名前が消えているのを確認したリンネは居場所も友人も失くしたことを再認識し静かに涙を流していた。


「……うぅ……」


「リンネさん、僕達と一緒に来ませんか?」


 傷心の女の子を放っておくわけにもいかない。シルクは落涙する少女に手を差し伸べる。


「ちょうど、後衛が欲しかったところだしな」


「私達はユニークスキルについて知ってるからもう問題ないでしょ?」


「みんな……」


 涙を拭ったリンネは深呼吸を繰り返す。

そして落ち着きを取り戻すと小悪魔的な笑みを作って高笑いし始めた。


「クークックック! 良かろう! この半吸血鬼魔術師(ハーフヴァンパイアマジシャン)・リンネと血の盟約を結ぼうぞ! その命、我に委ねよ!!」


 患っている中二病は悪化の一途であったが、号泣し絶望しているよりも余程いい。愛らしい個性とすら言える。業界人として長いシルクたちは笑顔で彼女の参入を歓迎する。

 こうしてシルクらのパーティは欠落していた後衛クラスの人員を加えることができた。


 実際のところゲーマーとして経歴の長い魔術師(マジシャン)リンネは大きな戦力になった。

 魔法をかけるタイミングは完璧と言って良い。敵への弱体化付与、味方への支援効果付与、回復魔法もシルクら前衛メンバーが声をかける前に発動させている。

 敵モンスターの弱点も熟知しており、相性の良い属性の魔法で後方から大ダメージを与えてくれる。LPOは各クラス混合編隊を推奨してはいるが、ただ一人後衛が加わっただけでここまで戦闘バランスが良くなるのは稀である。それだけリンネの実力が高いのだ。


「クーックック! これぞ始祖の力! 闇の炎に抱かれて消えろ!!」


 魔術の発動に際してそれらしい呪文を唱えることや中二病発言を常に繰り返していたが、それを個性として割り切れば活躍ぶりは目を見張るものがあった。


「僕も多少回復技使えますが、三人分フォローは難しかったのにリンネさんが入って随分安定しました」


「今までは回復薬の減りがヤバかったもんね。必然的に稼働時間が限られてたし」


「これぞLPOのクラスロールプレイってわけだな」


「ククク、褒めよ崇めよ! 望むなら半吸血鬼魔術師(ハーフヴァンパイアマジシャン)たる我の眷属にしてやろう!」


「ヴァンパイアね。先輩さん、LPOって血統も選べるの?」


「ないない。眼帯嬢ちゃんの脳内設定だよ」


「脳内設定とか言うなし! リンネはそういうキャラなのッ!」


 冷静にツッコミを入れれば時折素が出てしまうのもリンネの愛らしさの一つである。

 彼女は後衛としての役割の他にチームのマスコット的な存在感があった。

 シルクも妹的な愛玩属性があるリンネを可愛がっていた。


「リンネさんがLPOを始めた切っ掛けは? やはり前のチームの人に誘われて?」


「それもあるよ。けどゲーマーならフルダイブ型MMORPGなんてワクワクするじゃない? 私は元々特別な力に憧れを持ってた。それを実現できるのがLPOという場所だったの」


 昔からリンネは特殊能力に憧れ、その力を身に付けたいと考えていたのだ。

都市伝説、オカルト系の番組や書籍にドップリのめり込む少女だった。

故に理想の自分を実現できるオンラインゲームに嵌っていた。そんな彼女がフルダイブ型MMORPGであるLPOに嵌るのは必然だった。


「現実には魔法も超能力もない。でもこの仮想世界でならそれらの力を扱うことができる。閉塞感のある現実とは違ってこの世界なら希望を掴めるかもしれない……そう思ったの。今はデスゲームになっちゃったけど、初めてこの世界に来たときは感動したものだわ」


「……ありがとう」


「――? なんでシルクがお礼いうのよ?」


「うっ! いや。なんとなく! 古参メンバーとしての親近感とかでして! 僕もこの世界が好きでしたので……」


 Mr.ヌードに肘打ちを御見舞いされたシルクは慌てて取り繕った。

 素直に感謝の言葉が出てしまったのは楽しむユーザーの声こそシルクの望んだものだったからだ。全てのユーザーにこの仮想世界を楽しんでもらおうという気持ちで開発に関わっていた。よりユーザビリティの良い作品にすべく若手の新米ながら上層部に意見を出したりもした。それだけこの作品に思い入れがあったのだ。

 だからシルクはプレイヤーと直に接し彼らが楽しむ様を見るのが好きだった。

 デスゲーム化以降、聞くことがなくなっていたLPOを楽しむ感想を耳にしたことで思わず感謝の言葉が漏れ出てしまったのである。


「シルク、気ぃ付けろ」


「すみません、先輩」


 今は運営がデスゲーム化の主犯と捉えられている。身元の露呈は死に直結するのだ。信頼する仲間と言えど自身のプロフィールを明かしてはならなかった。

 仲間に秘密を抱えるのは心苦しいが、全てを明かせば却って彼女達を不安にさせることになるだろう。そう考えたシルクたちは素性を隠したまま行動を続けた。



魔術師(マジシャン)リンネが加入しました。

前衛一辺倒だったシルクパーティがそれだけでかなり安定しました。

中二病こじらせ系なだけで彼女も高レベルのプレイヤーでありユニークスキルも覚醒させていました。

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