94. レオ! 領都を抜け出す
「よ~し!門を開けるぞ!」
警備兵のその言葉に、街門が開くのを待っていた連中が一斉に立ち上がる。
まあ、西門で開門前から待っている者など、牧場に生ごみを運ぶ連中だけである。そして、その中には荷車のそばに座り込んでいた、レオもいたりする。
皆、荷車の引手を掴むと、次々に移動を開始する。レオも昨日同様、警備兵に軽く会釈すると軽快に街門を通り過ぎた。
流石に緊張はしていたが、顔半分を覆う布で表情はわからないだろうし、荷車を引くという単純動作で、挙動にも問題は無かったはずだ。
そのまま、西方の牧場地帯に向かって、街道を同業者とともに移動したが、西門から見えない位置まで来たと見極めると、道から少し外れた場所に荷車を停める。
積み荷を気にするふりをしているレオに、後ろから来た同業者の1人が追い抜きざま、軽く手を振って行った。昨夜レオに忠告してくれた、あの男だった。
しばらく、その状態で他の連中が見えなくなるまで、じっと待機する。
もう良いだろうと判断すると、レオは向きを変え、南へとゆっくり走り出した。
運搬作業を始めて、まだ3日目だが、荷車を引く小走りにも随分と慣れた。
丈のある草むらをしばらく移動し、領都から一の村方面へ南下する街道に到達。もう、この先に居住者は一人もおらず、街道を使う者もいないはずだ。
領都から十分に離れた位置で、大河の畔に荷車を停めると、辺りに人気が無い事を確認し、荷台に載せていた生ごみの皮袋の中からモーリを引っ張り出す。
速やかに、用意しておいた大きな麻袋へとモーリを移す。
その際、モーリが首からぶら下げている赤い紐の付いた、ベズコフ領主家のメダルを外して没収する。モーリを後ろ手にして両手首を麻縄で縛り、両足首も縛ると、縛った麻縄どうしを連結し “海老反り” 状態にした。目隠しと猿轡も忘れない。
モーリの体には、いい感じで生ごみの臭いが染みていて、いい気味である。
生ごみ回収用の皮袋は、中身の生ごみごと大河に捨てた。
開放した皮袋の口を川の中に突っ込み、皮袋の中に、ある程度水が流れ込んでから手を放した。半ば水面に没した状態で、皮袋は生ごみと一緒に流れ去って行った。
イートン牧場のお豚様たちは可哀想に、今朝は飯抜きだなと思うとともに、牧場の連中が怒り狂いながらも、レオにどんな制裁を加えるかを考え、悦に入っている光景が目に浮かぶ。
豚の餌は来ない、荷車も行方不明。まあ、探せるものなら探してみろと、レオは心の中で嘯いて笑った。ついでながら、お前らの若様は、今ここにいるぞと。
こうして荷車には、麻縄で荷台に固定した2つの大きな麻袋が載っている。
1つは、レオの荷物で食料や野営道具に領都で買った工具類が入っている。
もう1つは、生きているゴミ。まあ、これこそ本当に生ゴミで、かなり重たい。
それでも、元々の生ごみを皮袋ごと捨てたおかげで、荷車は随分と軽くなった。路面も一応街道になったせいもあり走りやすい。これでスピードも上がるはずだ。
全身に軽く身体強化を掛けると、レオは走り出す。目指すは取り敢えず、一の村。
牧場の連中がレオの逃亡に気づくまでに、さっさと引き離してしまおう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「やっぱ、来ねえなあ。」
イートン牧場で若い衆をまとめているトビーは、そう言うと地面に唾を吐く。
日の出から一刻(2時間)が過ぎても、新人の生ごみ回収業者は姿を見せない。
「1日しか保たねえとか、あんなデケえガタイのくせに、根性無えなあ!」
若いのが、そう愚痴った。トビーは手下たちに指示する。
「おい! 行くぞ。馬、持って来い。それから、お前らは、餌の調達だ!」
傍らにいた手下2人が、薄ら笑いを浮かべて厩舎に向かう一方、餌の調達と言われた下っ端2人は、露骨に嫌な顔をする。
まあ、新人が来るまで、こいつらが豚の餌集めをやっていたのだ。やっとこさ、その仕事から解放されたと思ったら、たった1日で元に戻ったわけで、こいつらの気持ちも分からんでもない。
「奴を捕まえた後は、お前らで好きにすれば良いさ。」
トビーは、下っ端2人にそう言ったが、彼らは嬉しそうには見えなかった。
厩舎に行った2人が、馬3頭を連れて戻って来た。生ごみの回収業者がトンズラしやがるのは、何もこれが初めてでは無い。奴らの逃げる先は概ね分かっている。
この朝、西門を出ているのかどうか、そこが1つのポイントだ。
まあ、その辺はこちらの息が掛かっている西門の警備隊員に訊けば分かる。
とりあえず、西門を出たという前提で探す事になる。
領都に向かって3騎で進み、途中から手下を北門方面と南門方面に散開させる。
若いのが、ニタリと嫌らしい笑みを浮かべると、馬の手綱を操り離れてゆく。
去り際に、お約束の嬉しそうな一声を残して。
「ヒャッハー! 狩りの時間だぜい!」
トビー自身は、真っ直ぐに西門へと向かった。警備隊員に確認すると、イートン商会の紋章を付けた荷車を引く大男は、確かにこの朝、西門を出たと言う。
領都の中にはいないわけだ。これなら、さして時間はかからないだろう。
トビーはその後、領都内にいる商会長に報告した後、念のために正門まで行って、乗合馬車についても聞き込みを行う。
まあ、今回の大男、マルコ(レオの偽名)とか言ったか。あの体格なら目立つと思う。実際、既に領都をルスダンに向かって、今朝出て行った乗合馬車に、そんな大男はいなかったと確認が取れた。
まあ、今まで逃げた奴でも、この乗合馬車にまでたどり着けた奴はいない。
大抵は、トビーたちの捜索で捕まるか、西門にノコノコ帰って来て、うちの息の掛かった警備隊員に拘束されるかだ。さて今回、捕らえた後はどうしてくれようかと思うトビーであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「困りますね。本当に! あなた方は何をやってるんですか。」
子爵家執事のモーガンがそう吠える。
モーリの護衛役兼、取り巻きであるジャスパーとダリルの2人は、昼食時をとっくに過ぎた昼下がりの領主邸で、執事の叱責を受けながら顔を顰めている。
この国の貴族が王都へ出仕するシーズンとなり、ベズコフ子爵もここを立った。まさにその夜から、待ってましたとばかりに嫡男モーリの夜遊びが始まった。
朝帰りが平常運転。時には昼頃のご帰還である。それでも、必ず昼食は領主邸で食べていたのだ。全く以て、お前は犬かと思ったものだ。
それが今日は、昼を過ぎても帰って来ていない!
「たぶん、昨夜の泊まり先で大いに発展したんでしょう。今夜、黄金の馬車に行けば、ひょっこり姿を現すに違いありませんよ!」
ダリルがそう言う。たぶん、そうだろう。
モーリ、一番のお気に入り高級酒場である黄金の馬車。ベズコフ領都の様な田舎の街では稀な、綺麗どころを揃えている店と言われ、モーリは毎晩通っている。
モーガンにとってモーリの事など、実はどうでも良かった。問題なのはメダルなのだ。ベズコフ子爵家の紋章メダル。王家にも登録されている家紋でもある、そのメダルによる押印が、各種支払いの決済や公文書の認証には欠かせないのである。
通常は子爵本人が身に着けており、現在も移動中の子爵が持っている。問題は、予備の方なのだ。本来なら、ここ領都の子爵邸で厳重に保管し、領地での各種業務に使うはずなのだ。留守を預かる執事か、“まとも” な後継者が管理して。
ところが、いつの頃からか、勝手にモーリが門外不出のそのメダルを持ち出し、紐で首からぶら下げて常時持ち歩く様になってしまった。
注意したのだが、嫡男だから当然だと、実母の子爵夫人に逆切れされる始末。
そして、挙句の果てが、今日のこの体たらくである。
そろそろ、この仕事からも足を洗う時期かと、モーガンは真剣に思うのだった。
「とにかく、若君がいらっしゃらなければ、領政が滞ります。今宵、若君が現れた後は、絶対にあなた方2人で張り付いて、必ず領主邸までお連れください!」
ジャスパーとダリルの2人は、首をすくめながら頷くしかなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
同じ頃、トビーは苛ついていた。何故だ! 何故、見つからない。
逃げたマルコが一番現れそうな西門に戻って来たものの、警備兵の話では、該当する様な人物は今のところ現れていない。
北門方面と南門方面に行かせた手下も、空振り状態で西門にやって来たので、再度周辺の捜索に出したものの、依然見つからない。既に、昼を大きく過ぎていた。
またしても、手ぶらで戻って来た手下とともに、必死に奴の行先を考える。
ひょっとしたら奴は、ああ見えて、そこそこ頭の回る奴だったのではないか?
イートン牧場の追跡を見越して、十分準備した上で逃げ出した可能性もある。
奴が今、領都の外にいる事は確かだ。もしかしたら、このまま領都の外で時間を稼ぎ、俺たちが捜索を諦めるのを待つつもりなのかもしれない。
それには野営の道具が必要だろう。ただし、安くはない。生ごみ回収の仕事をしようとやって来たあいつに、金があったはずはない。奴の所持金は精々、昨日もらった日当程度のはず。あれで野営道具と何日分かの食料を買えたとは思えない。
商会長が売りつけた腸詰は、人の食い物では無いから、勘定には入らない。
そこでトビーは閃いた!
そうか! あそこなら野営道具はいらない。そうだ! あそこに奴は向かっている。
「おい、一の村に行くぞ! 急げ!」
トビーは、手下にそう叫ぶと、馬に跨ったのである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ちょうどその頃、レオは目的地に到着したところだった。
太陽の位置から見るに、正午と日の入りのちょうど中間くらいの時刻だろう。
朝からここまで、軽度とは言え、長時間の身体強化で快足を飛ばして来たので、流石に魔力の消耗は激しかったが、気にしてはいない。
早速、荷車に載せていた荷物をすべて荷台から下ろす。
いよいよレオの計画は次の段階へと進む事になる。下ろした麻袋から鋸と鉈を取り出す。これから、切断と解体の作業が始まるのだ。少し憂鬱な単調作業。
けっこう大きな音も出てしまうだろうから、そこも少し心配ではある。
まあ、それでモーリが起きて騒ぎ出す事は無い。眠り茸の効果は絶大なのだ。
さあ、始めるか! 魔力による身体強化は、さほど必要とはしないだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
トビーは日の入りによる南門の閉門直前、辛うじて領都へと戻って来れた。
張り切って突撃したものの、またしても結果は空振りに終わってしまった。
一の村に続く街道のどこかで、奴に追いつけるはずだと馬を飛ばしたのだが、結局街道を歩いている者に出会う事は無く、そのまま一の村に着いてしまった。
村に踏み込んではみたものの、600人ほどが住んでいた村を3人で家探し出来るはずもない。帰りの時間を気にしながら、村の中を馬で駆け回り、大声で脅し文句を叫ぶだけだった。まあ、まるで負け犬の捨てゼリフだと自分でも思った。
領都の閉門時刻が迫り、一の村を後にする時も、後ろ髪を引かれる思いだった。ひょっとしたらマルコが、実は村のどこかに潜んでいて、今頃笑っているのではないかと思うと腹立たしくてしょうが無い。このまま逃がすわけにはいかない。
交替で南の街道に見張りを立ててでも、戻って来るところを捕まえてやろうかと考える。そして捕まえたら、豚の餌にでもしてくれようかと思うトビーであった。
領都の屋台で軽く晩飯を食った後、商会の本部事務所に顔を出すと、幹部全員に召集が掛かっているという。いくら何でも、この件で幹部召集は無いだろう。
一体何事かと思い、呼び出された高級酒場に駆け付ければ、そこのVIPルームに通され、商会長からぶっ飛んだ指示を下される。
その部屋には、綺麗どころは一人もおらず、厳しい顔つきの商会長と、焦りを隠しきれない様子の、若様の取り巻き2人だけがいた。
そして、昨夜この店を出た後から、若様を見た者が一人もいないと聞かされる。とにかく、若様が行きそうな場所を訪ね、至急戻る様に伝えろと言うのだ。
要するに、若様は絶賛! 行方不明中らしい?
この瞬間、トビーの頭の中から、マルコ(レオ)の件は消し飛んだのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
未明、就寝中の執事モーガンは起こされ、面会要請が来ていると告げられた。
誰だと聞けば、昼間に会ったモーリの護衛役2人が話したがっていると言う。
こんな時間に自分を起こしてまで話したい事など、碌な話のはずがない。まさか!
2人は真っ青な顔をして、しどろもどろで話した。
その内容は、やはり碌でも無いもので、丸1日以上モーリの行方が分からないと言うのである。行きつけの場所はすべて当たったが、手掛かりは一切無いと。
最悪の事態では無かったとモーガンは、一応安堵はしたが、それでも、まずい!
直ちに警備隊長を呼ぶように指示する。
それにしても、一体何が起きたのかとモーガンは考えを巡らす。まさか、若い娘の家にでも押し入り、逆に刺されでもしたのか? そう考えたところで思い出したのが、あの丸出し用心棒! そして、あの男はまさに、この2人の仲間だったのだ。
モーリといい、この取り巻きといい、本当にどうしようもない連中である。
類は友を呼ぶとは、まさに、こいつらのためにある様な言葉だと思う。
しかし、そこまで考えたところで、この状況が非常にまずいという事を、モーガンは改めて感じたのだった。ご領主様を至急呼び戻す必要があるかもしれない。
やがて、駆け付けてきた警備隊長は、事情を聞いて仰天。直ちに警備隊員に非常呼集をかけるとともに、モーリの取り巻き2人を領主館の地下牢に叩き込んだ。
明け方に集まった警備隊員からの具申により、領都の4門全てを当面の間、閉門状態にする事と、モーリの夜の行動形態を割り出した上で、その周辺への一斉立ち入り検査の実施が決定された。
かくして、ベズコフ領都は、慌ただしい夜明けを迎える事となったのである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
同じ頃、レオは目を覚ました。すぐ近くから聞こえる唸り声のせいである。
どうやら、モーリが目を覚ましたらしい。予定どおりだ。
東の空が白みかけており、起きるにはちょうど良い時間だったと思う。
昨日は、随分と魔力を使ったが、今は爽快な気分で、すっかり回復している。
本当に久しぶり! 2年ぶりに味わう快感だ。やはり、ここは他とは違う。
そう、開拓村では魔力の回復が違うのだ! いや、魔の森の中か?
まあ、その辺の事は追々、後で考えるとしよう。
昔、貢納に連れて行ってもらった時は、のんびりと2泊3日の行程だった。
魔の森に異常があった時、ゴードンは1泊2日で領都へ移動すると言っていた。
開拓村から普通の歩き方(時速4km)で、概ね10刻(20時間)歩けば、領都に達するのだ。その逆もまた同じ。
昨日、レオは領都と開拓村の間(約80km)を4刻(8時間)で駆け抜けた。
朝、日の出の直後から走り出し、午後の半ばには到着する事が出来たのである。
身体強化を使えば、荷車を引きながら休憩を挟んでも、レオには楽勝だった。
そして、今日は待ちに待った、素敵なパーティーの日。本当に楽しみだ。
傍らで、もぞもぞと動いている麻袋を見ながら、レオはそう思う。
せっかく苦労して、ここまでモーリを運んで来たのだ。出来るだけ、今の無傷の状態で、招待客たちに引き合わせてやりたいではないか。
まあ、モーリは遠慮して、舞台から走り去ろうとするかもしれない。それは流石に興覚めだから、少しばかり痛い目を見てもらうのは仕方無いだろう。
それより、自分が待ち望む本命の客は、果たして招待に応じてくれるだろうか。それは相手の気分しだい。本来なら、決して会いたくない招かれざる客。
しかし、今この時だけは、その来訪を切に願うレオであった。




