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希望と絶望

デスゲーム到来後初めてのダンジョン攻略戦になります。

「まず前提としてLPOは各クラスの共闘を推進した仕様となっています。なので職業役割(クラスロール)が戦術の基本となります。前衛は敵の注意を引き積極的に攻撃し、後衛は回復やバフ&デバフ、遠距離技で前衛を支援する、といった感じですね」


 いかに職業役割(クラスロール)が重要か、自身の役割分担を徹底すればより楽に敵を倒せるかをまず認識してもらうよう丁寧に教え込んでいく。

 ――とはいっても一般的なMMORPGの基礎知識でもあるため教えることは少ない。

 騎士(ナイト)拳闘士(ファイター)守護者(ディフェンダー)は後方に下がらず常に前に立つべし、魔術師(マジシャン)狩人(ハンター)は出しゃばらずに支援に徹するべしという内容である。


「シルクさん! 俺、前衛から後衛になりたいのですけど……」


「俺は前衛のままでいいけど拳闘士(ファイター)から守護者(ディフェンダー)に変えたいな……」


 生徒から飛んでくる要望は、やはり死ぬ危険の多い職種から生存可能性の高い職種へ転職したいというものが多かった。


「クラスチェンジは可能ですがレベル上げも一からやり直しになるので時間がかかってしまいます。あまりお勧めはしませんが命が掛かっているので後悔のない選択をしてください。変えるなら今がラストチャンスです。以降は選んだクラスでレベルを上げてください」


 既にゲームリソースの奪い合いは始まっている。強力な武器や経験値の多い敵などは狩りつくされている。今から別クラスに移行するのは正直厳しいだろう。

 それでも数人はクラスチェンジを熱望し、初心者用の講座へと移動していった。

 残ったメンバーにはシルクら各クラスの指導者たちが職業役割(クラスロール)を直接指導する。

 ある程度慣れて来たら全クラス一名ずつの五人チームを編成して弱い敵相手に実戦を経験してもらう流れとなった。


「前衛や後衛の中でクラスが被っていても問題ないですが、前衛3名,、後衛2名が安定するのでなるべくその編成を守るようにしてください。そして役割から逸脱した行為はただ一つの例外を除いて厳禁です」


「例外ってなんですか?」


「自分の命を守るときです。但し、いきなり全役割を放棄するのは駄目です。例えば私のような守護者(ディフェンダー)が敵前逃亡してしまうと他のメンバーが死にますので。よく考えて行動してください」


 シルクの言葉は全プレイヤーに責任という形でのしかかった。

 彼らの心からまだ多少残っていた遊び感覚が喪失していく。自分の行動には攻略だけでなく他人の命もかかっているのだと自覚したようだ。

 以降全員の動きが目に見えて変化した。全体的にキレがよくなったのだ。


「先輩、これならそう遠くない内に第八階層攻略できそうですね」


「いや、第八階層は入り口付近の敵も強い。まずは第七階層の敵を問題なく倒せるようになることが条件だな」


 小声で意見交換した二人は指導に熱が入り始める。弱小モンスターも多いフィールドから少し手応えのある敵の多い場所へと実際に移動して戦いながら細かい動きを指南する。そして一日終わりには第一層のダンジョンを実際に攻略してもらうまでに至っていた。

 エリアボスは既に討伐されて不在だが強い敵はまだリポップする。フィールドとは異なる緊迫感を彼らにも味わってもらおうという試みだった。


「いける! 俺達戦えるぞ!」「よっしゃー勝ったぁ!」


「ナイスアシスト!」「前衛の攻めあってのことだよ!」


 そして狙い通りの効果を得ることができた。一層目のダンジョンの最奥に至るまでには彼らは心身ともに成長し、自信をつけたのである。


 成功体験を得るということは最も人間の成長に繋がる。

 この日を切っ掛けに先人達が攻略したダンジョンで職業役割(クラスロール)を実演するという指導は続けられることになった。第二層目が終わったら第三層、それが終われば第四層。

 階層を進んでいくごとに確実に経験値を獲得してレベルを上げている。それはシステム的な記号ではなくプレイヤー自身の糧そのものだった。


 中でもとりわけ真価を発揮したのは騎士(ナイト)のミチルである。

 命が懸っているということで積極性が減少していた前衛職の中で彼女だけが能動的に動いていた。最初に出会った頃は初心者だったのに今では中級者の中で群を抜いた功績を出している。相手の動きを先読みする洞察力、隙を見つけるや否や確実に狙いに行く思い切りの良さ、流水のようなフットワーク、惚れ惚れする太刀筋。まるで歴戦の武将だ。

 他のプレイヤーが手こずる中、彼女は先へ先へと進んでいく。


(どう見ても経験者じゃないか。でもゲームはあまりやらないって……)


 涼しい顔で高レベルモンスターを屠ったミチルは納刀するなりシルクにガッツポーズを見せる。その手慣れた動きから彼女の力の秘密に何となく察しがついた。


「ミチルさん、貴女は剣道の経験者ですか……?」


「へっ!? すごい! なんで分かったの!?」


「ゲームはやらないってわりに太刀筋が素人じゃないし……。迫力あるモンスターにも全然怖気づかないので。もしかして『ミチル』って名前は剣道の『道』と流派の『流』から取ったのかと思ったのですが……」


「シルクちゃんってエスパー!? 私の個人情報がどこかに漏れてたり!?」


「いや、漏れてはいないですよ。すみません、リアルの情報を詮索するのはマナー違反でしたね。……それより、そろそろ皆の所に戻りませんか?」


「え?」


 ミチルは周りを見渡してシルク以外にプレイヤーがいないことを理解した。ようやく自分が他のプレイヤー達より先行して進んでしまっていたことに気が付いたらしい。


「貴女の力は見事ですが、チーム戦において独断で進むのは感心しませんね」


「……ごめんなさい。でも、シルクちゃん守護者(ディフェンダー)なのによく私に追いつけたね。DEX(器用さ)、AGI値(俊敏さ)上げてるスピード特化なのに……」


「あはは、ちょっと裏技を使いました。種明かしはまたの機会に」


 鈍足の守護者(ディフェンダー)が追いかけてきたことに釈然としないらしいが余計な情報を授けても混乱するだけだろうとシルクは判断したのだ。


「ミチルさん、これからは独断専行を控えてください。フットワークは見事ですが、気が付いたら孤立無援なんて事態に陥りかねませんよ?」


「……はい、反省してます」


 素直に猛省しているようなのでシルクもそれ以上檄を飛ばさなかった。

 ゲーム初心者が感動のあまり先に進んでいって詰んでしまうのはよくあることなのだ。自分の手の届く範囲で連れ戻すことができたことは不幸中の幸いだった。

 彼女が一人でも十分戦えるということが分かったのも収穫である。


(並のゲーマーより巧い。自分の身体を動かすわけだからVRは運動部の方が強いかも)


 そして驚くべきは鋼の精神力である。ゲーム世界が命懸けのサバイバルに変貌したことでどのプレイヤーも少なからず動揺があり、その心の機微は戦い方にも現れていた。前線に出ることを渋ったり、不必要に回復アイテムを多用したりする者が多かった。

 だが彼女は恐れも迷いも感じさせず真っ直ぐに剣を振るっている。その淀みない覚悟が動きにも現れているのである。


「……ミチルさんはこのゲームが怖くないんですか」


「怖いよ。でも今は剣を振るう楽しさの方が勝ってる、かな?」


「確かにデスゲーム要素さえなければ楽しめますが、ミチルさんは見た目に反して戦闘狂ですね。テンション上げたまま死にに行かないでくださいよ」


「流石にそこまでしないよ」


 剣道経験者なら強敵と戦いたいという欲求でもあったのかもしれない。

 平和な現代で猛獣相手に剣術勝負をすることはまずないのだ。そう言う意味ではこの世界は彼女の要望にベストマッチしていただろう。


(弊社開発ゲームを楽しんでくれてるのは嬉しいけど、このゲームにさえ参加しなければサバイバルに巻き込まれることもなかっただろうに)


 罪悪感に苛まれたシルクはせめて彼女は無事に守り切ろうと静かに誓った。


 数分後、二人はようやく他のメンバー達のいるポイントへと帰投する。

 てっきり独断専行の注意を受けるものだと思っていたが責めてくるプレイヤーが一人もいない。それどころか慌ただしい様子で、各チームが散らばっていた。

 何事かと思っているとMr.ヌードが駆け寄ってくる。


「お前らも帰ってきたか。良かった」


「先輩、何かあったんですか?」


「お前らが先に行った後、女の子に負けてられるかって野郎共が士気上げやがってよ。各班に分かれて何体モンスター狩れるかって実戦訓練することになっちまったんだ。おかげで招集するのも一苦労だぜ」


「女の子って……僕はおと――」


 言いかけたシルクの口をMr.ヌードが塞いだ。性別の暴露は正体の露見に繋がりかねない。自分の軽率さを猛省しつつ、先輩の咄嗟の行動にシルクは深く感謝した。要するに男性プレイヤー達は数少ない女性陣に良い所を見せようと躍起になっているらしい。


「すみません、私が扇動したってことですよね」


「いやぁ、それだけじゃねぇ。訓練の中で比較的安全にモンスター狩れることが分かったってのが大きい。後はレアアイテムドロップしたのが最後の一押しかな」


 彼らが安全な戦い方を身に付けたのはひとえに指導員が優秀だったからに他ならない。各クラスの特徴からダンジョンのルート、モンスターの特徴まで熟知していたためにできたことである。だがプレイヤー達は命の危機が遠くなったことで調子づいてしまったらしい。既に攻略したダンジョンとはいえ流石に統制が乱れてきたことを感じた指導員たちが一度点呼をとることにしたようだ。そして今やミチルを入れてダンジョンに入ったプレイヤーの九割が戻ってきている。


「あと一チームだが……おっ! ようやく戻ってきやがった」


 Mr.ヌードが指さす先には最後のチームが大手を振っていた。

彼らの無事に安堵しつつも、皆の視線は彼らが携えている大きな宝箱に集まっていた。


「ごめんごめん、宝箱見つけたけど開けられなくて、持って帰ってきたんだ」


「DEX値(器用さ)が高いアバターじゃないと開けられないみたいなの」


 シルクとMr.ヌードは訝し気に顔を見合わせた。確かにLPOには値の条件をクリアすることで開封できる宝箱は実装されている。しかし序盤のダンジョンにはそんなものを配置していなかった。何度もテストプレイしていたので間違いない。


「開けない方がイイと思いますよ」


 シルクのか細い声は興奮するプレイヤー達のざわめきでかき消されてしまった。

 今や誰が箱を開けられるかというチャレンジゲームになり果ててしまっている。

 中身にはどんなアイテムが入っているのか、誰が一番に開けられるかばかりに気を取られており危険性について議論する者はいない。

 シルクとMr.ヌードも下手に宝箱を危険視する言動を積極的にとれば自分達が運営側だと露見してしまうため消極的な制止しかできなかった。


「開いた……!」


 誰かが呟いた瞬間、箱から瞬く光が溢れだす。

 それは武器の光沢でもレアアイテムのドロップ演出でもなかった。

 地面に魔法陣が展開され、プレイヤー達全員を囲い込むように拡大していく。


「これは転移陣!?」


 突如展開された魔法は転送術を起動させた。

 対象物を別の座標へと強制転移させる仕組みである。



 ――気が付くと、プレイヤー達は見たこともない大部屋に立っていた。

 獣の骨の装飾が多い場所で頭蓋や骨で作られた柱がそこら中に聳え立っている。

 VR機器は仮想世界の匂いまで完全再現しているためか獣臭さが鼻を刺激した。


「どこだよ、ここ?」「さっきまでダンジョンにいたのに……」「町……じゃないよね?」


 誰もが困惑する中、社員であるシルクとMr.ヌードは自分達の現在地が分かった。モンスターの骨で形作られたダンジョン、獣型のモンスターが多く徘徊するその場所は第八層にあたる。そして骨柱が乱立するその地こそ第八層のボスが出没するエリアだったのだ。


「最悪だ……! よりにもよってボス戦エリアに飛ばされるなんて!」


「嘆いてる場合じゃねーぞ、シルク!」


 大きな地響きを立てて何者かの足音が聞こえてくる。

 まだ誰も事態の深刻さを呑みこめていない。

 彼らが顔色を変えたのは足音の主である巨大な人型モンスターを目視してからだった。大骨を被った緑色の巨人――いかにも強敵感が漂うデザインのモンスターこそ第八層のエリアボス『ボーンジャイアント』に他ならなかった。


 今まで戦ってきた雑魚とは一線を画す威圧感にプレイヤー達の戦意は一気に喪失した。

 一斉に出口まで走り出したものの扉は固く閉ざされており足止めされてしまう。


「畜生! 扉が開かねぇ!」「魔法でぶち壊せば!」「何で傷一つつかないのよ!」


「無駄だ。勝敗がつくまでボス戦エリアからは脱出はできない」


 Mr.ヌードの宣告にプレイヤー達は表情を歪めた。大抵のゲームはボス戦から離脱することができないのは常識だった。勝利を手に悠々と帰還するか、全滅して死に戻りするかである。本来なら敗けたとしても死に戻りできるので鍛え直してリベンジすればいい。


 しかしHPが命そのものとなってしまったサバイバル下において死に戻りという選択肢はないのだ。突きつけられた生存への道は細く険しいものである。つまり闘って勝つしかない。相手はパワー特化の鈍足タイプなので戦い方によっては勝つことも不可能ではない。


 問題はプレイヤー側が貧弱であるところだ。彼らはチーム戦研修のためにダンジョンに入った中級者たちばかりであり、まだ未熟である。ゲーム運営が推奨する第八層ボス攻略レベルには達していない。数少ない指導員たちがギリギリ推奨レベルに届いている程度である。


(僕達社員が動くしかない……!)


 指導員たちも教え子達もいきなりのボス戦に混乱しており、とても戦えるコンディションではなかった。脚が竦んで逃げることさえできないらしい。

 格好の獲物となったプレイヤー達をボスが見逃してくれるはずもなかった。


「ガャァアアア!!」


「駄目だ、脱出できないッ!」「私まだ死にたくないッ!」「動けないよぉ……!」


 骨の棍棒を振りかざすボーンジャイアントの攻撃の瞬間、メイド服の少女が身体を滑りこませるように割って入りその強撃を受け止めた。


「大丈夫! 僕が皆を守ります!」


 大きな盾を手にプレイヤー達を守護した力強い背中と靡く絹色の髪に皆の視線が集まる。

 ただ守っただけで終わらなかった。攻撃時に上手くガードができたことでベーススキル『ジャストガード』が発動する。シルクの大きな盾は可変し刃物が現れ斧の様な形態へと変化する。盾で弾かれて態勢を崩したボーンジャイアントの鳩尾に向かってシルクはブーメランのように愛武器を投擲した。

 衝突の瞬間、大ダメージを現す赤い文字のヒットポイントが表示される。


「先輩ッ!」


「言われなくともッ!」


 崩れたボーンジャイアントに向かってブリーフ一枚の漢が突撃し痛恨の一撃を叩きこんだ。相手が態勢を立て直す前にMr.ヌードは連打を続ける。

 リリース前からゲームをプレイし続けたコンビ故に素晴らしい連携だった。

 ただ敵の体力が尽きるよりも前にMr.ヌードのスタミナが切れるのは確実だ。その前にシルクにはやるべきことがあった。プレイヤーの士気を上げることである。


「皆さん! 立って武器を取ってください!」


「でもメイドちゃん、俺達じゃレベルが足りないよ」


「一撃でやられてしまうわ」


「そうならないように僕が守ります! 訓練生はクラス問わず後方に下がってください! 後衛クラスは遠距離から砲撃を! 前衛クラスはアイテムを使ってサポートに徹してください!」


 今回のボスは近距離攻撃タイプ。後衛なら死の危険は少ない。前衛クラスは基本的に遠距離攻撃スキルを持たないが、アイテムによるサポートは可能だと考えての采配だった。

 教え子たちも危険が少ないならばと奮い立ってくれる。


「指導員の方は僕と一緒に闘ってください。大丈夫。攻撃は全て僕が引き受けますので」


「……女の子にそこまで言われたら逃げられねーじゃん」


「頼もしいタンクっすね」


 実際に敵の攻撃をシルクが捌いて見せたことで指導員たちも勝機を見出せたようだ。

 退路は既に断たれている。勝たなければ脱出できないならばやれるだけやろうと前向きに捉えてくれたらしい。なんとかMr.ヌードのスタミナ切れ前にフォーメーションを決めることができた。


「先輩! 交代です!」


 息切れしていたMr.ヌードを庇うように前に出たシルクの盾にボーンジャイアントの拳がぶつかる。激しい金属音がフィールドに響き渡った。それを合図に後衛の狩人(ハンター)が火の矢を放ち、魔術師(マジシャン)が味方に強化系スキルを、敵に弱体化スキルをかける。


「ウォオオオオオオオオ!!」


 激しく唸るボーンジャイアントは遠方から狙撃する狩人(ハンター)や弱体化をかけてくる魔術師(マジシャン)を鬱陶しく思ったようだ。地面に刺さっていた骨髄を抜き取り、やり投げの要領で構えて後衛に狙いを定めている。遠距離攻撃挙動である。ボーンジャイアントは本来近距離タイプのボスであるがHPが三分の一減ったことにより攻撃パターンに変化が現れたのだ。


(今アレを受けたら後衛に死者が出る!)


 Mr.ヌードをはじめ指導員組が注意を反らそうとするも敵が巨体すぎるが故に武器を叩き落とすこともままならない。多少時間が稼ぎになるだけだ。


「攻撃を阻害してなるべく犠牲者を減らすんだ!」


「難しいこと言うなぁ! ブリーフのオッサン!」


(これがデスゲーム化以来初めての攻略戦。今死人が出たら今後の攻略に支障をきたしてしまう。少ない犠牲じゃダメだ。犠牲は0じゃなきゃ! 誰一人死なせちゃいけない!)


 意を決したシルクは『ヘイトサクリファイス』というスキルを発動させた。

 戦場にいる全てのモンスターを挑発し、強制的に注意を発動者に向けさせる技である。


 見事に挑発が決まりボーンジャイアントの標的はシルクに変更された。凶悪な形相のボスモンスターから向けられる殺意はゲームとは思えない迫力だった。否、これは命を懸けたサバイバルだ。敗北が死に直結する。ならば全力を尽くすしかない。


「僕は誓ったんだ。皆を守るって!」


 スペシャルガードスキル『イージス』はあらゆる攻撃を受け止め、ジャストガード時にカウンターを決める最強の防御技である。

 ボスモンスターの強攻撃を正面から受け止めるシルク。その後姿に友軍から声援が飛ぶ。

 耐えきったシルクのカウンターにより相手は反動を受けて後方に倒れる。


「総攻撃です!」


 鈍重のため動けないシルクに代わり、誰よりも早く動いたのはミチルだった。

 見習いに過ぎない訓練生がチャンスを少しでも活かそうと前線に出てきたのだ。


「ミチルさん!?」


「私は貴女に勇気を貰った。助けてもらった。……だから今度は私も戦うよ」


 覚悟の炎を瞳に宿した少女は抜刀して敵に斬り掛かった。

 そのまま刃が残像で分身しているかに見える程の恐るべき剣戟を繰り出していく。

 仲間から強化魔法を受けているからか彼女の攻撃も敵に与えるダメージ値も尋常ではなく、どんどん値は増えて行った。これ幸いと他のメンバー達も追い打ちを仕掛けていく。


 苦しむボーンジャイアントは文字通り手も足も出ない状態だった。麻痺や毒、混乱といった状態異常を付与された挙句、防御力攻撃力はかなり下げられていた。

 加えてプレイヤー達からの集団リンチともいえる連撃を受け続けたことでついにそのHPゲージを0にすることに成功したのである。


「ヴォー……!」


 一際大きな断末魔の後、ボーンジャイアントはホログラムになって消え去った。


 直後、虚空に浮かび上がる『MISSION CLEAR』の文字。


 鎖されていた入り口と第九層に続く扉が開かれたことでプレイヤー達はようやく勝利の実感を持った。予想外の転移を受けてしまったが、犠牲者0でやり遂げたのだ。

 皆が勝利を喜び、仲間達の健闘を称えあった。


「やったな、シルク。今回のMVPは間違いなくお前だぞ」


「僕はただ……必死だっただけですよ」


 謙遜半分、事実半分だ。その小さな身体を動かしたのは社員としての責任感と生存本能だけだった。それでも結果を出せたのだから大したものである。


「それに一番大きなダメージを与えたのはミチルさんです」


「えへへ……それこそ必死だっただけよ」


「ニューピーかと思ったらとんだダークホースだな」


 ゲームはデータとして功績が残る。このボス戦においてダメージ数が大きかったのは間違いなくミチルだった。闘いのセンスが高いのは言うまでもないが、それだけでボス相手にこうダメージを叩き出せるはずもない。彼女には何らかの力があるようだ。


「もしかして……」


 シルクは開発者としてその力の秘密に見当をつけたが、指摘するのは野暮だと考え口を噤んだ。今はただ純粋に勝利の余韻に浸りたい気分だった。


 この宝箱転移事件は第八層攻略の報と共に全プレイヤーに告知され、皆が町につく時には英雄らしく拍手で出迎えられた。


 デスゲーム勃発で沈んでいたプレイヤー達に「このゲームは攻略できる」という希望の光を与えたのである。また、犠牲者0でクリアしたという話がよりいっそう他のプレイヤー達の励ましとなった。初心者に毛が生えた程度の兵力を守り切り、ボスを倒したという実績は今後の采配の参考になるとマニュアル化されたのだ。

 さらに、偶発的にも攻略戦に参加したプレイヤー達は少し自信をつけ、積極的に強くなろうと努力し始めたのである。


 しかし、この出来事がもたらしたのは良い結果ばかりではなかった。

 格下のプレイヤーに素晴らしい功績を立てられたことで上級者達のやる気を不必要なほど煽ってしまったのだ。格下が英雄視されたのが面白くなかったのだろう。


「レベルの低い奴がクリアできたなら俺はもっと先に行ける」


「第八層攻略組より俺達は多くのスキルを覚えてる」


「LPOで名を上げるのはこの俺だ」


 自分の強さに自信があった古参プレイヤー達が第九層攻略に乗り出したのである。

 今まで彼らが主だって動かなかったのは死の恐怖が足を重くしていたからだった。

 上手く闘えば犠牲者無しでクリアできるという前例ができてしまったことが己のプレイセンスを過信する彼らの背中を押してしまったのである。


 勇み足で九層に向かった攻略組の結果は、間もなく全プレイヤー達に伝えられた。


 ――全滅の訃報である。


意図せず第八層ボスエリアに飛ばされてしまったシルクたちでしたが

犠牲者ゼロで突破に成功しました。

運営社員二人と中級レベルのプレイヤーが多かったのが勝因です。

運も味方しました。


しかし対抗意識を燃やした攻略組上級者たちが勇み足で第九層に挑む遠因となり

彼らの全滅に繋がってしまいました。

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