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再攻略

自らが男であることを明かしたシルクですが……


 ――翌日、晴れやかな表情で朝食を作るシルク。

 反対にミチルは殆ど寝着けず、葛藤を抱えたままだった。これまでシルクと共に過ごしてきた思い出を振り返る度に恥かしさが増してしまう。

彼女が枕に顔を押しつけて足をバタバタさせる音が他のメンバーの目覚ましとなった。


「んー? もう朝―?」


「良い匂い。母さんご飯何―?」


「リンネとカリナは寝ぼけすぎだ。それとミチルも起きたんなら一緒に手伝いに行こうぜ」


 目が覚めた仲間達が焚火の方へ赴いた時には既に温かい朝食が出来上がっていた。戦闘面のみならず仲間達の世話までそつなくこなす優秀なメイドである。


「色々考えたのですが、やはり攻略を進めるのが信頼回復の近道になるかと思います」


 皆が席に着いたのを見計らってシルクが切り出した。

 LPOプレイヤーはゼノンの裏切りで混乱し、彼からもたらされた情報によってシルク達にさえ敵意を抱いている状態だ。満足に攻略を進められず、仮想空間からの脱出が遠のいていることが強いストレスとなって余裕を失くしてしまっている。

 こんな時こそ攻略を進めることで自分達はゼノン派閥とは無関係であり、攻略活動は頓挫していないということを万民に示そう、というのである。


「結局やることは大して変わらねーな。俺達らしいっちゃらしいが」


「人間相手に戦争するより、モンスター倒す方がやりやすい。アタシは乗ったよ」


「前回のエリアボスは我らだけで倒したしな。狩人の参入により戦力は上がっておる。不可能ではなかろう」


「……問題は《B(ブラッディ).B(ブラック)》の連中が大人しくしてるかどうか。私達の動きを察知されれば確実に邪魔してくるわよ」


 依然として最強プレイヤーのゼノンと彼が率いる最悪のPKたちという極悪集団は残っている。今尚どこに潜んでいるか分からない。彼らに邪魔をされれば攻略どころではないだろう。ミチル達が攻略に動くことで彼らが喜々として一般プレイヤーを襲うかもしれない。皆の中にも当然その心配があったが、シルクは力強く自分の考えを述べる。


「僕達は彼らを追いかけるあまり後手に回っていました。彼らの領域に踏み入り、罠にはまっていました。ですが今回は僕達が積極的に動くことで彼らを逆におびき寄せるのです」


 シルク達が攻略に動けば十中八九、《B(ブラッディ).B(ブラック)》は妨害に動く。それを見越して罠を張り、迎え撃とうというのだ。


「彼らが仕掛けてくれば返り討ちにし、警戒して動かなければ攻略を進める。どちらに転んでも僕達が主導権を握れます」


「なるほど。奴らの得意な戦術には乗らず、こちらの得意な場所で戦おうという肚だね。……いいと思う。けど相手は狂人だ。アタシ達を無視して町の連中に危害を加える可能性もあるんじゃないか?」


「いや、そうなると町を襲う《B(ブラッディ).B(ブラック)》と攻略に動くオレ達が無関係だと証明できるぞ」


「愚民共に多少の犠牲が出るやも知れぬが……」


「彼らは大なり小なりボクが鍛えました。そう簡単にはやられないはずです。攻略が終わればすぐに救援に向かいます」


 このLPOに生きるプレイヤー達の殆どはシルクやMr.ヌードの手解きを受けている。例え相手に勝てなくとも最低限自分の命は守れるはずだという信頼があった。また前回は不意打ちで街外に誘きだされたために犠牲が出てしまったが、安全エリアたる町内に引きこもっていればHPが減らされることもないはずである。

 方針が決まったシルク達は早速第十層の攻略を進めるべくダンジョンへと出発した。



 PK事件があってからというもの、攻略が殆ど進んでいなかった。よってまずはエリアボスが潜むボスダンジョンを見つける必要がある。

 ――とは言っても開発・運営社員であるシルク&Mr.ヌードという最強のナビゲーターが同行しているため大した危険もなく最短ルートで進行できている。隠された宝箱はカリナの透視で見つけるより早く指摘し、難解ギミック等も秒で解いてしまうのだ。今までは偶然を装って誘導する必要があったが、正体が露見した今は積極的に指示を出している。進軍速度は段違いだが、ゲーム廃人であるカリナとリンネは面白くない表情だった。


「ゲームってさ。攻略サイトありきだと途端に萎えるよね」


「自ら攻略法を解き明かすことこそプレイの醍醐味」


「……仕方ないじゃないですか! 何十回もデバッグしたんですから! ご不満でしたら教えるのやめますよ!?」


「「ごめ~ん」」


 おどけたように謝るリンネとカリナ。いつもなら一緒に入ってくるミチルが今日は大人しい。時折、女子メンバーとシルクのやり取りを一瞥し、何か思い悩んでいるようだ。

 さらにバトルにおいても二人の足並みがそろわないことが目立っていた。年長者のMr.ヌードはその機微から何かを悟る。


「なぁ、シルク。ミチルと何かあったのか?」


「へ? 何かって……あー、ちょっとボクが男だと話してしまったくらいですね。大丈夫ですよ! 彼女は受け入れてくれました! 全然怒ってないそうです」


 言葉を額面通り受け止めていたシルクにMr.ヌードは頭を抱えた。


「あのな、ミチルはお前を気遣って平静を装ってるだけだ。同性だと思って気を許していた相手が異性なら混乱するだろ」


「――? 温泉の件は誠心誠意謝罪して許してくれましたよ?」


「あーーこの天然ジゴロが!! とにかく関係を改善しろ」


 Mr.ヌードはシルクの尻を蹴っ飛ばした。しかし根本的な原因が分かっていないシルクと顔を合わせ辛いミチルとでは問題の抜本的解決は図れなかった。二人共表面上は普通に話す事が出来ているのだ。よく聞けばミチルの口調が妙に事務的だったりするのだが、自分が受け入れられたと安心しているシルクは気づいていない。


(年長者の俺が口を出すのは野暮ってもんか)


 これ以上は本人達が感づくしかないと判断したMr.ヌードはそれ以上シルクに物申す事はなく、自然と一同は攻略に戻った。


 ――第十層ボスダンジョン。

 二桁目に突入しただけあって雰囲気が一変している。平地にはワニやトカゲを模したモンスターが地を這う。文明の痕跡が見える場所には知能が高い『リザードマン』が武装して徘徊しており、彼らが築いた遺跡には龍を象った石像が点在している。

 そして空には無数のワイバーンが羽ばたいていた。


「ククク、匂うぞ。強者の匂い」


「デザインから凝ってるな。シルクの情報通り、ここに巣食ってるのは〝ドラゴン〟」


「正確には『レッサー・ドラゴン』ですね。十階層ごとに登場する龍種の中で最弱ではありますが、今までのボスと比較すると格が違います」


「問題ねぇ。『リザードマン』に『ワイバーン』を倒していれば張り合えるようになってる」

「そうね。少しでもレベルを上げて圧勝を目指しましょう」


 全ては濡れ衣を晴らすため、絶望に陥る他のプレイヤーに光を見せるため。大義名分を胸に闘う一同の士気は高い。しかしシルクとミチルの歩調は未だに合っていなかった。シルクは盾役として存分に皆を守り切っているが、変に意識しすぎたミチルはシルクを避けようとして守りの範囲外に飛び出してしまうのだ。それで敵を殲滅できていればいいのだが、注意力が散漫になっており、死角から新手の接近に気づけないときもあった。


「危ない! ミチルさん!」


 すかさずユニークスキル〈ディヴァイン・コマンド〉を発動してミチルに追いつき、大きな盾を構え、防御力を強化するシルク。同時にカウンタースキルを発動したことで奇襲してきたワイバーンは地面へと墜落し、その身を消滅させる。


「ゴメン、シルク」


「ボクが見える範囲にいてください。じゃないと貴女を守り切れなくなります」


 今までは特に意識していなかった仲間の発言が男性だと思って聞いてみると印象が変わってくる。ミチルは言葉に詰まり赤面してしまった。


「さぁ次の相手が来ますよ!」


 休む間もなく盾を斧に変形させて次の敵との戦いに向かっていく。フリフリのエプロンドレスに白いカチューシャをつけた後姿が離れて行く。

 外見はかわいらしいアバターだが、中身は男なのだ。強く、優しく、皆を守ってくれる頼れる男である。この短い戦闘の間でさえ何度も彼女はミチルを守ってくれた。大きな盾を扱う小さな背中の女の子。しかしその愛らしいアバターの先にミチルは〝男〟を見たのだ。そこでようやく彼女は自分の抱えている想いに気が付いた。


(わたし……シルクが好きなんだ)


隠された想いを自覚したことで胸と顔が熱くなったが、今は恥じている場合ではない。戦いに集中して相手と呼吸を合わせなければ互いの命にかかわるのだ。

シルクを死なせたくない。共に現実世界に帰って本当の顔を見たいという想いがミチルの足を軽くする。もう雑念によって注意力が損なうことはなくなっていた。

 いつもの俊足でシルクの周囲にいたリザードマンを惨殺していく。


「ミチルさん! 動きがよくなりましたね!」


「……あなたのせいよ」


「え? どういう意味です?」


「何でもない! それより今日中にボスエリアまで進むわよ!」


 ダンジョン突入までシルクと合わなかったミチルも段々と歩調が戻ってきた。おかげで効率的に進むことができた。五人のパーティは実戦の中で着実に力を付けていく。汚名返上まで堂々と町に戻ることは難しい。必然的に薬草などを現場で採取し、その場で回復薬へと調合させることになる。そのサイクルを繰り返している内に完全に現地生活が板についてきていた。


 一方で町から姿を消したシルク達を訝しんだ者達がいた。執拗に勧誘をしてくる《B(ブラッディ).B(ブラック)》の団員達である。守るはずの民衆から敵意を向けられたことで絶望し軍門に下ると思っていたため、シルクらがすぐに攻略に動いていたと気づくのが遅れてしまったのだ。

 頭領・ゼノンが第十層に到着した時には既にシルク達は格段にレベルを上げてボスエリア前にいた。ちょうど彼らの背後をゼノンらが取った形だ。

 シルク一向はボスエリアを挑む直前のエリアで《B(ブラッディ).B(ブラック)》の団員に包囲される。


「町にいないし、俺達を探しにも来ないと思えば、まだこんなことを続けていたのか?」


「僕達は前に進むしかないのです」


 真剣な眼で返答するシルクを血濡れた(ブラッディ・キャット)と血濡れた(ブラッディ・ドッグ)が嘲笑う。


「ふん、愚かな。猪突猛進だから俺達が背後に迫っていることにも気づかない」


「俺達の軍門に下れ! さもなくばボスエリアに追い落してやるぞ!」


 完全に背後をとった《B(ブラッディ).B(ブラック)》は武器を構えて脅迫する。前回は奇襲と多勢によってシルク達を第九層のボスエリアへと誘導してきたが、今回はそれに加えてゼノンという最高戦力までいる。強大な敵と絶望的な状況を前にしてもシルク達に動揺はなかった。


「ハッ! 二度も同じ手が通用するかよ」


「馬鹿になったものだね、《B(ブラッディ).B(ブラック)》。誘われたのはアンタ達の方さ。――リンネ!」


「任せろ!」


 リンネの魔法とカリナの矢が近くの岩盤を砕く。それをきっかけに仕掛けていた爆弾が起爆され、土砂崩れが《B(ブラッディ).B(ブラック)》を襲う。しかし土石は彼らの頭上ではなく後ろに流れてきたため、呑みこまれて即死する者はいなかった。


「……まだ殺しもできないのか? 甘いな。だからお前達はオレ達に及ばない」


「どうかな? 周りを見てみな、ゼノン」


「まさか!!?」


 爆風と土砂崩れによって《B(ブラッディ).B(ブラック)》の半数がボスエリアへと飛ばされた。同時にシルク達も突入したところで参加者数が確定しボスエリアは外部と遮断される。

 ゼノンと彼の近くにいた下っ端たちは難を逃れたものの血濡れた猫(ブラッディ・キャット)血濡れた犬(ブラッディ・ドッグ)を含めた幹部クラスと多くの下っ端たちがボスエリアへと分断される。いくらゼノンが強くとも遮断されたボスエリアの壁を突破することはできない。そして《B(ブラッディ).B(ブラック)》の半数はエリアボスと戦う覚悟もつかないまま戦場へと引きずりだされたのだ。


「そんな、俺達はボスに挑むつもりなんてなかった」


「貴方達がボク達の邪魔をしてくることは分かっていました。なので策を練りました。一緒にボスエリアに入ればボク達と戦う暇はありません。ゼノンさんもご存知でしょ? ここのエリアボスは二桁目初っ端には相応しい『レッサードラゴン』。気を抜いたら死にます」


「シルクゥゥゥ! Mr.ヌードォ! 貴様らァア!!」


「攻略を諦めちまったヤツは指加えて見てるこった」


 エリア外にいる《B(ブラッディ).B(ブラック)》は半数の仲間を見捨てることもできず撤退できないでいる。それはゼノンも同じだった。ここで彼らを見捨てて退けば彼は《B(ブラッディ).B(ブラック)》における求心力を失ってしまうからだ。そしてボスエリア内に入ってしまった《B(ブラッディ).B(ブラック)》のメンバーは動揺から動けないでいた。唯一殺意を失わずにシルク達に斬りこもうとした下っ端は物陰から仕掛けてきた長い物体に胸を貫かれて絶命する。


「なっ!?」「そんな一撃でやられるなんて!?」


 彼を射止めたのはドラゴンの尾である。その大きさだけでドラゴンの全長を推し量ることができた。やがて全身を現した龍種の威圧感に多くの《B(ブラッディ).B(ブラック)》団員達が戦意を喪失する。


「出してくれェ!」「俺は戦いたくないんだ!!」「まだ死にたくないィ!!」


 死など恐れない殺戮集団として名が通っていた彼らもドラゴンの眼光で忘れていた生存本能を引きずりだされ惨めに慌てふためき助けを求め始める為体である。


「諦めな。お前達は戦うしかない」


 全身を現したレッサードラゴンは鋭い眼光で威圧し、大きな翼で天へと昇る。広範囲攻撃の前兆動作である。《B(ブラッディ).B(ブラック)》団員達は怖気づいて何もできない。中程度のレベルである彼らは第一線で戦う力はない。人間相手では優位性を確保してきたが、モンスター相手だと攻略プレイヤーに劣るのだ。ボスモンスターの攻撃を耐えきるHPもなければ防御力もない。そして応戦する胆力もない。そんな彼らにレッサードラゴンは容赦なく〈フレイム・ブレス〉という炎属性の技を繰り出した。中程度の威力であり高確率で火傷状態にする厄介なスキルである。火傷状態になれば攻撃力が半減し、HPが時間と共に削られてしまう。かすり傷でさえ致命傷になりかねない。


「もう終わりだああああ!!」


 絶望に目を閉じる《B(ブラッディ).B(ブラック)》団員達だったが、その体が紅蓮の炎に焼かれることはなかった。恐る恐る眼を開けると大きな光の盾が構成され、〈フレイム・ブレス〉を防いでいたのである。彼らの目の前にはメイド服の少女の背中があった。


「これはガードスキル〈フォトン・アイギス〉。一定時間範囲攻撃をブロックするという」


「……俺達を守ってくれたのか?」


「今ならボクの背中は無防備です。あなた達でも容易に殺せるでしょう。ですが、ボクが死ねばあなた達を守る盾はなくなり、あのモンスターと正面から戦わなければなりません」


「シルクはドラゴンの攻撃を防ぐことは出来る。でも奴を倒さなければ根本的な解決にはならないわ」


「……何が言いたい?」


「察しが悪い愚者共だな。つまり敵の敵は友。我らで団結しようという契約である」


「言っておくが拒否権はねーぜ? 俺達は自分の身は自分で守れる。テメェらが全滅した後ゆっくりドラゴン退治するってこともできるんだ」


 それはもう半分脅迫だった。彼らと平和的に交渉することはできない。ならば無理やり死地において生命の危険を煽り、自分達に協力させようという企みである。つまり彼ら《B(ブラッディ).B(ブラック)》をボスエリアに誘導すること自体シルク達の作戦だったのである。


シルクたちは《B(ブラッディ).B(ブラック)》をボスエリアに誘い込むということで強制的に戦場へ引きずり込みました。

最初の邂逅時にやられた手をし返した訳ですね。

B(ブラッディ).B(ブラック)》の過半数はボスの餌になるか

シルクたちと協力してボス攻略に賭けるかしかできなくなりました。



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