77. 閑話14 魔導師と廃魔石
「隊長、今、よろしいでしょうか?」
ノックの後にそう呼びかけると、返答があった。午前中の会合を終えて、隊長は執務室に戻っていた様だ。魔導師スピアーは部屋に入ると上司に用件を伝える。
「教会から、もし廃魔石を持っているなら、譲って欲しいと打診が来ています。
流行病の際に援助してくれた国の教会が切望しているそうでして。」
流行病というあの惨劇から、早や3年。
本当に目まぐるしい3年だったなと、スピアーは思う。彼自身は王都から、約半年前にこの地方領へとやって来た。今は、隊長と2人だけの魔導師隊である。
午前中にやってきた教会の関係者の話では、以前ここの教会に、隊長が領内の村で入手したという廃魔石を寄付したそうで、その事を覚えていた教会からの問い合わせとなった様だ。
「ただ、その、何と言いますか。相手は田舎の弱小教会でして、あまり金が無い様です。それで商会からは相手にされず、教会筋の伝手を頼って、あちこちに廃魔石を無心している様です。何でも、複数の教会で共同保有していた廃魔石を駄目にしてしまったとかで。」
滅多にお目にかかれない偶然の産物であり、それだけに高値の付く廃魔石だが、隊長は持っていた。それも何故か、複数個。
日常的に魔物を討伐していて、魔石を潤沢に保有している辺境の村々がこの領地には多い。そうした村々へ時折、討伐応援のために出かけている隊長が、その謝礼として廃魔石を贈られる事があるのだと話していたが、少々怪しい。
「高価で貴重な廃魔石を駄目にしてしまう様な教会に、再び廃魔石を渡しても良いものか、大いに迷うところだな。どうして駄目にしたか聞いているか?」
「ええ、廃魔石には詳しくありませんので、俄には信じ難いのですが、成人の儀の魔力判定の際に潰れてしまったと言っているそうです。本当なのでしょうか?」
スピアーがそう答えると、隊長は目を見開いたまましばらく押し黙っていた。
そして、ようやく口を開くと真剣な表情で訊いてきた。
「潰れた廃魔石の元の属性は分かるか? あと、触れていた人物の素性も。」
「残念ながら、その辺のところは聞いておりません。打診してきた教会関係者に確認して来ましょうか?」
「いや、それならいっそ、その関係者を呼んでくれ。廃魔石は出しても良い。」
金が無いと言っている相手に、廃魔石を出しても良いと、あっさり許した隊長の言葉に驚きながらも、承知しましたと、部屋から退出しようとしたスピアー。
しかしそこで、伝えるべき件がもう1つあった事を思い出し、口の端を吊り上げて笑みを浮かべると、上司に告げる。
「王都の仲間が近況を知らせて来ました。それによるとファブレル団長殿の第2期検証実験も全滅だったそうです。以来、団長殿は “体調不良” で寝込んでしまい、魔導師団内に姿を見せないのだとか。」
魔導師クルーガーは、片方の眉を吊り上げると苦笑を漏らす。あまり驚いていない様だ。こうなる事を予想していたのだろう。何とも不思議な御仁である。まあ、最初からそうだったなと、スピアーは彼の上司を改めて、そう評価するのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
最初の出会いが、最後の日だった。スピアーの知る王都での隊長の姿。
魔導師クルーガーが引退の際に披露した魔法は、衝撃以外の何物でも無かった。
当時のスピアーは、18歳の宮廷魔導師。第一階梯 “芋虫” 魔導師。
実家は、名ばかり貴族と言われる騎士爵であり、何の後ろ盾も無かった。魔法学院から宮廷魔導師団へと進む事は出来たが、例の流行病で師匠を亡くした後は、新たな師匠に師事する事も叶わず、同じ境遇の仲間と4人でコツコツ自習生活。
第三階梯魔導師の魔法が披露されるという知らせには、大喜びしたものだ。
師匠のいない彼らには、高位魔法を間近で見られる機会など、滅多に無かった。
演習場には一番乗りし、観客席の最前列を確保した。そして・・・
まさに、唖然、呆然、騒然
それは、スピアー自身の有様のみならず、宮廷魔導師団全体の有様でもあった。その異次元の魔法に唖然、自身の魔法を顧みて呆然、そして術者の不在に騒然だ。
新魔導師団長とその周辺は、あの魔法の数々を全て “イカサマ” と断じた。
しかし、そんなのは大嘘だった。
何故ならあの日、標的人形を演習場に設置した1人が、スピアーだったからだ。
エリックの急な要請に応じて、標的人形を新たに2体追加する事になった時、その手伝いをしたのが、観客席最前列にいた彼らだったのだ。
その標的人形には、少なくとも額に穴が開いていたり、首が簡単に落ちる様になっていたり、腹部に火魔石が埋め込まれていた形跡など、全く無かった。
自習組の4人は、師事するなら魔導師クルーガーしかいないと意気投合した。
何とか、会える方法は無いものかと皆で考えたが、相手は退団した魔導師である。
思い余って、事務局へ押し掛け、魔導師クルーガーの王都滞在先を聞きだした。王都のそれなりの高級宿。予想どおり、既に宿は出ており行く先は不明。
何としても行方を知りたかった。しかし、10年近く魔導師団に不在だった彼は、交友関係などまったく分からない根無し草。とても栄えあるイェルマーク王国宮廷魔導師とは思えない人物だった。最後は第三階梯魔導師であったにも拘わらずだ。
引退式から1年経過しても、スピアー達は依然として手がかりを掴めなかった。一方、新団長のファブレルは、クルーガーが引退式で披露した、あの奇跡の様な魔法の数々を必死に打ち消そうとでもするかの如く、自説の速やかな証明のために、大々的な検証作業、“大実験” の開始を、王都で華々しく宣言していた。
まあ、魔力持ち女性の母乳など限られた代物だ。当然、その恩恵に浴せる被験者の数など限られる。殺到する実験希望者を選り分けるだけでも、大事らしい。
また、魔力判定のために必要となった廃魔石は、その需要の急激な高まりから、あっという間に値が上がり、高値安定となった。何故か、王都のヤークト商会というところが、長年貯め込んでいた廃魔石の在庫を放出し、大儲けしたらしい。
けっこうな数が短期間に出て来たため、この事態を予測していたとしか思えず、魔導師ファブレルとヤークト商会の関係を疑う者も少なくなかった。
そんなある日、魔導師団事務局でエリックの関連資料を漁っていたスピアーは、ふと思いついた事があった。エリックが、若かりし頃は魔物猟師と呼ばれ、王国各地の魔物討伐を一手に引き受けていた事は既に知っていた。そして、閃いた。
彼の推理に基づいて向かった先は、広大な魔の森に面したサザーランド侯爵領であった。彼は、そこの領主館を訪れ、意中の人物に会う事が出来たのである。
スピアーは、見事に当たりクジを引き当てたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
マリアとともに、サザーランド侯爵領の領主館に移り住んで、早や1年。
ある日、予期せぬ客が訪れた。スピアーと名乗る “元” 宮廷魔導師。エリックから魔法の手ほどきを受けたくてやって来たと言う。良く此処が分かったものだ。
“魔物猟師” と呼ばれていた自分だから、魔物被害の多いサザーランド領に来たのかと、自嘲気味に問えば、違うと言う。エリックも興味を覚え、では何故此処だと思ったのかと訊いてみると、
「過去1年間、この領からは、王都に対して魔物討伐依頼が出ていないからです。それ以前は、毎年複数回の討伐依頼が、ずっと出ていました。これは、魔物が減ったからではなく、王都に応援要請をしなくても、自力で解決出来る様になったからだと考えました。腕利きの魔物ハンターが1年前から、ここで活動していると。」
そう話すスピアーに、エリックは唸った。面白い奴だと思った。
果たして、この男がエリックの持つ、この世界を根底から揺るがしかねない、魔導知識の数々を伝授するに相応しい相手なのかは、未だ分からない。
それでも、エリックが他国で行ってきた様な魔法指導を行う程度なら、別段問題も無かろうと考え、面倒を見ることに決めたのだった。
聞けば、スピアーは、宮廷魔導師団に辞表を出してここへ来たと言う。
それだけ自分の推理に自信があったのかと問えば、そういうわけではなく、当てが外れた場合には、この領で魔物狩り部隊にでも入るつもりだったらしい。
要するに、彼が見限るほど、現在の宮廷魔導師団は居心地の悪い場所らしい。
ファブレル団長の画期的な新説を実証する事こそ、もっかの宮廷魔導師団にとって最優先課題となっており、そのためには、下っ端の宮廷魔導師達は雑用係、または便利屋として酷使されて当然という風潮なんだそうだ。
既に魔力のある魔導師達にとって、只人が魔力持ちになったからと言って、それがどうした? という話なのだ。そんな事のお手伝いで、自分達の修行や研究の時間が奪われる事が我慢ならないのである。それなのに、団長命令で強制される。
有力ファミリーの場合には、断る術もあるのだが、スピアーの様に師がおらず、ファミリーに属していない魔導師には、有力ファミリーが断った分の雑用までが、回って来るのだと言う。かつての誰かさんの境遇にそっくりだ。
一度など、授乳期の魔力持ち女性のところに早朝向かわされ、壺に入った彼女の母乳を高位貴族の屋敷まで届けさせられた事すらあったと言うのだ。
流石に、この話にはエリックも唖然とした。聞けば、仲間が3人いると言う。
皆、同じ境遇であり、エリックに師事出来るのなら喜んでやって来るらしい。
一斉に魔導師団を辞めると目立つので、そこは配慮するらしい。まあ、若手魔導師が、いつ辞めても不思議では無いのが、現在の宮廷魔導師団なのだそうだが。
エリックがここにいる事を秘密にするなら、その3人も受け入れるとスピアーに話すと、もちろんですと彼もにっこり笑って快諾したのだった。
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あれから半年、スピアーはエリックの弟子兼秘書といった、絶妙のポジションを確立していた。それにしても、今日スピアーが報告した廃魔石の話には、エリックも久々に驚かされた。自分が経験していなければ、廃魔石が塵になる話など信じる事は出来なかっただろう。
一般に廃魔石の元の魔石の属性数は、2か3のものがほとんどだ。エリックが供給している自作の廃魔石も同様だった。
ファブレルによる母乳評価が始まり、廃魔石の需要が急増した時、ヤークト商会からの要請に応じて大量生産したものである。あの時は、大儲け出来た。
その廃魔石を塵に変えた奴がいる。おそらく、元は属性数2の廃魔石だろう。
それでも、自分と同じ第三階梯の魔導師か、それに準じる魔力量を持つ者という事になる。第三階梯魔導師が、今さら廃魔石に触るはずもない。それに、成人の儀と言う事ならば、15歳前後という話だ。
そう、若いのだ! 自分が第三階梯になったのが24歳。それよりも10歳近く若いとは信じ難い話なのだ。事実なら、とんでもない奴が埋もれている事になる。
これは、何としても探し出したい。そして、会って話を聞くべきだ。どの様にして、その若さで第三階梯に到達したのか? その高みに至ったのか?
そこでふと、疑念が心を過った。まさか、属性数3の廃魔石という可能性は?
まあ、流石にそれは無いだろうとエリックは、その考えを打ち消したのだった。
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翌朝やって来た教会関係者は、本当に廃魔石を譲ってくれるのかと半信半疑。
属性数2の魔石を特殊変換して作った廃魔石を “布で掴んで” 取り出し、スピアーによって実際に光らせて見せると、大きく目を見開き、ホッとした表情を見せた。
残念ながら、この関係者も塵となった廃魔石の元の属性数や、その時、廃魔石に触れていた人物に関する情報は、持ち合わせていなかった。
ただ、廃魔石を求めている教会が、テチス国のベズコフ領都にある教会だと教えてくれた。テチス国の名前くらいは知っていたが、ベズコフ領は初めて聞く。
辺鄙な場所にある子爵領で、取り立てて目立つ様な街では無いらしい。
廃魔石は、ベズコフ領の教会が用立てる事の出来る、精一杯の金額で譲るという破格の提案をしたため、教会関係者は目を丸くして、あなたに神のお恵みがありますようにと何度も唱えていた。知りたい情報を得るため、いくつか条件を提示したものの、いずれも問題は無かろうと教会側は承諾したのだった。
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およそ3ヶ月後、若い神官と2人の教会騎士がエリックを訪ねてきた。
エリックの出した条件に従い、廃魔石の輸送は教会側とする他、廃魔石が潰れた時の詳細を知る者の同行を求めていた。さらに、その時廃魔石に触っていた人物の情報、もし可能なら本人を連れて来るよう依頼していた。その場合、旅費はエリックが負担するという、何とも理解不能な破格の条件であった。
まずは、教会の一行を落ち着かせるために、廃魔石の取引を行う。
教会騎士の1人が、魔力持ちの騎士であった。問題無く発光した廃魔石に安堵の色を浮かべる。続いて、代価として持参した金貨50枚の入った巾着袋を、恐る恐る差し出してきた。ファブレルの評価実験による高騰は収まったとは言え、それでも属性数2の廃魔石は、金貨200枚は下らないのだ。
しかし、エリックは中身を確認すらせずに、あっさり受け取ると本題に入った。
ベズコフ教会の神官、ホアキンと名乗る若い男は、まさに当事者であった。
至近距離で廃魔石が塵と化した瞬間を目撃していた。その時の状況、触っていた人物の人相・風体なども詳しく話してくれた。
ただ、魔石が潰れた直後の大騒ぎの中で、その人物はいなくなっていたという。教会もその人物を一応探したが、残念ながら、行方は杳として知れなかった。
魔力判定の受付時にも記帳はしておらず、名前もわからないと言う。
結局、廃魔石を塵に変えた人物に関しては、何一つ分からなかった事に恐縮するホアキンに対して、再度その人物の捜索を依頼したエリック。罰するためのものでは無いと念を押したのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
来客も帰り、1人自室に戻ったエリックは、そこで大きな溜息を吐いた。
先ほどの会合で受けた衝撃たるや、自分の心臓の鼓動が皆に聞こえるのではないかと、心配になるほどだった。
ホアキンは言ったのだ。一瞬光ったと思った次の瞬間、塵になったと。
それは、かつて自分が体験した時と全く同じ光景。そう、あの第三階梯になった日と同じ。明らかに、階梯が属性数を上回った事による、廃魔石の崩壊現象なのだ。
それより何より、彼を本当に驚かせたのは、ホアキンが語った廃魔石の特徴。
「鶏卵の形状と大きさ。あの廃魔石の元の属性数は、3で間違いありません。」
彼は、淡々とそう言ったのだ。その意味するところなど全く知らぬままに。
超越者がいる!
間違い無いとエリックは確信した。だから、再調査を依頼したのだ。
エリックは、ホアキンからの連絡を一日千秋の思いで待ち続けた。その探索の重要性に比べれば、ファブレルの “大実験” など、比較するのも馬鹿らしかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しかし、半年後にホアキンから届いた手紙には、エリックの意に添えなかった事に対する謝罪の言葉が並んでいた。
魔力判定の際に、問題の人物と言葉を交わしていた商家の息子を探し出し、話を聞く事が出来たものの、やはり行方を知る手がかりにはならなかったという。
教会の訪問者を始め、領都住民にも広く情報提供を求めたものの、全て空振り。どうやら、その御仁はベズコフ領都の住民ではないようだと結論づけていた。
かつてのエリックだったら、自らそのベズコフという街へ乗り込んでいた。
しかし、現在の自分には、マリアを置いて行く事も、連れて行く事も出来ない。
もし、シンシアがいれば、マリアを彼女に託して調査に赴く事も出来ただろう。
しかし、彼女は最早いない。
人を雇って探させ、可能なら連れて来させる事も考えたが、無理だった。
一体どんな理由でもって、見も知らぬ遠い異国まで引っ張って来るというのか?
自分が秘匿している情報を打ち明けた上で派遣出来る様な人物など、いなかった。
結局、断腸の思いで、この件は諦めるしかなかったのである。
ところが、それから3年、この件を半ば忘れた頃、エリックはその人物について知る事となった。彼を訪ねて来た商人が教えてくれたその名は、レオといった。




