デスゲーム宣告
プロローグに繋がっていきます。
世界初のフルダイブ型MMORPGでログアウトできないという不具合は今後のゲーム運営を考えれば致命的である。速やかに事態の対応に動くことになるだろう。
二人は主要都市に移動して運営の告知か不具合の解消を待った。
――ところが三十分、一時間待ってもログアウトできない状態は改善されなかった。
次第に他のプレイヤー達も状況に気づいて慌てる声が聞こえてくる。
「どうなってんだ!? ログアウトできねーぞ」
「おいおい、嘘だろ」「この後予定あるのに!」
それまで真新しい世界観を楽しんでいたユーザーたちにも不穏な空気が伝播していく。
焦れたプレイヤー達は次第に運営に対する不信感を隠すことがなくなっていた。
「これって何かのイベントなんじゃ――」
「だったら説明キャラなり告知なり出すはずだろ!」
彼らにはもうゲームを楽しむ余裕がないのだ。ひたすらログアウトボタンをタップし続ける者、物に八つ当たりする者、仲間内で議論する者などが町に溢れていた。
「お前テスト参加者って言ってたよな? 何か知ってるんじゃねーのか!?」
「何も知らないよ! 知ってたら皆に教えてる! 俺だって驚いてるんだ!」
やがて少しでも情報を持っていそうなプレイヤーを見つければ乱暴に不満をぶつけるという光景が見え始める。シルクとMr.ヌードは内心かなり焦っていた。
もし自分達が運営側の人間だと知られればなんと言われるか分からない。
「……まずいですね、先輩」
「ああ。会社の株価は暴落だろう。俺達の給料支払われるのかね?」
「いえ、それも問題ですけど! 今後のなりふりとかもっとあるでしょう!」
「落ち着けよ、シルク。俺達に出来ることは運営チームのみんなを信じることだけだ。待っていればいずれ――おっ、早速告知が来たみたいだぞ」
Mr.ヌードはメニュー画面を指さしていた。シルクも自身のメニューを確認するとレターカテゴリーに「!」マークがついていた。新着メッセージが届いた証である。
(遅いよ、先輩方。多分相当慌てたんだろうな……)
苦笑しながら告知文を開封したシルクは自分の目を疑った。
なぜなら、そこにあったのは運営からのお詫びではなく愉快犯からの犯行声明とも言える文面だったからだ。
『ごきげんよう、愚鈍なプレイヤー諸君。現実逃避し、虚構の世界に生きるキミ達に我々運営から刺激的なプレゼントを用意した。生死を懸けたサバイバルゲームだ。既にログアウトできないことは理解しているだろう。それはバグではなく我々が意図した仕様である』
一瞬意味が分からず硬直したシルクは思わず顔を上げる。同じ感想を抱いたらしいMr.ヌードと眼があった。二人は首を傾げつつもメッセージの続きを黙読する。
『我々が用意した『BrainPass』は電気信号によって脳にゲームを体感させる仕組みだ。故に理論上電気ショックで脳細胞を破壊することもできる。この機能を使いHPが0になった者及び『BrainPass』を無理やり外そうとしたプレイヤーの脳を破壊する命令が施されている』
「「なんだって!?」」
『キミ達がゲームから解放される条件はゲームをクリアすること、即ち最下層のダンジョンに到達することのみ。今時間をもって『Legend・Partners・Online』のプレイヤー達には命を懸けてもらう』
最後までメッセージを読み終えたシルクは冷や汗を流した。他のプレイヤーはまだドッキリだと思っているようだが運営に関わるシルクとMr.ヌードは違った。こんなゲリライベントなど企画していないのだ。自分達の置かれた状況を呑みこむだけで精一杯である。
そんな時、追加の新規メッセージを受信した。性質の悪いドッキリの種明かしであってくれという一縷の望みを懸けてメッセージを開封する。
『※意味を失くした蘇生アイテムはゲームから削除します。HPを維持するように気を配りましょう。運営から回復アイテムをプレゼントします。皆さまの健闘を心よりお祈り致します』
メッセージの通り今までバックに入っていたHP0状態から蘇生させる系統のアイテムは全て削除されてしまった。代わりに回復薬が上限いっぱいまで追加されている。
この捕捉メッセージとアイテム対応により今までのメッセージが酔狂でも演出でもなく事実であるということに多くのプレイヤーが気付いたようだ。
未だ状況を呑みこめない少数を除いて殆どのプレイヤーは絶望に打ちひしがれた。
本当に命を懸けた死のゲームに参加しているという自覚を持ったのである。
楽観視していた一部のプレイヤーもフィールドでHP0になった仲間が二度と復帰しない状況を目の当たりにして目の色を変えた。
絶望の中で一般プレイヤーは二つのグループに分かれた。
一方は死の危険を回避しようと安全な町に引きこもる派閥。
他方は積極的にゲームをクリアしようとする派閥である。そんな状況の中、シルクら運営側のプレイヤー達はどうにか問題を解決できないかと一度話し合いの場を設けることになった。
代表者『ゼノン』のメッセージにより、守護者の『シルク』、拳闘士の『Mr.ヌード』、狩人の『プレデターX』、魔術師の『クロトア』の五名に招集が命じられた。
シフト制で各クラス代表者一人がサポーターとしてログインするという職務スタイルだったために現状ゲーム世界にいる社員は少数に限られていたのである。
NPCが運営するバーで集まる約束だったが、実際に来たのは代表者『ゼノン』を含めて四名だった。一人分空席がある。シルクはすぐに足りないメンバーの正体に気づいた。
「あれ? 『プレデターX』――若林さんの姿が見えませんが……」
「若林君は死んだ」
「「「「なんですって!?」」」」
ゼノンの発言に参加者達は戦慄を覚えた。
仕事仲間の死にショックを隠せない。気になるのは彼の死因である。誰かが尋ねる前に察したゼノンの方から話してくれた。
「運営側の人間と明かすのはタブーだったが彼は知人に暴露していたようだ。それで他のプレイヤーからヘイトを向けられたらしくフィールドで……」
他の社員たちは一斉にフレンドリストを確認するが、予め登録していた『プレデターX』の名前が削除されていた。ゼノンの言葉は真実らしい。
「自分から提示しない限り他人のメニュー画面は見えない仕様だからな。彼から俺達の情報が流出することはないだろう。しかし、運営側の人間であることは今後も隠し通さなければならない。元々本名ではなくアバター名で呼び合うルールだったが今後は徹底するように」
「バレたら若林と同じく殺意を向けられるからか?」
「その通りだ、Mr.ヌード。現に一般プレイヤー達の間で運営探しは始まっている。皆この状況を説明してほしいのだろう」
「冗談じゃないわ! 説明してほしいのはこっちよ!」
声を荒げたのはクロトアだった。運営プレイヤー唯一の女性である。
アバターも愛らしい赤頭巾の魔術師だったが社会人らしく凛々しい目をしていた。
「会社の人間は何を考えてるんですか!? 私達を閉じ込めるなんて! 会社どころか社会的に終わりですよ!」
「落ち着きたまえ。あのメッセージはあたかも運営を装っているが、あれこそ我々運営サイドに責任転嫁する罠だ」
ゼノンの言葉にシルクも納得した。ゲーム開発は様々な人間が関わっている。誰か一人の一存で仕様変更することはできない。無理にことを進めれば必ず誰かに感づかれることになる。しかしこの場にいる者は「ログアウトできなくなること」も「『BrainPass』に殺傷能力があること」も知らなかった。知っていれば危険を訴えていたはずである。
「ゼノンさんは犯人に心当たりがあるのですか?」
「恐らくハッカーの仕業だと思う。腕の立つハッカーならプログラムを書き換えるなど造作もないだろう。『BrainPass』のセキュリティも100%じゃないからな」
確かにあの犯行声明から犯人像を推測すれば外部のサイバー犯罪者の仕業だとした方が何かと説明が付く。後はどうやって問題を解決するかだろう。
「仮にシステムを乗っ取られたとしても現状サーバーは弊社にあるし、腕の立つプログラマーも多い。案外待っていればすぐに解決するかもしれねーな」
Mr.ヌードの前向きな発言により陰鬱な空気が少し払拭された。
待っていれば事態が収束するというのが一番理想的である。
今の自分達は仮想世界に遭難したような状態である。命の危険を冒してゲームをクリアするよりも安全地帯に留まっている方が楽である。しかしシルクは心の内に燃え盛る使命感を抑えることはできなかった。
「既に一部のプレイヤーは攻略に乗り出しています。《株式会社ブレインヴィジョン》の一員として彼らの命を守る責任があるのではないでしょうか!?」
気づいたら起立して発言してしまっていた。一番若く経験の浅い社員の甘すぎる理想である。若さを武器に猪突猛進するシルクの発言はデスゲームに怯えるクロトアを刺激するに十分だった。
「責任なんてないわよ! 私達だって巻き込まれた被害者なのよ!? ただ会社に所属していたってだけで他のプレイヤーと変わらないの! お高い理想のために格好つけたいなら一人でやれば? ちょうどアンタはタンクだもんね! 一番死にやすいクラスだけど!」
「言い過ぎだぞ、クロトア」
Mr.ヌードに窘められて我に返ったクロトアは素直に頭を下げてきた。年長者としての威厳、そして場に似つかわしくないMr.ヌードの露出ぶりが彼女の目を覚めさせたようだ。
「……ごめん。シルクが悪くないってのは分かってる。ちょっと冷静じゃなかった」
「いえ、気にしてないです。僕も皆さんの配慮に欠けた発言でした……」
「シルクの言う通り他のプレイヤーのために命を懸けるのが理想だが、まだ感情がおいつかないだろう。攻略に動くか、情報共有等あくまでサポーターに徹するかは各自の判断に任せる。ただ絶対に正体を明かさないようにしてくれ……俺は会社と連絡がとれないか試行してみる」
ゼノンのまとめにより取りあえずの方針は決まった。運営プレイヤー会議は幕を下ろしてそれぞれ流れ解散となる。シルクとMr.ヌードは活動場所が被っているので一緒に元のエリアへの帰路についた。ある程度人気のない路地に入るなり、Mr.ヌードはシルクを壁に押しつけた。親父が年若い少女に迫っているような構図である。オートで始動するハラスメントコールが路地裏に木霊した。
「……シルク、話がある」
「ちょっ! この絵面はまずいですよ!」
「ゼノンはああ言ったが、俺は運営側に主犯がいると考えてる」
驚くシルクは取りあえず鳴り響くハラスメントコールを停止させる。
状況に似つかわしい沈黙が戻ってきた。
「でも、ログアウトできなくなる仕様変更がされたら誰かが気づくって――」
「予めプログラムに仕込んで隠しておくことは可能だ。犯人がハッカーだとすればLPOの全仕様を把握するのに時間がかかるはずだ。そして時間をかければ運営サイドもクラッキングに気づいて乗っ取り前に対処するだろう」
「実行犯そのものか、彼らに情報を流した身内がいるってことですか?」
「ああ。恐らくゼノンも気づいてる。ただクロトアがパニクッてたからな。運営プレイヤーの仲間割れに繋がりやすい情報は敢えて伏せたんだろう」
彼の推測はかなり核心に迫っていた。ログアウトの禁止に回復薬の配布、蘇生アイテムの削除、『BrainPass』の悪用。改めて考えてみればこれらは情報を把握している運営者の協力なくして乗っ取りは成り立たない。自らを運営側だと称したのも間違いではないのかもしれない。
「考えれば考える程怪しいですね。でも何で僕に話してくれたんです?」
「お前がカッコよく社員の心得を説きやがったからな、コイツなら話せると思ったんだ」
他プレイヤーのために命を懸けるべきという発言をMr.ヌードは高く評価してくれたようだ。シルクは少し胸が熱くなった。――と同時に改めて胸の重みを自覚する。
「ログアウトできないってことは僕ずっと女の子のアバターのままなんですね」
「LPOはアバターの性別は変えられんからな。頑張れ、シルクちゃん」
シルクは大きくため息をついた。命懸けのデスゲームという不測の事態にアバターのことまで頭が回っていなかったのだ。一日数時間のゲームプレイ中ならともかく24時間、現実とは異なる性別で行動するのは流石に違和感が大きい。いつもはとりわけ意識していない胸や毛髪のボリューム感を強く意識してしまう。しかしおいそれと自身の本来の性別を明かすことはできない。一般プレイヤーは全て現実の性別に即しているため、真実を話せばシルクが運営サイドの人間だと露見する危険があるためだ。
「まぁ、どう転んでも動けるようにレベルとステータス上げとこうぜ、シルクちゃん」
「ちゃんづけは止めてください!」
二人はバディを組んでレベル上げやアイテム集めに従事し始めた。
本当は運営チーム全職種でパーティを組んだ方が効率的に動けるのだが狩人にあたる『プレデターX』が死亡し、魔術師の『クロトア』が攻略に消極的であるためチームを組めない状態だった。騎士にあたるゼノンは一度誘ったのだがあまり運営プレイヤーが群れるとあらぬ疑いが掛けられる危険がある点と他のプレイヤーを支えたいという本人の想いもあり断られてしまった。彼は他のプレイヤーの指導者となる道を選んだようだ。
「シルク、回避不能の強攻撃が来る! 頼んだ!」
「お任せをッ!」
敵の挙動、スキルの効果、発動までの時間などゲームの仕様は把握している。ゲーマーとしての腕もある。社員として仕組みを網羅しているシルクたちは知恵も技能も一般プレイヤーよりアドバンテージがあった。体力の消耗にさえ気をつけていれば序盤の敵は問題ない。盾クラスのメイドという目立つ風貌も手伝ってシルクの活躍はプレイヤー全員に知られることになった。元々数が少ない職種であった上にデスゲーム化に伴い防衛の要としての役割が一層求められるようになったのだ。
「シルクちゃん! ウチのチームに入ってくれ!」
「いや、俺達のチームにこそ!」
「いいえ、女の子は女の子のチームに入るべきです!」
(人生最大のモテ期到来だな……こんなところで浪費したくなかったけど)
絶妙なタイミングで守ってくれるシルクのような盾役は引く手数多だった。
そのため、一つのチームに属さずその場限りの助っ人として駆け付けるという形となったのである。常にMr.ヌードが背後から目を光らせていたため強引な勧誘には至らなかったのは幸いだった。
「ハァ~……これから忙しくなりそう」
「攻略戦には強制参加だろうな、精々頑張んな」
このゲームはダンジョンが階層ごとに分かれており、最下層にあたる地下百階層の奥まで到達した段階でクリアとなる。LPOのサービス開始より既に第七階層まで解放されている。しかしそれより先には進めなかった。元々それなりに高い難易度設定になっており、各パーティキャラの死亡を前提とした攻略仕様なのだ。
蘇生アイテムが使えた時はそれで良かったがデスゲーム化してからはHPを無闇に減らすことはできなくなった。故に最前線の攻略組は二の足を踏んでしまったのである。また、遅れてゲームを始めたプレイヤーはそもそも第七階層に辿り着くまでのレベルに達していなかった。そこで各プレイヤー同士が協議し、まずは弱小プレイヤーの育成から始めようという方針になったのだ。
「第七階層のレベルを考えれば今の上級プレイヤーに匹敵する実力者が最低でもあと二十人は必要でしょうか。でも意外でしたね。血の気の多い廃人は先に進みそうなもんですが」
「皆内心ビビってんだよ。弱小プレイヤーの教育を口実に前線から離れたいって奴もいるだろうな。ゲームでは実力者でも命懸けとなったら話は変わってくる」
少々情けない理由であるが彼らを責める気も起こらない。
娯楽の一環でゲームを楽しんでいたのに命を懸けろと言われたらたまったものではないだろう。ともかく今は強い仲間が必要である。
シルクとMr.ヌードらはある程度コツを掴んだプレイヤーに職業役割について指導する担当教官となった。各クラスの特性を理解させて共同戦闘を促すためである。
このLPOでは個人がいくら強くともダンジョンのボスクラスが相手となると歯が立たなくなる。ゲームシステムとして全クラスの共闘を促進しているのだ。
故に個人戦闘に慣れたプレイヤーにチーム戦を教える必要があった。
(うっ、結構いるな……)
現場には既に多くの生徒達が集まっていた。ソロプレイ主体でチーム戦が苦手な者から単純に自分の力不足を痛感し基礎から学ぼうという者など各々抱える事情は異なる。
初級者よりは戦えるが上級者足りえない中級者たちといったところだろうか。
その中に見慣れた女の子が手を振る姿が見えた。
数日前――忘れもしないLPOがデスゲーム化した日に戦い方を教えたミチルである。
(ここにいるってことは、もうソロでの戦い方の基本を身に付けたのか)
天才はいるものである。彼女のセンスを考えればおかしくはないだろう。
女の子に覚えてもらっていたことが嬉しくてつい手を振り返してしまう。しかし今は教義中である。隣のMr.ヌードに肘でつつかれてしまった。皆生き残るために話を聞きに来たのだから浮ついた反応はやめろ、ということだろう。
わざとらしく咳払いしたシルクは早速挨拶を始める。
「タンクのシルクです。目立つ格好なので知っている方も多いでしょう。前置きはそこそこに早速指導を始めたいと思います」
「「「よろしくおねがいします」」」
生徒達は素直で良い子たちだった。
デスゲーム告知により、積極的に攻略に動く人間と町に引きこもって誰かが解決してくれるのを待つ人間に分かれました。
シルクらは運営社員会議を開きますが
既に一人素性が割れて一般プレイヤーのリンチに遭った後でした。
身分を隠しつつもシルクは腕の良いプレイヤーとして認知されているので
他の上級プレイヤーに混ざって初心者の指導を行っていきます。