汚れ役
殺す覚悟が決まる前にPK戦が始まってしまいます。
《B.B》が出没したというポイントは第五層【ビクテルス密林】という場所だった。
亜熱帯地域のような蒸し暑さと夥しい南国植物に覆われた場所であり視界が悪い。
非合法組織が息を潜めるにはもってこいの場所である。
先程の男性の話によれば、正義感の強いプレイヤーが討伐団を組織し、PKが潜んでそうな場所を虱潰しにしていたらしい。
そこで出くわした《B.B》に返り討ちにされ、散り散りに逃げだしたというのだ。
「鍛錬の途中だけど仕方ない。アンタ達、覚悟を決めてね」
「はい。でも解せませんね。討伐団を作るなら何故ボク達に連絡がなかったのでしょう?」
「言われてみれば……。我はともかく白きメイドには一言話があってもいいものだが」
「もしかして功績を上げたかったからかしら?」
「ありうる話だな。ここ最近ダンジョン攻略と言えばシルクの名が出てるくらいだ。名声が欲しい連中が先走ったのかもな」
世間を騒がせるPK集団を討ったとなれば最大限の名誉を得られるだろう。また穿った見方をすれば、彼らがため込んだレアアイテム等を接収することもできるのだ。
確かに実現さえできれば大衆からの感謝と財宝、そしてLPOにおける圧倒的な地位が手に入ることは間違いない。問題は実現性が低いという点だけだろう。
「とにかく人命救助は一刻を争います。急ぎましょう」
「焦るな、シルク。常に団体行動を心掛けて。単独行動はPKから見れば格好の獲物だよ」
「……ッ。分かりました」
最短ルートで辿り着いたシルク達は敵襲に警戒しながら陣形を組んだ。
もう敵地のど真ん中である以上、どこから仕掛けられてもおかしくはない。常にMAPを参照しながら逃げ遅れたプレイヤーがいないか、PKが潜んでいないか注視する。
密林の影、岩の隙間、葉に隠れた樹木の上等だ。
「誰かいませんかー? 攻略プレイヤーのシルクです! 助けに来ました!」
必死に呼びかけるも返答はない。声を出すのは敵に居場所を知らせる行為でもあるが、シルク達は寧ろ歓迎だった。敵の場所さえ把握できればいくらでも対処できる。それよりも逃げ遅れて怯えているプレイヤー達の救助を優先したのだ。
「誰もおらんのか!」
地図にも反応が出ないため、シルク達はさらに奥地へと歩を進めた。
しかし、進めど探せど逃げ遅れたプレイヤーなる者は発見できない。ただの一人も見つけられないことを不審に思ったカリナが眉を顰める。
「どうもおかしい。アタシのユニークスキルで観察してみる」
「カリナさんもユニークスキル持ちですか!?」
「ああ。アタシのは〈セカンドサイト〉。この眼に見えないものはない」
カリナのユニークスキル〈セカンドサイト〉には二つの能力があった。
彼女が使用したのは一つ目の能力である。視野を広めた上で物質を透過して付近を観察することができる。使用中は常にスタミナを消費し続け、視野を広げるごとに消費の幅も大きくなるが、先手で対象を見つけられる狩人に相応しい能力である。
「ほう、主も目を用いたスキルか。魔眼を持つ我としては親近感を覚えるぞ。――して、その眼には何が見える?」
「やっぱり古典的な手に引っ掛かったみたいだね。《B.B》が十数人向かってきてる」
彼女の目には武装した男達が四方八方から取り囲もうとしている姿がハッキリと映っていた。ミチルとリンネは慌てて『ミニマップ』を確認する。LPOにおいてモンスターや他のプレイヤーはミニマップと呼ばれる簡易な地図にアイコンとして表示されるためだ。
今まで救助を求めるプレイヤーを探してミニマップを参照していたが、モンスターはおろかプレイヤーすらいなかった。現時点においても姿は一切見えない。
「どうなっておる!? 敵の姿が見えんぞ!」
「肉眼でも視えないわ! 本当に来てるの!?」
「ああ。どうやら特殊なアイテムで姿を消してるみたいだね」
「……特殊なアイテム、まさか『ステルスドラッグ』!?」
運営会社としてプレイしていたシルクはPKが使用したアイテムを正確に言い当てた。
服用者の姿を一定期間透明にする補助薬である。元々はモンスター相手に奇襲したり、敵を回避するために使用する想定のものである。
「そんな、1割以下の確率で宝箱からドロップする超レア消費アイテムですよ!? 組織的に使用できるはずが……」
「そうなのか? 消費アイテムは雑貨屋に大量に売れば増産できるぞ。我も回復薬増産のためによくやっておる」
「なん……ですって?」
LPOの世界では他のゲーム同様手に入れたアイテムや武器は雑貨屋を通して売り買いすることができる。ただ異なる点は物価の変動を許容している点だ。沢山売られた商品は値崩れして価格が下がり在庫が少なくなれば価格が高騰する。
現実世界ならば売られた分しか在庫が存在しないが、LPOのシステムでは機械的にアイテムの数を換算しているため、大量にあるイコール市場に満ちたりている安い物だと判断して内部的に増産してしまうのだ。一部のプレイヤーはそれを悪用し、雑貨屋にレアアイテムを大量に売り込むことで在庫が大量にあるとシステムに誤認させて店の在庫を無限増産させていたのである。
「でもその増産バグやるにはレアアイテムをある程度の数手に入れる必要があるわよね?」
「なるほど……だからデバッガーも気づかなかったわけですね」
「普通、レアアイテムを雑貨屋に売るなんて思いついてもやらねーわな」
開発者の意図しないところでプレイヤーが特殊なことをしてしまうことは往々にして良くあることだ。俗に言う機能チートである。あくまでゲーム仕様に乗っ取ってやっている誰でも出来るチート行為のためゲームバランス崩壊を招く危険があり本来早急に修正パッチが必要になるものだ。しかしデスゲーム化でデータ修正が正常に行われるはずもなく、消費アイテム増産バグは秘密裏に利用されていたようである。
「呑気に話している場合じゃないよ! そろそろ来る! 七時の方角から三人! 二の方角から五人!! さらに第二・第三陣も後方に控えてる!」
彼らは木々を飛び越え、獣のような動きで翻弄してフォーメーション攻撃を繰り出してくる。姿が見えない以上、音を頼りに大体の位置を掴むしかない。シルクはカウンタースキル『レジストシールド』を発動する。盾を地面に立てることで自分を中心とした周囲に円状のシールドを展開し、接触してきた敵を弾き飛ばすという技である。
直情的に突っ込んできた何人かは見事シールドで弾き返すことができた。
途中で回避行動をとった見えない敵はカリナが『セカンドサイト』で見通し、矢を当てることでその居場所を明確化してくれる。いくら姿を隠したところで敵から受けた矢までは消してくれない。さらに矢の先端には染色用のインクが塗られていたため、彼らは姿を晒すことになってしまった。これで透明化の優位性はなくなったはずであるがPK達は退くことはなかった。彼らは回復薬がなくなろうが不敵な笑みをうかべて尚も戦闘を継続する。そして止めを刺しきれないシルク達を嘲笑っていた。
「殺しの出来ねー甘ちゃんは俺達の敵じゃねェ!」
「ヒャッハー! 情報通りだな。今の内に殺しちまおうぜ!」
(くっ、やはり……!)
《B.B》はシルク達がプレイヤーキルを実行できないと理解して仕掛けてきていた。やはりこの森へ誘導する罠だったようだ。主戦力たちの覚悟が決まらない今が好機だと潰しに来たのである。彼らはカリナの攻撃にだけ警戒しており、シルク達の攻撃は敢えて受け続けている。フィニッシャーの一撃さえ封じれば互角に戦えると踏んでいるのだ。
事実彼らの計算通りだった。透明化のカラクリを見抜いてもレベル差があってもPK戦においては彼らの方が経験豊富だ。常人が最も苦しむやり方をよく理解している。
シルクが盾役として上手く攻撃を捌けているものの、押し崩されるのは時間の問題である。カリナが仕留めた敵の数より敵の増援の方が多くなってきている。シルクでも庇い切れない攻撃で負傷する者も増えてきた。
(どうする……? 普通に戦えば勝てるのに!)
力で勝てる内にどうにか蹴散らしたいというのがカリナの考えである。
一先ず回復しようと薬を探していた彼女の手が何かに触れる。それは訓練用で持ち歩いていた『幻惑剤』の残りだった。
(仕方ない。今はこれしか……!)
カリナは一本の矢を放ちスキル『スモークアロー』を発動する。着弾した個所から煙幕を張る狩人共通の目晦ましスキルである。同時に彼女は『幻惑剤』を周囲に散布する。訓練用で使ったものはゴブリンを人間に錯覚させるという効果があった。
だが今回使用した幻覚効果はあの時と真逆。即ち人間をゴブリンに見せるという効果で調合したものだった。元々は《B.B》時代に対人戦の罠用に使っていたものである。
服用した者は人間をモンスターと誤認してしまうため、PK取り締まりに来ていたプレイヤー達の目を欺く効果があった。初代《B.B》がシルク達に敗れて以降一度も捕まらなかった理由である。カリナの思惑通り幻惑剤を吸いこんだシルク達の目にはPK達がゴブリンに見えた。襲い来る敵が人間だったからこそ止めを刺しきれないでいたが相手が命無きモンスターなら手加減の必要はない。一度煙幕で敵の姿を見失っていたからこそPKがモンスターに変貌したとは気づかず、迫りくるモンスターに止めを刺した。
元々のレベル差に加えて既に体力をギリギリまで削っていたこともあり、彼らはほぼ一撃で全滅する形になる。まさか反撃されるとは思っていなかった《B.B》団員達は悲痛な面持ちになり命が削られる瞬間絶叫する。
その断末魔により、自分達が倒した相手がモンスターではなく生きた人間だったと理解するがもう遅い。彼らの数値化された命が0の値を示し、その体がホログラム状になって消滅していく。辛うじてシルク達の反撃を逃れた数人の構成員もカリナの追撃により落命した。難が去ったことを確認したカリナは呆然とするシルク達を後目に解毒剤を散布する。素早い対応のおかげで同士討ちは避けられたものの、仲間同士の衝突までは回避できなかった。
「どういうことだカリナ!? 何故『幻惑剤』を使った!?」
「使わなきゃ、皆殺しにされてたからだよ」
「ではやはり先程殺めたのはモンスターではなく……!」
過呼吸になるリンネを落ち着かせようとミチルが背中を擦る。しかし彼女の顔色もかなり悪かった。意図しなかったこととはいえ人を殺めてしまったのだ。その断末魔が耳からこびりついて離れない。シルクも二人ほどではないが不快感が心を乱し、とても平常心を保っていられなかった。そんな女性陣の現状を見て激怒したのはMr.ヌードである。
「せめて相談してからやれよ! カリナ!」
「事前告知した幻覚に意味はない。連中はアンタ達がPKできないってのを知って仕掛けてきたんだ。だからアンタ達でもPKできるって見せつける必要があった」
「あとの影響を考えろよ! 俺はともかく他の連中はショックで真面に戦えねぇぞ!」
今襲われればミチルもリンネも対抗できないだろう。二人共スキルの発動すら覚束ない状況だ。寧ろPK前より状況は悪化しているようだった。
それでもカリナは自身の正当性を強く主張する。
「遅かれ早かれ誰かを手に掛けることにはなってた! そうしなければ《B.B》には太刀打ちできない! 今までの訓練だってこのときのためのものでしょ!?」
「俺達は人殺しの訓練をしてた覚えはない! あくまでPK戦を想定して――」
「それが甘いんだよ! 綺麗事でPK戦は勝ち抜けない! 罠に嵌められたのは想定外だったけど逆に実績を詰めたともいえる。最初はきつくても次からは慣れてくるでしょ」
人殺しに慣れればいいと言わんばかりの態度がMr.ヌードの癪に障った。彼はカリナの胸倉を掴んで怒りを顕わにする。
「お前みたいな人でなしと一緒にすんな」
「――ッ! アタシだって好きでこうなったんじゃない! けど仕方ないでしょ!? 人でなしを裁くにはヒトデナシになるしかないんだよ!」
どちらの言い分も正義がある。Mr.ヌードの発言は仲間の精神面を気遣ってのものであり、配慮に欠けるカリナの態度に怒りが心頭しただけだ。対してカリナの発言通りモラルの欠けたPKに対抗するには下法をもって応戦するしかない。彼女は一貫してシルク達に対人戦の覚悟を決めさせようと指導していた。幻惑剤を使わなければ本当に危うかっただろう。だからこそ正しい行いをしたはずの自分が責められるのが我慢ならなかった。
「もういいッ! 後はアタシ一人でやるッ! 今の闘いで《B.B》も過半数始末できただろうからね! アンタら甘ちゃんは帰って攻略の準備でもしてなッ!」
言うなり彼女は森の闇の中へと消えて行ってしまった。
「あっ、カリナさん!」
「放っとけ、シルク。それより女子二人のメンタルケアが先だ」
リンネの過呼吸は落ち着いたようだが、簡単には心の整理ができていない様子である。リンネもミチルも善良な女の子であるために例え相手が犯罪者であっても罪悪感を拭いさることができなかった。
「ハァハァ……嫌な気分であるな。人の命を奪うというのは」
「そうね。彼らの叫び声と斬った瞬間の手応えはずっと忘れられそうにないわ」
「それだけ嬢ちゃん達が正常だってことだ。どんな理由であれ命を奪って何も感じない奴はどうかしてる。平気な面して殺しまくってたカリナがイカレてるんだよ。元PKだけあるぜ」
「果たしてそうでしょうか?」
疑問を投げかけたシルクの脳裏にはカリナの懺悔の言葉が想起されていた。
意図せず人を殺めてしまったこと。その断末魔を悪夢に見てしまうこと。罪滅ぼしのために児童の教育者になったこと。その全てが演技とは思えなかった。
「カリナさんも辛かったはずです。自分が組織した《B.B》を去るほどに。もう二度と弓は引かないと誓った彼女がもう一度戦う覚悟を決めてくれたのは組織の創設者としての責任感からです」
「でもよぉ、アイツ真っ向から相手を殺しにかかってたぜ? 何の警告もなく威嚇射撃もなく、だ。生け捕りなんてハナから頭にない戦い方だった」
「……それも僕達の手を汚させないために先手を打ったのではないでしょうか?」
PKに投降を呼びかけても無意味であるということは元PKであるカリナはよく分かっていた。威嚇射撃などに効果はない。よって自ら率先して抹殺に動くことで彼らにプレッシャーを掛けていたのだとシルクは分析する。
「そういえばカリナが幻惑剤を使ったのも後半になってからよな」
「うん、それまでは弓だけで戦ってた。もしかしたら……初めは自分の力だけでケリをつけるつもりだったけど想定より数が多かったからやむを得ず使用に踏み切ったってことかしら?」
「ボクもそう思っています。彼女は悪人ではありません。先輩の気を逆なでするようなことを言ってしまったのは……彼女自身動揺していたからかも」
人を殺してしまったことに罪悪感を抱く程に彼女の良心は機能している。しかしカリナ自身が動揺してしまえば味方に不安を与え敵に付け入る隙を与えてしまいかねない。
だから虚勢を張り、殊更に正当性を主張していたのだ。そうすることによりシルク達の抱く罪悪感を緩和する意図もあったのかもしれない。
「汚れ役をカリナに押しつけちゃってたかもしれないわね」
「うむ。この想いを抱えたまま一人で耐え、同胞を討つ覚悟を持つのは誰にでもできることではない。かの狩人は選ばれし勇者だったのやもしれん」
「……俺も大人げなく怒鳴っちまった。腹割って話し合わねーとな」
時間の経過により落ち着いて考え直す余裕が生まれた。まだ《B.B》のPKが残っている現状でこのまま捨て置くことはできないと奮い立ったシルク達はカリナを探すことに決めた。
仕様バグというのは運営の意図しないところで起きるものですね。
本件の増産バグは売った分より多めに買い戻すことができますが流石に無限というわけではなく、買い続けると希少性があがり在庫が消えます。再現するためには一定量自力で確保する必要もあるので大変です。
ただ希少アイテムを十倍~二十倍程度には増やせるために悪用されていた感じです。
もしデスゲーム化していなければ後日修正パッチが当てられていた案件です。
本話ではカリナの『幻惑剤』を巡って一波乱ありました。
カリナとMr.ヌード、双方の言い分に正義はあります。
Mr.ヌードも自分とシルクだけならここまで怒りませんでした。
頭が冷えた彼らは再びカリナの後を追います。