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87. イフナイ会戦(4)混乱と攻勢


 女魔導師に続いて、もう一人の灰色ローブが喚く。


「そうだ! そのとおりだ! 指揮権は依然として、まだ魔導師隊にある!」


 マギーを連れ去ろうとしたワイルである。

こいつも許せない奴だった。レオは、改めてそう思い、再び魔力を練り始める。


「魔法合戦はまだ続いておる!」


 仮にカーンが駄目だとしたら、その時は自分が全軍を指揮出来る。そう思いついたワイルは、断固として主張する。それに対して、ウォルフが意外な指摘をする。


「既に、サルト側の赤い旗は見当たりません! これは合戦終了の合図では?」


 そう言われて見渡せば、確かにサルト側の赤い旗が見えない。敵の魔導師隊が降ろしたのか、それとも陣営の混乱の中で、維持出来なくなったのかは不明だが。

一瞬、顔を強張らせたワイルだったが、それでも歯をむき出して強弁する。


「カーン様は、指揮権を委譲されてはおらぬ! カーン様の意識が戻る・・・」


 そこで、ワイルもカーンの後を追った。


「ひいっ!」


 またしても同僚が目の前で突如崩れ落ち、女魔導師のボンド卿はパニック寸前。それでも、魔導師のプライドを守るためか、ヒステリックに叫びまくる。


「駄目です! 絶対に許しません! 只人に指揮権は譲りません! 駄目です!」


 ひたすら駄目だと繰り返す。レオは、キャンキャンうるさく吠え立てる、魔の森の小物を思い出していた。ああ、鬱陶しい! そして、即座に魔力波を叩き込む。


「はうっ!」


 そう呻くと、膝を着いてカーンの上半身を揺さぶっていた女魔導師は、カーンの上にそのままゆっくりと倒れ込んでゆく。

 見れば、彼女はその顔をカーンの股間の辺りに伏せたまま、静かになっていた。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 レオは残る若手の魔導師達にも微弱な魔力波を放ち、震え上がらせる。

結果、フォークス騎士団長に楯突く者はいなくなり、指揮権委譲は無事決着した。

 フォークスは伝令兵たちを呼び集め、矢継ぎ早に遠方の部隊へと指示を送る。


 その最中、やって来たのはマーサと医務隊の副隊長ケビンだった。

カーンが倒れた直後に、誰かが呼びに行ったのだろう。今回の軍は大規模なので、マーサの医務隊と同規模の医務隊が他にもいくつかあると聞いていた。

 それでも、総司令部と同じ野営地で、その中心近くに設営していたという事は、最も信頼されている医務隊なのだろう。幹部の治療に呼ばれるのも当然だ。


 しかし、マーサの開口一番は・・・


「おや! レオじゃないか。無事だったんだね。良かった、良かった。」


 レオも、黒弓を振りながら笑顔で応じる。

マーサのすぐ近くにいたフォークス騎士団長が怪訝な顔でマーサを見る。


「うちの隊の若い娘が、そこのワイルとかいう魔導師に、一昨夜連れ去られそうになったのを、このレオが阻止したんですよ。そしたら意趣返しをされましてね。

今朝になってやって来ると、いきなり転属だとか言い出して連れて行ったんです。

団長! うちも人手が足りないんで、この子を返してもらっても良いですね?」


 招集した近くの長槍隊と弓兵隊の指揮官達が揃うまで、忙中閑有りの風情だったフォークスが、苦笑しながら問題無いと言って頷く。


 そんなレオの事より、早く治療をとマーサに迫る黒ローブの若い魔導師たち。

しかし、マーサは動じない。レオを側に呼び寄せると問い掛ける。


「レオ! お前さん、ここで一部始終を見ていたんだろ? 状況を教えておくれ。」


 どんな魔狼でも一発で気絶させる自分が、未だかつて無いほどに魔力を込めた、超強力な魔力波を叩き込んでやりました! と明るく元気に真実を伝えるわけにもいかない。

レオは少しばかり考え込み、自分の魔力枯渇状態に似ている様な気もしたので、


「何か、急に全身の力を失った様に見えたかなあ・・・」


と、適当な事を言えば、何故かマーサはニタリと笑い、


「ああ、魔力枯渇だねえ、これは。戦場で気張りすぎて、失神したんだね。」


と、頷きながら話す。黒ローブの1人が、そんなはずは無いと抗議する。


「じゃあ、矢でも受けたのかい? それとも剣や槍で切りつけられたのかい?」


マーサにそう返されて、押し黙る魔導師隊の若者達。


「さあさあ! ここはこれから大軍の通り道になるんだよ! さっさと連れて行くんだね、あんた達が! だって、ここは戦場なんだ! 同僚が倒れたら、同じ部隊の者が運んでやるもんさ。それとも、あんた達は、これから本隊と一緒に敵に突撃するから、そんな暇は無いのかい? それなら、あたし達が面倒見るけど。」


 そのマーサの、あまりの言い草に何故か弓兵隊の中から大歓声が挙がる。

その歓声に神経を逆撫でされたのか、魔導師護衛隊指揮官のトカレフが抗議する。


「医務隊は、その任務を放棄すると言うのかね! ちゃんと診察をしてみなければ、魔力枯渇かどうかは決められぬであろう!」


 しかし、マーサの方が一枚上手だったようだ。


「おや! これが魔力枯渇じゃないとしたら、一体何なんですか? ここに倒れているのは、全員灰色ローブの第二階梯魔導師。魔導師隊の幹部3人ですよね。それが揃って全員倒れているという事は、護衛隊は何をしていたと言うんです?」


 トカレフの顔が強張る。現在の絵面だけ見れば、確かに護衛隊の立場は無い。

この状況は、まさに護衛隊の大失態。その面目は丸つぶれなのだ。


 呆然とするトカレフに、フォークスが命じる。


「直ぐに本格的な戦いが始まる。魔導師達を安全な場所まで移動させよ!」


 その言葉にこれ幸いと、護衛隊一同は倒れている3人の灰色ローブ魔導師を含む魔導師一行を連れて、移動を開始した。まあ、フォークスとしても、体の良い厄介払いである。


 しかし、悲惨な事に、移動に際してその3人のとんでもない状態が露わになってしまう。あまりの惨状に、今後人前に出られるのかと心配になるほどだ。


 カーンとワイルは2人とも息はしており、生きてはいるのだが、全く目を覚ます気配が無い。症状としては明らかに重度の魔力枯渇状態である。


 そして、2人揃って失禁しており、いざ運ぼうとしたら失禁だけでは済んでいなかった事が判明した。その汚物まみれの下半身に護衛隊の者も顔を顰め、結局兵士2人してそれぞれ魔導師の手首を掴むと、草原の上を引き摺って行ったのである。


 実際には、レオによる超高密度の魔力波によって、体内魔石を消し飛ばされており、もはや魔力持ちではなくなっていた。どれだけ時間が経とうと、彼らが魔力を回復する事はなかったのである。そう、彼らは只人に成り果てていたのだ。


 一方、女魔導師ボンド卿はと言えば、こちらは気を失っていただけの様だ。

意識は一応戻ったものの放心状態。しかも、濡れた髪がベッタリと顔に張り付いている。自分のそんな惨状に本人は気づいていない様だが、言わぬが花だろう。

 何せ、失禁したカーンの股間に、ずっと突っ伏していたわけだから。


 敢えて近寄ろうとしない護衛騎士に案内され、ボンド卿は戦場を左翼方面へふらふらと去ってゆく。他の魔導師たちと護衛隊も同様に後続部隊の邪魔にならぬ様に、全軍の左翼へと移動する。

 トカレフと配下の者達の足取りは、一様に重かった。


 その間、フォークスは呼び集めた長槍隊と弓兵隊の指揮官達に、指示を与えた。テチス側にとっては幸いな事に、サルト側の混乱は、未だ収束してはいなかった。

 まさに、千載一遇の好機が目の前に広がっていたのである。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ジェームスのいる左翼騎兵部隊の指揮官旗が翻る下に、伝令がやって来た。

その口上を聞いた騎兵部隊指揮官のソロモン卿は、会心の笑みを浮かべると、伝令の伝えた命令を復唱し、承知と応じた。


 ジェームスもマルス卿と顔を見合わせると、力強く頷き合う。

それは、紛れもなく一昨日の酒宴でゴダード卿が提言した言葉。そして今、その言葉が聞けたという事は、フォークス騎士団長が総司令官として、全権を掌握したという証左に他ならない。


 騎兵が待機するこの場所から見ても、サルト陣地の混乱ぶりは明らかだった。

また、そうした状況下で、ジェームスの騎兵部隊と相対しているサルト側の騎兵部隊も、少々落ち着きが無い様に見えていたのである。


 そうした敵の微妙な変化に気づく程、落ち着いている自分を意外に感じた。

ああ、そうか! フェンリルと触れ合わんばかりの至近で、お互いの目を睨み合いながら死闘を繰り広げた、あの経験が糧となっているのかとジェームスは思った。


 間もなく、右前方で動きが始まる。フォークス騎士団長の命令であろう。

長槍隊がジワジワと前進を始めた。弓兵隊も付き従い、援護射撃を行っている。


 ただし、一斉射撃ではない。個々の弓兵がばらばらに矢を放っている。それも、直射と曲射を織り交ぜて。敵方の前衛部隊にとってみれば、正面からほぼ真っ直ぐに飛んで来る矢と、上から降り注いで来る矢が、間断なく襲って来る事になる。

 斉射よりも、よほど嫌な攻撃だろう。


 そして、敵の先頭まで100歩ほどの位置まで来ると、味方の弓兵隊は足を止め、サルト側の長槍隊を水平射撃で正確に狙い撃ちし始める。

 敵は盾でひたすら防ぐしかない。しかも、敵の長槍隊の中には後退しようとする者もおり、そのあおりを受けて、敵の弓兵隊は満足に機能していない様子だ。


味方の長槍隊は依然として、ゆっくりと前進している。彼我の距離は残り50歩。

そこで遂に、太鼓が速いテンポで連打され始めた。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 懲罰隊のガドは、盾と長槍を構え、ゆっくりと前進して行く。

時折、盾をずらして前方の様子を窺う。味方の弓兵の集中攻撃が効いている様だ。

 そして、後方から太鼓の連打が聞こえ始めた。振り返ると、長槍隊のすぐ後方には、いつの間にか大軍が続いている。


「突撃!」


 その号令とともに、ウォーという地鳴りの様な喚声が轟く。

不本意ながら、ガドも前に進むしかない。ここを乗り切れば、罪も無かった事にしてくれる約束だった。たぶん、嘘では無い。しかし、果たして生き残れるのか?


 火球に焼かれて死んだ奴、逃げ出したところを弓矢で射貫かれて死んだ奴、水柱に突き上げられ全身の骨を砕かれて死んだ奴。仲間の死に様が次々と脳裏を過る。


 その時、草原の僅かな凸凹に躓きかけた。問題無く踏み越えたが、ふと心にアイデアが浮かんだ。そうだ! このまま、ここで倒れ込み、戦闘が終わるまでじっとしていれば良いのではないかと。そう! 正直に生きる奴は、所詮馬鹿なのだ。


 我ながら冴えた考えだと思って、ニヤリとする。そして、前方に身を投げた。

残念ながら、それは小麦袋をすり替えるアイデアや、レオの背嚢から原魔石を盗み出すアイデアと同様、浅はかで情けないものだと、この男は気づいていなかった。

 真っ当な生き方を馬鹿にし、愚かな選択を繰り返したガドは、こうして悲惨な、しかし、ある意味当然の結末を迎える。


 パキッという音とともに、ガドは太ももに激痛を覚えた。また、音がして今度は左腕に激痛が走る。自分を踏みつけて前進して行く奴がいるのだ! 思わず抗議の声を挙げようとしたガドだったが、今度は思いっ切り背中を踏まれ、声も出ない。


 かくして、己の浅ましい思いつきが、ガドに悲惨な最期を齎した。

火魔石による水蒸気爆発で、上空へと吹き飛ばされたギルは、ほぼ即死だった。

しかし、ガドは何十人もの味方の兵士達から次々に踏みつけられ、息絶えるまでの一時の間、全身の骨がバラバラになる痛みと恐怖を味わう事になったのである。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 一方でガドとは違い、死に物狂いで敵陣に殺到する懲罰隊の者達もいた。

彼らを突き動かしていたのは、怒り。自分達を射的の的にした、ローブ姿の連中が絶対に許せなかったのだ。怒りと復讐心が一時的に死の恐怖を上回っていた。


 その常軌を逸した突進は、不用意な “後退命令” で混乱するソルト側の前衛部隊をあっさりと突破し、魔導師の護衛隊に襲い掛かっていた。護衛隊は、流石に精鋭ではあったものの、テチス側の圧力もまた相当なものだった。


 さらに事態を深刻にしたのが、敵の魔導師により射的の的扱いされたサルト側の前衛部隊が、味方とは言え、魔導師部隊の救援のために命を張ろうとは、誰も考えなかった事だった。


 堪らず、護衛隊は背後の本隊に助けを求める。しかし、ゴルトムントの “叫び” に端を発する、陣営内の混乱と渋滞のせいで組織的な救援が出来ない。

 後退しようとする長槍隊や弓兵隊のせいで、本隊が中々前に出られないのだ。


 勢いを喪失したサルトの前衛部隊は、もはや本来の力を発揮出来なかった。

サルト側の魔導師隊も混戦の中で恐怖のあまり精神集中が出来ず、魔法も撃てない状態に陥っていた。それ以前に、敵味方が入り乱れ火球の使いどころが無かった。


 遂に、護衛隊の大半を失い、魔導師隊は無防備のままテチスの長槍隊の前にその身を晒す事となった。容赦無く襲い掛かるテチス長槍隊の者達。

 しかし、そこへ側面から強烈な一撃が加えられた。サルトの騎兵部隊だった。


 前衛が崩れ去り、魔導師隊にテチスの先鋒が肉薄する一方で、本隊は機能不全。このままでは本隊すらジリ貧と判断した両翼の騎兵部隊が、救援のために動いた。


 側面から突撃した騎兵部隊は、その場に留まって魔導師隊を守り、同時に本隊の立て直しのための時間を稼ごうとしたのだ。しかしながら、それは、サルトの騎兵部隊にとっては、苦渋の決断だったのである。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 戦局は大きく動き始めた。

ジェームスのいるテチス左翼騎兵部隊の前方に陣取っていたサルトの騎兵部隊は、自軍に深く食い込んだ、テチスの先鋒部隊の側面に向かって突撃を敢行した。

 一見すれば、騎兵のセオリーどおりであったが、ジェームスにも、これが決して誉められた用兵では無い事は理解出来ていた。


 敵の主力への攻撃では無く、味方陣地に深く食い込んでいる敵部隊への、防御目的の攻撃なのである。しかも、本来対抗すべきテチス側の騎兵部隊を放置した状態になってしまっている。


 さらに問題なのは、騎兵が脚を止めてしまっている事。これこそ、まさに騎兵の悪夢と言うしかない。


 その結果が意味するところは明らかだった。まさに好機到来!

ついに、彼の伯父であるテチス左翼騎兵隊の指揮官、ソロモン卿が部隊に大音声で命令を発する。


「我ら、これより総司令官の命により」


ソロモン卿はそう告げた後、一瞬の溜めを作ると、高らかに宣言した。


「前進し、武威を示す!」


 それは、先ほど伝令が伝えた言葉。

一昨夜の宴会で、ゴダード卿がいみじくも紡いだ言葉であった。


 600騎の大部隊が槍を掲げ一斉に、おう! と吠える。まさに、戦士の咆吼。

テチス左翼騎兵部隊はゆっくりと前進を開始する。もはや、前方に障害は無い。

見れば、ほぼ同じタイミングで、遙か右翼も動き出した事が見て取れる。


 今や、戦場を思いのままに駆け廻る自由を与えられた騎兵部隊。まさに、大空に解き放たれた猛禽か、はたまた野に放たれた猛獣。

フェンリル戦では縁の無かった、ジェームスの騎兵としての戦いが、今始まる。


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