表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/57

8. 魔力波の洗礼

今回は、少しグロテスクな内容を含んでいます。苦手な方は、パスしてください。

 それは春先、村と魔の森の間にある畑で作業をしていた時の事だった。

レオはふいに、


 『ゾクリ!』


とする何とも不気味な感覚を覚えた。


 思わず反射的に魔の森の方を見る。特に異常は見当たらなかったが、周囲を見るとレオと同じ年頃の子供2人が作業の手を止め、魔の森を凝視していた。


 泣き声が聞こえ振り返って見れば、(やぐら)にいる見張り役の幼児が泣き喚いていた。明らかに “何か” が起きている。そうした子供たちの異常に気づいた作業リーダーの決断は速かった。


「みんな、武器を取れ! 農具はその場に捨て置いていい。村に戻るぞ。急げ!」


 誰もが一瞬怪訝(けげん)な表情を浮かべる。しかし、直ぐに軍隊さながらの規律で行動を開始する。魔物の脅威に直面する村の外は、迅速で的確な対応が生死を分ける。

野外作業においては必ずリーダーが定められており、魔物の出現時にはリーダーの指示が絶対とされていた。当然の事ながら、リーダーは農作業の知識よりも魔物との戦闘経験や統率力から選ばれていた。


 今日の作業を率いているゴードンは、年の頃は30過ぎ。確か2, 3年程前に村へやって来た新参者だった。これまでレオはあまり話した事は無かったが、キビキビとした明確な指示は、明らかに集団を率いた経験のある人物だと思われた。


 泣きじゃくる見張り役の子を櫓から降ろすと、全員一丸となって小走りで魔の森に面している村の防護柵の門を目指す。

 半ばまで移動した時、背後で気配がした。魔の森から5,6匹の狼の魔物、魔狼が飛び出して来たのが見て取れた。全員が立ち止まり陣形を組むと武器を構える。


 しかし、いつもなら集団で人間目がけて突進してくる魔狼は、ばらばらに走っていた。レオには、それは獲物に襲い掛かる走りではなく、必死の逃走のように思われた。明らかに魔の森から少しでも距離を取ろうとする走りだった。結局、こちらに向かってくる魔狼は1匹もおらず、皆は門への移動を再開する。


 門のすぐ側まで来た時、背後からキャウ~ンという鳴き声が響いた。それは、魔狼と戦っている時、深手を負った魔狼が発する悲鳴のような鳴き声だった。

 再び振り返る。3匹の魔狼が力なく、よたよたと魔の森から出て来ており、再度、助けを求めるように鳴き声を上げた。明らかに重い傷を負っているか、毒でも喰らっているとしか思えない状態で、すぐに横たわってしまった。


そして、そいつが現れた。


 突如、魔の森の端の枝葉が大きく揺れて二つに割れると、そこに巨大な蜘蛛が姿を現したのだ。日の光を浴びた複眼が、ギラリと不気味に反射する。村人たちは、誰もが呆然とし、その姿から目が離せない。


 黒い毛で覆われてはいるものの、獣とはまるで質感の異なる胴体は、以前見た熊の魔物の胴体よりも大きそうだった。そして、毛むくじゃらで縞模様のある左右の脚が接地している地面の横幅は、大人の身長の倍どころでは無い様に見える。


 あれが何かと問われれば、明らかに蜘蛛なのだろうが、その大きさは、これまた明らかに知っている蜘蛛のものではない。あれを果たして蜘蛛と呼んでも良いものなのか? レオは、さっきのゾクリとした感覚の源はこいつだと直感した。


 そして、あの感覚こそ紛れもなく他者からの魔力放射なのだと確信した。

そう、昨年の秋、自分が体外放射して村の子供たちを眠りから叩き起こしてしまった衝撃こそがコレだったのだと実感した。


「異常種だ! 門を閉めるぞ。急げ! グズグズする奴は置いて行くぞ!」


ゴードンの大声でようやく我に返った村人たちは、堀の上の渡し板を駆け抜けると村の中へと移動した。大急ぎで門の前にある堀の渡し板が引き起こされる。多くの者が防護柵の後ろに張り付いて大蜘蛛の様子を覗き見ていた。


 森から出て来た大蜘蛛は、1匹の魔狼に近づくと、いきなりその魔狼を抱え上げ咥え込んだ。パキパキ、ポキポキという骨の砕ける乾いた音が辺りに鳴り響く。


 殺戮の現場からはキャウ~ンという、縋りつくような魔狼の鳴き声が上がり続けていた。これが、人間の喉笛目がけて飛び掛かってくる、あの獰猛な魔狼の出す鳴き声とはとても信じられなかった。残り2匹の魔狼も同じ様に、大蜘蛛に食われるものだとレオは思っていたが、目の前の現実は予想とは異なるものとなった。


 残り2匹のところへ近づいた大蜘蛛は、それぞれを器用に抱え込むと尻から出した糸でグルグル巻きにし、2匹をそのまま脚の付け根の辺りに引っかけて、森の中へと去って行ったのだった。


 しばらくの間聞こえていた魔狼の悲痛な鳴き声もやがて聞こえなくなり、森にはいつもの静けさが戻ってきた。



 誰もが衝撃を受け呆然とする中、ゴードンが語りだした。


「俺は、昔いた国で兵士をやっていた時、その国の魔の森の調査に駆り出された。森のけっこう奥深い場所で野営していた夜、大蜘蛛に襲われた。

 寝込みを襲われた上に野営地の内側に入り込まれ大混乱。人と大蜘蛛が入り乱れ、せっかくの魔導師も魔法の撃ちようが無かった。まったく酷い有様だったよ。


 そして、大蜘蛛が去った後、3人ほど攫われたとわかった。その中に貴族のボンボンもいたのさ。


 何としても救い出せと厳命が下り、夜明けとともに追跡し大蜘蛛の巣に到達。魔導師の魔法攻撃や領軍の奮闘もあったが、巣から追い払うのが精一杯だった。

そこでもさらに犠牲が出たな。問題の3人は巣の中で見つかったんだが、全員蜘蛛の糸でがんじがらめ。


 最初に確認した奴は、既に死んでいた。その次が貴族のボンボンで、奇跡的に生きていた。しかし、完全におかしくなっていたな。辛うじて救い出せたわけだが、その後は高熱にうなされ泣き喚き続け、正気に戻る事なく、結局3日後に死んだ。


 残る1人だが、そいつは何と骨だけになっていた。わかるか? 前の晩まで生きていた奴なんだぞ! そして、その人骨には拳くらいの大きさの普通の蜘蛛が、何十匹も、それこそ山のように(たか)ってたんだ!」


 その場の全員が、息を呑むのがわかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ