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93. レオ! 牧場で呆れる


 街で生ごみ回収業者のテリーから、この仕事のアレコレを聞いた翌日の朝、レオは道具屋に行き、今後の彼の計画に必要となる材料や道具類を買い揃えた。


 その中には、大きな麻袋、丈夫な麻縄、(くぎ)(なた)(のこぎり)なんかも含まれていた。

鋸が見つからず、店員に聞いて案内してもらう。大きさや形状の違う物がいくつかあり、悩んでいると何を切るのかと訊かれたので、迷う事なく太い丸太と答えた。


 ところで、この道具屋でもイートン牧場絡みの話題と遭遇する事になった。

何と、意外な事に、イートン商会の製品がここで売られていたのである。

 店の片隅に置かれていた、片刃だけが異様に大きな奇妙な(はさみ)を見て、首を捻っていたレオに、店員が笑いながら教えてくれたのである。

 それがイートン商会、お家芸の “ネタ” 商品なのだと。


 「包丁鋏」という、何の捻りも無いストレートなネーミングのその異形の鋏は、大きな方の片刃を包丁として使い、両方の刃を使って鋏とするらしい。

 ただ、使うまでもなく分かる事だが、包丁として大きな刃を使う際、短い方の刃が邪魔でしょうがないだろう。別々に包丁と鋏を使う方が便利なのは、当然だ。


 レオが店員にそう言うと、店員もまったくそのとおりだと返す。まあ、この街の大手商会なので、つき合いで色々と置いていると話し、その特徴をこう評した。


「まあ、この商会は昔から2つの物を無理矢理1つに合体するのが大好きでね。」


 中には、首を捻る様な組み合わせの物や、抱腹絶倒の “傑作” もあったらしい。

売れているのか? というレオの素朴な問いかけに、店員は肩をすくめると、


「だったら、今頃、牧場なんかやってないよ。」


と、笑いながら答えたのだった。

 その後、レオはこの店員からも、イートン商会の色々を聞いたのである。


 レオはその後、宿へ戻って荷物を置くと、昼食を摂ってから牧場を目指した。

西門から歩いて半刻(1時間)程度と聞いていたが、身軽な状態で走れば四半刻ほど(30分)で、西の牧場地帯に到着。イートン牧場と書かれた一際大きな看板があったので、そこの建物へと向かった。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 まあ、予想どおりだった。とにかく、テリーから聞いたとおりの酷さだ。

しかし、テリーの話には無かった業者用休憩所の件は、レオの想像を超えていた。

 おそらく、レオと同じ体験をしてはいるのだろうが、皆、字が読めないから理解出来なかっただけなのだろう。こんな事をして喜ぶ連中は真正のクズだと思った。


 レオが田舎から出てきたばかりで、この仕事は初めてだと話すと、イートン牧場の連中は嫌らしい笑みを浮かべながら、ここの報酬の良さを、幾度も強調した。


 さらに、うちの商会長は若様(モーリ)と太いパイプがあり、いつでも好きな時に若様に会える。だから勝手に仕事を辞めたりすると、それなりの制裁があるから気をつけろと脅すのだった。


 レオは終始、従軍初期の「ウドの大木」状態を装ったせいか、嘗めてかかった従業員たちによって、1日2回、豚の朝夕の餌を運んで来る事に決まった。

 せっかくやって来た阿呆に、面倒ごとはすべて押し付ける気らしい。


 テリーから聞いていた回収作業は、日中か夜間のどちらかである。一人で両方というのは無茶にもほどがある。


 「目指せ! 金貨千枚(1億円)!」


 これが、イートン牧場というか、イートン商会従業員の合言葉らしい。

従業員、各個人が金貨千枚の蓄財を目標に、日々奮闘しているというのだ。


 もちろん真っ当なやり方で、普通の商会員がこれだけの大金を得るのは難しい。

だからこそ、自分たちの方が優位に立っていると見なした取引相手からは、とことん絞り取ろうとする。弱者から如何にして金を引っ張るかを常に考え、従業員同士で競い合い、自慢し合うらしい。


 この商会に関わった者の間では広く知られている話で、テリーも道具屋の店員も同じ事を言っていた。そういうわけで、レオに対しても搾り取る気満々の様だ。


 早速今日から働いてもらうとレオは言われ、この後、閉門までに領都に帰って、夜間の生ごみ回収を行い、明朝一番に牧場へ戻って来るように命じられた。

 そして、領都の閉門までには少し間があるので、回収業者のための休憩所を見て行くかと言われ、案内されたのである。


「お前さん、字は読めるのか?」


 休憩所のドアの前で、案内していた男がニタリと笑って、そう訊いて来る。

レオは怪しんだ。仕事に必要なら、最初に訊いて来るはずだ。テリーもそんな事が必要だとは言っていなかった。ならば、こいつが求めている答えは明らかだ。


 首を横に振ったレオに、満足げに頷いた男は、レオを休憩所に通した。


「業者は、人間ではない!」


業者向けの休憩所の壁には、そう大書されていたのである。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 夕方、領都へと戻ったレオは、夜遅くまで生ごみの回収に精を出した。

夜中は歓楽街周辺で仕事をし、高級酒場から娼館にかけての周辺一帯で、都合の良い待ち伏せポイントは無いか探した。これから数日間は、生ごみを集めながら周辺の偵察と情報収集となる。そして、人通りの少ない、通りからは目立たぬ路地裏を見つけた。


 そのままそこで仮眠を取り、翌朝は他の回収業者と顔を合わせたくなかったので、開門から少し間をおいて西門を通過した。

 警備隊の連中は、特に何も言わなかった。

イートン牧場のお豚様たちに朝食を献上し、領都へ戻って朝昼の生ごみを回収。


 再び牧場へと舞い戻ると、そこで待望の日当支給となった。

イートン牧場自慢の高給は、そこからイートン商会の紋章の入った荷車と生ごみの回収袋の使用料を差し引かれた結果、随分と減ってしまった。


 それでも、もらった日当は、テリーから聞いていた金額の倍である。

まあ、一人で日中と夜間の両方働いているのだから、当然なのだが・・・


 そこへ従業員から声が掛かる。何でも商会長がお呼びだそうだ。

そして、商会長からは涙が零れそうな、有難いお言葉を頂戴したのだった。


「お前さんには、うちの自慢の腸詰を3本買ってもらう事になっている。」


哀れ! レオの日当は、日中だけ働いているテリーと何故か同額となってしまった。

もう、何とコメントすれば良いやら、唯々呆れるしかなかった。


 30歳前後に見える商会長は、やたらと派手な格好をしていた。随分と金のかかった服装に見えるし、首の周りには金のネックレスがジャラついている。


 さて、今夜も若様と飲みに行くかと、わざとらしく領主家嫡男との親密な関係を誇示する。洒落たエスプリと言うより、見事なまでの “下種(ゲス)っぷり” である。


 そんな商会長が、ふとレオの首元に目を止めた。


「何だ、お前、首に何かぶら下げてるのか? 見せてみろよ!」


 レオが革紐で首に下げている、くすんだ銅製のメダルを見せると、鼻を鳴らす。


「何だ、随分とシケたメダルじゃねえか。若様の金ぴかメダルとは大違いだな!」


「会長! 若様と一緒にしちゃあ、こいつが可哀そう過ぎますよ!」


腰ぎんちゃくが入れた合いの手に、その場の全員が「違いない!」と言って嗤う。レオは苦笑しつつ、その銅製のメダルを胸元に仕舞った。


 その地味なメダルは、分かる者だけが分かれば良いという考えで、ひたすら地味に作られたメダルであった。この大陸の極めて限られた者たちだけが、その存在を知る驚異のメダル。


 自分が金を預けている場所でしか金を下ろせないのが、この世界の常識。

そんな世界で、ヤークト商会の支店ならこのメダルを示して合言葉を言うだけで、国を越えて、どこの支店ででも自分の金を下ろせるという画期的な仕組み。


 レオは知っていた。このメダルをヤークト商会の支店に持って行けば、金貨5500枚になる事を。ゴードンからそう教わっていたからだ。


 まだ、使った事は無かったし、今のところ使うつもりも無かった。

大熊を倒したのは確かに自分だが、自分一人でこの金を、自由に使って良いとは思えなかったからだ。


 実は、金貨5500枚というのは誤りで、レオはそれを知らなかった。

実際には、建国祭で大熊の毛皮が絶賛され、その褒美として、さらに金貨1万枚が下賜されていたのだ。そして、その1万枚もレオが正当な所有者だったのである。


 この大陸で、取り立てて目立つところも無い中堅国テチス。その中でも辺鄙な、ここベズコフ子爵領。そんな領内でのみ、辛うじて効力のある領主のメダルを有難がっていたのは、それにお似合いの貧相な商会の面々だけであった。


「目指せ! 金貨千枚」のイートン商会の者たちは、レオのメダルの持つ真の価値を知る事は無かったし、良いカモだと馬鹿にしていた目の前の男が、実は自分たちが及びもつかぬ大金持ちだとは、想像すらしていなかったのである。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 夕刻前、商会長が馬車で領都へ向かった後、レオは荷車を引きながら領都へと戻ると、せっせと生ごみを回収して歩いた。ある程度溜まったところで、歓楽街へと移動した。もう、深夜に近いはずだ。


 予定どおり、袋の中には十分な生ごみが既に溜まっており、今夜はこれ以上回収しなくても大丈夫だろう。この後は偵察活動に精を出すつもりである。今は歓楽街の路上をゆっくりと移動中だった。


 そして、通りの角を曲がった時だった。ふいに視界が変わり、見事な星空が目の前に広がっている事に気づく。夜も遅くなり、街明かりも大方消えてしまったせいか、開拓村でレオが毎晩見ていたのと大差無い、綺麗な星空が広がっていた。

 レオが、ふと荷車を引く手を停め、領都の夜空に見入っていた時だった。


「おい! 邪魔だ! どけ!」


 背後から、そんな罵声が飛んで来た。

そして、気がついた時には、相手の男はレオの目の前に崩れ落ちていたのである。


 怒鳴られて振り返った先には、後ろの角を曲がって現れたばかりの小太りの男がいた。そして、そいつは村長を切り捨てた、あの男。


 咄嗟に身体強化で跳躍し、そいつの前に立つと、顎を ”軽く” 横殴りしていた。


『しまった!』と思った。もちろん自分が暴力を振るった事に対してでは無い。

咄嗟の事に、ついやりすぎて殺してしまったのではないかと心配になったのだ。


 幸いな事に、モーリは生きていた。気を失っていただけである。ホッとした。

あれから2年、小太りの男は以前よりも太り、目の周りが(たる)んでいる様に見えた。日頃の不摂生のせいだろう。まあ、レオにはどうでも良い事だった。


 モーリを、どの様に拉致するか頭の中でアレコレと策を練っていたのだが、現実には、あっという間の出来事だった。しみじみそう感じるレオであった。


 おっと! そんな感傷に耽っている暇は無い! 誰かに見られる前に・・・

レオは、急いで生ごみの皮袋を開けると、モーリを抱え込んで中へと放り込む。

その際、首筋に紐が掛かっているのが見えた。あのメダルの紐だなと思う。


 ふうと息を吐く。ついにやったという達成感と安堵感が、押し寄せてきた。

しかし、袋の口を閉じようと縛っている時だった。また背後から声が掛かる。

モーリ同様、通りの角の向こう側から、またしても現れたのだった。見られたか?レオは、魔の森の奥に踏み込んだ時の様な、最大級の警戒態勢に入る。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 そこには、荷車を引く一人の男が立っていた。同業者の様だ。

見られたか? もし、そうなら、こいつも意識を刈り取って、明朝まで大人しくしてもらうしかない! そう覚悟を決めるレオ。


「お前さん、こんなところで袋を開くんじゃねえよ。随分先まで臭ってるぞ!」


 レオはホッとした。どうやら大丈夫のようだ。レオは即興で返す。


「ああ、すまない。どうも緩んでたみたいで、今、締め直してたんだ。」


男は頷き、納得したようだったが、レオの荷車を見ると再び口を開いた。


「お前さん、その荷車はイートン牧場のだろう? 悪い事は言わん。さっさと辞めちまえ! あそこに関わってても碌なことは無いぞ。」


レオは、荷車に載せてある麻袋から、今日買わされた牧場謹製の腸詰を取り出す。


「今日が初仕事だったんだ。それで、こいつで日当を削られた。」


 そう言って腸詰を差し出す。相手は頷き、ナイフでそいつを切ってみろと言う。

言われたとおりにすると、良くもまあと呆れるほど見事な、脂身だけの腸詰。

なるほど、これは確かに、人の食い物では無いなと思う。


「明日、辞めるよ。駄目なら逃げるさ。」


 レオがそう言うと、相手は顔を(しか)め、警備隊の中にも商会の手先みたいな奴らがいるから気をつけろと言う。定期便の馬車とかは使わない方が良いだろうし、下手すると、どんな罪をでっちあげられるか、分かったもんじゃないぞと言う。

なるほど確かにと、レオも思う。素直に、お礼の言葉を口にして別れたのだった。


 レオが計画を遂行した結果、モーリが行方不明となり、領都やその周辺が大騒ぎになっている頃、レオは一旦領都へ近づかなければならない。他領なり他国なりに逃げるとした場合、地理的にどうしても領都のそばを通らざるを得ないからだ。

 最高度の警戒、捜索態勢が敷かれている状況に突っ込みかねないわけだ。


 まあ、そこは織り込み済みだ。何とかなるだろう。例え、定期馬車やルスダンへのルートを封鎖されていたとしても。

 そういうわけで、領主家嫡男失踪の大捜索網への対処に比べれば、イートン商会による追跡など大した問題では無いと思うのだが、一応念頭には置いておく。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 その後、レオは宿の近くまで荷車を引いて行き、宿の近くで人通りの無い場所に荷車を停めると、宿の部屋から自分の荷物を引き上げて来た。

 そうして、自分の荷物の中から、医務隊の仲間たちが土産として持たせてくれた医薬品の詰め合わせの箱を取り出す。本格的なプロ仕様の救急セットである。


 その箱の中から、小さな陶器の壺を出す。

周囲に人気が無い事を確認した後、生ごみの皮袋の口を開ける。生ごみの中に横たわっているモーリの姿に、思わずニヤリとしてしまう。


 レオは鼻と口を覆う布を厳重に確認し、モーリの襟を掴んで手元に引き寄せる。自分の息を止めると、陶器の壺から取り出した一()まみの粉末を、小太り男の鼻先に散らして吸い込ませた。


 戦場で重傷者相手に、何度も繰り返した作業。

眠り茸の乾燥粉末。これから一昼夜は何があっても絶対に起きる事は無いはずだ。

例え、体に釘を突き刺そうが、鉈や鋸で手足を落とそうが。


 そこからレオは荷車を引いて西門方面へと移動する。

途中、中央広場に立ち寄り、告知板へ歩み寄ると村長の手配書を剥ぎ取り、自分の荷物を入れている麻袋の中へと仕舞い込んだ。


 再度、荷車を引いて西門の近くまで移動し、昨夜見つけた人通りの少ない路地裏に荷車を停めると、ようやく一息吐いた。今日もここで夜明けを待つ事にする。

 とりあえず、仮眠を取る事にしよう。明日は強行軍になるはずだから。


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