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89. イフナイ会戦(6)戦後処理


 ジェームスが王都の自分の家へと戻ってきたのは、会戦終了から半月後だった。

サルト側は惨敗を喫したにも拘わらず、講和会議の申し出を拒否していた。

 その結果、前線の諸部隊も即座に帰投とは行かず、交代で休暇を取るような形での一時帰還となったわけである。


 まあ、東方から派遣されてきた者たちは、既に半年を過ぎており、帰還の目途も立たない状況なので、それに比べればジェームスはまだ恵まれている方だろう。

 こうして、ジェームスは王都で懸案事項を片付ける事にしたのだった。

ずばり! クリスへのプロポーズである。


 対サルト戦の決着は、依然ついていない。

しかし、それがいつまで続くのかは見通せない状況だ。このまま、ズルズルと中途半端な状態で放置する気にはなれなかった。王都帰還と同時に手紙を出し、会う事にしたのだった。


 断られる事は恐らく無いだろうとは思っていたが、それでも緊張したのは確か。

幸いな事に、クリスからは1つだけ条件を提示され、ジェームスが快諾したため、無事、我が事、成れりとなったしだい。


 2日後にクリスの実家、ブラウン家を訪問して挨拶。併せて、クリスから提示されていた条件を再確認。ジェームスに関し、既に娘から為人(ひととなり)を聞かされていたクリスの両親は好意的であり、娘同様、高慢な魔導士という感じは微塵も無かった。

 まあ、爵位的にも同じ子爵同士という点は気が楽で、有難かった。


 そして、翌日にはジェームスの実家へとクリスを連れてきた。

クリスが魔導士だという事は事前に話しており、魔導士の兄が若くして宮廷魔導士団の歪んだ環境の中で心を病み、自ら命を絶った事は事前に説明しておいた。

 不用意に家族構成などを聞いて、お互い気まずい思いをするわけにはいかない。


 まあ、そうした流れから、一人っ子となってしまったクリスの嫁入りの条件として、将来ジェームスとクリスの子で魔導の道を歩む子がいれば、ブラウン家の養子となって、ブラウン家を継いで欲しいという条件が提示されたわけである。


 ジェームスの側にも、この条件に異論は無かった。貴族家の者として、家の存続は最重要事項であり、子が駄目なら孫にというのは珍しくない話である。


 それより、彼女が魔力持ちと知った時は母も妹も大いに驚いたものだが、何故か母が満面の笑みであった。それどころか、両拳を握りしめフンスとばかりに頷く。ジェームスも、思わず “ノケゾル” 勢いであった。


 聞けば、生前の父が、母の実兄のソロモン卿と賭けをしていたらしい。

魔力持ちの騎士を我が一族にも一人くらい欲しいものだという、たわいもない話から始まり、いつの間にかどちらが先に魔力持ちの孫なり、曾孫なりを得られるか賭ける話になったらしい。


 魔力持ちの赤子が生まれた時点で、互いの手持ちで最も高価なワインを贈る事になっていたという。母にその話をした父も、冗談半分の笑い話として語ったようだが、母はしっかり覚えていたというわけだ。


 そうした話を聞きながら、ジェームスは自分の子が魔力持ちになるのだと、改めて実感した。

 かつての自分なら、単純に大喜びしただろうと思う。騎士団でも魔力持ちの騎士という存在は、やはり別格なのだ。テチス王国全体で見ても、そう多い数ではなく近衛騎士として王族の護衛に就くのが当たり前とされている。


 しかし、フェンリルとの闘いを経て、ジェームスは魔力持ちへの考えが随分と変わった。人外の戦闘力を誇ったフェンリルが、人を相手に膝を屈したのだ。

 伯父がマクルーファンの剣術大会でイェルマークの騎士から聞いたという、個の力よりも集団の力こそが重要だという話。それは、真実だと思う。


 自分の子が魔力持ちの騎士になるのは嬉しい事だ。

しかし、それは少しばかり力が強い、少しばかり俊敏、少しばかり速く走る。

その程度の気構えを持たせ、決して驕る事無く、友人や同僚に敬意を持つ人間に育てたいと思うのだった。まあ、随分と気の早い話かもしれないが。


 無事、両家の合意も取れた結果、その後はクリスと2人もしくは、妹も含めた3人で王都内のお洒落な場所を次々と訪れて過ごした。

 クリスのお気に入りや、妹のお勧めといった店である。残念ながら、ジェームスに発言権は無く、ひたすらエスコートに徹するのみであった。


 その際には、サルトとの魔法合戦の顛末について2人に聞かれる事もあった。

当然の事ながら、カーンを始めとする魔導士隊の話もあった。例の大火球と尻出し道化師の話には大笑いだった。戦場では道化師の方が魔導士より上だったと。


 さらには、カーンとワイルが突如倒れた件や、ボンドが失神してカーンの股間の上に突っ伏した後、顔面に濡れた髪がべったりとくっついていた事も話した。

 この辺は、フォークス総司令官の副官ウォルフ卿から直接聞いた話である。


 そんなある日、クリスの頼みで意外な場所を訪ずれる事になった。

ロマンティックとは、恐らく最もかけ離れた場所。テチス宮廷魔導士団である。

退団の話が一向に進展せず、魔導士カーンに直談判する事になったらしい。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 元々、副団長のカーンに疎まれていたフェンリル討伐派遣部隊の魔導士たちは、宮廷魔導士団にほとほと愛想をつかしていた。そこへ今回の遠征で、地方の魔導士たちと交流する事によって、魔導士としてこんな生き方もあるのだと、新鮮な驚きを感じたという。人材不足の地方領からの勧誘もあったらしい。


 さらに、カーンによって厄介払いか嫌がらせの如くフェンリルの下へ派遣されたのに、命がけの死闘の後にフェンリルを倒してみれば、自分たちの苦労が全てそんな男の手柄にされてしまう。そんな事は、絶対に許せなかったという。

これ以上関りになる気にはなれず、遠征参加者全員で辞表を提出したわけだ。


 ところが、自分の引退の日を指折り数えるだけで、事なかれ主義の宮廷魔導士団長は全く頼りにならず、集団辞任の件はカーン副団長に任せたと逃げるばかり。

 そのカーンは、サルトとの魔法合戦に向かってしまい、現地で倒れたとかで護送されて戻って来た後も、体調が回復していないらしく面会は叶わなかった。


 そのカーンが、ようやく宮廷魔導士団の執務室に戻って来たという。

まさに、満を持して全員で辞表を叩きつけに行く事になったらしい。クリスとしても、言いたい事、言うべき事を堂々と主張したいと言う。


 ただ、相手はカーン。大声で罵倒されると竦んでしまうかもしれない。

だから、傍にいてほしいとジェームスに同行を頼んで来たわけだ。

 ジェームスもクリスの胸の内は理解できた。兄の死という心の傷を、この機会に乗り越えようとしているのだと。ここで手を貸さないなど、あり得ない。


 宮廷魔導士団のエントランスで全員が揃うと、フェンリル討伐隊のリーダー格だったロイス卿を先頭に、カーンの執務室に向かった。

 副団長室のソファに半ば身を横たえたカーンは、明らかに病人の様に見えた。

それでも職場に出てくるこの男の姿は、職務に対する責任感と言うよりも、権力に対する執着といった方が正しいように、ジェームスには感じられた。


 予想どおり、聞くに堪えないカーンの罵倒が始まった。皆、白けた雰囲気だ。

その最中、ロイス卿がつかつかとカーンの執務机の背後の棚に歩み寄った。そこには銀の皿があり、そこに広げた布の中に透明な球体が置いてあった。


 ロイス卿がその球体に触ると明るく発光する。ああ、これが廃魔石かと思う。

そう! クリスの兄を始めとする多くの魔導士の虐待に使われた、例のいわく付きの廃魔石なのだ。

 ロイス卿は、布越しにその廃魔石を持ち上げると、カーンに言い放った。


「随分と腑抜けている様だが、貴様は本当に魔力持ちなのか? 証明してみよ!」


 その場の魔導士たちから冷笑が漏れる。カーンの得意のセリフだったのだろうとジェームスにも理解できた。カーンに歩み寄るとロイス卿が宣告する。


「ほら、触ってみたまえ! 自分が魔力持ちだと証明するのだ。もし、光らなかった場合には、そのローブを剥ぎ取り、即刻ここから叩き出すが、問題は無かろう。」


「貴様、この私に何という無礼な口をきく! ただで済むと思っておるのか!」


 カーンが怒りに歪んだ顔でそう吠える。しかし、廃魔石に触る気は無いようだ。その時、ジェームスの傍らにいたクリスが、ロイス卿とカーンに歩み寄る。

 ジェームスには、ベズコフ領都の街壁の上で、フェンリルを見下ろす位置に歩み寄ったクリスを思い出させる静かな迫力があった。


「ちゃんと触るべきでしょう! あなたが私の兄にしたように!」


 そう言い放つと、クリスはカーンの袖を掴み、彼の掌を廃魔石に押し当てた。


 そして何も起きなかった。廃魔石は光らなかったのだ。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 誰もが息を呑んだ。


 ロイス卿は思わず廃魔石を持っていない、もう片方の手で廃魔石に触る。

その透明な石は明るく光った。廃魔石に問題は無い! 間違いない!

再度、布越しに掴んでいる廃魔石をカーンの手に押し付ける。やはり光らない。


「こっ! この男には、魔力が無い!」


 ロイス卿は、震える声でそう宣言した。

誰もが、我が目を疑った。カーンは間違いなく魔導士のはずなのだ。


 ジェームス自身もほんの1月前に、戦場でこの男が巨大な火球を生み出し、敵陣に投射するところを見ていた。まあ、その後のお笑いショーの方が、記憶としては強く印象に残っているのだが。


 しかし、結果は厳然としている。

ふざけるなと必死に喚き散らすカーンを無視して、この後の対応を協議する。

 魔導士団長を呼んでも頼りにならない。急遽、ジェームスの提案で、彼と共に王都へ帰還していたゴダード卿が王宮に出仕している事を確認。その上で、彼に頼んで王宮の審問官と宰相補佐官を呼んでもらう。


 審問官、宰相補佐官、そしてゴダード卿の3人を新たに加え、まずは全員で廃魔石の確認を行った。当然の事ながら、魔導士が触れば光り、それ以外の只人が触っても単なる透き通った球体のままである。


 そして、一同を代表し、今度はジェームスがカーンの手首を掴んで持ち上げ、その掌に廃魔石を押し付けても光る事は無かった。念のため、その後、その透明なビワの実ほどの石を希望する者全員が触ってみるが、結果が変わる事は無かった。


 魔導士では無いのに、宮廷魔導士を名乗る事は、官位詐称に当たる。

それが、宰相補佐官の下した結論だった。宮廷魔導士という王宮の官位を詐称したからには、その罪は重い。王宮内の衛兵が呼ばれ、即刻、牢へと放り込むように指示されたのである。


 元々、傲慢極まりないカーンを快く思わない者は、王宮にも多かった。

とりわけ、魔法合戦などというものを持ち出して、国家の存亡に関わる戦争の総指揮に魔導士がしゃしゃり出て来るなど、あり得ないと誰もが考えていた。

 それが許されたのは、ひとえに王太子がカーンの火球に魅せられ、彼の後ろ盾となっていた事とトカレフ侯爵のように主戦派の勇ましい一派の主張による。


 しかし、それもカーンが魔導士ではないという事ならば、話は根底から覆る。

そして、ここで一つ大きな問題となるのが、何故カーンは魔力を失ったのかだ。

 誰もが、カーンが魔力持ちであった事を知っている。そして、今は違う。

まさに、前代未聞の怪事件なのだ。


 おそらく、人々がこれに最も近い案件として真っ先に思い浮かべるのは、カレイド伯爵の件だろう。この大陸中で知らぬ者の無い話。女魔導士に無理やり子を産ませ、赤子だけを奪い取って母親を捨て去った結果、子に魔力は無かったという話。

 伯爵の非道な行いが神の怒りに触れ、天罰が下ったせいだとされている。


 ならば、今回は一体何が神の怒りに触れたというのか?

捕虜となったサルト側の魔導士で唯一の第二階梯魔導士である、ウィンター卿は、自分たちがテチス側に騙されたと訴えていた。魔法合戦とは名ばかりで、実は戦場にサルトの宮廷魔導士を誘い出し、始末するのが目的だったと。


「カーンとテチスの宮廷魔導士団は、古の魔法合戦を汚したのだ!」


 そう、声高に主張したというのだ。

ここで、魔法合戦を主導したカーンが魔力を失ったと知れたなら、もはや話はとんでもない領域に達してしまう。


 神の怒りがテチス王国に降り注いだという話が大陸中に広まるのだ。

それが意味するところは、この隣国との紛争終結において、もはやイフナイ会戦の大勝など何の意味も無く、それどころか、戦争全体、軍事、政治すらも超えてしまう事なのだ。


 その後の調査によって、魔導士ワイルもまた魔力喪失と判定された。

女魔導士ボンドは、魔力は保持していたものの、会戦でのあまりの不名誉な状況を恥じて、その後、実家の屋敷から出てこない状態だという。


 失禁したカーンの股間で濡らした髪が顔に張り付いた状態を何とかしようと、不憫に思った護衛役の女性騎士が、戦場の小川で洗顔させた結果、その厚化粧の下から、醜く爛れた顔面が露わになったらしい。噂では、とある性病の末期症状だと言われている。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 結局、諸国の圧力の前にテチスは膝を屈した。各国の魔導士による圧は、想像を絶するものがあった。イフナイの戦場から脱出に成功した2人の女性魔導士の報告を基に、テチス側の不正が糾弾された。中には、異常種の魔力波や小型バリスタといったテチス側に身に覚えのないものもあったが、サルト側の魔導士の過半数が戦死した事実は隠しようが無く、あまりに重かった。


 カーンとワイルを即刻処刑すべしという声もあったのだが、それではトカゲの尻尾切りだと指弾されるとの意見が大勢を占め、サルト側に引き渡し、その際に第三国の魔導士も立ち会わせて、神の怒りによって魔力を失った事を周知すべきだという事になった。魔法合戦に関しては、この2人にすべての責任があったと。


 講和条件は、どちらも賠償や領土割譲は無しとし、紛争が始まる前の状態に復帰するという、当然というか、あまりにも馬鹿らしい結末となった。


 国内の怒りは冷めやらず、魔法合戦を推し進めた者たちにその矛先は向かう。

すったもんだの挙句、カーンの後ろ盾の王太子は廃嫡。宮廷魔導士団も解散。

 そして、魔法合戦を推した主戦派のトップ、トカレフ侯爵も引退を余儀なくされ、トカレフ家も降爵すべきとの意見が公然と囁かれた。


 トカレフ侯爵家嫡男で王国騎士団の副団長は、当初、魔導士護衛の任を果たせなかった事を追及されたものの、その後、神の怒りが降り注ぐ様な非道な行いを何故制止しなかったのかと責められた。


 副団長は、神の怒りなど身に覚えは無かったのだが、実際には第一階梯や第二階梯の魔導士から見れば、神にも等しい第五階梯のレオの怒りを買っていたとは、想像出来るはずもなかった。


 まあ、何とか嵐が過ぎ去る事を祈っていたのだが、その後、新たに発覚したベズコフ子爵家の一大スキャンダルによって、トカレフ家の降爵と彼自身の騎士団副団長解任が決定してしまう。実の妹の嫁ぎ先での甥のやらかしのせいであった。


 札付きの甥の学生時代の不祥事を庇った事が、完全に裏目となり、処罰すべきかどうかの微妙な境界線上で揺れていたトカレフ侯爵家を、“ギルティ” の側にひと押ししたのである。悪事を反省しない領主家嫡男を自由にしたツケであった。


 そして、この件でも中心的な役割を果たしたのが、実はレオだったのである。


 故郷から無理やり連れだされたレオは、長引く講和会議や国内事情のせいで、戦場を離れる事が許されず、結局、開拓村へと帰って来たのは2年後であった。


 そこに広がる生まれ故郷の景色は、一面の焼け野原。

ここに、一農民に過ぎないレオの、領主一族に対する復讐劇が開幕する。


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