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75. 閑話12 魔石の新たな地平



 マリアの病もどうにか全快し、久しぶりに娘を外に連れ出したエリック。

この温泉湯治場のある田舎町ハウルの商店街を散歩がてら歩いていた時だった。


 通りがかった馬車が停まると、中の人物から声を掛けられた。

見れば、馬車の窓から顔を覗かせているのは、女医のサイモン先生である。

 マリアが今回、2度ほど診察してもらっていた。いずれも、さほど心配は要らないという事で、何かあればいつでも連絡して良いからと言われていたが、結局サイモン医師の手を煩わせる様な事は起きず、マリアも無事回復していた。


 娘も問題無く元気になったと告げ、改めて、この人の良い中年の女性医師に礼を述べる。往診ですかと問うエリックに、少し硬い表情のサイモン医師が答える。


「実は、王都から呼び出しを受けたのですよ。何でも、あちらで大規模な流行病が発生していて、医者が足りないとかでね。」


 エリックは、もちろん初耳だった。

王都からこのハウルまでは、馬車で約半月かかる。けっこう遠いのだ。そんな遠い場所の医者まで招集するという事は、どれほど深刻な事態なのだろうかと怪しむ。


 挨拶をして別れた後も、その流行病の事は頭から離れなかった。

シンシアが滞在しているロータス伯爵領は、王都からは馬車で5日ほどの場所。

 それなりに離れているから、直接的な影響は無いと思うのだが、早めに迎えに行った方が良さそうだと思った。マリアも母親の不在を寂しがっている事だし。


 しかし、結局それは叶わなかった。

サイモン医師と会った翌日、定期馬車の予約をしようとした矢先、王国絶対令が布告されたのだった。長いイェルマーク王国の歴史上でも例の無い、非常事態宣言であった。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 大規模な流行病への対処として、すべての都市で人の出入りが禁止された。

都市と都市の交通はすべて遮断され、移動や都市への出入りが許されたのは医療関係者を除けば、流行病への対応に当たっている一部の官憲のみだった。

 食料や日常生活の必需品の配送も、都市の正門のすぐ外で馬と馬車ごと引き渡し、外部の人間は都市内へは入れず、都市内の人間も外には出られなかった。


 田舎町ハウルは完全に封鎖されてしまった。町を抜け出す事は、出来ないわけではないだろうが、抜け出したとしても、その後の移動手段が存在しなかった。

そして、そうした措置は王都も含め、この国のすべての都市に適用されていた。


 まあ、古くからの湯治場であるハウルは、常時、多くの金持ちが滞在するため、ハウルに対し生鮮食料品を専門に供給する村々が近くにあった。

 ハウルもそうした村々も流行病に見まわれる事は無く、飢える心配が無かった事だけは幸いだった。


 しかし、外部の様子を知る手段は無く、時折王都方面から齎される僅かな情報を貪るように聞きかじりながら、必死に耐える日々が続いたのだった。

 もちろん、個人レベルの安否を確認する手段など有るわけも無い。シンシアの無事をひたすら神に祈るしかなかった。



 そんな生活が1年ほど続いたある日、遂に、移動制限が解除されたとの知らせが齎された。そして、その吉報をハウルの町に届ける事になった、本当に久方ぶりの馬車便の乗客の一人が、エリックを訪ねて来たのである。

 未だ10代のソバカス顔の娘。サラと名乗った彼女は、シンシアの滞在先であったロータス伯爵家のメイドだったという。そして、エリックに小箱を差し出すと、消え入りそうな小声で告げたのだった。


「シンシア様の遺品です。」


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 あまりの衝撃で目を見開いたまま固まってしまったエリックに、サラが恐る恐る声を掛けてきて、ようやく我に返ったエリックだった。彼女から、これまでの経緯を聞かせてもらう。まだ6歳のマリアを別室に残してきて良かったと思う一方で、一緒に聞かせた方が良かったのかもしれないと迷う自分がいた。


 サラの話によると、この流行病の始まりはケール男爵という地方貴族が、王都における新年の大舞踏会で、並みいる貴族達を病に感染させた事だったという。

 その後、多くの者が見聞するか、自ら体験する事になったこの病の特徴を、大舞踏会の場で、一人だけ体現していたのだそうだ。如何にも熱のありそうな赤い顔、激しい咳き込み。そんな症状だったという。


 病は、大舞踏会の参加者を通じて貴族社会に一挙に広がったと言われている。

ロータス伯爵家では、王都で感染した伯爵本人が領地に戻って来て家族が感染。

 使用人や、シンシアも次々に感染していったという。あまりの感染者の多さに、伯爵邸の大広間にベッドを並べ、患者全員をそこに集めたそうだ。


 サラもシンシアとほぼ同じタイミングで感染した。サラは元々、伯爵家に客人として滞在していたシンシアの専属メイドを命じられており、身の回りの世話をするうちに随分親しくなっていたという。


 大広間で、高熱にうなされながらも、時折お互いに励まし合ったのだそうだ。

その時に、この小箱を託されたという。結局、サラは回復したものの、シンシアは助からなかった。ロータス伯爵家の者達も、全員亡くなったという。

 サラの話では、伯爵邸の感染者のうち、概ね3人に2人が亡くなったらしい。

この病気の死者は、さらなる感染防止のため所定の場所に集められ、身分の貴賤に拘わらず火葬に付されたのだそうだ。どうやら、こうして遺品が来るだけでも幸運な方らしい。


 エリックとしては、聞きたい事は山ほどあった。

でも、何を聞けば良いのか分からない。ふと、サラの今夜の宿泊先を訊けば、未だ決まっていないと言う。それ以前に、ロータス伯爵家自体が現時点では断絶した状態であり、使用人の給料も出ていない。ここまでの旅費も、シンシアが小箱を託した時に、一緒にサラへ渡してくれたシンシアの所持金で賄ったのだそうだ。


 取り敢えず、今夜はこの別荘の客間に泊まってゆく様にサラを説得し、別荘の使用人に手配を頼んだ。


 一人、応接間に残されたエリックは、そこで妻の遺品の小箱を開けた。

中には2つの “驚異” が入っていた。それはまさに、度肝を抜く代物であった。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 1つは緑色の楕円型の魔石と思しき物。

間違い無い。あの双頭の蛇の魔石の片割れを変換した魔石だ。それも、エリックは感知出来ない事から、特殊変換された魔石だ。

 属性数3の原魔石を特殊変換出来るのは、第三階梯魔導師でなければならない。

そう! シンシアは、到達したのだ。第三階梯に。


 しかし、真に驚くべきは、もう1つの魔石。いや! これは魔石なのか?

それは、手の平サイズの薄い円形の板。色だけはよく知る色合い。

 そう! 何と、赤い火魔石の色合いそのものなのだ。


 どう見ても、魔石とはほど遠い形状! しかし、その色合いは明らかに火魔石。 そして、彼女がわざわざ送って来たこれは、やはり火魔石に違い無いと確信する。これもまた、エリックには感知出来ないので、特殊変換されたものだ。


 小箱の中に、メモ書きがあった。見慣れたシンシアの文字だった。

文字に乱れは無い。病に伏せる前に書かれたものだろう。その内容は、主に赤色の平たい円形魔石に関するものだった。


「魔素の塊である原魔石を、魔導師の思念で変換出来るのなら、魔石の形状も変える事が出来るのではないかと思ったの。


 だって、原魔石の形は、完全な球体以外にもドングリ型とか鶏卵型といった形状の物が多いでしょう? 属性数の小さい、小型の原魔石が特にそう!

 よく見れば、原魔石の大きさの割に身体の小さな魔物ほど、球形じゃない原魔石が多いのは不思議だった。とりわけ、敏捷性の高い魔物ほど、球体よりも楕円型の原魔石の方が多いわね。きっと、体内で邪魔にならない様にするため?


 ひょっとしたら、魔物の思念が原魔石を変形させているのかも!


 そう思って、以前から平たい火魔石があれば、鍋を使う時に便利なのにと思っていたから、ひたすらそう念じてみたら、出来たのがコレ! 凄いでしょう!」


 その赤い円形の板が示唆する事は、途方もない可能性を秘めていた。

そう! やはり、彼女は天才だ。自分など足下にも及ばない斬新な発想ではないか。エリックは、シンシアのメモを持つ手の震えが止まらなかった。


「そうして、もしこれを自らの体内魔石にも適用出来るとしたならば、これこそ魔導師病の有効な対策になるんじゃないかしら?」


 エリックは、その場で目を瞑ると、しばし感慨に耽った。

彼女が、この赤い円形の板をどの様にして変形させたのか、詳細は分からない。

ただ、それが実現出来ると分かっただけで、もうそれだけで十分なのだ。

 魔法も魔石変換もイメージこそが大切な点では共通している。出来るとわかっていれば、実現する事は容易い。あとはひたすら試行あるのみだ。


 それは、人が成し遂げる事の出来る奇跡!


 しかし、感動は直ぐに去って行った。代わりに訪れたのは、果てしない喪失感。魔石を小箱にしまうと、その場で項垂れるエリック。涙がとめどもなく頬を伝い落ちる。そのまま、自分の書斎代わりの部屋へと足を向ける。


 廊下を歩いて書斎へ戻った気配を察したのだろうか、部屋に戻るなりドアがノックされ、幼い娘が顔を出した。そして、涙で顔をクシャクシャにした父親の顔に驚くとともに、テーブルの上に置かれた小箱を指差して、それは何? と訊く。

 人は、5,6歳で魔石を感知出来る様になるのだが、マリアはまだだった。


 魔石だよと言うと、


「うん。火と風だよね。」


 そう答える。嗚呼! この子も遂に魔石が分かる様になったのかと感じ入る。

しかしながら、よりによって、こんな日に。こんな魔石で。エリックはそう思う。


「ママの魔石だよ。」


そう言いながら、側に歩み寄ってきた娘に、小箱の蓋を開けて中身を見せる。


「マリアに、それ、ちょうだい!」


魔石を感知出来るという事は、起動させる事も可能だ。火魔石は流石に危ない。

エリックは、淡い緑色の風魔石を取り出すと、マリアの手の平に載せてやる。

 その魔石をじっと見ていたマリアだったが、一つ頷くと部屋を出て行った。何故か、少しホッとしたエリックだった。まあ、母親の死をどう告げるべきか、まるで思いつかない状態で先送り出来てしまったわけだ。その事に、ホッとしている自分が何とも情けなかった。


 しかし、次の瞬間、今日、何度目かの衝撃が走った。

何故、マリアは魔石を感知出来た!?


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 2つの魔石はともにシンシアによる特殊変換が成されていた。シンシア以外の人間には、この2つの魔石を感知出来るはずは無いのだ。そして、小箱には蓋がされていた。それなのに、マリアは火と風と言ったのだ。何故だ!


 エリックは、混乱した。もう、何が何だかわけがわからない。

そして、その混乱に輪を掛ける様な新たな事象が追い討ちをかける。


 すすり泣きが聞こえた。部屋の片隅から。

廊下に通じるドアの方ではない。庭に面した窓の側に置かれた、机の方から。空耳では無い。机に近づくエリック。依然、すすり泣きは続いていた。

机の引き出しに手を伸ばし、そっと開ける。中にあった魔石が仄かに光っていた。


 引き出しの中で光っている緑色の風魔石。そこから声が聞こえて来た。


「ママ! ママ! どこに行っちゃったの? どうして帰って来ないの?」


 それは、エリックが特殊変換を行った、あの双頭の蛇の魔石の片割れ。

そして、そこから聞こえる声は・・・


 エリックは、魔石の新たなる地平を、今まさに目撃していた。


 双頭の蛇から取れた、あの全く同じ紋様を浮かべる1組の魔石。その権能を遂に知ったのだ。人の吐く息、発声、それもまた “風” なのだ。そして、ペア魔石はそれを互いに伝え合う事が出来るのだ。おそらく、離れた場所であっても。

 この魔石を使えば、遠く離れている者同士が直接会話を交わす事が出来るのかもしれない。エリックは直感的にそう感じた。

 何たる権能! そして、何たる発見! エリックは痺れるような感動を覚えた。


 しかし、次の瞬間、その感動は別の感情によって、見事に吹き飛ばされた。

エリックは、目を瞑ると歯を食いしばり、横に大きく首を振った。

 襲ってきたのは、激しい怒り。凄まじい情動。それは自分に対しての怒りだった。殴り倒してやりたい! エリックは自分に対して怒り狂っていた。


『今、お前がいるべき場所は、ここでは無い! 絶対に違う!』


 エリックは、部屋を出ると、そのままマリアの部屋に向かいドアを開けた。

小さなマリアがベッドにうつ伏せになって、肩を震わせていた。

 その小さな手に握り締められ、仄かに光っているのは、紛れもなくもう1つの風魔石。エリックは、そのまま歩み寄るとベッドに腰掛け、娘を抱き寄せた。

 すすり泣く娘の背中を撫でながら、そこで、さらなる真実の衝撃に襲われた。


『マリアの体内魔石を形作ったのは、母親であるシンシアの魔力なのだ!』


 特殊変換された魔石は、変換した本人以外は感知出来ず、操る事も出来ない。

それは、魔力にも人によって微妙な差、人相ならぬ、言わば “魔力相” とも呼ぶべき違いがあるからだと、エリックとシンシアは結論づけていた。

 シンシアの特殊変換した魔石を感知出来るという事は、マリアはシンシアと同じ魔力相を持っていると考えるしか無い。


 人の魔力が、その体内魔石を源とするのなら、シンシアの魔力によって形成された “魔力の塊” であるマリアの体内魔石が、元となったシンシアと同じ魔力相の魔力を放っていても、何ら不思議では無いと思うのだった。

 そう! 子は母の魔力だけでは無く、その魔力相までも受け継いでいるのだ。


 そこまで考えたところで、エリックは再び頭を振った。

いや、そんな事は後で良い。今は、この途方もない喪失感を少しでも和らげるために、幼い愛娘のぬくもりを感じていたかった。それは、お互いに必要な事であり、間違い無く正しい事なのだと思った。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 その後エリックは、行き場の無いサラをメイドとして雇い入れた。

幸いな事に、マリアはサラに直ぐに懐いてくれたおかげで、エリックの心労の一部を軽減してくれたのは、本当に幸いだった。


 一方でエリックは、原魔石の変形に挑み始めた。シンシアの薄い円形の見本を机の上に置いて励んだせいもあり、比較的短時間で実現出来た。

 また、予想したとおりシンシアの円形魔石をも、マリアは起動させる事が出来たのだった。間違い無い。マリアとシンシアの魔力相は、同じものなのである。


 そして、次なる挑戦が始まった。

その達成までには、流石に半年近い時間を要した。それは、原魔石の縮小化。

そもそも、魔石という物は、この世界の条理からは大きく外れた存在なのだ。

変形するのなら、縮小だって出来るのではないか? そう考え、挑み続けた。


 やがてエリックは、奇跡を現実のものとした。

属性数3の原魔石を、属性数2の原魔石に近いサイズにまで変形(縮小)させる事に成功したのだった。あとは、これを自身の体内魔石に適用出来れば、魔導師病を根本的に解決出来るはずである。


 10年前のエリックなら、喜々として挑み、その先の超越者、すなわち第四階梯を目指したに違い無い。さらには、双頭の蛇の原魔石のような、ペア魔石をどの様にして入手するか知恵を絞ったはずである。


 しかし、今のエリックにとって人生の優先事項は激変していた。

かつての魔法オタクは鳴りを潜め、今や彼にとって唯一絶対のものは、愛娘マリアであった。したがって、時折胸が疼く時にだけ、原魔石を縮小した “操作” を自分の胸に施す程度に留まっていたのである。本格的な階梯上げのための魔力枯渇修行も積極的に行おうとはしなかった。


◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 そして、流行病が猛威を振るってから、そろそろ1年半。

ヤークト商会経由で、宮廷魔導師団から封書が届いた。直ちに出頭されたしと。

前回のファブレルの件が頭を(よぎ)ったが、事務局による魔導師団の現状報告を見たエリックは絶句した。貴族界隈に大きな犠牲を出した流行病は、貴族出身者がほとんどを占める宮廷魔導師団にも甚大な被害を齎していたのだ。


 健在な宮廷魔導師団員の中で、エリックだけが唯一の第三階梯魔導師だという。

それの意味するところは、明らかだった。あまり良い記憶の無い場所ながら、無視する事は出来なかった。


 こうして、マリアにサラも伴い王都を目指したエリック。

しかし、そこで彼を待ち受けていたのは、ドス黒い悪意であった。


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