96. 領都は大騒ぎ
「俺は本当に、何て運の悪い男なんだ!」
そう唇を嚙みながら嘆息するのは、ベズコフ警備隊、元小隊長のケイン。
実は、まったく同じ嘆きのセリフを口にするのは、これが2回目だったりする。
1回目は戦争に飛ばされた時、そして、その戦争から戻って来た今、再びその同じセリフを漏らしていたのである。
まったく、何の因果かと思う。神様は、自分の運命を弄び、楽しんでいるのか?
戦地から2年ぶりに戻って来たベズコフ領都。
上官に辞表を出すためだけにやって来たつもりなのに、受理されるどころか、逆にその場で激務に放り込まれてしまったケインなのであった。
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隣領に家族を残し、一人、乗合馬車でベズコフ領都に昨日到着。
そして今朝、古巣へ顔を出してみれば警備隊本部は慌ただしく、殺気立っていた。何故か、かつての部下たちに “特大” の笑顔で迎えられると、警備隊長のところへ “連行” されたのである。
驚く事に何と、領主家嫡男モーリが一昨日の夜から行方不明なのだと言う。
今朝から警備隊は、その対応でまさに、てんてこ舞い。良い時に帰って来てくれたと隊長はニコニコ顔である。ちょっと、待ってくれ!
戦地での憲兵としての仕事ぶりを認めてくれた憲兵隊の上官、ボーア領の警備隊副隊長である彼からの勧誘もあり、ベズコフ領とはおさらばする決意を固めた。
この世界の警備隊は、領ごとに完全に独立した組織であり、他領へ転属などという概念はそもそも無い。ケインの場合は、ベズコフ領の警備隊所属のままサルト戦争に派遣されているため、まずはベズコフ領の警備隊を辞職し、その後ボーア領の警備隊に入隊する形となるわけだ。
ところが、モーリ失踪事件により、ベズコフ領都はもっか完全封鎖中。
仮に今、辞職が認められたとしても領都を出て行く手段は無い。それなら捜査活動に加わって情報を得ていた方が、まだ精神的には楽だろう。そう、割り切った。
実際のところは、滞在費の問題が大きかったのだが・・・ 何とも世知辛い。
警備隊長は、それとなく捜索の指揮を執って欲しそうな気配を漂わせていたが、ケインは断固として拒否した。難事件を振られた挙句、結果が出ないとばかりに降格し、さらには戦地送りにまでされた自分に、今更何をしろと言うのか?
それならば、しばらく隊長への助言をという話になり、そこは引き受けざるを得なかった。まあ、早いとこ解決して出て行きたいわけだし。
それに、この隊長はケインが戦地送りになった際、曲がりなりにも、領主へ撤回を求めて直訴してくれた事を、ケインは覚えていた。
こうしてケインは、ほんの2,3日の滞在のつもりが、結局、警備隊に復帰する形となってしまったのである。本当に、何という絶妙のタイミングで、領都へ帰って来たのかと自分の不運を嘆くばかりであった。
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モーリは、ケインがベズコフ領都に到着する前日の夜に、行きつけの高給酒場である「黄金の馬車」を深夜一人で出た後、完全に消息を絶っていた。
事故なのか、事件なのか? 生きているのか、いないのか? 領都の中にいるのか、それとも外なのか? とにかく、現時点では何も分かっていない。
子爵家執事のモーガンと警備隊長が相談して、明朝までに進展が無ければ、子爵を呼び戻す事にした。また、現在領都にいる領兵隊の全員である40名は、一時的に警備隊の指揮下に入り、捜索活動の補助に当たらせる事も決まった。
子爵の呼び戻しについては、モーガンの話によれば、子爵の王都行きは、沿道の貴族家のいくつかを訪問しながらの移動のため、10日前の出発ながら、早馬なら2日ほどで追いつけるだろうとの事だった。
一方、領兵隊については、ケインも今回初めて知ったのだが、フェンリル災厄で騎士団とともに、領兵の半数が全滅していた。残り半数は、徴兵した者たちを集結地へと引率していた関係で難を逃れたという。任務を果たし、集結地からベズコフ領へ戻ろうとした時、領都は魔狼に包囲されており、帰投出来なかったわけだ。
結果的に、運良く生き残れた領兵50名の内、馬に乗れる幹部クラスの10名が、仮の騎士団員として、今回の様な子爵の王都出仕の際に、護衛として随行しているという。その中には、集結地でケインがリゲルの身を守るため、レオを転属させる様に交渉したトムもいた。
騎士団に所属し、本来は領軍の歩兵部隊である領兵は、犯罪捜査に関しては丸っきりの素人であるため、警備兵と一緒に行動させるしかない。
ただ、モーリ失踪を犯罪だと想定して、その犯人の逃亡を阻止するために全門を閉鎖し、領都内の夜間外出も禁止したたわけだが、併せて、領都から隣のルスダンにいたる街道の隘路に、領兵を交替で常駐させる事にした。ここさえ抑えれば、領の外への脱出は不可能なのだ。
それにしても、捜査の難航は必至と見られる。
モーリに恨みを持つ者など、この領都で石を投げて当たった者、全員と言っても過言では無い。それほどまでに、モーリの行状は酷いものだった。
本来、領主家の嫡男の誘拐、または殺害など本人はおろか、その家族まで罪が及ぶ事になるのだ。そんな事は、誰もが理解している。
そこまで覚悟してでも、犯行に及びそうな奴が果たしてどれほどいるだろうか?
それが、けっこういそうだという点で、本当にベズコフ家は救い難い。
しかもご丁寧な事に、毎晩モーリは歓楽街を一人で彷徨っていたという。この先の展開は全く読めないが、一つだけ確実なのは、護衛役2人は極刑で決まりだ。
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既に、モーリ失踪の噂は領都中に広まっていた。
モーリの取り巻きやお仲間たちが、高級酒場や娼館で片っ端から、モーリの行方を訊いて周ったせいである。そうした店の店員や、来店中だった客を通じて噂は一挙に広がっていた。一見すれば静かだが、水面下では、領都は大騒ぎなのだ。
領主嫡男が、お膝元の領都で行方不明という前代未聞の不祥事を、絶対に領外へ漏らさぬためには、全門閉鎖で人の流出を止めている現在の措置は有効だろうが、流石に物流すべてを止めるわけには行かない。
それでも、入ってくる方はまだしも、出て行く方は何とかしなければならない。この不祥事の外部流出を防ぐためには、情報統制するしかないのだ。
領外へと送られる手紙や荷物の類は、受付窓口である商業ギルドで、事前に検査する事にした。ベテランの警備隊員を常駐させ検閲させる。
領都へと入って来る方の検査は無しだ。あまり意味があるとは思えなかったし、それ以前に人手が足りなかった。
それよりも、ルスダンの街への説明をどうするかが、頭の痛い問題だった。
ベズコフ領都へ通じる、唯一の定期馬車便が毎日往復している隣領の街なのだ。
今日から当分の間、ベズコフ領からルスダンへの便には、誰も客が乗っていない状態が続くわけだ。まあ、物流のために馬車便そのものは維持するしかない。
そして、馬車便の御者への対応も問題だ。夕刻到着し、翌朝出立するから、この街で一泊して行く。今のまま放置では、モーリ行方不明の情報は簡単に耳に入る。
領兵隊幹部一同で協議し、ベズコフ領都で凶悪事件が発生したため、領都封鎖中と使者を送って隣領に説明させると決め、御者は街門の詰め所に泊まらせて隔離。
併せて、ルスダン側でも各街門で不審な入門者がいないか、警備を強化してほしいと連絡した。とりわけ、身分証を持たぬ新顔の入門者は素性を確認されたしと。
3年前の古着屋の女店主パメラの手配の際は、若い美女という文言だけだったのだが、ルスダンの警備隊には、それだけで十分過ぎるほど伝わったものである。
残念ながら、今回の犯人像は老若男女、どの様な人物なのかも特定出来ておらず、注意喚起が精一杯であった。何とも情けない手配である。
なお、モーリ失踪の翌朝すなわち、領都封鎖前日にベズコフ領都を立った馬車便の乗客についても、ルスダンの警備隊に調査を依頼した。
まあ、ベズコフ側の調査でも、全員がかなり以前にこの馬車便を予約しており、当日の朝、いきなり乗り込んで来た者は一人もいなかったため、おそらく問題無いだろうと考えていた。
打つべき手は打ったと思っていたら、朝からの全門閉鎖で早速問題が起きた。
東の正門は、ルスダンとの関係で対策しておいたのだが、西門は想定外だった。
何でも、生ごみを豚の餌として、領都から西の牧場地帯へ運んでおり、養豚場の豚の餌が!と泣きつかれたらしい。領都側でも牧場から食肉製品を得ていたのだ。
西門にも中堅の警備隊員を派遣して、出入りする生ごみ回収業者の身元確認を牧場側と進め、門を通過する際には、業者と生ごみの中身を確認させる事にした。
すると、その日の夜、派遣した隊員が気になる話を拾ってきた。
モーリの行方が分からなくなった翌朝に、西門を出たっきり、行方が分からなくなった業者がいると言うのだ。しかも、こうした業者が、生ごみの運搬用に使用している皮袋はとても大きく、人ひとりくらい楽に隠せるらしい。
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警備隊幹部も、この話には色めき立った。
翌朝の日の出前に、急遽、ケインも西門へと足を運び、そこにいる生ごみ回収業者たちから、聞き取りを行った。しかし、結果はあまり芳しいものでは無かった。
いなくなったのは新顔だそうだが、どうも雇い主の問題が大きいらしい。
札付きの阿漕な商会、イートン商会が経営する牧場に雇われていたそうだ。
牧場の方も似た様なもので、これまでも2,3日でいなくなる者は珍しく無かったという。大方、今回もそうに違いないと、生ごみ回収の業者たちは皆、口を揃える。
最近では、イートン牧場の仕事を請け負う業者はおらず、たまに事情を知らない新人が、高給に引かれてやって来るのだそうだ。その高給というのも、実際には怪しい限りで、最終的な手取り金額は、他の牧場よりも相当に安いのだという。
どうにも領主家嫡男の誘拐といった、大それた逃亡劇には結びつきそうに無い。
まあ、牧場側の話も聞くべきだろうと思って訪ねたが、対応したトビーとかいう男は、とても堅気には見えなかった。やはり、業者側の言っている事の方が正しそうだ。それでも、その逃げた男はマルコという名で、巨漢だったと分かった。
そして、1つだけ興味深い話も聞けた。
「奴が逃げたと分かった直後、3人掛かりで馬を使って探したんでさあ。それでも見つからなかった。俺が思うに、奴は一の村に隠れ潜んでいるんじゃあねえかと。もし、警備隊の方で、うちの商会の荷車を見つけたら、教えてくださいよ。」
何故、逃亡直後に正式に届け出なかったかと訊きたかったが、まあ、色々とありそうだなと、ケインは思うのだった。今、追及している暇は、もちろん無い。
しかし、一の村潜伏説は確かに面白い。
いずれ領都では、大々的な一斉家宅捜索という話になりそうな雲行きだ。予行演習がてら、一の村と二の村の捜索を、領兵にやらせてみるのも良いかもしれない。
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ケイン自らが率いた、領兵隊による一の村捜索は、手掛かりになる様な物は何も見つからなかったが、ごく最近、人がいた形跡はあった。
街道に面した門から一番近い家で、長椅子の埃を払った跡があり、おそらく最近ここに誰かが寝そべっていたと思われる。
ただ、それ以上の事は分からなかった。先へ進む途中で泊まったのだろうか?
しかし、二の村はここと同様に無人。その先の三の村、開拓村にいたっては、ともに焼け落ちて廃墟だと聞いている。そんな場所へ行く意味が分からない。
その時ふと、開拓村出身のレオの事を思い出した。リゲルを守ってくれた男。
そう言えば、あいつも巨漢だったなと思う。気の良い奴だった。今頃は、戦地から戻る途上の中間辺りだろうか? 自分は騎士団とともに移動して来たが、歩兵の彼の場合、まだその辺りだろう。開拓村の事は、もう知っているだろうか?
その後、二の村の捜索も行ったが、こちらは本当に何も出て来なかった。
結局、忽然と姿を消した、そのマルコとかいう巨漢の行方は掴めぬままだった。
まあ、どの道ベズコフ領から外へ出て行くには、領兵隊が常駐して監視しているルスダンへの街道の隘路を通るしかない。何処にどれだけ潜伏していたとしても、結局は捕まる運命にある。領都への帰途、ケインはそんな物思いに耽る。
片側は北部山地に連なる急峻な崖、反対側も大河を見下ろす断崖絶壁。
そんな街道の峠にある隘路の傍らに天幕を張って、領兵隊の者たちが昼夜監視しているのだから抜けようが無い。
ベズコフ領都からルスダンへの唯一のルートであり、それはベズコフ領から外界への唯一のルートを意味するのだ。ここを遮断されたら逃げられるはずはない。
しかし、そこでケインは思い出す。3年前のパメラの事件を。
彼女も絶対に領都から逃げられるはずは無かったのだ。しかし、彼女は、まったく何の痕跡も残さず、見事に消えてしまった。まあ、あの時は今回の様に、領兵を動員してまで、ルスダンへの街道を封鎖する事はしなかったわけだが。
果たして、彼女はまだ生きているのだろうか?
それ以前に、自分は本気で彼女を捕まえたいと思っていたのだろうか?
自問してみれば、今回のこの奇妙な事件も、自分は本気で解決したいとは思っていないのかもしれない。警備隊員としては失格なのだろうが、警備隊員だからこそモーリの悪行は誰よりも良く知っていた。貴族の特権の醜悪さも。
事件の解決とは関係無く、移動制限が解除されしだい、自分は辞表を出してベズコフ領都を去るつもりだ。
もし、仮に犯人がいるのなら、パメラの時の様に捜査の網から華麗に逃れるだけではなく、せめてモーリがどうなったかくらいは教えてほしいものだ。
こっそりとそう願いつつ、二の村から領都へと続く街道を進むケインであった。




