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82. 戦場の風


 警備兵に通され、天幕の中に入れば、そこにいたのはテチスの騎士団長であり、この戦いの総司令官であるフォークス侯爵とその副官のウォルフ卿、それに騎士団幹部の2人であった。

 すなわち、ジェームスの伯父であるソロモン伯爵、ベズコフ領都駐留部隊の指揮官を務めたゴダード卿である。ちなみに、ゴダード卿は伯爵家嫡男であり、もちろん貴族ではあるのだが、まだ父親が健在なため彼自身に爵位は無い。


 この集まりが騎士団幹部全員かと言うと、そういうわけでは無い。かと言って、高位貴族の集いでも無い。同行したマルス卿も子爵家嫡男であり、ゴダード卿同様に現時点では爵位は持っていないのだ。

 中々に定義は難しいのだが、ジェームスのざっくばらんな認識では、有能で常識的な軍人の集まりといった括りなのである。


 見れば、野営用の簡易テーブルの上にはワインとグラスが用意されている。

常ならば、戦場での飲酒は御法度なのだが、今回は嗜む程度ならと許されていた。

まあ、流石に戦いの前日は、酒は厳禁とのお達しが出ていたが。


 この、制限付きながらも戦場で酒が許されている事が、今回の戦いの異常さを端的に示していた。ついこの間までのフェンリルとの戦闘とは、全く異なるのだ。

いつ、フェンリルやその眷族による襲撃があるか予想もつかない状況で、酒を飲もうなどと考える者はいなかった。とにかく今回の戦いは、普通ではない。


 「盤面遊戯」


 その言葉こそが、今回の戦いの異常性を表していた。

現実の戦いでは、指揮官がよほど無能で無い限り、戦場での戦闘が始まるまでに、頭脳の限りを尽くして勝つための有利な条件を整えるものだ。


 敵の態勢が整う前に叩く事、戦いやすい有利な場所を先に占拠する事。敵を圧倒する人数を戦場に揃える事・・・実際の戦争には数多くの留意点がある。

 戦場で実際に激突する前に、勝敗の行方は概ね決していると言われるのは、こうした事前準備があるからなのだ。


 ところが、今回の戦いは「公正・平等」が、基本原則なのだ。

 会戦日時、場所、兵力、・・・そういうものは、事前に協議、調整されており、奇襲はもちろんの事、会戦日以前の戦闘は全て禁止されている。その結果こうして会戦前の戦場で、酒を味わっているというわけなのだ。


 イフナイ平原と呼ばれる人里から離れた草原。その一角にある緩やかなすり鉢状の地形。そこで全く同等の兵力を揃えたテチス、サルトの両軍が対峙する。


 そして、両国の魔導師部隊が “交互に” 魔法を放つのだ。


 まさに、実在の平原に生身の兵士を配した “盤面遊戯” そのものである。

この戦いの提言者である魔導師カーンは、これを魔法合戦と称していた。

実際の戦場に身を置く者からすれば、まさにゲームの “駒” 扱いで、堪ったものではない。とても承服出来るものではなかった。


 しかし、カーンの大火球にすっかり魅せられていた王太子殿下は、前のめり。

また、2年に亘って戦局が動かぬ事に不満を隠そうともしない主戦派貴族たちは、取り敢えず決戦という点に着目して、これまた賛同した。

 かくして、自国の命運を左右する戦争において、盤面遊戯か、はたまた闘技場の一騎討ちかという、馬鹿げた戦闘が現実のものとなったのである。


 どの様に言葉を飾ろうが、戦争とは所詮 “騙し合い” なのだ。

そこに、盤面遊戯か決闘の如き「公正・平等」を持ち込む事には、根源的な矛盾が存在するのだが、その点が深く議論される事はなかった。

 結果的に、この茶番としか思えない戦場に、それぞれ万を越える大軍が集結する事になったのである。広大な平原を盤面とする、生者を使った遊戯である。


 しかしながら、完全に盤面遊戯のルールに従っているわけでもなかった。

それは、途中から「指し手」が変わる事。


 この会戦の冒頭だけは、魔導師が軍の総司令官として指揮を執る。

ただし、魔導師はいつまでも魔法を撃てるわけではない。魔力には限りがある。

 そういうわけで、魔力残量が覚束なくなった時点で魔法合戦は終了とし、魔導師は後方へと退がる事になる。その際、只人の最上位者、すなわち騎士団長に指揮権を委譲し、後はその軍勢に任せる事になるのである。


 魔導師が、敵とは言え、生きた人間を標的として好き放題に魔法を放ち、頃合いを見計らって戦場を離脱するので、後はよろしくと言っているわけである。


 戦闘のプロである騎士は、ありとあらゆる制限を受けて “駒” 扱いされる一方、魔導師は安全地帯からの射的三昧。これで騎士から不満の声が出ないはずが無い。


しかし・・・


「我が国の騎士は、敵軍と全くの同一条件で正面からぶつかり合った場合、これに勝つ自信は無いと言う事かな。それは、些か情けない話なのではなかろうか?」


 この様に言われてしまっては、中々に反論は難しかったのである。

結局、この戦いの冒頭は魔導師隊を率いる、宮廷魔導師団のカーン副団長が指揮を執り、その後は騎士団長のフォークス侯爵が指揮を引き継ぐ事と決まった。

 正式に王命として通達され、カーンによるサルト側の宮廷魔導師団との事前協議によって決められた、会戦日時、場所、諸兵科と兵数に従い、現在に至っている。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「良く来てくれた。」


フォークス騎士団長は、ジェームスとマルス卿を笑顔で迎えてくれた。

まずは、グラスにワインを注ぎ、勝利のためにと乾杯する。

天幕の中は6人だけであり、最初の一杯は騎士団長が自らグラスに注いでくれた。


「周囲に人は近づかぬよう手配してあるので、よほど大声でなければ問題無い。

卿らには、東方遠征から戻って間もない状態での転戦となるが、よろしく頼む。」


 騎士団長のその言葉に、皆頷く。

そこからは無礼講となり、ざっくばらんな会話が始まる。


「しかし、今日の午後の魔導師隊との打ち合わせには参りましたなあ。とりわけ、あの女魔導師殿の主張には、うんざりでした。」


 ゴダード卿が、そう愚痴をこぼす。騎兵の配置に異議を唱えたのだと言う。

彼は、今回の会戦では、本隊右翼の騎兵を指揮する事になっている。ちなみに、

左翼の騎兵指揮官は、副騎士団長でジェームスの伯父であるソロモン伯爵である。ジェームスとマルス卿は、その側に付き従う事になっている。


 今回の会戦では、魔導師隊が隊長含め11名。騎兵が千騎。歩兵が1万と定められている。歩兵の内訳としては、長槍兵、弓兵、一般歩兵となっており、その人数配分は騎士団が決めた。ただし、投石機やバリスタの様な長射程兵器は禁止である。


 魔導師への攻撃は認めない。危険を及ぼす可能性のあるものは、事前に排除しておくという、戦場では冗談としか思えない約定に基づいた決定なのであった。


 騎兵は、オーソドックスに左翼600騎、右翼400騎という左翼偏重の布陣だ。

これは、右利きの人間が多いからだ。右手に槍や、剣を握り締めて敵に向かう場合、前方の敵と武器の間に馬首の無い、左翼側からの攻撃の方が戦いやすい。

 この大陸の軍隊では常識なのだが、女魔導師殿が異議を唱えたらしい。


 女魔導師という事は、紅一点のボンド卿である。ジェームスはそう思った。

何でも、意味不明の魔法理論を持ち出し、6対4の配分は美しく無いと言い出したのだそうだ。左右対称こそが、自然の摂理! 美の基本だとご高説を展開したと。

 利き腕の話をして、何とか収まったのだが、皆げんなりだったらしい。


「自然の摂理だの、美の基本だのと言うのなら、まずは、その厚化粧を落とすべきではないかと言いたかったものだ。」


 宴席の一同から、どっと笑い声が上がる。


 女性の魔力持ちは貴重な存在だ。魔力持ちの子を得るには、魔力持ちの女性が必須なのだから当然である。

 したがって、よほど問題のある女性でも、子供が生まれるまでは離縁される事は無いとされている。ところが、ボンド卿は、その数少ない ”貴重な” 例なのだと聞いている。


 独身の頃から、その奔放な “交友関係” は、知る人ぞ知るといった感じだったらしいのだが、結婚後も改まる事は無く、子供が生まれる前に追い出されたという。

 “元” 宮廷魔導師の3人娘情報である。ボンド卿は、今はカーンにご執心らしい。

一方で、カーンは若い美女がお気に入りで、3人娘にもちょっかいを出していたのだそうだが、誰も相手にせず、この3人が疎まれる原因になったそうだ。


 その場の騎士団幹部の者達は、そうした3人娘を情報源とする魔導師隊の裏話に興味を覚えた様で、魔導師隊のリーダーであり、会戦前半の最高司令官であるカーンの為人についての質問も、ジェームスに相次いだ。


 クリスの兄の自殺に繋がった、廃魔石による虐待の話には一同、沈黙した。

伯父のソロモン伯爵は、お前はこの話をどう思うと、ジェームスに訊いてくる。

酷い話ですというジェームスの口調に、一瞬、眉を吊り上げた伯父は、


「どうやらお前は、事の深刻さを本当には理解出来ていないようだな。」


と、首を左右に振りながら言う。

 ギョッとしながらも、まあ、確かに伯父の指摘は外れてはいないかと頷く。

魔力持ちなら、廃魔石に触れば絶対に発光すると言われている。それが何故、虐待とされるのか、今一つ理解に苦しむところだったのだ。伯父が続ける。


「良いか。仮にお前のところに鬼教官がやって来て、お前が立ち上がる事も出来ないほどの厳しい訓練を課したとしよう。そして、もう息も絶え絶えのお前に対し、こう言い放つのだ。


『何だお前は、この程度でへたばるのか! タマは付いているのか? 付いていると言うのなら、ズボンを降ろして証拠を見せてみろ!』


さて、お前はどう思う? お前は男なのだから、今さら股間を調べられても、何ほどの事も無いと平気でいられるか? そして、魔導師のプライドは騎士より軽いなどとは言うまいな。」


 これには、流石にジェームスも絶句した。


「今後、お前が多くの部下を率いて行くのなら、こうした人の心の機微を理解出来る様になるべきだろう。心せよ。」


 その伯父の言葉に、ジェームスは頷いたが、ゴダード卿がフォローしてくれた。


「まあ、彼はまだ若い。それに、フェンリル戦であれほどの戦功を挙げながら、鼻に掛ける事も無かったジェームスを、私は高く評価しているよ。まあ、伯父という身内の立場では、あまり甘い対応は出来ないのだろうが。」


 再び、座は笑いに包まれた。

それでも、ジェームスは心に銘記した。今後クリスと会った時に、彼女の自殺した兄の話が出た時には、もっと寄り添った言葉を掛けなければと。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 その後、それなりに酔いも回ってきたところで、王国騎士団のもう一人の副団長である、トカレフ侯爵の嫡男の話となった。

 代々王国騎士団の幹部を務めてきた国家の重鎮ながら、今代の侯爵とその嫡男は気位だけは高いようだが、その実力は大いに疑問なのである。

 それが、その場にいる6人の共通認識。


 トカレフ侯爵は、その嫡男とともに主戦派のトップであり、何かと勇ましい。

しかし、実力重視での選択の結果、副騎士団長である嫡男の方は、フォークス騎士団長の人選からは(ことごと)く漏れているのである。フェンリル討伐しかり、今回しかり。

 しかし、こうも戦場から外されては副団長の名が泣くとばかりに、何と、副騎士団長にして侯爵家嫡男のアンバーは、魔導師隊の護衛を買って出て、魔導師隊一行と共に戦場入りしているという。あの連中と一緒とは・・・


 ただ、ジェームスも驚いたのだが、トカレフ侯爵の末娘がベズコフ子爵の妻なのだという。あの領都で喚いていたオバさんである。何でも、若い頃、王都で何事かしでかして嫁入り先が無くなったのを、侯爵が無理矢理、辺境の貧乏な子爵家に捻じ込んだらしい。それが、ベズコフ子爵だったというわけだ。


 結果として、ベズコフ子爵は時折、無理が通せる様になったのだそうだ。

騎士学院で、やはりしでかして退学処分になるはずだったモーリが、自主退学扱いになったのも、祖父であるトカレフ侯爵のゴリ押しの結果だったと言う。

 モーリがフェンリル戦の後にクリスを連れ去ろうとした一件を、ジェームスが皆に話すと、まあ、あの女の息子なら有り得るだろうと、フォークス騎士団長も副官とともに頷いていた。


それなりに時も過ぎ、そろそろお開きかという頃、騎士団長がふと言葉を漏らす。


「卿らは、騎兵部隊への攻撃開始命令として、どんな言葉が適切だと思う?」


 この場にいるのは、騎兵部隊の指揮官と幹部である。

騎兵はスピードこそ命であり、一旦本隊から離れれば、細かな命令の伝達は無理なため、騎兵部隊の独自判断で動く事になる。


「どうだ? ゴダード卿、何か良い言葉はあるかね?」


 考え込むゴダード卿。彼の騎兵部隊の用兵は極めて高く評価されており、フェンリル戦でも、今回の会戦でも独立した騎兵部隊を任されていた。

 ジェームスが当面、目標としている優秀な騎兵指揮官である。


 そのゴダード卿が、言葉を紡ぐ。


 それを聞いた全員が、大きく頷いた。簡潔ながら、力強い言葉である。

マルス卿が、しみじみと感想を述べる。


「良い言葉だと思います。本当に騎兵の本質を理解出来ている言葉でしょう。戦場で団長が少しでも早く指揮権を手にして、この言葉を直ぐ聞ければ良いのですが。残念ながら、我々の知る戦場とは大きくかけ離れている有様です。何がきっかけで戦局が大きく動く事やら。今回はまったく予想がつきません。」


 騎士団長フォークスも頷き、こう述べて、宴会を締めくくった。


「まあ、そうだな。極端な話、戦場を吹く一陣の風、そう、戦場の風によって戦いの帰趨が決まる事すら、あるのかも知れない。願わくば、我らにとって有利な風が吹く事を祈るばかりだ。」


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