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81. テチス王国宮廷魔導師団


 黒いローブの集団を前に、思わずレオは固まる。

知り合いだと思い込んで、気安く声を掛けたら見知らぬ人だったというアレだ。

気まずさのあまり、思わず無表情になってしまうレオ。


 まあ、幸いな事に、黒ローブ集団はそれどころでは無かった様である。

よく見ると、全員が黒ローブなのでは無く、列の後ろの方には灰色のローブを着た者が3人ほどいる。また、天幕の中では感知出来なかったが、彼らの前後にはレオが初めて見る立派な鎧を身に着けた兵士が同行していた。きっと、護衛だろう。


 黒ローブの者達が次々と我に返り、困惑した表情を浮かべる。その中の一人が、列の後方にいる灰色ローブの方に向かって問い掛ける。


「ワイル様、今のは魔力波なのでしょうか? あんなのは経験した事が・・・」


「わからんが、恐らく異常種クラスのものだろう。カーン様如何ですか?」


 灰色ローブの男はそう言いながら、背後にいるもう一人の灰色ローブの男に話しかける。ローブ集団の最後尾にいた灰色ローブのカーンと呼ばれた男は、ローブ以外は完璧な白装束だった。上着もズボンも純白という出で立ちだ。


 40歳前後に見えるその白装束の男は、フムと少しばかり考え込んでいたが、手近の天幕の傍らに立つレオに気づくと、尊大に質問を投げて寄こした。


「そこのお前! 只人(ただびと)のお前には分からんだろうが、今、魔力の動きがあったのだ。この近くに魔の森は有るか?」


 有ると答えたレオに、近いのかと問い返す。歩いて半日という回答に、カーンは再び考え込む。


「詠唱中に今のが来たら魔法は中断ですわ。魔法合戦に(さわ)りとはなりませんか?」


 3人の灰色ローブの残す一人は女だった。彼女の懸念にカーンが答える。


「ボンド卿、あなたの言うとおり、確かに魔法発動は失敗するであろうな。

ただ、かなり遠くからの魔力波の様だから、戦場一帯を漏れなく覆う事になろう。片方の陣営だけが一方的に影響を受ける事はあるまい。仮に詠唱中断となったとしても、双方で魔力波は認識しているだろうから、そうした場合は仕切り直しという事で事前に合意出来るだろう。」


「流石はカーン様、仰るとおりだと思いますわ。」


 そう媚びるような声色で、ボンド卿と呼ばれた女は返答する。


「しかし、まあ、こういう時だけは無能力者である只人が、少しばかり羨ましくなりますなあ。我らがこうして魔力波の衝撃を感じている時も、何事もなくノホホンとして長閑(のどか)な限りではありませんか。」


 その魔力波を発したのがレオとも知らず、そのレオの方にチラリと視線を向け、笑いながらそう話すのはワイル卿と呼ばれた、もう一人の灰色ローブの男。


「ええ、確かに。特に先ほどの魔力波は、ほんの一瞬で威力も(ささ)やかなものでしたが、放ったのは間違い無く異常種でしょう。人外のものが放つ魔力波は、心の臓に悪いですわ。私、まだドキドキしておりますもの。早く宿舎で休みたいところですが、まあ、今宵の宿もあまり期待は出来ませんわねえ。」


 そう愚痴をこぼすボンド卿という女。レオは、顔色が何か変だなと思った。

カーンというローブ集団の最上位者と思える男は、まあ、天幕生活も長くは無いと話した後、さあ、今宵も蛮族の宿に行くとしようかと声を発する。


 その言葉に笑い声が漏れる中、ローブ集団が再び歩き出した直後だった。レオの直ぐ横を通りかかったワイル卿と呼ばれた男が、レオの脇から顔を出したマギーに気がつくとニタリと下卑た笑みを浮かべた。そして、からかう様に声を掛ける。


「何だ、この野営地には女もおるのか?」


「私は医務隊の者です。」


 むっとした表情でそう返すマギーに、男は薄ら笑いを浮かべたまま歩き去った。ローブ姿の者達は、そんな灰色ローブの非礼な態度を何とも感じてはいない様だ。

 その連中が去った直後、レオはマギーにあいつらは何者だと訊く。


「魔導師様だよ! たぶん、このテチスの宮廷魔導師だね。あの偉ぶった態度は。

まあ、あれでもこの国の最高峰の魔導師様なんだよね。しっかし、あのオバさん、すんごい厚化粧だった! 横を通っただけで、白粉(おしろい)の臭いがプンプンしたよ。」


 マギーは顔を(しか)めて、そう言った。

レオは、あれが魔導師なのかと思った。まあ、全員魔力持ちではあった。

幼い頃、ゴードンから聞いた話を思い出す。いけ好かない奴が多く、貴族家出身者ばかりだから、気安く声を掛けるなよと言われたんだっけか。

 ローブ姿の集団を見て、確かにそうだったなと納得する。


 でも、今の連中は偉ぶっている割には、全然大した事は無かったなとも思う。

何せ、レオが放った微弱な魔力波を異常種クラスの魔力波と大騒ぎしていたのだ。まあ、それ以前に、彼らの魔力的な “格” も貧相なものだった。


『狐か狸の家族の引っ越し』


 属性数1か2の魔石を持つ魔物が、列を成してトコトコ歩いている姿が心の中に浮かんだのだった。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 その夜、レオを含む医務隊一同は、いつもより遅い夕食となった。

決戦の日が近づき、大量に採取していた魔草の処理に忙殺された結果だった。

切りの良いところまでと頑張ったせいで、夕食にありつけたのは日が落ちて、(あた)りがすっかり暗くなった後の事だった。


 医務隊での食事は、レオがそれまでいた長槍隊とは比べものにならなかった。

そもそも食材が違っている上、料理も専門の調理班が作っていた。ド素人の兵士が交替で食事を作っている長槍隊とは、差が出て当然だった。

 レオは、この食事だけでも医務隊に来た甲斐があったと心底思ったものである。生まれてこの方、領都への貢納以来、こんな旨い物を食った事は無かった。


 ここでの食事は、軍内の階級に応じてその内容は当然異なっている。医務隊の場合、その天幕が野営地の中心部に近い配置からも分かるとおり、軍の高位者と同等の待遇を与えられていた。食事も上級の部類になるはずだ。


 野営なので、食事のためだけの場所を確保し、天幕や机に椅子までを大量に用意して、大食堂を設営するのも不合理である。そのため、調理班のところでまとめて作った食事を、各隊の当番が人数分だけ受け取って持ち帰り、各隊の宿営場所で食べる方式だ。

 食事の度に、多くの兵士(すべて男!)が集まっている場所に出向く必要が無いため、若い女性のいる医務隊にとって、この方式は都合が良かった。


 皆の食事が終わり、レオが居残って後片付けを手伝っていた時だった。

突然、天幕の外から女性の叫び声が聞こえた。天幕の外へ飛び出してみれば、


「止めて! 離して!」


 野営地の各所に設置された篝火(かがりび)に照らし出されていたのは、灰色ローブの男に腕を掴まれ、必死に抵抗するマギーの姿であった。


「魔導師のこの私の相手をさせてやるのだ! 有り難く思って、ついて来んか!」


 篝火に照らされている魔導師の頬は、心なしか赤らんでいる様に見える。

どうやら、酒に酔っているらしい。


 すぐさま、その場へ駆け寄るレオ。


 流石に手を出すのは(まず)いという事ぐらいは十分理解していたし、第一その必要も無かった。どうせ警告しても聞く耳など持たないだろうし、若い娘の腕を掴んで連れて行こうとしている時点で立派な犯罪者である。チンピラと変わり無い。

 歩み寄ると無言のまま、少しきつめの魔力波を浴びせる。魔狼が(すく)む程度の。


 直後、灰色ローブはその場に尻餅をついた。

マギーを掴んでいた手も離したらしく、自由になった彼女はレオの背後に隠れる。その頃には、周辺にいた者達がこちらに注目していた。歩み寄って来る者もいる。


「貴様、魔導師のこの私に手を出すとは何たる無礼! この後、どうなるかわかっておるのか!」


 尻餅をついたまま、灰色ローブはそう吠えた。

どうやら、レオの放った魔力波が強烈過ぎて、物理的な衝撃と勘違いした様だ。

要するに、レオによって突き飛ばされたと勝手に思い込んでいるらしい。


「憲兵だ! 憲兵を呼べ! こんな奴は懲罰隊送りにしてくれる!」


「何、言ってるのさ! あんたが勝手に尻餅ついただけじゃない!」


 マギーが抗議するものの、灰色ローブの男は鼻で嗤う。ゆっくり立ち上がると、ローブに付いた土を払いながら、言い放った。


(たか)が小娘の言い分と宮廷魔導師の言い分、どっちが通ると思う? まあ実際問題、こうして私は確かに尻餅をつく被害を受けたわけだからな。ほら、憲兵を呼べ!」


 こいつは(まず)い! レオもこの状況は、かなり厄介だと思った。

長槍隊の危険については、医務隊に来てから時折聞く機会があった。負傷兵の手当を行う者が言う事だけあって説得力があり、長槍隊から医務隊に移る事が出来て、自分は本当に幸運だったと実感していた。


 そして、ついでに聞かされたのが、懲罰隊の連中の悲惨な末路である。

何と! 医務隊では、懲罰隊の者を手当てした覚えがほとんど無いと言うのだ!

そこへの配属は死刑宣告に等しい。魔石泥棒一味のあの必死の叫びも理解出来る。

だからと言って、逃げ出すわけにもいかない。敵前逃亡は極刑なのだ。


 いっそのこと、こいつにもっと強烈な魔力波を浴びせ、自分は直接手を触れなくても、こんな事が出来るのだと実演して見せるかと、レオは無い知恵を絞る。


 その時、背後から声が掛かった。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「失礼! 私は王国騎士団所属のハリス子爵だ。この場での発言よろしいか?」


「騎士殿、良いところに! 私は魔導師ワイル。こやつを捕縛してもらえるか。」


 レオが振り返ると、そこには自分と同じくらいの若い男が立っていた。

明らかに一般の兵士ではない。高位の軍人とわかる格好。これが騎士なのだろう。何故か額に布を巻いており、最近負傷したのだろうかと思う。その直ぐ後ろには30歳前後に見える男が立っていて、こちらも立派な格好で同僚騎士らしい。

 発言を求めた若い騎士を目にして、灰色ローブは喜色も露わに、レオを捕らえる様にと訴える。すると、その騎士は、首を左右に振りながら宣言した。


「私は、彼女が悲鳴を挙げた直後から、あなた方をずっと視界に捉えていた。彼は、あなたに指一本触れてはいない。」


「なっ! 何を言うか! 私は現実にこやつから押し倒されたのだぞ! 私が嘘つきだとでも言うのか!」


「あなたは、バランスを崩して勝手に転んだ様に見えた。彼は一切、手を出してはいないし、大声やその他の威嚇行為も無かった。これは家名を懸けても良い。」


 背後にいる仲間の騎士も頷いた。


 大きく目を見開いた魔導師は、王国騎士2人から揃って自分の言い分を否定された事にショックを受けた。しかも、その内の1人から、家名を懸けても良いとまで宣言された事は、それ以上に衝撃的だった。

 魔導師ワイルも貴族家出身者であり、家名を懸ける事の重みは十分知っていた。下手をすれば、最悪、決闘騒ぎとなる恐れすらあるのだ。


 魔導師は怒りに震えながら、レオを睨み付けるとそのまま去って行った。


「騎士様、助けていただき、ありがとうございます!」


マギーが2人の騎士に礼を述べる。レオも素直に頭を下げた。


「ああ、君らには何の罪も無い。気にしなくても良いよ。ただ、あの御仁は、納得していない様に見えたな。もし今夜の事で何かしら言いがかりをつけて来る様な事があれば、私の名をだして良い。場合によっては呼んでもらっても構わない。」


「はい、ハリス卿! 本当にありがとうございます。」


 再び、マギーとレオの2人は頭を下げて、去って行く2人の騎士を見送る。


「貴族も皆、あんな人ばかりなら良いのにねえ。レオもありがとう。迷惑かけるところだったね。」


 問題無いと首を振るレオだったが、魔導師が去り際に見せた、あの酷薄な目つきが妙に記憶にこびりついていた。魔の森でよく見かけた蛇の目つきが、あんな感じだった様な気がする。何とも言えぬ、執念深い目つき。

 ふと、医務隊に来たばかりの頃に魔の森で闘った、樹上蛇の事を思い出した。

あの大蛇は、首を落とされて胴体だけになった後も、しばらく暴れていたなと。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 『あれが、魔導師ワイルか』


 なるほど、確かにあれは酷いとジェームスは思った。

 ベズコフ街壁の戦いで一緒だったマルス卿と共に伯父から呼ばれ、騎士団長の下へと歩いている最中に出遭う事になった魔導師。クリスから聞いていたテチス宮廷魔導師団3悪人の1人。他は副団長のカーンに、その腰巾着の女魔導師ボンド。


 その3人の中の1人に実際に会ってみて、ジェームスはクリス達の日頃の苦労が忍ばれた。あんなチンピラ男が幹部となっている時点で、そこがどんな組織なのか推して知るべしというものだ。


「今回、皆さんとこうして一緒に行動出来た事は、本当に自信に繋がりました。

狭い宮廷魔導師団から、外の世界へと目を向けられる様になった事は幸いです。

皆さん、本当にありがとうございました。」


 クリス達、フェンリル討伐隊に参加していた宮廷魔導師団の10名は、一緒に闘った騎士団の者達に、この様な礼を述べるとともに、王都へ帰還しだい宮廷魔導士団に辞表を出す事にしたと言う。流石に騎士団の者は皆、唖然としたものだ。


 危険は確かにあったが、それでも晴れ晴れとした気分で、日々過ごす事が出来たのだと言う。宮廷魔導師団での鬱屈した毎日とは別世界だったと笑顔で語る。

 地方領の魔導師部隊の方が、遙かに居心地が良さそうだと真剣に言っていた。

罵倒し、罵倒されるだけの組織は、もうたくさんだと。


 サルトとの決戦が目前に迫る中、帰還した遠征隊は特段、凱旋式の様な祝いは無く、騎士団のメンバーは短い休養の後、全員がサルトとの決戦の場へと移動した。


 一方、フェンリル討伐魔導師隊リーダー格のロイス卿は、フェンリル討伐に参加した全魔導師の辞表を宮廷魔導師団長に提出した。団長の必死の慰留も効果は無かった。流石に王宮内でも大騒ぎとなり、箝口令が敷かれている。


 フェンリル討伐の英雄たちを罰するわけにも行かず、王家としても対応に苦慮しているそうだ。まあ、国内の地方領に行く分には、許されるのではと噂されている。不思議な事に集団辞任の元凶と名指しされた副団長のカーンは、我関せずの態度を貫くとともに、辞表を出した者達を誰一人慰留しようとはしなかったらしい。


 ところで、王都への帰還に際して、ジェームスのクリスに対する告白は未完となっていた。この後にサルト戦を控え、それがどういうものにしろ、約束事は躊躇(ためら)われたのだ。

 それでも、サルトとの決着が着くまで待って欲しいというジェームスの言葉に、クリスは柔らかな微笑みを浮かべて頷いてくれた。今は、これで十分だろう。



 決戦の日は、もう2日後に迫っている。

明日は、両国の魔導師が最後の調整のための会談を、戦場の中央でやるらしい。

既に、戦いの細々(こまごま)とした段取りや準備といった、実務面の打ち合わせは全て終わっており、今夜は幹部の親睦を深めるための内輪の集まりである。言わば、息抜き。


 (いにしえ)の魔法合戦。テチスの宮廷魔導師カーンの発案とされている。

あたかも、盤面遊戯の如き戦いを生身の人間の集団によって遂行するもの。

それが、現実にはどの様な戦いとなるのか、ジェームスには想像もつかなかった。


 野営地の中央にある、総司令官にして騎士団長であるフォークス侯爵の天幕。

ジェームスは、そこへと足を踏み入れて行ったのである。


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