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84. イフナイ会戦(1)配置につく


 医務隊から引き離されたレオは、魔導師護衛隊の兵士2名に引率されて弓兵隊の総指揮官のところへと連れて行かれ、そこで放り捨てられた。


 彼に付き添った2名の兵士は、長槍隊の最先頭へレオを連れて行けと、上官から命じられていたのだが、行き先が突如弓兵隊に変更となってしまった。

 少々悩んだ末に、結局、弓兵隊のお偉いさんに丸投げする事にしたようだ。


 40代半ばといった感じの弓兵隊総指揮官は、部隊の展開作業に大忙しの状況で、近くにいた部下にレオを押し付けると、さっさと本来の業務に復帰した。

 ただ、レオが持っている黒弓には少々驚いた様子を見せていた。


 レオを押し付けられた格好となった兵士は伝令役で、現場指揮官からの報告を、先ほど総指揮官に伝え終わり、これから所属部隊に戻るところだった。


 ジョンと名乗ったその兵士は、弓兵の実戦部隊が陣形を組み、待機している場所へと案内しながら、レオと言葉を交わす。


 開戦当日の朝にやって来た不自然さが気になった様だ。まあ、当然である。

レオが魔導師に睨まれて、医務隊から実戦部隊に急遽転属になったと説明すると、おやまあ、そいつは災難だったなと同情してくれた様子。


 何をやって睨まれたと訊くので、医務隊の若い娘を無理矢理連れ去ろうとしたので阻止したら、逆ギレされたと正直に話す。首を振りながら苦笑するジョン。


「日頃から、俺たち只人とは違うんだと、散々威張り散らしてるくせに、下半身は俺たちと違わないらしいな。」


 辺りに人がいないせいか、言いたい放題だ。レオも笑う。まったく同感である。

遙か前方の長槍隊の陣を眺めながら、長槍隊の左手前にいる集団に向かって行く。

直ぐに、それが弓兵の部隊だとわかった。

弓兵集団の少し後方に簡易テーブルと椅子が置いてあり、数人の男達がいた。


 ジョンは、そこに近づいて行き、一人の男に総指揮官への報告が済ん旨を告げ、その後レオを引き合わせると、レオが配属された経緯を簡単に説明する。

特に緊張した風でも無く、医務隊同様、部隊内の風通しは悪く無いようだ。


 ジョンが隊長と呼ぶ男は事情を聞くと頷き、苦笑しながらレオに語りかける。


「お前さん、良いガタイしてるから前の方にいると、後ろの邪魔になりそうだな。一番後ろでジョンの側にでもいろ。それで、前の連中の動きを参考にして同じ事をやってれば良いさ。どの道、攻撃の際には弓兵は斉射が基本だしな。」


 なるほど、これは分かりやすい。レオは、少しホッとした。


それにしても、今朝からの自分の運命の変転には、本当に驚くばかりだ。

最悪、肉弾戦で敵に突っ込む長槍隊の先頭のはずだったのが、遠方から矢を放つだけの弓兵隊。それも最後方なのだ。黒弓様々である。マーサには感謝しかない。


 ここでようやくレオは、人心地ついて落ち着くことが出来た。

改めて周囲を見渡せば、前方には長大な横長の陣となった長槍隊の大集団。

本来なら、あそこにいたはずなのだ。敵陣は、すぐ近くにある様に見える。


 そして、長槍隊を前方に見ながら、右側遠方には弓兵の陣がもう1つ見える。

その2つの弓兵の陣は、けっこう離れている様だ。前方の長槍隊の隊列が、切れ目無く連続した横長の陣形となっているのとは大違いだ。


 先ほど会った弓兵隊の総指揮官は、2つの弓兵隊集団の後方中央にいたわけだ。おそらく、全体の陣形の確認や調整をしていたのだろうと思った。


 これほど多くの人間がいれば、何かと大変だ。実戦なんか、どうなる事やら。

様々な配置や陣形にも、ちゃんとした意味があるに違い無い。レオは、近くにいるジョンに教えを請う事にした。忙中閑あり。ジョンはレオに戦場を解説する。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ジェームスは馬上から草原を見渡す。昨日の下見の際には、ほぼ無人だった草原が今や人で溢れている。今日これから、国の威信を懸けた戦いがここで始まる。


 一帯の地形は確かに “すり鉢状” である。ただし、それは、すり鉢の縁に立って見渡した時に、辛うじてわかる程度。

 地面の傾斜は非常に緩やかなもので、その中に立っていれば平らな草原と言って差し支えなかった。


 そうした草原が、前後左右に3000歩以上は広がっており、騎兵の活躍には絶好の環境である。まあ、それは敵にとっても同じ事なのだが。


 この平原に集結すべき歩兵部隊の約半数が、既に所定の位置についている。

残りの部隊も続々と、後方に続いているのが見て取れる。


 既に前方には長槍隊が布陣を終えていた。その数は2000名。

長槍と盾を持って、びっしりと横に並ぶ布陣になる。それが4段重ねだ。

1段当たり500名が横1列という事になる。


 最前列の兵達は、前方に向けて盾をずらりと並べ、その隙間から槍を突き出す。

後ろの列の者達は、槍の穂先を上方に向け、盾も上に向けて、矢避けにする。


 長槍隊は、敵と接触した後の攻め方としては、精々一斉に突撃するくらいしか能が無い。徴兵した素人ばかりなので、隊列を維持したまま戦場を縦横無尽に移動する様な、高度な運用は無理なのだ。まあ、それでも集団を維持出来ていれば、その突破力は真に恐るべきものである。


 また、静止状態でも集団として冷静に長槍を構えられると、騎兵も大いに手を焼く相手となる。所謂(いわゆる)槍衾(やりぶすま)という騎兵の天敵である。

 とにかく、長槍隊が上手く機能すれば、勝敗を大きく左右するのは間違い無い。


 そんな長槍隊の直ぐ後方では、弓兵隊が方陣を整えている最中だ。

1000名の弓兵が500名ずつ2つの集団に分かれ、左右に分かれて布陣していた。


 こちらも4段の横長の陣だが、2つの集団は互いの間を広く開けており、これは後方に布陣する本隊が弓兵隊の間を抜けて、スムーズに前方へ出られる様にするためである。


 この辺までは、ほぼ定石どおり。残る7000名の歩兵の配置に、総司令官の個性が出ると言われている。今日のフォークス騎士団長は、オーソドックスな配分にした様だ。中央に3000名。両翼に2000名ずつだ。


 両翼は、側面防御のためである一方、チャンスと見れば一挙に敵を襲う。

予備隊の一種と言って差し支えない。全体的に、かなり攻撃的な布陣と言える。

 鍵となるのは、本隊と左右の部隊の連係になるはずだ。


 そして、その歩兵の両翼のさらに外側にいるのが、自分達、騎兵部隊だ。

ジェームスのいる左翼が600騎。右翼が400騎という構成である。ゴダード卿が率いる部隊は、全員が王国騎士団所属の騎兵。


 一方、伯父のソロモン伯爵が率いている部隊の半分は、東方から派遣されて来た騎兵部隊である。何とも皮肉な事に、彼らが東方から派遣されて不在だったため、フェンリルへの応援対応に王国騎士団が東方へと派遣されたわけである。


 そういうわけで、ボーア領の騎兵もいるのだが、ジェームスにとっては、全員が初対面という事になる。それでも、先行偵察隊のシュルツやロンを知っている者は多く、彼らとは直ぐに打ち解ける事が出来たのは幸いだった。


 また、サルトへの即時の転戦のため、フェンリル討伐の従軍者を賞する式典が開けなかった詫び、というわけでもないのだろうが、一風変わった処置が講じられていた。


 フェンリル戦に従軍した者達には、騎士服に着ける様にと、指2本分の幅を持つ純白の腕章が与えられたのだ。白銀のフェンリルを倒した勇者としての証である。


 ジェームスの様な若輩者でも、この純白の腕章のおかげで王都の街中でも大いに注目を集め、軍内でも一目置かれる事になったのである。純白の腕章を着けた者同士には独特の連帯感も感じられ、誇らしい気分になる。

 まあ、もちろん騎士だけの活躍で勝ったわけでは無いのだが。


 ともに戦ったクリスを始めとする魔導師3人娘は、今頃どうしているだろうか。ふとジェームスは、昨日の下見の時に見た情景を思い出す。


 マルス卿らと草原へやって来た時、遙か彼方にソルト側の騎兵が何騎か見えた。自分達と同じ様に、戦場の下見に来ていたのだろう。ゆっくりとした動き。

 ただ、その中の一騎には驚いた。馬上で男性騎士の前に横座りし、長い髪を風になびかせている黒いローブ姿。クリスと同じ第一階梯の女性魔導師に違い無い。


 夫婦だろうか、あるいは恋人同士。それとも兄妹か。何とも戦場には場違いだ。

もし、クリスがこの戦場にも来ていたなら、自分もあんな風に彼女とともに戦場を馬に乗って駆けたのだろうか。取り留めも無く、そう思った。

 同時に、何となく、あの騎士とは戦いたくないなと思っている自分がいた。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 明らかに、自分達はここには “いない者” として扱われている。

懲罰隊のガドは、そう感じていた。まあ、それが当然なのだろう。


 持たされている槍は、正規兵である長槍隊の持つ槍と同じ。ところが、盾の方は明らかに大きい。最初に見た時は違和感があったが、今は慣れてしまった。

 正規兵の長槍隊は、密集隊形で隣の兵士の持つ盾と相互にカバーし合うせいで、少し小さい盾なのだ。なるほどと納得しながらも、やはり落ち込んだ。


 陣形だの隊形だのといった組織的な訓練などした事の無い懲罰隊では、個々人が勝手に身を守れという事なのだろう。だから、盾は大きいのだ。

 そして大きな盾が、兵士を思いやってというわけでは無い事くらい、ガドも十分に理解出来ていた。


 要するに、無駄に死ぬな。有意義に死ねということらしい。まあ、その期待に応えてやる義理も、そして気持ちも、ガドにはこれっぽっちも無かったのだが。


 長槍隊の隊列よりも、さらに前方へと押し出された時、やたら威勢良くイキがっている者も何人かいた。そうした連中も今や静かなものだ。無理は長く続かない。

三の村から一緒だった連中も皆、俯いたまま大人しい。


 俺は、あいつらとは違う! 絶対に生き残るんだと自分に言い聞かせる。

この戦いを生き延びれば、一切の罪を無かった事にしてやると言われている。

足掻いて、足掻いて、足掻き通してやる! ガドは唇を噛みながら、そう誓った。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 カーンは、目覚めとともに天井の布を見て、ここが戦地の天幕の中である事を、改めて認識した。そして、ついにこの日を迎えたのだと、湧き上がる高揚感に陶然としていた。


 朝食の後、この日のために用意しておいた純白の上下に着替える。

昨日まで着ていた服とは別に、この日のために温存しておいた新品の一着。

 魔導師のローブだけが、この色で無い事が唯一惜しまれる。


 豪華な馬車に揺られながら、総司令部の置かれている本隊の近くまで移動。

そこで、先行していた他の魔導師達と合流する。


 そこで見る大半の魔導師達の表情は強張っていた。

まあ、これだけの規模の軍勢が対峙しているのだ。自分達、魔導師に危険は無いと分かっていても、やはり戦場の持つ雰囲気に気圧されたとしても不思議では無い。

 残念ながら、まだまだ魔法合戦の意義が理解出来ていない様だ。


「まあ、我らに危険は無い。同時にサルト側の魔導師にとってもそれは同じだ。

危険と言うなら、それは子猫のじゃれ合い程度のものであろうよ。」


 その物言いに、若い魔導師たちから笑い声が上がった。猫パンチですねと。

そのまま魔導師一行は、専属の護衛部隊と共に総司令部の一角に用意された、魔導師の待機所へと移動を始めたのであった。じゃれ合いを始めるために。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 このイフナイの草原にいる者達は、誰も気づいていなかったのだ。


じゃれ合う子猫たちが戯れる草原の中に、一頭の虎が潜んでいることに。


 いや! この例えは、正確性に欠ける! 事実をありのままに語るべきだろう。

第一階梯と第二階梯の魔導師が “火遊び” で(はしゃ)いでいる、まさにその(そば)に第五階梯の魔力持ちが、不機嫌なまま(たたず)んでいたのだ。子猫と虎の比喩など生温(なまぬる)かった。


 魔導師ではないレオは、確かに魔法の発動は出来なかった。


 しかし、彼の魔力保有量は人外のものであり、圧倒的だった。

そして、本来なら魔法として追求すべき魔力の洗練を、レオは何と、魔力波により実現させていたのだ。魔法の知識など無い彼が、魔の森で生きてゆくために。


 魔法代わりにレオが放つ魔力波は、まさに洗練の極みであり、その細いビーム状の高密度魔力波は、エリックの青白い極小火球に匹敵する芸術品であった。

 また、魔狼の群れを無力化するためにレオが工夫した、相手を帯状に()ぐ魔力波は、離れた位置の魔狼集団を、まとめて麻痺させるのに十分な威力があった。


 さらに、魔力持ちだけに脅威となる魔力波とは別に、万人に対して脅威となる身体強化による、物理特化の力も持ち合わせていた。


 魔力持ちの騎士たちは、魔力保有量では魔導師に及ばない。

そして、その魔導師ですら遠く及ばないレオの莫大な魔力量。彼がその人外の魔力量で駆使する身体強化は、まさに圧巻そのものであった。


 鋼鉄の黒弓を容易(たやす)く操り、ベテランの弓兵が瞬時に届くのは無理と断じる遠距離へ、鋼鉄の矢を到達させてしまう。


 彼が、その能力に相応(ふさわ)しい強弓を手にした結果、かつてガードナー傭兵隊の弓使いが、いみじくも語った様に “歩くバリスタ” がこの草原に降臨したのである。


 それはまさに、戦場の悪夢に他ならなかった。


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