91. レオ! 無い知恵を絞る
レオのその面構えを見たマスターは、若造が単にのぼせ上って、突拍子も無い事をほざいているだけでは無さそうだと感じた。レオの覚悟が静かに伝わってきたのである。
かくして酒場のマスターは、このとんでもない企てを、レオが至って冷静かつ、本気で考えているのだと信じてくれたようで、一つ頷くとモーリに関して彼が知る限りの事を洗いざらい話してくれた。
この店にくる客や、街で聞いた話。それに噂話なども交えて、領主の息子のこの街での暮らしぶりについて、詳細に語ったのである。
お気に入りの店や、護衛役として常に同行している2人の取り巻きについても。
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一通りの話を聞いて、レオは大きく溜息を吐いた。聞きしに勝るクズだ。
本当に、こんな奴が次期領主などとは呆れるばかりである。街を出ていく者が多い最大の理由なんだそうだが、まったく同感だ。
まあしかし、この放蕩ぶりこそ、モーリにつけいるチャンスというものだ。
ここ最近は、連日夜遊び三昧。領主である父親が、王都への出仕で不在となったため、大いに羽を伸ばしているわけだ。馴染みの酒場や娼館をはしごして、モーリが領主館に帰って来るのは、朝帰りどころか昼近くになる事も多いという。
既に日が高く昇った頃、歓楽街から領主館にかけて、護衛役の取り巻きを伴う事もなく一人でふらふらと歩いているモーリの姿が、しばしば目撃されている。
何故、護衛も連れずに一人なのかと言えば、いつも最初に行くお気に入りの高級酒場があり、そこで酔ったモーリは一段と気が大きくなるらしい。ここでしばしば取り巻きを鬱陶しいと追い払い、別の酒場や娼館に一人で移動するという。
取り巻き2人の方も半ば諦め、悪慣れしているせいか、あえて探しに行こうともしない。自分たちもその後は適当に楽しんで、翌日領主館でモーリが戻るのを待つというのが日課らしい。まるで護衛の体を成していない。これで今まで、良くぞ襲われずに無事だったものである。
そんな主従が、たまに午後、街中に出て来たかと思えば、商店からの “献上” という名目での略奪に、平民への乱暴狼藉なのだという。通りで見かけた若い娘を連れ去る事すら、珍しくないらしい。
時折、抵抗する者もいるが、モーリか取り巻きが殴りつけて黙らせる。
モーリは、ベズコフ家の紋章を象ったメダルを色鮮やかな赤い紐で首から下げ、普段は上着の下に隠している。自分が領主家嫡男と知らない者が歯向かって来ると散々煽った挙句に、そのメダルを取り出して突きつけるのだとか。
「このメダルが目に入らぬか!」
と叫んで、悦に入るらしい。中々に素敵な行状である。
威張って当然。領民は領主家のために存在すると、母親から言い聞かせられて育った結果が、これなのだ。詳細までは分からないが、母親も大概の者らしい。
高位貴族家の令嬢なのに、辺境の貧乏子爵家に嫁いで来たのが、その証左だと。
そして、主人が主人なら取り巻きも取り巻きで、揃って日頃から傲慢な態度で威張り散らしており、こちらも領民から忌み嫌われているそうだ。
尤も、以前は4人の取り巻きがいたが、2人が死んで今の人数となった。
1人は、パメラを襲おうとした挙句、天罰が下ったクズである。リゲルからも以前聞いていた、通称 “丸出し用心棒” である。
さらに、魔狼の領都侵入の際にも1人行方不明となったらしい。
モーリ主従の間に信頼関係があるかと言えば、とてもあるとは思えない。
モーリが、取り巻きの死を嘆き悲しんだという話は皆無であり、取り巻き2人にしても、モーリから邪険にされたからと言って、守るべき相手を放置したまま、自分たちも勝手に楽しんでいるという行状が、何よりの証拠だ。
お互いに都合よく利用しているだけなのだろう。レオには、理解出来ない人間関係である。
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ところで、良くぞ遊ぶ金が続くなというレオの素朴な疑問に対しては、街の噂として、復興資金の流用ではないかとマスターは言う。
フェンリル災厄からの復興のため、国から支給された復興資金の一部を、モーリは仲の良い連中にばら撒き、自分を接待させたり、金を還流させたりしているのだろうと、街の者たちは見ているそうだ。
実際、モーリと毎日のように高級酒場で同席している、とある商会長は、フェンリル災厄の際、阿漕な商売をしたせいで客が離れてしまい、経営が立ち行かなくなっていた。ところが、領都の西の牧場地帯、魔狼掃討作戦で野焼きされた地域で、新たに羊や山羊の放牧場と養豚場を開設したという。そして、その新牧場の家畜の購入費は、すべて復興資金から出ているらしいのだ。
モーリの接待費を稼ぎ出すためなのか、元々そこの商会長の方針なのか、新しくベズコフ領に誕生した新牧場の製品は、本当に酷いのだという。
マスター曰く、あの牧場の腸詰は、人間の食い物では無いそうだ。
聞きたかった事は概ね聞き終わったと、レオは思った。
領主家の嫡男として甘やかされ、常軌を逸した身勝手な生き様のせいで、この領都では自分に歯向かう者がほとんどおらず、身の危険を感じる事も無いようだ。
その結果、最低限の警戒心すら持ち合わせていないモーリには、十分つけ入る隙があると思った。
レオは、カウンターに銀貨を置いて席を立つ。立ち上がったレオに店のマスターが声をかけた。
「金はいらんよ。今夜は俺の奢りだ。それから、出来ればだが、頼みがある。」
何だと思いながら、レオはマスターを見る。
「奴の最期がどうだったか、教えちゃくれねえか。手紙でも何でもいい」
少しばかりやり取りした後、レオはマスターの頼みを引き受ける事にした。
具体的な方法を2人で詰めた後、マスターは餞別だと称して、少なくない額をレオに渡してくれた。短い時間ではあったが、お互いに腹を割った話が出来た。
貴族の嫡男殺しという、荒唐無稽な話をしたのに、お互い不思議な親近感と信頼感を覚えていた。まるで戦友の様な気分さえ芽生えていたのである。
レオが店を出るためにドアを開けようとした時、マスターが声をかけた。
「楽に逝かせるんじゃねえぞ! そして、絶対に生き残れよ。」
一瞬だけ立ち止まると、レオは振り向かずに答えた。
「ああ、もちろんだ。」
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酒場を出ると、外はもう暗くなっていた。レオは酒場のマスターから聞き出した場所のいくつかに直接行ってみることにした。まず、一番近い領都の中央広場に足を向ける。
広場の一角に掲示板らしきものがあり、近寄ってみるとそれが告知板だった。
領主家から街の者たちへの通達がここに「告知」として張り出される。
5枚ほどの告知書が貼ってあり、街路の明かりの下で見ると、その中の1枚が開拓村村長一族の手配書だった。その横には人相書きらしきものも貼ってある。
告知書は、何かやたらと難しい言い回しだったが、要するに魔物の溢れに際し、他村や領都への報告を怠り、逃亡したとされている。その結果、多くの村が壊滅し領都までもが魔物に襲撃され多大な犠牲を出したと書いてある。
捕らえ次第、一族全員を処刑するとあり、捕らえた者や情報をもたらした者には賞金をはずむと書かれてあった。村長の似顔絵の方は全く似ておらず、レオは俯いて笑いを堪えた。そして、目の前に貼ってある告知書を見ながら、先ほどマスターから頼まれた事をふと思い出し、とあるアイデアが頭に浮かんだ。
モーリを拉致して殺したとしても、それは世間的には、モーリが行方不明になっただけの話である。まあ、領主家嫡男の行方不明は、それはそれで、とんでもない騒ぎにはなるだろうが。
でも、それだけでは面白くない。モーリに恨みを持つ者は、数えきれないほどいるだろう。酒場のマスター同様、その結末を知りたい奴は大勢いるはずだ。
そうした連中は、モーリの最期を知れば大いに留飲を下げる事が出来るだろう。同じ恨みを持つ者として、そこは盛大に知らせてやりたい。レオはそう思うのだ。
ただ、読み書きは医務隊で多少磨きをかけたとはいえ、広く世間一般の人々を唸らせる様な、洒落た文章を書く力は自分には無い。
まあ、そこは今後の課題として、心の中のメモ帳に書き記すレオであった。
その後、屋台で買い食いをして晩飯にすると、夜もすっかり更けたので、モーリの一番のお気に入りと教わった店の見学に行ってみる事にした。
繁華街の一角にある高級酒場の並ぶ中にその店はあった。入口の両脇には体格の良い2人の男が立っており、明らかに用心棒だろうと思った。
前を素通りしてみたが、用心棒の視線を感じた。おそらく、客でもないのに毎日のように店の前を通ったら、間違いなく覚えられるだろう。注意が必要だ、
その後は近辺の路地裏を調べて行き、最後にそこから一番近い北の街門まで歩いて距離感を掴んだ。
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泊っている宿まで戻ると、受付の男に、良い酒場を紹介してくれたと礼を言い、とりあえず5日間の延泊を頼んで前金を払った。
借りている部屋に入り、今後の計画を練ることにする。
モーリへの復讐の方法は、既に決めていた。
強弓を使った遠距離狙撃といった方法は、端から考えていなかった。自分にそんな超絶技巧は無いし、第一、領都内でそれをやったら逃げ延びる自信が無かった。
それに、万一、当たり所が良くて(この場合は悪くて?)相手を即死させたら、つまらないではないか。
酒場のマスターとも約束したとおり、簡単に、楽に逝かせる気など無かった。
今の構想は申し分無いと思う。現状、レオが思いつく限りでは最悪の死に方。
戦地で様々な死を見てきたレオですら、そんな目にだけは遭いたくないと思う。
そのためにも、出来るだけ無傷でモーリを捕えたい。やはり、襲撃するのは、護衛役と離れる可能性が高い、お気に入りの店を出た後になるだろう。
しかし、問題は、どうやってモーリを生かしたまま、街門を通過するかだ。
まさか、麻袋に入れて担ぎながら警備兵の前を通り過ぎるわけにも行くまい。
門を警護している警備兵の目を誤魔化す方法を、考え出さなければならない。
出来れば自分の顔も見られない方が良いのだが、まさか覆面でもして街門を通過するわけにもいかないだろう。
そして領都を出た後、次の場所まで、どうやってモーリを運ぶか?
戦場で多くの負傷兵を運んだレオだからこそ、その大変さは十分に理解していた。とにかく、意識の無い人間の体は重いのだ。しかも今回は、彼一人で運ばなければならない。最低でも荷車、出来れば馬車が欲しいところだ。
人が引く荷車を使うのは難しいと思う。荷物を隠しようが無いからだ。
見慣れぬ新顔の男が、人を入れたそれなりに大きな荷物を積んだ荷車を引き、街の外へ出ようとすれば、荷物を検めるくらいの事は警備兵もするだろう。
だから、馬車を借りて、その中にモーリを隠せるなら、街門通過の問題は解決出来るし、その後の移動も楽になる。ただし、それなりの大きさの馬車でなければ、意味が無い。人間一人を隠して街の外へ運び出すのは、やはり難しい。
その上、現状では歓楽街の路地裏辺りでモーリを襲って、意識を刈り取る事になるはずだ。そこから馬車まで、どうやってモーリを運ぶかも問題になる。
近くに馬と馬車を長時間放置しておける場所が、果たしてあるだろうか?
考えれば考えるほど、課題は山積。困難さは増すばかりだった。
良い手は思いつかず、すっかり行き詰ってしまった。そんな時は寝るに限る。
レオは、ベッドに潜り込むとさっさと眠りに就いたのだった。
この時レオは知らなかったが、実はレオが抱えていた問題は、3年前にフンメルが、ここベズコフ領都で抱えていた問題とまったく同じものだった。
一人の人間を生きたまま、街門の警備兵の目を盗んで、密かにベズコフ領都から外へと連れ出す。
まあ、対象も目的も見事なほどに “真逆” だった事を知れば、レオもフンメルも大笑いした事だろう。
一方は多くの領民に慕われている、うら若き美女。その生命を救うための脱出。
他方は、領都中から嫌われている小太りの男。連れ出す目的は、ずばり殺すため。
まあ、フンメルの場合には偶然にもその直前、商会から借り出したばかりの馬車があり、御者席の座面の下にパメラを隠すという、まさにこれしかない自然な対応が出来たわけである。
残念ながら、レオはその様な幸運には恵まれず、ひたすら眠るのみであった。
次話で、ついに光明が見えます。




