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99. もう一人の勇者


 時間は、少々遡り、偽の告知書が広場の告知板に出現した日の朝。

早朝の広場へとやって来た、ベズコフ領都唯一の新聞社の記者であるグレン。

彼は日課となっている告知板のチェックのため、広場にやって来たのだった。

 そして、彼はそこで、信じられないものを目撃した。


 半月ほど前からモーリの姿を見なくなったという噂が領都で流れ始めた。誰に聞いても皆、見ていないと言う。グレン自身も最近見た覚えが無い。


 そして、警備隊員と領兵が領都内を虱潰(しらみつぶ)しに捜索し始めた。

おそらくモーリを探しているのだろうとは思ったが、親しい警備隊員や領兵すら、そう聞いても皆、口を(つぐ)む。


 王家への毎年恒例の出仕シーズンのため、王都へ移動中だった領主も急遽、連絡を受けて領都へ引き返して来たという。

 そうした状況の中で出遭ったのが、この告知書だった。


 赤い紐の付いたメダルにも驚いたが、真に注目すべきは告知書の方だった。

なるほど、見れば見るほど、領主家が各種通達のために貼り出す、ごく普通の告知書にしか見えなかった。毎朝欠かさず広場へやって来て、告知書を見続けているグレンから見ても、絶対に本物としか思えない。


 紙質や様式、表現も完璧。押印されている紋章も本物にしか見えない。

少なくとも、下にぶら下がっているメダルに酷似している。ああ、このメダルをそのまま使えば、そうなるのか。


 一瞬、まさかと思う。


『いやいや違うだろ! そう、絶対に違う!』


 グレンは激しく首を横に振る。これは実に良く出来た偽物だ。何故なら領主家が跡取り息子に、こんな事をするはずが無いではないか。絶対にあり得ない!


 だが、書いてある中身はどうなんだ? それも真っ赤な嘘なのか? 処刑日は確かにモーリが行方不明になった頃だろう。


 本当の事はわからない。謎は依然として大きい。しかし、その告知書に書かれた内容の後半を読みながら、自然と口の端が上がっていく自分がいる。

 大急ぎでその告知書を一字一句漏らさず書き写すと、懐に仕舞い込んだ。


 告知板から歩み去りながら、グレンは偽の告知書に書かれている内容をどう扱うべきか考えた。これを記事にしたところで、どうせ上に握りつぶされ、ボツになるのは分かり切っている。いつもの事だ。新聞社が領主に逆らえるわけがない。


 では、諦めろと言うのか?


 この街でのモーリの評判は最低だった。粗暴で癇癪持ち。平気で人を殴る蹴る。骨折等の大怪我は、数知れず。中には障害が残った者や、強姦されて自殺した娘もいたが、すべて領主家の前に泣き寝入り。


 グレンも義憤に駆られ何度か記事にしたが、すべて上司に握りつぶされ、記事が日の目を見る事は無かった。でも、今の彼には、とっておきの秘策があった。


 そう! この街では駄目でも “他の街” でなら、何とかなるだろう。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 何処(どこ)の領地でも、おそらくは何処の国でも、貴族を始めとする権力者の横暴はあるのだろう。それはグレンにもわかっている。わかってはいるが、それでも溢れて来るものがあるのだ。そんな時は、しこたま酒を飲んだ。

 どうにかして奴らに、一矢報いる手は無いものかと、必死に知恵を絞りながら。


 そんなグレンが他の領都へ行った時、たまたま酒場で知り合った同業者がいた。その領都で活動している彼もまた、同じ悩みを抱えていると知って、閉店まで愚痴をこぼし合いながら飲み明かした。


 その時、素晴らしいアイディアが閃いたのだ。自分の領地では記事に出来ない貴族家や豪商の不祥事でも、他の領地でならば、他所のスキャンダルとして記事に出来るのではないかと。お互いにそういうネタを融通し合おうと誓い合った。


 自領では握りつぶされる記事でも、他領で公に出来るのなら、多少は鬱憤晴らしにはなる。あくまで記事を書いたのは、その新聞が発行された領地の記者であり、酒場で流れ者や旅行者から偶然に聞いた話という(てい)にする。


 この手法はけっこう使えた。さほど頻繁では無いものの、グレンは他領の貴族の不祥事を自分の新聞社で記事にする事が出来たし、その逆のケースもあった。

時折、そうした記事が元の領地にまで伝わって大騒ぎになり、本来の執筆者が大いに留飲を下げる事もあった。


 グレンと相手の記者はその後、慎重に他領にも “同志” を増やしてゆき、今では王都を含む、いくつかの領で密かにネタを融通し合う仲間が出来ていた。

 皆、貴族を始めとする権力者の横暴に、義憤を感じていた者たちである。


 グレンには、あのメダルは本物に見えた。それなら、あの告知書が事実であっても不思議では無い。大蜘蛛云々の話は流石に怪しいとしても、モーリが開拓村にした事は、決して見過ごされて良い内容ではない。この領に起きた、あの惨劇の真の原因が領主家の馬鹿息子にあったというのなら、これは大事件だ。


 王家すらも動くかもしれない!

久しぶりに、あの手を使うべき時だ。3年ぶりになるだろうか。あの時も随分と留飲を下げたものだった。


 既に半月以上も行方不明のモーリは、もうこの世にはいないのかもしれない。

しかし、何度も煮え湯を飲まされてきた、この街の領主家の他の連中にも、せめて一泡吹かせてやりたいと思うのだ。


 これはまさに千載一遇のチャンスに違い無い。

幸い、あの告知書があれば、この情報が領都の住民全体に広まるまで、さほど時間はかからないだろう。他領に情報が漏れたとしても、その出所を探すのは困難だ。


 ベズコフ領から出ていく方の厳しい移動制限は、人に関しては依然続いているものの、警備隊の検閲の下、手紙や物品の他領への移動は許されている。


 うん! いけるはずだ。


 まあ、その前に、この街でもせいぜい噂になってもらおうじゃないか。

グレンは、広場に面した商店に向かって歩いてゆく。顔見知りの商店主と朝の挨拶を交わすと、告知板の “秘密” をもったいぶって教えたのだった。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 その日の午後、リサは急遽、夫にお使いを頼まれた。

商業ギルドに行って、ボーア領都宛の荷物を送る用事だった。宛先は、リサの姉で、中身は花瓶。姉の娘の結婚祝いだった。

 ただし、中身の花瓶と宛先以外はすべて真っ赤な嘘である。


 新聞記者の夫グレンは、通常、朝に家を出た後は、そのまま午後半ばまで領内を取材で歩き回り、その後、新聞社に戻って記事を書くという生活パターンである。

 今日は、午前中に家へ戻って来て、何事か書き上げていた。そして、昼食の後、商業ギルドへ行って木箱に入った花瓶を、領外へ送るように頼まれた。


 送り先は、リサの姉。

ああ、なるほどと思った。久しぶりである。たぶん、3年ぶり?

中身は分からないが、間違いなくアレ。権力者の公然とは話せない醜聞。まあ、自分は何も知らないし、実際、怪しまれる事すら無いから、自然体で行こう。


 商業ギルドの受付には、警備隊員が常駐しており、荷物の中身を(あらた)める。

木箱を開けると、くしゃくしゃに丸められた古新聞を緩衝材にして、布にくるまれた花瓶と手紙が入っている。


 警備隊員は、手紙を確認した後、一つ頷くと、あっさり荷札に検査済みの判子を押してくれた。まあ、ありきたりの祝い文であり、不審な点は何も無い。

 何せ、リサ自身も、夫がこの中にどの様にして、秘密の文書を潜ませているのか知らないのだ。だから、割れ物の花瓶にだけ注意していれば良かった。


 その後、商業ギルドの係員に木箱は引き渡され、配送料の支払いを済ませて、夫から頼まれたお使いは無事終了した。

 帰り道に、行きつけのパン屋に寄ったところで、顔なじみの女将さんから、告知板の騒ぎの話を聞かされた。ああ、たぶんコレね! リサは、そう思った。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 告知板の怪文書で、領都中が大騒ぎとなった日の深夜、警備隊の独身寮の部屋で眠りに就こうとしていたケインの下を訪れたのは、領兵隊の小隊長トムであった。サルト戦役の集結地で、リゲルの用心棒としてレオの配置替えを交渉した相手。


 同じ平民出身同士、ケインの頼み事に理解を示し、直ぐに了承してくれた。

真っ当な奴だという印象をケインは抱いていた。そのトムが、見るからに憔悴しきった顔で深夜こっそりと訪ねて来たのだ。彼を部屋に入れ、椅子に座らせる。

 どうしたと訊けば、トムは震える声で答えた。


「若君の取り巻き2人が殺された。食事に毒を盛られたらしい。」


 流石に、ケインも絶句した。領兵隊の若い奴がこっそり教えてくれたと言う。

その2人が、偽の告知板に書かれているモーリの罪状を、真実だと証言した事は聞いていた。いきなりの毒殺は、生き証人の抹殺、口封じで間違いないだろう。


 さらに、領主の “犬” と呼ばれる騎士団長が、徴兵のため開拓村に同行していた領兵隊指揮官が誰だったかを、執拗に調べているらしい。

 元は、警備隊の副隊長だった男で、ケインも良く知っていた。領主家に連なる者であり、威張り散らすだけで下からは嫌われていた。


 今のところ領兵たちは、知らぬ存ぜぬで誤魔化しているようだが、いずれはトムだったと知れるだろう。本当は、開拓村へ行った領兵全てを始末したいところなのだろうが、果たして何人になるのかも分からず、流石にそこは諦めている様だ。

 せめて、指揮官だけでも何とかしたいといったところか。


 一般兵とは違って、指揮官クラスの領兵隊幹部の証言は、それだけ重いのだ。

トムは身の危険を感じたものの、領兵隊の上官や同僚に相談も出来ず、悩んだ末に警備隊で面識のある、ケインに相談する事にしたという。

 何とかしてやりたいと思った。この男には、リゲルの件で借りもある。


 かくして、トムはケインのアドバイスに従い、翌朝、まだ暗い内に馬を借りだすと、上官命令でルスダンへ向かうと称して、ベズコフ領都を立った。

 その後、ルスダンへの街道の隘路でも、同様の主張で同僚の領兵の検問を通過。


 そして、ルスダンを迂回して、キルソフの街へ入った。その際には、サルト戦役の帰還兵証明書を提示した。それは、ケインの名が書かれた証明書だった。

 キルソフの街で、野営に必要な装備と保存食を購入した後、トムは直ぐに街を出ると、ボーア領都を目指してゆっくりと、街を避けて進んで行ったのである。


 その僅か数刻後、ルスダンの街にベズコフ領都からの緊急手配文書が届けられた。領内の重大事件の犯人で領兵のトムが、馬を奪って逃亡中であり、生死を問わぬ捕縛を依頼するものであった。ただし、この者は虚言癖があるため、その言動には十分注意されたしと、付記されていたのである。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 この花瓶を受け取るのは、今度で2度目ね。ケイティはそう思った。

それは、偽の告知書騒ぎから6日後の事。ベズコフ領都から、ここボーア領都まで、通常の馬車便を使った商業ギルドによる5日間の配送の後の事であった。


 商業ギルドの配達員が届けてくれた木箱。その荷札に書かれた配送品の注意書きは、割れ物(花瓶)となっていた。送り主はベズコフ領都のリサ。

 さて、今回はどんな話だろうと、今から楽しみにする “偽の姉” ケイティ。


 前回は、確か3年ほど前。今回と同じ手口で伝えられた内容は、ベズコフ子爵家の一大スキャンダル。何と、子爵令嬢がその取り巻きと共に領都の古着屋に(たか)り、嫡男の取り巻きがそこの女店主を襲った挙句、返り討ち。最後は、もろ出し用心棒と、お漏らし令嬢という、大変に不名誉な称号を頂戴したという話だった。


 あの話は、ここボーア領都だけでなく、王都を含むいくつかの都市の新聞で報じられ、最終的には、ほぼ全ての国内の新聞に転載された。問題のご令嬢は、最早、貴族家や名のある商家への輿入れは不可能となった。自業自得! いい気味だ!


 今日、昼食は家で摂ると言っていたマリオ。ボーア領都の新聞社で記者を勤める夫が戻って来たら、自分も “解読” を手伝おうと考えるケイティだった。

 そして、帰って来たマリオにベズコフ領から届いた花瓶の話をすると、予想どおり、昼食そっちのけで通信文を探す事になった。


 木箱の中に花瓶と一緒に詰め込まれた緩衝材としての古新聞。

くしゃくしゃに丸められたそれらを、一つ一つ広げて中身を確認するのだ。

 30個ほどの中に1つだけ当たりがある。2人して競争だ!


 この世界で紙は安く無い。だから、新聞の印刷は、当然両面にする。

ところが、片面を印刷した時点で、印刷ミスとなるものが必ずある。そうした片面が未だ白紙の紙は、捨てるには惜しいので、新聞社の内部で有効活用される。


 記者もメモ書きに常備しており、そうした紙の白紙側に秘密を書き込むのだ。

秘密文が内側になる様に丸めると、そこに大量の “本物” の古新聞を丸めたものを混ぜて、花瓶の緩衝材として送って来るのだ。まあ、パッと見では分からない。

 夫婦2人して、古新聞を(ほぐ)して記事を読み始める。そして、しばらくした後、


「たぶん、コレね!」


 ケイティが勝ち誇った様に、マリオに笑顔を向ける。


「ベズコフ領がずっと封鎖されていた理由も、書いてあるわ!」


 マリオは、期待に満ちた顔で妻を見つめる。それだけでも、十分特ダネである。

既に半月以上に亘って、ベズコフ領都は封鎖されており、人も情報もまったく出て来ない。グレンからの便りを、首を長くして待っていたのだ。


 そして、妻から受け取った古新聞モドキをそのまま書き写して懐に入れ、昼食もそこそこに、マリオは新聞社へと向かったのである。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 夕刻、ボーア領の領主である伯爵は、執務室に入って来た男に軽く頷いた。

このボーア領都の新聞社の社主であるロバートは、若い頃からの友人だった。

 本来なら、今の季節は王都に出仕しているはずなのだが、今年は嫡男を代理で出して、領地でノンビリしている。(たま)には、こういうのも良いと思っている。


 しかし、ロバートの持ってきた話は衝撃的だった。


「うちの若いのが、ベズコフの知り合いから得た情報でね。うちとしては、直ぐに紙面に載せると、情報提供者が絞り込まれる恐れがあるので、しばらく寝かせるつもりでいる。ただ、これは知らせておくべきだと思ってね。」


 確かに、直ぐにでも知らせるべき内容ではある。

ベズコフ領都が封鎖されている理由が、嫡男の行方不明にあるというのだ。

ベズコフ子爵が王都への出仕を取りやめにして、急遽戻ったのも納得出来る。


 そして、行方不明から半月の間、何一つ手掛かりは無かったのだが、今から6日前、中央広場の告知板に偽の告知書という、奇妙な怪文書が貼り出されたのだ。

その偽物は、領主家の正規の告知書と言われても、何の不思議も無い出来だった。


 ただし、偽物なのは明らかであり、内容も俄かには信じられないものばかり。

何しろ、領主家嫡男の処刑報告なのだ。絶対にあり得ない。その罪状も、常軌を逸した領地への仕打ちであり、処刑方法に至っては荒唐無稽と言う他ない。


 しかし、その文書と一緒に掲示してあったメダルは、どうやら本物の領主家の物だと思われ、それは嫡男が常時持ち歩いていた物だという。

 この怪文書を貼り出した者は、間違いなく嫡男の消息を知っていると思われる。おそらく、嫡男失踪の犯人なのだろうが、その犯人の意図がまるで見えないのだ。


 さて、どう考えたら良いものかと悩む伯爵。何とも判断に困る。

側近の一人である騎士団長を呼び出すと、彼にも送られてきた文書を見せた。

 騎士団長は、それを見た後、渋い顔で率直な感想を述べる。


「後半の大蜘蛛の辺りは、明らかに書き手の個人的な願望というか、妄想だろうと思いますね。よほど、この嫡男に個人的な恨みでもあったんでしょう。

 前半の嫡男によるとされる罪状も、俄かには信じ難い。どれほど愚かな領主家の人間でも、長年かけて築いた村を、あっさり潰す様な真似をするとは思えません。ただ、まあ、あの嫡男ですからねえ。ひょっとしたらと思うのは確かですが。」


 伯爵も同意とばかりに頷くと、こう提案して、この会合を終えたのだった。


「分かった。この文書によると、(くだん)の村からは50人以上が徴兵され、サルト戦役に参加したわけだ。もし、それが事実なら、うちの領から従軍した者の中に、その連中を知っている者がいるかもしれん。明日の朝にでも、サルト戦役に従軍した者たちを集めて聞いてみるとしよう。それくらいなら、大した手間でもないだろう。」


 その頃、ボーア領の文官棟で一人の男が仕事を終え、退出しようとしていた。

彼は明朝、自分に大役が回って来る事を、この時、まだ知らなかった。


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