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新しい仲間を探して

前話の光陰が如実に表れていきます。

 突発的ながら一人も犠牲者を出さずに達成できた第八層攻略戦。

 高レベルプレイヤー達が準備を整えて挑んだにもかかわらず全滅した第九層攻略戦。

 第九層攻略メンバーが勇み足であったことを加味しても二つの攻略戦の結果があまりに違い過ぎた。プレイヤー達はその理由について邪推し始める。


 第九層メンバーはレベルが高いだけで統率が取れていなかった。チームのクラス編成に偏りがあった。九層ボスと攻略組の相性が悪かった。単純に運が悪かった。

 恐らくそれら全てが当たっているだろう。しかしそれで明らかになるのは九層攻略組が全滅した理由のみである。第八層攻略組が完勝した理由の説明にはならない。

 戦えるレベルのメンバーは指導員数名のみ。準備不足のエンカウント。

 そんな状態で最高の結果を残せるなんておかしいと考える者が出始めた。


「おい、メイドさんよ。アンタ、チートでも使ってんのか?」


「俺達にも教えてくれよ。その裏技!」


「……僕は普通に戦っただけです」


 ズルをしていると決めつけて強さの秘密を聞きだそうとするプレイヤーが出るのは仕方のないことだ。傍から見ればそう判断するのも無理はないだろう。

 第八層のボスは誰もその戦い方を知るはずがない。敵の戦術を確かめるため犠牲を出すのが普通である。シルクは開発側として敵の能力も全て熟知していたからこそ、冷静に対処できたのだ。


「アイツ、運営側の人間じゃねーの?」


「よせよ、彼女は第八層攻略してくれた英雄だ。もしデスゲーム仕込んだ側だったら体張って俺達を助けるはずがねーだろ」


「チッ、気に入らねーな」


 始めはシルクに感謝していたプレイヤー達も周囲の空気に流されて徐々に疑心暗鬼に陥っていた。九層攻略メンバーが全滅したことでただでさえ戦力が欠如しているのに纏まりさえなくなってしまっていた。デスゲーム化した運営への憎悪と攻略が進まない焦燥感からプレイヤー達は荒んでしまったのである。


 そんな中、シルクとMr.ヌードは騎士(ナイト)ゼノンに招集された。いつぞや行った運営者会議の二回目を開こうというのだ。以前はデスゲーム勃発直後辺りに行ったが第八層攻略と第九層攻略失敗という大きな動きがあったためリーダーが話したいと持ちかけてきたのだ。

 NPCが営む寂れた店に再び集まった二人はゼノンに出迎えられた。


「やぁ、しばらくぶりだな。シルク、Mr.ヌード。無事で何よりだ」


「ゼノンさんもお元気そうで」


「ん? クロトアの姿が見えねーが、アイツは遅刻か?」


 ゼノンは深い溜息をついた。自身のフレンド一覧を表示させ、そのリスト内に『クロトア』の名前がないことを見せつけてくる。フレンドの消失が起きる理由は自らがリストから抹消した場合を除けば一つしかない。アバターの消失、即ちデスゲームからの脱落である。現実を直視した二人は目の色を変えた。彼女の強気な顔が脳裏に思い浮かぶ。


「何で、クロトアさんが! ずっと引きこもってたはずでしょう!」


「そうだぜ! 第一アイツはプロゲーマー並に腕が立つ! PKに狙われたとしても生き残れるはずだ! どうなってやがる!」


「彼女の死因はモンスターに襲われたからでも、プレイヤーに襲われたからでもない。自殺だよ……」


 シルクたちは絶句した。開発運営スタッフとして長期に渡りLPOに関わってきた強プレイヤーのクロトアが、気の強い彼女が自ら死を選ぶとは考えられなかったからである。


 ゼノンはシルクたちにクロトアとの最後のメッセージを見せてくれた。

 そこには「いつバレるか怖い」「誰かがアタシを見張ってる」と怯えている文面があった。第八層攻略に際しシルクが運営側の人間ではないかという疑いを向けられたことで自分にも疑惑が向けられるのではないかと心配する本音も綴られている。


 第九層全滅事件以降、ゲーム攻略がまったく進まない現状を嘆く言葉と死んだ方が楽だという諦めで〆られていた。いつ運営側として殺意を向けられるか分からない恐怖と攻略が進まない閉塞感が積み重なり彼女は現状に絶望してしまったのである。


「ちくしょう! 俺がもっと目を懸けてやれば!」


 開発初期メンバーかつ同期であるMr.ヌードはクロトアの死に大きなショックを受け、壁を殴った。拳が痛むことも血が出ることもない。彼は自身の感情を処理しきれず店を出て行ってしまう。


「先輩!!」


「放っておいてやれ」


「ゼノンさん、でも……」


「アイツはクロトアと付き合いが長かった。それだけショックも大きい。しばらく一人にしてやるんだ」


「それならゼノンさんだって」


「ああ。今回は報告のためだけに呼んだ。俺もこの結果を嘆いている。今後の身の振り方含めて色々考え直さないとな。各自、今日はクロトアの冥福を祈りつつゆっくり休もう」


「……はい」



 その日は宿に帰ったシルクも気持ちの整理がつかなかった。プレデターXに続きクロトアという身近な人間が死んでしまった。会社外での付き合いはなかったが、見知った人間が死亡するのは気分の良い話ではない。


「何で良い人ばかり死ぬんだ」


 アルバイトとして会社に入った際に昼ごはんを奢ってくれたり、歓迎会を開いてくれた二人の笑顔が思い起こされ、涙が頬を伝う。哀しみの感情さえ数値化され、涙を流すことができる。ログアウトできないLPOが現実であると錯覚してしまうほどだ。


「クロトアさん……どうして……」


 敵は凶悪なモンスターや憎悪を抱いたプレイヤーだけでない。自分自身さえも自分の敵になりかねないのだ。一歩間違えばシルクも絶望し自殺を選んでしまう危険がある。だからこそ気持ちの整理をつけさせるためゼノンは「休め」と言ったのだろう。


「……はぁ」


 気落ちしたままシルクは眠に落ちた。

 その夜シルクが眠っている間にみた夢は開発時の日常風景だった。

 プレデターXこと若林直弘(わかばやしなおひろ)、Mr.ヌードの岸辺元之助(きしべもとのすけ)、クロトアの本人・黒澤永久(くろさわとわ)、そしてゼノンこと音波零次(おとはれいじ)が楽しそうにゲームの改善点について議論している。


 貴愛(きいと)もメイド服アバター『シルク』ではなく生身の人間として会議に参加していた。

 皆でゲームの改善点を話し合い、リリース後のユーザーの反応を想像して笑い合ったものだ。それは懐かしく二度と手に入ることのない幸せな日々だった。



 ――翌日、射しこんだ朝日の輝きがシルクを起こした。

 一筋の涙が頬を伝っていた。

 顔にかかる白い長髪と胸の重みが仮想世界こそ現実だとつきつける。


「もうあの日々は取り戻せない。だったらせめて……」


 仲間達の死の哀しみを胸にシルクは決意を改めた。ゲーム攻略のために闘えば誰かが死ぬ可能性がある。しかし、それを恐れて前に進まなければ事態は停滞どころか衰退してしまうのだ。今後クロトアのように悲観して自決する人間が出ないとも限らない。下がってきた士気を上げるためには再び第九層を攻略するしかない。


(もう一度華々しい成果を上げてこの暗い空気を吹き飛ばさないと!)


 覚悟を決めたシルクは再びパーティの勧誘を始める。LPOは団体戦推奨のMMORPGのため、ソロ戦には限界がある。

 ましてボス戦となれば他のクラスの協力は必要不可欠だった。


「すみませーん、僕と一緒に第九層攻略してくれるメンバーを探しています。どなたかパーティ組んでくれませんかー?」


 プレイヤーの多い町中で勧誘を始めるも、シルクを見るなりそそくさと屋内に退避してしまう。運営側疑惑が払拭できないために文句を言わないプレイヤー達も面と向かって協力しようとはしてくれなかった。

 予め第八層攻略でフレンドになった教え子や指導員たちにメッセージを送っていたのだが色よい返事が返ってこない。彼らはシルクに対して恩義を感じてはいたものの、実力不足を痛感しており攻略に後ろ向きになってしまっていたのである。少しずつ自信をつけていた彼らが消極的になったのは格上攻略組が九層で全滅した影響が大きい。


「仲間がいないんじゃ攻略のしようがないよ……」


 途方に暮れるメイド少女の背中を誰かが叩く。

 振り返ると帯刀した黒髪の美少女が笑顔で立っていた。


「やっほー、シルクちゃん。呼びかけに応じて馳せ参じましたぁ!」


「ミチルさん! 来てくれたんですね!」


「うん、メッセージ飛ばしたんだけど上手く送れないみたいで……直接来たの」


 彼女は頭を掻きながら描きかけのメッセージをシルクに開示する。

 そこにはシルクを労い激励する長文が描かれていた。彼女は指導者として皆を導いてきたシルクの活躍を知っていたからこそ必死に励まそうとしてくれていたのだ。文面の内容から滲み出る優しさに目頭が熱くなる。


「ミチルさん、ありがとうございます。メッセージが送れなかったのは文字数制限に引っ掛かったのだと思いますよ」


「あれ? 私もそう思って短めに添削した文送ろうとしたんだけどそれも駄目だったよ?」


「恐らく不適切表現が混じっていたのではないでしょうか。このゲームの文字判定AIは少々ポンコツなので……」


 自分が書いたメッセージの内容を思い出していたミチルは「あっ」と呟いて顔を上げる。どうやら引っかかった箇所に思い当たったようだ。


「やっぱりシルクちゃんは頼りになるね。色々教えてくれるし」


「そういっていただけるとメイド冥利につきますね」


「ふふ、そういえばメイドさん設定だったね。じゃあ今度色々ご奉仕してもらおうかしら」


「召使いは勘弁してください」


 互いを見つめ自然と笑みが零れる。孤独感に苛まれる中で彼女の存在はありがたかった。

 ひとしきり笑い合った二人がフィールドに移動しようと向きを変える。

 すると、街角にブリーフ姿の中年男がサングラス越しにこちらを見ていた。

 少女二人の逢瀬を覗き見る下着姿の親父は事案でしかない。

 しかしこのLPOでそんな露出狂は一人しか存在せず、二人共顔見知りだった。


「アレ、シルクちゃんといた指導員の人だよね」


「ええ。僕の先輩です……何してるんですか?」


「冷てぇなぁ。俺もパーティ組んでやろうと来てやったのに」


「えっ……」


 露骨に表情を曇らせるミチル。一目で分かる変態は女性心理的にNGらしい。

 中身が男性のシルクとしても遠慮したいのだから本物の女性はさらにキツイだろう。

 女の子二人の華やかなチームに露出狂が追加されることで台無しである。


「そんな嫌そうな顔されたらおじさん傷つくぜ」


「せめて服着てください。もう目立つ格好しなくていいでしょ」


 LPOの案内役という身分は意味がなくなったのだ。悪目立ちするパンツ一丁である必要性はない。ところが彼は頑なにズボンを履かなかった。


「お前だってメイド服のままじゃねーか。シルクと言ったらメイド服、Mr.ヌードはブリーフなんだよ! 周囲の認識が既に浸透している!」


「一緒にしないでください!」


「今更俺がズボンを履いたところで誰か分からんだろう。名前負けしちまうし。それに俺は大衆の面前で脱ぐためにLPOを始めたんだ!」


「いきなり性癖をカミングアウトしないでください」


「あはは……個性的な先輩だね」


 ミチルも友達の知人ということで彼のパーティインを認めてくれたようだ。彼の実力の高さは周知されている。人手不足の今は有望な人材は一人でも確保したいと妥協したのかもしれない。ただ一緒に歩くのはやはり恥ずかしいらしく、並んで歩く際は常にシルクを間に挟むことが多かった。


 即席で組んだパーティであるが三者三様にクラスが分かれているため役割分担はできていた。盾役のシルクが敵を引きつけ、アタッカーの二人が強襲する。

 二人のスタミナが消耗したらまたシルクが積極的に前に出る。

 前衛三人による三角形のフォーメーションは上手く連携がとれていた。そこそこ強い程度の第八層モンスターはダメージを受けずに倒せることさえあった。


「ミチル、良い動きだ! とても素人とは思えんぞ」


「ありがとうございます! 先輩さんも変態とは思えない程強いですね!」


(まだ少し雑なところもあるけど、経験の長い僕と先輩でフォローできるレベルだ)


 ミチルの成長速度は早い。粗削りながら経験者の古参プレイヤーに追いつく勢いである。第八層攻略時から非凡な才覚を見せていたが、少人数のロールワークで益々磨きがかかってきたらしい。これならば近い内に第九層攻略の主戦力にもなれそうである。

 超新星の将来性に期待する一方で不安材料もあった。


「このチーム前衛に偏りすぎてますね……」


狩人(ハンター)魔術師(マジシャン)……最低でも一クラスの後衛は探さねーとな」


「そういえばボス戦も後衛の人達に助けられてたっけ……」


 中級モンスターまでなら適当なチームでも倒せるが、ボス戦となるとやはり回復や支援技を使える後衛クラスが必須となる。普通のゲームならば募集をかけるか、最悪誰かがクラスチェンジすれば賄うことができる。だがシルクの呼びかけを無視される現状では後衛クラスを集めるのは難儀しそうである。クラスチェンジはそもそもクラス育成に時間がかかるMMORPGではあまり現実的とはいえない。 


「どうしようかな……」


 根強く既存のプレイヤーを説得するのが一番得策に思えてくる。問題は勧誘方法だ。三人寄れば文殊の知恵ともいう。何か妙案はないかと休憩がてら三人で知恵を絞り合っていたとき、近くから戦闘音が聞こえてきた。

 真面目に考えている時に爆発音やら金属音が響いてくると酷く耳障りになる。考えるのを止めて音源を探ると、六人のパーティとモンスター三体が睨み合う光景が見えた。


「今始まったばかりみてぇだな」


「五人全員違うクラスね! うらやましいなぁ……」


「彼らの戦闘が終わるまで待ちましょうか」


 敵対するのは『バイオニックモンキー』という人間よりやや大きい猿人型モンスターのようだ。群れで行動する種族である。変則的な動きと仲間同士の連携が厄介なので初心者はまず倒せない強敵である。ある程度戦い方を熟知したプレイヤーが腕慣らしに戦うことが多いため、彼ら五人は中級程度の実力は有していることになる。


「ハァァァア!!」


 まずは守護者(ディフェンダー)が攻撃を引き受け、死角から騎士(ナイト)拳闘士(ファイター)が奇襲する。

 相手が怯んでいる間に後衛の魔術師(マジシャン)狩人(ハンター)が支援スキルを発動させた。

 基本的なクラスロールは問題ないといえる良いコンビネーションである。

 みるみるうちに『バイオニックモンキー』一体を撃破し、さらに一体の体力ゲージを残り20%まで削り切った。


「だいぶスタミナ持ってかれちまったが……あと少しだ! 全員で弱った方叩くぞ!」


「ああ! そうすれば残り一体をタコ殴りにできる!」


 予めフォーメーションを決めてきたらしく彼らは阿吽の呼吸で弱った方を仕留めた。

 しかし、最後の『バイオニックモンキー』は味方を殺されたことで〈激怒状態〉になった。全身から赤い蒸気を噴出し全能力が強化されて動きが変わる特殊状態異常である。

 上級者はこの状態異常になる前に倒すのだが彼らはまだその領域には至っていなかった。


「激怒状態になる前に仕留めたかったが、体力はオレンジ色になっている。もう少しだ!」


「リンネ! まだ魔力はあるだろう! 大魔法で仕留めてくれ!」


 フードを被った少女が一歩前に出る。

 杖を構えて声高に呪文を唱え始めた。彼女の下に魔法陣が展開される。


『偉大なる父祖よ、今こそ力を貸し給へ。契約に従い封じられし紅蓮の焔の力を解放し、眼前の大敵を灰塵と帰せ!!――アルティメットスキル・獄炎焦滅波(ヘルフレイムクリメーション)!!』


 LPOはスキル発動時にインターバルが存在するものの呪文を唱える必要性はない。よって大層な呪文は発動者のオリジナルだろう。

 気合十分だった魔術師(マジシャン)の必殺技はバイオニックモンキーを焼却しただけに留まらず高威力を保ったままシルクたちが潜む森の方に飛んできたのだ。


「全員退避―!!」


 急いで逃げだしたシルクたちが後ろを振り返れば森林が焼き畑のように消し飛んでおり、数体のモンスターが倒れていた。


「おっかねー魔術師(マジシャン)だ。死ぬかと思ったぜ」


「いえ、先輩。仮に僕らが避けなくても火傷くらいで済んだでしょう」


 見た目の焼け跡こそ壮大であるが爆心地はシルクたちがいたポイントからかなり離れている。実際に流れ玉で命を奪われるということはなかっただろう。――とはいえフルダイブ型MMORPGだと生きた心地がしない。デスゲーム化した今となっては尚のことだ。


社員メンバーの一人クロトアも脱落してしまいました。

メンタルが耐えられなかったのです。


シルクはやはり攻略していくしかないと決意し

運営社員疑惑を向けられながらも前に進んでいきます。

ただ後衛不足が如実に現れているため新しい仲間を探します。



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