ブラッディ・ブラック
狙われた子供――果たして!?
男は口角を上げると、息を潜めて少年の近くに忍び寄っていく。
そして剣を振り下ろそうとした瞬間、振り返ったナツキは木の実を投げつけた。催涙スプレーのような効果のある『スプラッシュチェリー』である。本来この【アルタヤ樹海】では原生していない。町で購入したアイテムである。
「お前、PKだな! 俺が何の対策もしてないと思ってたのかよ!」
「クソッ! このガキ!」
男の視覚が奪われている内にナツメは出口まで走った。彼はPKに襲われたら必ず逃げなさいという恩師の教えを守り、無謀な戦いはしなかったのだ。
出口を目指すナツメは背後から笛の音を聞いた。
すると、森林を掻き分けるように追いかけてくる。どうやら仲間を呼んだらしい。
あまりレベルを上げていなかったナツメはステータス値で大幅な遅れを取っている。追いつかれるのは時間の問題だった。後方から火炎系魔法が射出される。
(だめだ、やられる!)
紅蓮の炎が視界いっぱいに広がっていく。
目を瞑った彼に痛みは襲ってこなかった。代わりに柔らかい肌と温もりに包まれる。
恐る恐る眼を開けると、メイド服の少女に抱きかかえられていた。
「どうにか間に合ったみたいですね」
PKの放った魔法攻撃はシルクの大きな盾に阻まれていた。
思わぬ強敵の介入に相手も僅かに動揺しているようだ。しかし退く気はないらしい。やはり最近PKができていなかったことで鬱憤が溜まっていたのだろう。獲物を逃しすまいという強い執着心を感じる。
「守護者、シルク! お前という盾が消えればもう少し狩りがしやすくなるだろう」
「レベル差も数で補えることは実証済みだ。ここで死んでもらうぞ!」
「いくらキサマでも全方位からガキを守りきれるかな!?」
シルクはいつの間にか複数人の男達に包囲されていた。
盾で守れるのは正面の敵のみ。後はスキルで代用するしかない。
「どうするの!? 白い姉ちゃん!」
「大切な者を守り切れない守護者は用無しです。大丈夫、あなたは無事に【テオラルザ】まで送りますよ。貴方の先生に誓いましたので。守護者は約束も守ります」
迫りくる剣士をカウンターで排除した後、狙撃された矢を弾き返し、慌てる拳士を斧でいなし、退路を作って盾を構える。
前衛職と異なり守護者の戦い方は地味に思われる。ただひたすら敵の攻撃を耐え、隙を見つけて反撃するだけだ。騎士と拳闘士といった他の前衛職に比べると爽快感が無い。しかしシルクは多対一の状況で完全にナツメを守り切っていた。
あらゆる方面から完璧に敵の攻撃を凌ぎきるシルクの防衛術は芸術的にすら思える神業である。護衛対象のナツメはその大きな盾を持つ少女がとても頼もしく思えていた。
そしてシルクが守り切って時間を稼いだおかげで他の場所を探索していたミチル、リンネ、Mr.ヌードも参戦してきた。
「仲間か。それは我らも同じこと」
「数だけ揃えたところでレベルもステータスもこっちの方が上よ!」
ミチルの言葉通り低レベルのプレイヤーがいくら群れたところで一線級の実力者であるシルク達のパーティと戦うには力不足である。初めこそ押していたPK集団は徐々に押され出した。それでも今回は彼らも引き下がろうとしない。HPが命に相当するこのデスゲームにおいてプレイヤーの体力を最後まで削りきることは殺害を意味する。
「第九層の件を忘れたか? 確かに実力は貴様らの方が上だ。だが貴様らは命を奪う覚悟がない。俺達を殺せるチャンスがあろうと貴様らは躊躇う。それこそが最大の弱点だ」
シルク達が覚悟を決めきれないということを分かっていて彼らは自らの命を人質に闘うことをやめなかった。体力が削られても敢えて回復薬を使おうとせず煽ってくる始末である。
「ハハハ! てめぇらどうせ俺達を殺せない!」
「殺せない奴を恐れる理由はねーよなぁ!」
「……くっ!」
残り体力の少ない彼らを殺すのは簡単だ。それでもミチル達は覚悟を決めきれなかった。特に運営サイドとしてデスゲームに巻き込んでしまったことに負い目を感じているシルクは余計に相手に同情的だった。この虜囚となった環境が彼らを殺人鬼たらしめてしまったのかと思い悩んでしまうのだ。
「ほらほら、俺はもう体力が10しかない。殺せるぞ~?」
「できっこねーよなぁ? 殺しの覚悟がねーお前らなんて怖くねーんだよ!」
――刹那、背後から一本の矢がシルクの横を通り抜けた。
鋭い矢は調子に乗って無防備な姿を晒していた男の胸に直撃する。既にHPが少なくなっていた彼を殺すに十分な威力である。
「馬鹿……な。だれが……?」
絶命して消滅した仲間の姿に焦りを隠せないPK団。驚いたのはシルク達も同じだった。
必然的に皆の視線が矢の飛んできた方へと集まる。
そこに立っていたのは一人の女教師だった。
「――殺しの覚悟ならアタシが見せてやるよ」
そう語りながら眼鏡を外すカリナは温厚な教師の顔ではなくなっていた。
獲物を威圧する鋭い眼光は狩人のそれへと変貌している。
「先生……?」
「ナツメ君、少しじっとしててね」
教師としての柔和な顔に戻ったのは一瞬だけだった。
弓を構えた彼女は矢筒から次の矢を掴むと正確な命中精度で男達を射殺していく。
取り漏らすこともなく一人につき一本で確実に息の根をとめるのだ。ギリギリまでシルク達が追い詰めていたということを差し引いても彼女の射撃技能は異常だった。
樹の影に隠れた者がいても彼の頭上に跳躍し空から仕留めてしまうのである。
「す、すごい。何の躊躇もなく矢を射れるなんて」
「手慣れているな」
「彼女何者なの……?」
「少なくとも第一層にいる優しい先生ではなかろうな」
かなりの人数がいたはずだが短時間の戦闘で半分以上減ってしまった。
フードで素顔を隠したPKの表情はうかがえないが動揺しているような気配は感じ取れる。その中でも指揮官と思われる男が部下を下げて前に出てきた。
「……この驚異的な狙撃術。《B.B》の創設者、〝血濡れた鷲〟か!?」
「久しぶりだな、血濡れた猫。相変わらずのクソヤロウで安心したぜ」
「「「「カリナ先生が《B.B》の創設者!?」」」」
シルク達は驚きを隠せなかった。人畜無害に見えた教師がLPOプレイヤーを恐怖のどん底に落とし入れた悪名高いギルドの創設者とは思えなかったからだ。
互いに過去の装備とは全く違った格好をしている上に立場も異なるためかつての仲間と気づくまで時間が掛かったらしい。相手の戦い方を見てようやく確信できたようだった。
「血濡れた猫、まだPKなんてダッセー真似してやがるのかよ?」
「お前こそ、昔は俺達とPK楽しんでた癖に過去を忘れて保護者気取りか? 偽善者め!」
悪態をつきまくる両者であるがどちらも武器を構えるだけで一歩も踏み込まない。
しばらく睨み合っていた二人はやがて互いに武器を納めた。
「流石のアタシも昔の仲間をやるには覚悟を決める必要がある。一分もあれば迷いは断ち切れるがどうする?」
「――今は退こう。お前を殺るには準備がいる」
指導者の命令に従い、PKの集団は一斉に退却した。
シルク達も深追いはやめた。今は彼らを追跡するよりも子供の保護が優先である。そして先に尋ねるべきことがあった。再び皆の視線がカリナに集まる。
「もう二度と弓は引かないつもりでいたのだけれど……」
「教えていただけますか? 貴女のこと……そして《B.B》について」
「いつかは話さないといけないと思ってたし……頃合いだね」
最早隠し通せるものではないと判断したらしく観念したように溜息をつく。
危険なフィールドから離脱した一同は町で彼女の話を聞くことになった。喫茶店でNPCに出された水を一口飲むと、彼女はカップを弄びながら当時を振り返った。
「アタシは元々PKを楽しむネトゲプレイヤーだったんだ」
積極的に他のプレイヤーを害することを遊びとするプレイヤーはそう珍しくはない。単に初心者狩りをするプレイヤーから上級者を倒すことを至高の喜びとするプレイヤーまで様々だ。 AIより生きた人間のプレイヤーの方がリアクションが読みきれず面白いからPKに嵌るプレイヤーも少なくない。カリナもそんなプレイヤーの一人だった。
ゲームシステムで相手を倒すことが認められているならばPKはルール違反ではない。
様々なネットゲームでPKをしていたカリナはより強い刺激を求めてフルダイブ型MMORPG『LPO』をプレイすることになった。
「初めはこのリアリティのある世界に感動したよ。けど、やっぱりずっと馴染んでたゲームスタイルは変えられなくてさ……」
結局彼女はプレイヤーキラーとして他のプレイヤーを狩っていくことに決めた。経験値の入りもいいし、場合によっては相手の装備品を戦利品として奪うこともできるのだ。その頃は殺伐としたデスゲームではなかったためゲームだと割り切ってPKを楽しんでいた。
そうしている内に同じプレイスタイルの者達が集まり出した。初めこそソロで活動し、何人殺したかを競い合っていた彼らだったがLPOのコンセプトが多クラス混合のプレイを推奨しているためソロ活動も限界が見え始めた。
「アタシらはパーティを組んだんだ。狩人のアタシ血濡れた鷲、魔術師の血濡れた猫、騎士の血濡れた犬、拳闘士の血濡れた熊、守護者の血濡れた蟻。黒と赤を基調にした衣装を纏って《B.B》を立ち上げたのさ」
最悪のPK達が徒党を組んだことでキルカウントは鰻登りとなった。
他のプレイヤーを襲えるということはそれだけ実力があるということの裏付けでもある。単純なチーム戦においても無敵に近い強さを誇っていた彼らは策を練ったり罠を張ったりしてさらに悪質なPKを楽しんでいた。
「最初は町付近でも活動してた。でも、途中でフィールドやダンジョンの中に活動拠点を移したんだ」
「どうして拠点を移したの? 最強のPKパーティだったんでしょ?」
「上には上がいるんだ。アタシらはそこの白いメイドと変態に返り討ちにされたのさ」
自嘲気味にシルクとMr.ヌードを見つめるカリナ。
そこでシルク達は思い出した。PKを取り締まっていた頃に赤と黒を基調にしたギルドグループを何度も排除したことを。
確かに他のPKグループよりは強かったが運営プレイヤーとして既にレベルが格段に上がっていたシルク達の敵ではなかったのだ。悪さを見つける度に成敗して強制ログアウトに追い込んでいたのである。早々にレベルの差に気づいたカリナ達が拠点を移したことで彼女達と再戦することもなくなり、シルク達はすっかり彼らのことを忘れてしまっていた。
「アタシらは眼中になかったかい?」
「……ごめんなさい」
「謝んなくていいよ。好き勝手やってたのはアタシらだし。……とにかくアタシらは拠点を町から離れた場所に移したのさ。ログインとアウトもほぼ町外でやることになった」
野営だ野宿だアウトローらしいと当時は仲間内で盛り上がっていた。
そんな《B.B》のメンバーは最大の敵である運営プレイヤーチームとの接触を避けたことで最強のPK集団の座に返り咲いた。
フィールドやダンジョンに潜み、探検に来た他のプレイヤーを襲う。犠牲者たちは他のプレイヤーにやられたとさえ気づかないことも多かった。それ故シルク達に被害報告が届くこともなかった。彼らはそうやって密かにPKを楽しんでいたのである。
「けれどアタシ達は町から離れたことで……気づくのが遅れたんだ」
「何に気づかなかったというのだ?」
「デスゲーム開幕の号令だよ」
人里離れたフィールドやダンジョンに拠点を作って活動していた《B.B》にとって情報源は運営からの告知に偏っていた。一般的なプレイヤーは他のプレイヤー同士で情報を共有できるが、彼らの敵となったPKはその輪に入ることができない。必然的に仲間内としか話さなくなる。
《B.B》のメンバーはそれでも問題はないと考えていた。それにログアウトすればインターネットで検索して耳寄りの情報を得ることもできるし支障はなかった。
そんな彼らにも運営から〝デスゲーム化〟の告知が届く。蘇生アイテムの没収と回復薬の大量配布。そしてHPが0になれば死ぬという非情な宣告である。
「アタシ達は本気にしてなかった。全部運営イベントの演出だと思ってたんだ」
そう考えるのも無理はなかった。フルダイブ型MMORPGのゲームからログアウトできないという設定は実際に開発される前からフィクション作品で話題になっていたからだ。
人の往来が活発な都市部ですらデスゲームスタートには懐疑的だったのだから、人との接触を避けてきた彼らは尚のこと信じられなかった。
「……HPがそのまま命を現していることに気づくことなくアタシ達は何人もプレイヤーを狩ってた。ただのお遊びのPKを続けてきたつもりだったんだ……!」
「カリナさん……」
違和感を覚えたのはログアウト機能が停止してから数時間経った頃だった。
流石に運営の演出にしては手が込みすぎていると疑念を抱いたのだ。
ちょうどその頃、新しい獲物を見つけられなくなった仲間の内、守護者の血濡れた蟻と血濡れた熊が暇つぶしに演習をし始めた。デスゲーム化が真実ではないかという疑惑があったカリナは制止したが、敗けた方が死ねば本当なんだろうと二人は本気で取り合わなかった。そして、じゃれ合っている内に守護者の血濡れた蟻を血濡れた熊が殺めてしまう。
『おいおい、冗談だろ? 早くログインして来いよ』
初めは笑い合っていた三人だが、血濡れた蟻が二度とログインしてこなかったことからはじめて焦り出した。残りの四人で都市部に戻った時、すすり泣く者や運営に怒るプレイヤーを見つけることになる。そしてようやくデスゲームがリアルだと悟ったのだ。
「アタシ達は荒れたよ。単なるゲームだと思ってやってたことが殺人だったんだ」
意図せず人を殺してしまっていたことにカリナは深い後悔の念を抱いていた。
そして彼女は《B.B》の崩壊を語る。
「熊は特に酷かった。気の知れた仲間を殺っちまったからな。錯乱して投身自殺しちまったんだ。残りの二人は罪悪感から逃れるためにPKを正当化しだした。アタシは壊れて行く仲間達と自分の犯した罪の重さに耐えきれず逃げだしたんだ」
彼女から話を聞いたシルク達は何と言葉を掛けていいか分からなかった。遊びでヒトゴロシをしていたならそれは断罪すべきことだろう。しかし遊びが人殺しに変貌してしまったことは悲劇でしかない。彼女は本当に今まで通りにゲームをプレイしていただけなのだ。PKを黙認していた運営側としてシルクも心を痛めていた。
「……後はナツメ君の知る通りだよ。アタシは過去を捨てて、せめてもの罪滅ぼしのため第一階層で教育者になったんだ」
「カリナ先生」
「人殺しが教師なんて笑っちゃうよね。安心して、ナツメ君。もう学校には戻らないから」
「先生は何も悪くないよ! だって先生は知らなかっただけじゃん! 俺を助けてくれたし! 他の皆だって先生には感謝してるはずだよ!」
ナツメは恩師を励まそうと必死に訴える。突如仮想世界に囚われてしまった自分達がいかに心細かったか。そんな自分達を保護し義務教育に遅れないよう熱心に教鞭をとってくれたカリナにいかに感謝しているかを切々と話し続けたのだ。
「ナツメ君の言う通りです。貴方が自分を責めることはありません。カリナさんはゲームのルールに乗っ取っていただけであって、責められるべきはデスゲームを仕組んだ連中ですよ」
「うんうん! カリナさんは気づいてからは止めてたんでしょ? だったら今のPK達とは違うわ!」
「……罪滅ぼしに教育者になるとは立派ではないか。我なら背負った十字架から逃げてしまうだろう」
「子供のために闘ってたしな。アンタの本質は悪人じゃねぇ」
カリナは初めて安堵し落涙した。意図せず他者を殺めてしまった事実は彼女の背中にのしかかっていた。あれだけ楽しかったPKが全てトラウマと化し、犠牲者達の断末魔が彼女を責めたてていた。そしてずっと罪悪感を抱えながら誰にも話せなかったこと自体が彼女を苦しめていた。話を聞いてもらい受け入れてもらったことでようやく自分の心に折り合いをつけられたのである。
「みんな……ありがとう」
涙を拭ったカリナが決意を胸に顔を上げる。
「今の《B.B》には創立メンバーの『血濡れた猫』と『血濡れた犬』がいる。アタシが創立した以上、このままにはしておけない」
ずっと自分の罪から逃げ続けてきた。無知ゆえの行動ならそれでも良かった。しかし自分の設立した団体が、かつての仲間が今尚人を害しているというのであれば捨て置くことはできない。初代《B.B》の頭領として責任を果たそうと立ち上がったのである。
「ホントはアタシ一人でケリつけなきゃいけないとこだけど、流石に後衛職の狩人だと厳しい。だからその、……一緒に闘ってくれないか!?」
先程もう二度と弓を引かないと言っていたカリナであるが、LPO攻略初期に闘わなくなったにしてはレベルが高かった。そして対人戦ではブランクも感じさせない正確な射撃術を見せた。彼女はずっと教職の暇を見つけてはレベルを上げ、技能を磨いていたのである。それはゲーマーとしての意地と仲間の暴走を止めたいという深層心理からの行動であった。
利害が一致しているため彼女の申し出を拒絶する理由はない。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「ちょうど狩人が不足してたしね」
「ククク、同じ後衛職として歓迎するぞ」
「ようやく全クラス揃ったな」
「オレ、何もできないけど……先生のコト応援してるから!」
意図せずシルク達は心強い仲間を得ることができた。
彼女が元プレイヤーキラーだということは伏せた上で教職の仕事はしばらく休業することになった。事情を知るナツメが上手く皆を説得してくれたおかげですんなり休業申請は通った。誤算だったのは丸一日かけてお別れ会が開かれることになったくらいである。
開催場所は勿論学校のある第一層の町【テオラルザ】だ。
「カリナ先生がいなくなると寂しくなりますね。先生の教え方は生徒だけでなく私達同僚からも評判だったんですよ? 本当はずっと一緒に教鞭を取ってほしかったところですが、このデスゲームの攻略戦力になられるなら無理に引き留められないですね」
「すみません、ありがとうございます」
「私は攻略に参加できる程強くないですから、せめて教育分野だけは最前線で戦い続けますよ。ですから安心して行ってきてください。どうかお気をつけて」
「……はい」
同僚の教師たちとの挨拶を済ませている内に、ナツメ少年が職員室に入ってくる。
そして満面の笑みでカリナの手を引いてくる。
「先生、もう準備できてるよ! 早く来て!」
「ナツメ君、そんなに引っ張らないで」
誘われるがまま教室へと入っていくと、室内は折り紙などの紙細工で盛りつけられていた。黒板もチョークで彩られ『カリナ先生、今までありがとう』と大きく描かれている。
「「「カリナ先生、今までありがとう」」」
感謝の言葉と共に花束とプレゼントが手渡される。花の方は回復薬の原料になるものであり、プレゼントは動きやすい狩人の衣装だった。受け取ったカリナは感動に言葉が詰まる。生徒達は低レベルプレイヤー高品質な装備や体力を全回復させる薬などは買えない。それでもせめて最前線に向かう先生のためになろうと、回復薬の原料とお洒落にはなる衣装を調達してきてくれたのだ。中級プレイヤーならいざしらず義務教育中の子供達では入手にかなり苦労するものであった。
「ありがとう……みんなッ……」
熱烈なお別れ会は簡単には終わらない。生徒達一人一人と向き合って話し合い、時に宿題の解説などを行っている内にすっかり日が暮れてしまう。
邪魔をしないようにシルク達はお別れが済むまで傍で見守っていた。
「人望があるね~カリナ先生」
「茶化してくれるね、ミチルちゃん」
「漆黒の帳は降りた。夜は大人の時間! 次は我らの宴を始めようぞ」
「え~っと?」
リンネの中二病言語に首を傾げるカリナ。同じゲーマーであっても分野が違ったためか理解に時間がかかるらしい。すかさず翻訳担当のシルクが前に出る。
「次は僕達でカリナさんの歓迎会をやるんですよ! 明日からは忙しくなりますし!」
「今日くらいはゆっくりパーティってワケだぜ」
「ゆっくりできないやつじゃん!」
軽口を言いながらもカリナの態度は嬉しそうだ。羽が付いていれば飛び立ちそうな勢いすらある。長らく前線から離れていたが、やはり彼女の本質はゲーマーなのだろう。シルク達は新規メンバー加入を盛大に祝うため予約していたバーへと向かうのだった。
――同じ頃、カリナから敗走した《B.B》のメンバー達はアジトへ帰還していた。
プレイヤーキラー達が集まる拠点の一つである。ローブで顔を隠したプレイヤー達が酒を呷ったり、奪った戦利品を自慢し合ったりしている。その人数はカリナが組織した頃から随分増えている。部下を連れた『血濡れた猫』はその中央に座る仮面の男の前に傅いた。
「……血相を変えてどうした?」
「元団長を見つけました。狩人の血濡れた鷲。厄介な女です」
その発言に《B.B》構成員たちの間で動揺が走った。彼らPKにとってレベルの高いプレイヤーは警戒対象であっても恐れるには足りない。何故なら心を殺して人を殺める覚悟が足りないからだ。しかし元PKならば実力だけでなく殺人の覚悟さえ持っている。そんな《B.B》創立者が自分達に敵意を抱いているのだ。一線級のプレイヤーに狙われるよりも恐怖を煽った。そんな中、ただ一人、報告を受けていた男だけは平静さを保っていた。
「ほう。……では団長後任としての箔をつけるべく前任者の首でもとってみせようか」
男は不敵な笑みを浮かべたのだった。。
子供教育の先生が初代《B.B》の頭目でした。
まだデスゲーム化される前の話です。
当時は一般人以上、運営プレイヤー未満くらいの実力でした。
カリナは罪滅ぼしに生きていますが、命を奪ったことから他のメンバーは壊れていきました。
今のPK集団は堕落した仲間が築き上げた二代目になります。