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97. レオの逃亡劇


 森の方から歩いて来る奴がいる。


 アンドルーは、共に街門の警備に就いている同僚と頷き合う。

ボーア領の警備隊員として、キルソフの南門を出入りする者の検査と、南門一帯の監視、警戒を行う部隊に2人は所属している。


 ほどなくして、男が一人こちらへ向かって来るのが見て取れた。


 そのまま近づいて来た男は、巨漢だった。そして、王国軍の軍服を着ていた。

ただし、自分たちが知っている軍服とは、どこか微妙に違っている様な気がした。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 軍服の記章を見るに、確か、分隊長クラスの階級だったと思う。ただ、その男は背嚢(はいのう)を背負い、たった一人で森の方から歩いて来た。何とも奇妙で、ちぐはぐだ。

あっちの方向には森しかなく、人は住んでいない。あとは精々、川ぐらいか。


 レオと名乗ったその男は、懐からサルト戦役従軍兵の帰還証明書を出すと、ルスダンから歩いて来たと言う。まあ、隣の街ではあるが、けっこう距離がある。

 何故、乗合馬車を使わなかったのかと不思議に思った。


「元は、ベズコフの南の村の出身でね。まあ、一旦帰るつもりだったんだが、ルスダンの街まで来たところで、フェンリル災厄で俺の村は壊滅したと聞いたわけだ。ああ、気にしなくていい。村からは厄介払いで徴兵に放り出された上に、身寄りもない。だから、ベズコフ行きはやめたのさ。それで、路銀稼ぎに森の中を、薬草採取しながら歩いて来たんだ。元々田舎では、そればっかりやってたんでね。」


 王国の紋章入りの帰還証明書もあるので、問題は無いと思ったが、見慣れぬ軍服だなと訊くと。


「ああ、これは医務隊の制服だよ。少し色が違うんだよな。戦地でも小遣い稼ぎに森で薬草採取をしていたら、王国軍の医務隊と知り合いになってね、手伝いをやってたんだ。補助要員として。そしたら、ご存じのとおり戦争が長引いただろ。可哀そうだと、正規隊員にしてくれたんだ。この通り制服も手配してくれたのさ。」


 何と、医務隊の人間なのか。ちょうど良かった。ハンスを診てもらおう!

昨日の訓練で、腕に木剣の一撃を受けてしまい、紫色に腫れ上がっているのだ。

 アンドルーは思い切って、後輩の治療を打診してみた。大男は、愛想よく引き受けてくれたのだった。


 背嚢から出した、その男の各種装備には驚いた。

大小の皮袋や陶器の壺に入った様々な薬、綺麗な水を得るための水魔石、さらには火魔石を使って湯を沸かす、専用の鍋まである。おそらく、移動中は無理だが、停止している馬車の中でなら、湯を沸かしてスープくらいは作れるだろう。

 何とも、一般兵の装備とは、別世界だなと感心する。


 以前聞いた話だと、軍での医療関係者は、普通の軍人よりも高い階級を与えられるそうだ。下っ端でも、一般兵より階級も待遇も良いらしい。


 巨漢なのに、細かい作業を器用に(こな)すレオは、皮袋から出した緑色の粉末を水で溶き、ハンスの腕に塗ると、まだ採取したばかりと思われる大き目の葉っぱを、塗り薬を塗った上に巻き付けた。仕上げに、警備隊で洗って干していた手拭いをその上に巻き付け、治療を終えた。


 緑色の粉末と葉っぱは、明日あたりに取り換えるようにと言って、余分に置いていってくれた。


 医者に連れて行けば、それなりの金を取られる内容だと思ったので、皆から銀貨1枚ずつ、都合5枚(5千円)を集めて渡した。路銀を欲しがっていたはずなので、これには、嬉しそうだった。

 今夜は。この街に泊まって、明朝、ボーア領都方面行きの乗合馬車に乗ると言って、去って行った。


「まあ、確かに、あれは医務隊向きなんだろうな。あれほどの巨漢なのに、まったく覇気とか殺気が感じられなくて、とにかく兵隊とは思えなかったよな。」


 アンドルーのその言葉に、誰もが頷くのだった。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 このボーア領キルソフの街の南門に姿を現したレオ。

 彼は昨夜、ルスダンの街壁を近くに眺めながら、大河の流れに身を任せてそこを通過した後、大河下流の次の街、キルソフの近くで ”(いかだ)” の旅を終えていた。


 開拓村から始まった、レオの大河の筏下りは、途中から夜間航行だった。

開拓村を出て、明らかに無人と分かっている一の村までは、日中の移動だったが、それ以降、日中は人目につかぬ川岸に筏を停めて眠り、夜間に大河を下った。

開拓村からルスダンへ馬で帰る際に、そうした人目につかぬ川岸の当たりをつけていた。


 開拓村に2年ぶりに帰って来て、ルスダンで聞いたとおり、そこが本当に廃墟と化している現実をまざまざと目にし、モーリに復讐を誓った。


 村長を切り殺したモーリは、それだけでも十分有罪だと思っていたが、戦地で聞いた二の村出身者の話で、モーリが開拓村から異常な徴兵を行った理由が、おそらく、遊ぶ金欲しさだったと分かり、大きな衝撃と怒りを覚えていた。


 自分が知る限り、最も悲惨な死に方をさせてやると固く決意した。

大蜘蛛に生きたまま喰わせる「生餌」というアイデアが浮かび、そう決めた。


 ただし、そのためにはモーリを開拓村まで、生きたまま運ばなければならない。そして、開拓村まで移動して、事が済んだ後に、自分が再びベズコフ領都近辺まで取って返す頃には、行方不明となったモーリの捜索が本格化しているはずだ。

 領都内でモーリを殺し、発覚前に逃走するよりも逃走の難易度は、格段に高い。


 もちろん、レオには、モーリと刺し違える気など、さらさら無かった。何としても生き延びる決意だった。


 開拓村からベズコフ領都までは、南の村々が無人化しており、問題無いはずだ。また、領都の近くは、領都の南東側にある森の中を大河沿いに抜ければ良い。

 しかし、領都内は当然として、領外への唯一の脱出路であるルスダンへの街道も、厳しい警戒態勢になっているのは間違い無い。


 そして、致命的なのが、このルスダンへの街道の途中にある隘路である。

レオ自身、徴兵された時点から何度も通っており、そこを封鎖されたら避けようが無い事を十分に理解していた。領主家嫡男が行方不明になれば、そこに監視部隊が常駐するのは明らかだ。常識的には、逃走は絶対に不可能だ。


 でもその時、閃いたのが大河を使う方法。


 戦地で医務隊の一員として各地を周っていた時、川を流れて来る大量の木々を目撃した。その先頭には、木を並べて作った ”(いかだ)” という簡易な舟に乗った人々がいて、大量の木々を見守りながら一緒に流れて行った。驚いているレオに、地元の人間が教えてくれたのだった。


 戦地から開拓村へと最初に帰って来た時、堀を渡る橋は、概ね残っていた。

だから、開拓村の中へ入れたわけだ。それは、丸太を並べて作った橋である。

 その丸太を外して適当な長さに切断し、並べて縄で連結すれば筏になる。

この筏に乗って大河を下り、出来ればルスダンよりもベズコフ領都から離れた街に入ろう。


 そう考えたレオは、開拓村からルスダンへと馬で帰る際に、大河沿いにルスダンよりも先の様子を偵察した。結果、キルソフの街の南門が好都合だと判断した。

ルスダンから1つボーア領都寄りの街である。


 キルソフの南門は大河との間に森があり、大河からの上陸後、森の中で薬草でも採取してから出て行けば、いきなり徒歩で現れた言い訳も出来ると思った。

 戦地でマーサの医務隊がレオに用意してくれた、王国軍の医務隊の制服を身に着け、南門へと歩んで行けば大丈夫だろう。帰還兵の証明書もあるし。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 そこまでの構想を練った上で、レオはルスダンに戻り馬を返すと、乗合馬車でベズコフ領都へと移動した。

 領都では、入門の際はレオと名乗りもしなかった。代わりにマルコと名乗り続けた。以前、ガードナー傭兵隊から聞いていた、大熊殺しの偽名である。


 最大の懸案だったモーリの拉致と領都からの連れ出しが、生ごみ回収業者を装う事で解決出来る目途が立つと、筏作りの工具を揃えた。鋸に鉈、それに釘だ。

 レオは知っていた。丸太を並べて縄で結わえただけでは、不十分だと。


 それは、開拓村の堀を渡るための、跳ね上げ橋がそういう構造だったからだ。

縄で縛るだけでは、丸太を綺麗に平面上に揃えるのは難しい。

 人や荷馬車が通り易い様に、丸太橋の上に平板を釘で打ち付けていたが、それによって丸太橋自体も補強される形となっていた。


 同じ事をするために平板が必要だった。残念ながら、開拓村へ渡る橋はかなり傷んでおり、丸太は問題無いが平板はボロボロだった。再利用は難しい。

 荷車の荷台の底板は、まさに打ってつけだった。開拓村までは運搬に使え、その後は解体して筏の材料と薪になるのだ。


 素晴らしい! でも、だからこそ、イートン商会の荷車を利用する事にした。

最初から盗むつもりだったが、ここなら良心は一切、痛まないと確信したから。


 モーリを載せた荷車で、開拓村に着いた後、早速丸太橋から丸太を外して鋸で切断し、麻縄で束ねた。荷車は逆さにひっくり返し、荷台の底がフラットになるように、邪魔な部分をすべて取り除いた。引手の部分も切り取った。


 最後に、底板と側面だけとなった荷車の荷台を、筏の上に載せると釘で固定していった。解体の時から、けっこう大きな音が鳴り響き、森の魔物が寄って来るのではないかと少し心配していたが、問題無かった。


 完成した筏を、丸太橋の近くで堀の中に押し込んだ。

堀は大河の分流であり、そのまま放置すれば大河へと流れ去る。堀の中に押し込む前に、丈夫な麻縄で残っている橋の丸太に結わえ付けておいた。


 荷物は、食料以外は朝のうちに筏へとすべて積み込んだ。

モーリとの決着が着いた後は、速やかに筏へと乗り移り、大河の流れに乗った。

医務隊で入手していた、火魔石を使う専用の鍋で湯を沸かし、筏の上でも暖かい食事が摂れたのは地味に有難かった。


 その後、一の村以降は夜間に通過する様に調整した。大河の流れの中に板を突っ込んで、筏の向きを変えて川岸に寄せ、そこで野営して夜を待つやり方で進んで行った。


 かくして、レオは無事、キルソフの街へと入り、翌朝のボーア領都方面行きの乗合馬車へと乗り込む事に成功した。

 領主の嫡男殺しの犯人が、何事も無く逃げおおせた瞬間であった。

そして、実際のところは、ベズコフ家そのものが消滅の憂き目を見る事に決定した瞬間でもあったのである。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 その後のベズコフ領都では、懸命の捜査にも拘わらず、何一つ進展は無かった。

モーリが消えてから、既に半月が過ぎていた。


 そんなある日の昼下がり、とある宿屋に商業ギルドの配達員がやって来た。

運んで来た細長い麻袋を受付にいた宿の主人に手渡す。昨日の夕方、ルスダンから到着した馬車便が運んできた小荷物だと言いながら。


 宿の主人は、受け取った時に握った感触から、中身は巻紙だと思った。しかし、麻袋の底の方には、それなりに重い代物が入っている様で、少々意外だった。

 その微妙な表情の変化を察したらしく、ギルドの配達員が笑顔で話す。


「最近、多いんですよ。領都に足止めされた他所の街の商人さんたちが、金が無いから送ってくれとルスダン辺りに無心して、泊まっている宿宛に送らせる荷物が。

中身は、たぶん手紙か証文と、重たいのはお金でしょう。ああ、もちろんギルドは開封してはいませんよ。」


 なるほどと宿の主人は頷き、受け取りのサインをすると、少々おしゃべりな配達員は去って行った。宿の主人はホッとした。表情が動いたのは、小荷物の予想外の重さでは無かった。彼が驚いたのは、荷物の宛先を見たせいだった。


 荷札にあった宛先は、自分の宿に泊まっているダンという人物。

実は、そんな泊り客などいなかったのだが、宿の主人はダン宛に荷物が届くかもしれない事を知っていた。それが、どんな荷物なのかまでは知らなかったが。


 彼は、机の引き出しにその細長い小荷物をしまうと、夜を待つ事にした。

馴染みの酒場で、そこのマスターと一杯やる事を楽しみにしながら。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 その夜ケインは一人、居酒屋で軽く一杯引っかけながら食事を摂っていた。

5日ほど前、早馬でモーリの行方不明を知らされたベズコフ子爵夫妻が、あたふたと領都へ戻って来た。


 ケインは、領主の顔など見たくもなかったので、警備隊長と相談の上で、本来の降格された一兵卒としての立場に戻り、主に領都の巡回任務に就いていた。


 子爵夫妻が帰って来たからといって、事態が好転するわけもなく、警備隊本部の中は、子爵の怒鳴り声と、夫人のヒステリックな金切り声が轟く毎日だという。

 警備隊長始め、幹部一同には、気の毒と言う他ない。


 封鎖中にも拘わらず、ベズコフ領都内は、表面上は平静だった。

魔狼による包囲や侵入があった時に比べれば、まだましという認識らしい。

 まあ、領民の大半にとって、一時的に領都を出られないという事は、さほど大きな問題ではないせいか、日常生活にはさほど影響は無かった。


 実際、食料品を始めとする日常必需品の流通に関しては、問題無いように配慮されており、大きな価格高騰も無かった。


 当初実施していた夜間外出禁止措置も、長期間の維持は難しくなり解除された。

今は、一斉捜索を実施する地域に対して、前夜にその周囲を領兵隊によって封鎖するといった手法を取り、それ以外の地域の夜は、事件前とまったく変わりない。


 ケイン自身もこうして勤務明けには、夜の繁華街にある居酒屋へと出かけ、食事とともに憂さ晴らしに一杯引っかける日々であった。何せ俄か独身と化したので、楽しみと言うか、時間の過ごし方はこれしか無かった。


 居酒屋で耳にする話題の多くが、やはりモーリ失踪に関するものだった。

心配する声は絶無であり、噂をする者たちは例外なく、嬉しそうにその失踪の顛末を推理し合っていた。既に、素人探偵の推理は出尽くした感があり、ケインが真剣に耳を傾けるような話はほとんど無かった。


 一方で、いつまでこんな状態が続くのだろうという嘆きの声だけは、素直に頷く事が出来た。モーリ失踪から半月が過ぎた現在も、街は重苦しい雰囲気のままだ。

 誰かが言っていた、領都は静かに大騒ぎというのは、まさに言い得て妙だ。


 本当に、一体いつになったら、自分はここを出て家族の下へ帰れるのだろう。

ケインは、深々とため息を吐く毎日なのだった。本当に代わり映えしない毎日。


 しかし、誰も気づかぬところで、事態は確実に動いていたのである。

領主家と、この街の運命を握る最強のアイテム。それが、今まさに選ばれし人物の下へ齎されようとしていたのだ。あたかも、勇者が聖剣と出会うかの如く。


 まさか翌朝の領都の巡回で、自分がこの事件の一大転機に出くわそうなどとは、この時のケインは、想像すらしていなかったのである。



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