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殺す覚悟

辛くもPKを追い出してカリナという新しい仲間を迎えたシルクたち。

彼らには大きな課題をクリアする必要がありました。

 LPOの秩序を乱す《B(ブラッディ).B(ブラック)》を撲滅する。それを攻略よりも優先すべきこととして歩みだしたシルク達だったが、本格的に敵を捜索する前に待ったをかける人物がいた。

 苦言を呈したのは新入りのカリナである。


「みんな、まず初めにやっておくべきことがあるんじゃないの?」


「装備は整えてあるわよ?」


「心がけは立派だね。でも違う」


 ピカピカに磨かれ、限界までカスタマイズした愛刀を掲げるミチルは首を傾げた。

 次にバックから各回復薬を取り出したシルクが得意げに胸を張る。


「回復薬はバッグいっぱいまで準備しています!」


「ありがとう。……それも大事だけれど、アタシが言いたいのはそういうことじゃない」


「ならば祈祷か? ゲン担ぎをしておこうということか? 勝利の儀式なら我に任せよ!」


 地面に謎の魔法陣を描こうとするリンネを慌てて制したカリナは黙って首を横に振る。

 そんな中、Mr.ヌードだけは何かを察したように顔をあげた。


「プレイヤーを殺す覚悟。ソイツが俺達に足りないってことだろ?」


 今度はカリナも否定しなかった。自覚のあったシルク達は押し黙った。

 前回の戦いで格下相手に押されていた理由はただ一つ。相手を殺せなかったからに他ならない。初めから殺意があればシルク達の圧勝で終わっていても不思議ではなかったのだ。

 指摘されなくとも頭で理解はしている。――が、さりとていきなり相手を殺せるかどうかと問われれば即答できなかった。


「……気持ちは分かる。アタシも自分がやっていたことが人殺しだったって知った時はショックだった。でもこれからアタシらが相手にするのは善良な一般プレイヤーではなくプレイヤーキラー。表の世界じゃ犯罪者といってもいい連中だ」


「……話し合うことはできないの?」


「無理だね。交渉で解決するなら前の時に終わってる。奴らは殺人を愉しんでるし、殺されないアドバンテージを自覚してる。だから誰かがやらないといけない」


「どうにか生け捕りにできないものか?」


「全員を捕縛することは現実的じゃない。殺す気の無い相手なんて怖くない。前回みたいになるのが関の山。……ただ殺される危険を自覚したら降伏してくる可能性はある」


 彼らも死を恐れていないわけではない。どうせ自分達を殺すことなどできないだろうと舐めているだけなのだ。事実として前回の闘いではPK経験豊富なカリナの登場が大番狂わせとなっていた。捕縛するにしろ討伐するにしろ「相手を殺せる」気概は必要ということである。


「正直、今のアンタ達は私一人でも殺れる。土壇場で覚悟が決まってないからね。命の選択権を握れない奴はプレイヤーキラーと勝負にならないんだよ」


「……ですがいきなり人を殺せと言われても無理な話で……」


「なら慣れてもらうしかないね」


 カリナの発言に一同は身体を震わせる。

 彼女に促されるがまま辿り着いたのはモンスターの群生地たる草原だった。

 少し遠くには緑色の身体をしたゴブリンが群れを成しているのが見える。


「成程、人型のモンスターで慣らしていくということですね」


 生け捕りにしたPKを使って殺人経験を積めと言われるのかと想像してしまったシルクはほっと胸を撫で下ろす。同時に彼女の提案に関心もした。

 ゴブリンなどの人型モンスターはかなり知恵も高くかなり人間に近い動きをする。対人戦のシミュレーションにはもってこいだろう。


「しかし我々とて流石にゴブリンと人間の見分けくらいつく。それでどう人を殺める覚悟を決められるというのだ?」


「リンネの言う通りだ。ゴブリンなんざ俺とシルクは何百と狩ってるぜ」


「私も二人には及ばないけど何度か戦ってるよ?」


「落ちつきな。誰もあのままゴブリンを倒せとは言ってない。ここからさ」


 言うなりカリナはバッグからアイテムを取り出した。ガラス瓶に入った薬剤のようなものにシルクは見覚えがあった。


「それは対象に幻を見せる〝幻惑剤〟ですか?」


「ああ。そのまま使えば単に服用者を混乱させるだけの薬だが、調合の仕方次第で幻の内容まで変更できる」


 それは運営社員なら知っている仕様だった。服用者に幻覚を見せて混乱状態にさせるというアイテム効果は変わらないが、フルダイブゲームという特性を活かして差異化させたいという貴愛(きいと)の意見で実装された仕様だったのである。


 扱い方によっては恐ろしいモンスターに襲われる幻覚を見せることもできれば、異性に囲まれるハーレムを見せることもできる。対象者によって効果を選択できる旨味があった。

 カリナが調合した幻惑剤は地面に垂らすとそれはたちどころに気化して桃色の煙を発生させる。煙を吸い込んだこと一同は咽こんでしまう。


「けほっけほ! カリナさん、一体何を――」


「目を開けてゴブリンを見てみな」


「――え?」


 先程まで緑色の体表をしたモンスターだったゴブリンは普通のプレイヤーと大差ない姿に変貌していた。彼らが話すモンスター言語も日本語に変換されて聞こえる。

 モンスターが変化したのではなく、シルク達の五感がモンスターを人だと誤認しているのだ。元が人型だけあって全く違和感がない。薬を盛られたことを知らなければ本当に他のプレイヤーと思って話しかけていただろう。


「元々、PK専用のトラップアイテムとして運用してたもんだよ。コイツならPKとの戦いを想定できるだろう? さぁやってみな」


 促されて武器を構えるシルク達。見た目が人間に見えると言っても元々ゴブリンだ。

 迫りくるゴブリンを各々のスキルで返り討ちにしていく。

 これが本当に鍛錬になるのかと懐疑的だったシルク達。だが最後に止めを刺そうとした時、恐怖に歪んだ相手の顔を、或いは命乞いをしてくる姿を見て攻撃を躊躇ってしまった。

 次の瞬間、棍棒で反撃を受けてしまう。ゴブリンの武器で殴られた衝撃により戦っている相手がモンスターであると思い出した一同は再び止めを刺そうと力を振り絞る。


「その中には本物の人間がいるよーッ!」


 突如耳に入ったカリナの声に動きを止めてしまう。その隙を見逃さずゴブリンたちはまた反撃してきた。


「カリナさんッ! 本当に一般プレイヤーが混じってるんですか!?」


「さぁね♪」


戦いに熱中していたシルク達が一般プレイヤーの介入を見逃した可能性はなくはない。カリナのたった一言によってパーティは動揺し動きが緩慢になる。明らかに格下のモンスター相手にHPはごりごり削られ回復薬の浪費を強いられた。結局見るに見かねたカリナ本人がゴブリンたち全員に止めを刺して鍛錬は強制終了となった。


「一般プレイヤーが混じってるっていうの嘘だったの!?」


「我らを騙すとは人が悪いぞ!」


「重要なのはそこじゃない。アンタ達、今のが本当に《B(ブラッディ).B(ブラック)》との戦いだったら死んでたよ」


 言われるまでもない事実である。生きた人間が混じってるかもしれないという情報一つだけでシルク達はまともに戦えなくなってしまっていた。これでは《B(ブラッディ).B(ブラック)》と鉢合わせた時点で敗北は必至である。それを理解しているからこそシルク達は返す言葉もない。


「やれやれ別の手を考えるか」


 次にカリナが提案したのは【闘技場】だった。

 元々は倒した敵の数や進んだエリアの進捗具合からスコアを競い合う場所だったが、デスゲームと化した今ではチュートリアル部門が人気を博している。体力を一切削ることなく選択したモンスターと闘えたりプレイヤー同士で戦い方の訓練を実施できるからである。つまりチュートリアル部門では相手の体力に気兼ねすることなく容赦ない攻撃を繰り出すことができるのだ。なるべく近いレベルのメンバーで対決しようということで意見がまとまり、シルクとMr.ヌード、ミチルとリンネの組み合わせで模擬戦を行うことになった。


 シルクとMr.ヌードは古参プレイヤーとしてレベルが高いため当然の対戦カードである。

もう一方のペアは、リンネの方がミチルよりも戦闘経験が多いが、バックアップを必要とする後衛タイプが前衛と一対一で戦うという状況そのものが丁度良いハンデとなるため決まった。カリナは皆の闘いを観察する監督官である。


「〈フレイムブラスト〉!!」


「〈ライトニングブレード〉!!」


 遠方から火力の高い魔法攻撃を打つリンネとそれを躱して距離を詰めるミチル。

 後衛がいない状態ではミチルのユニークスキル〈エクステンション〉が使い辛い。一撃でも当てられてしまえば能力上昇を止められてしまうからだ。


 対してリンネは遠距離魔法で狙撃しつつ接近を許した時はユニークスキル〈イービルアイ〉で牽制している。職業的不利さを実力と経験でカバーしているのだ。


(うん、二人共動きは悪くない。やはり命を奪うことへの躊躇があるだけ。そこさえ突破できれば十分に奴らと渡り合える)


 ついでに戦闘法について助言をするつもりだったカリナは二人のレベルの高さに舌を巻いた。このまま対人戦に慣れてくれれば申し分なしと褒めたたえる。


「二人共、良い動きだ。少し疲れただろう? 休憩にしよう。次のカリキュラムの相談もしたいし」


 小一時間戦闘を続けていた二人はHPは満タンであるものの精神的な疲労が見えた。このまま続けるより新しい訓練に移った方がよいとカリナは判断したのである。そして休憩がてらシルク達にも声をかけようと三人の少女達は場所を移した。向かった先は一階層上のエリアである。上級者用の闘技場はかなり頑丈に作られたエリアであり、強固な門で閉じられている。その先からシルクとMr.ヌードの話声が聞こえてきた。


「オラオラオラ!」


「ちょっ! 先輩! 激しすぎます!!」


「どうした? もうへばったのか!? まだ始まったばかりだぜ?」


「ひゃっ! 待っ、そんなの耐えられない! だめ~!」


「しっかりしてくれよ。俺を受け止められるのはお前だけなんだからよ~」


 どこか気の知れた声音と卑猥な台詞。思春期の乙女たちはあらぬ妄想を膨らませて顔を赤らめた。上級者用のエリアを使用するプレイヤーは少ない。今日も貸し切りのはずである。つまり人様に見せられないことを始めてもと嵌める者はいない状況だ。


「ハァハァ……せんぱ~い、少し休憩……させてください。何回目ですか」


「情けねぇな。俺より若ぇんだから、もう少し頑張れよ。動いてるの俺だけだろうが」


「受け止める方もしんどいんですよ! もう少し優しくしてくださいッ!」


「そんなんじゃ本番に備えられねーぞ」


 扉の向こうから聞こえる言葉に妄想を加速させていく乙女達。彼女達の脳内では全裸で抱き合うシルクとMr.ヌードの絵面が浮かんでいる。


「えっと、二人はその、親密な関係なワケ?」


「否定はしておるが……」


「実際かなり親しいわね。この前も混浴しようとしてたし」


「こ、混浴!? じゃあこの扉の先ではやっぱり!」


 意を決したカリナが扉を開ける。

 目の前には健全に拳と盾をぶつけあいながら鍛錬に励む二人の姿があった。


「よぉ、おめーら。もう鍛錬は終わったのかい?」


「えっ……あ、うん。次のカリキュラムに進もうと思ってた所だよ」


 卑猥な想像をしていたとは口が裂けても言えない少女達は結託して口裏を合わせた。

 これまでの鍛錬で対人戦を想定した場合でも動きが良くなってきているのは確かだ。

 後はトドメの一撃を入れられるかというところである。


「カリナさん、次の鍛錬はどのような―――」


「大変だァ! プレイヤーキラーが出たァ!!」


 シルクの質問は他のプレイヤーの声にかき消された。先に《B(ブラッディ).B(ブラック)》が動きだしてしまったのだ。息を切らしてやってきたプレイヤーはシルク達を見るや否や懇願するように縋りつく。


「まだ他のプレイヤーが取り残されてる。急いで助けに入ってやってほしい。俺じゃ力不足だから救援を呼ぶしかなかったんだ」


「わかりました。貴方は急いで他のプレイヤーにこのことを伝えてください。ボク達は先行して助けに行きます」


「……すまねぇ」


 頷き合ったシルク達は彼から詳細な情報を聞きだすなり、急いで現地へと向かった。



プレイヤーキルする覚悟を決めるというお話でした。

タイトル通りですね。

そして早くも次話でプレイヤーキラーの足跡を追うことになります。

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