74. 閑話11 第三階梯魔導師エリック
自宅の居間で、どうしたものかと頭を抱え込むワケあり魔導師エリック。
ヤークト商会経由で届いた宮廷魔導師団事務局からの封書を開けて思い悩む。
何かと見れば、中に同封されていたのは、エリックを詰問する文書であった。
要約すると、宮廷魔導師団にまったく顔も出さず、論文すら出していない。まともに修行をしているのかも怪しい。この様な人物が栄えあるイェルマーク王国宮廷魔導師を名乗っている事に対して、団内から疑念の声が挙がっている。早急に宮廷魔導師団へ出頭せよ。また、長期に亘って休職状態のシンシアも同行せよと。
末尾には「第二階梯魔導師有志の会」という聞いた事も無い団体名があった。
まあ、ファブレルが裏で糸を引いているのは間違い無い。エリックへの嫌がらせはもちろん、シンシアに会いたくて仕方が無いといったところだろう。
何せ、結婚と同時に王都を出て以来、シンシアが王都へ行ったのは、ほんの数えるほどであり、宮廷魔導師団には一度も出向いていない。もっぱら、豚猫の縞尻尾を始めとする、お気に入りの王都の商店を訪れ、限られた親しい人々と会っただけなのである。
エリックにしても、ファブレル一派と対面して嫌味を聞かされるのは、もう御免被りたい。この際、正式に宮廷魔導師団を退団するのもありかと腹を括った。
ところが、である。
シンシアがプンスカと怒り、私はそれで良いけど、あなたまで退団するのは業腹だと抗議の声を挙げたのだった。そして、彼女の提案を呑み、一人王都へ向かったエリックだった。まあ、これなら第二階梯ナンチャラの会も文句はあるまい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
エリックが王都の宮廷魔導師団事務局を訪れると、さほど間を置かず、ファブレルとその取り巻きと思しき、数人の若い魔導師達が事務局に姿を現した。
まあ、魔導貴族家の名門ファブレル家のご嫡男である。将来の宮廷魔導師団長に尻尾を振っておいても損は無いだろうから、その旨指示されていた事務局の者が、エリック来訪をご注進しただろう事は想像に難くない。
ファブレルは、もう、いきなりの喧嘩腰であった。
目は吊り上がり、つかつかとエリックに向かって歩み寄ると、シンシアはどこだと詰問し、かくも長き不在はどういう事なのか説明せよとまくし立てる。
まるで、犯罪者の犯行現場を押さえたかの様な態度である。エリックは、苦笑しつつ穏やかに返答する。
「何の説明なのか分からないが、後にしてくれ。大事な用事があってね。」
「ほう。名ばかり宮廷魔導師のあなたに大事な用事ですか?」
嫌みったらしく、ファブレルが答える。取り巻き連中もニヤニヤ笑っている。
「ああ、第三階梯の昇段認定試験をこれから受けるのだよ。」
そう、これがシンシアの提案なのだった。エリックも既に38歳となっており、40歳前後という一般的な第三階梯到達年齢から見ても不自然ではない。
しかし、その場にいる者達は、全員がギョッとした顔をする。これまで落ちこぼれとして散々馬鹿にしてきた男が、全魔導師のほんの僅かな者しか到達出来ない、魔導師の最高位にある事が信じられないようだ。
ファブレルが辛うじて言葉を絞り出す。
「嘘だ! そんな事があるはずが無い! 絶対に嘘だ!」
「ならば、試験に立ち会えば良い。それから、妻は子供の世話があるし、ここにはどれだけ拒絶してもつきまとう変質者がいて、気味が悪いので来たくないそうだ。
そういうわけで、我が妻、シンシア・クルーガーはイェルマーク王国宮廷魔導師団を正式に退団した。事務局での手続きは済ませた。ここにはもう二度と来ない」
それだけ言うと、驚きのあまり硬直しているファブレルを残し、宮廷魔導師団の事務方トップである事務局長とともに、宮廷魔導師団の演習場へと移動する。
第三階梯魔導師の誕生は、大国イェルマークでも流石に数年に一人であり、その昇段認定試験ともなれば、只人とは言え事務局長も立ち会うらしい。
演習場には、10代と思しき若い魔導師の先客が数人いた。第三階梯への昇段認定試験をこれから執り行うと知り、大いに驚いているようだ。
そのまま待つ事しばし、現在の魔導師団長以外では唯一の第三階梯魔導師である魔導師バーキンが、事務局からの連絡を受けて、立ち会いのためにやって来た。
既に、初老と言って良い年齢のバーキン。世の中の多くの人々が思い浮かべる、如何にも魔導師といった風体の長い白髭を生やした御仁だ。
“魔物猟師” と蔑まれていたエリックを知らぬはずもないのだろうが、こうして認定試験を受けるという事は、既に第三階梯魔導師に至っているわけで、自分と同じ最上級魔導師への敬意を疎かにするはずもなく、厳粛な表情でエリックに向き合うと静かに頷いた。
事務局の係員が、演習場の一角に標的人形を設置する。人の頭部と胴体を模した瓢箪型の “のっぺらぼう” 人形。足の部分が杭になっていて、地面に刺さる構造。
50歩ほど離れた位置で杖を掲げ、「風よ!」と唱えると、標的人形が揺らいだ。それを3回ほど繰り返すと人形が倒れる。もう十分だろうと考え、振り向くと、
「我、魔導師バーキンは、魔導師クルーガーの風魔法を確かに見届けた。」
「我、宮廷魔導師事務局長、サイラス男爵も確かに見届けた。魔導師クルーガーの第三階梯昇段を認めるものである。」
こうして、エリックは無事、第三階梯魔導師となった。
「これほど強力な風魔法を、昇段認定試験の場で見るのは初めてだ。それに短縮詠唱も見事だった。長年に亘る卿の地道な研鑽の結果であろう。おめでとう!」
バーキンは微笑みながら、そう感想を述べてくれた。見物していた者達の間からも、どよめきと拍手が起きる
もちろん、エリックが今ここで披露した魔法は手抜きでしかない。魔物相手には牽制程度の威力しかないだろう。しかし、この場で風の刃によって標的人形をズタズタにしたり、真っ二つに切断したりすれば大騒ぎになるのは必至。
階梯上げには、これで十分なのだ。
まあ、短縮詠唱はひたすら各人の鍛錬あるのみで、教えようも無いから、ここで披露したとしても、しつこく教えを請われるような面倒事は起きないはずだ。
呆然としているファブレル一派を残して、さっさと魔導師団から退散した。
翌日、事務局へと顔を出すと、昇段式を3日後に開催すると言われた。
流石に、第三階梯への昇段式は、宮廷魔導師団全体のイベントになるらしい。
宮廷魔導師団長の予定を調整の上、その日に決まったという。
その儀式において、第三階梯魔導師の証となる金のプレートと白ローブを受け取る事になるという。イェルマーク王国を始め、大陸各国の共通ルールとして、魔導師のローブの色は、第一階梯が「黒」、第二階梯が「灰」、第三階梯が「白」というのが、昔からの伝統である。
この世界では、純白の衣装というのは維持が難しく金が掛かるのだ。
何とも世知辛い話なのだが、一番人数が多い第一階梯魔導師のローブが黒なのは、汚れが目立たないからだと言われていた。そういうわけで、宮廷魔導師団内では、第三階梯魔導師を「純白の魔導師」と呼ぶ事もあるようだ。
今後の日程も聞けたので、事務局を去ろうとしたエリックに、声が掛かる。
入団希望者が来ており、その審査をやって欲しいと言う。相手は第二階梯魔導師。魔導師団長もバーキン魔導師も忙しく、この2人以外で最上位の魔導師がエリックになるからと。まあ、第三階梯になれば、こうした雑事も降ってくるようだ。
採用するか否かは、完全にエリックの一存で構わないと言われ、その入団希望者が提出している入団希望書類を見て、引き受ける事にした。
33歳の男性。これまで5カ国の宮廷魔導師団の在籍経験がある。直近では、剣術大会で有名なマクルーファン王国にいた。
エリックは、その魔導師の名を知っていた。
彼が、教官として、いくつかの小国で魔法指導を行なっていた際、何度か耳にした魔導師。世間一般では、巨大な火球を出現させる黒炎の魔導師。良く知る者からは廃魔石の魔導師と呼ばれている魔導師だった。その名は、カーン。
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採用の可否を判定する者として、先入観を持つ事は避けるべきだと思ってはいたものの、カーンを見た瞬間、嗚呼この男とは親しい関係は築けないなと感じた。
事務局の係員に対しても尊大な態度であり、明らかに只人を見下している様だ。魔導師としての選良意識が骨の髄まで染み込んでいるタイプである。
自分と同じ「灰色」のローブを身に着けたエリックの登場に眉をひそめている。何とも不快な、如何にも酷薄な目つきの男。
事務局の係員が、魔導師クルーガーは第三階梯の認証を得ており、3日後の認定式を待つばかりなのだと説明すると、がらりと態度が変わった。
志望動機や魔法理論に関して、しばらく話を聞く。
ファブレルの杖に関する論文が、いたくお気に入りの様だ。要するに、自ら検証する姿勢は乏しく、権威筋の言説を鵜呑みにするタイプらしい。
尤も、魔法に想像力は大切な要素であるため、思い込みが力を発揮する場合もある事は確かである。しかし、それでは限界突破は夢のまた夢なのだ。
それよりも、魔導師にとって最重要項目である実技披露である。
カーンは如何にも嬉しそうだ。例の大火球を披露すれば、採用間違い無しと確信しているのだろう。残念ながら、本日の審査役は、魔法は手段であって目的では無いと考えているエリックだった。事務局員とともに演習場へと移動する。
同行した事務局の係員に指示して、100歩ほど離れた位置に標的人形を設置させる。カーンは、怪訝な表情でその作業を見守っていた。
「では、卿の魔法を披露したまえ。」
エリックがそう言うと、カーンは喜々として前方に火球を紡ぎ出す。それは膨張して行き、人の身長ほどの赤黒い火球となった。そして、所謂ドヤ顔でこちらを見る。
「では、あの標的を攻撃してみたまえ。」
エリックのその言葉に、カーンは愕然とした後、明らかな不満顔となった。
大方、あなたにはこの大火球の神髄が理解出来ないのか? とでも言いたそうだ。
「ただの火球に、何の意味があるのかね? 卿の魔法で何が出来るのだ?」
そこまで言われて、仕方無くカーンはその大火球を標的に向かって撃ちだした。
エリックは、傍らにいた若い事務局員に対して奇妙な指示を出す。
「君、全力で走って、あの火球と競争してみてくれないか? ほら! 急いで。」
意味不明の命令に首を捻りながらも、その青年は駆け出した。そして、何と火球に追いつき、追い越してしまったのだ。標的人形の側を通り過ぎたところで、もう良いぞとエリックが大声で叫んだ。
ようやく後から追いついてきた大火球が標的人形を呑み込むと、消えた。
そこには黒い煤に塗れた人形が、取り残されているだけだった。
黙ったまま、左右に首を振るエリックをカーンは呆然と見つめていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
当初の予想どおり、エリックはカーンを不採用とした。
カーンは、最初に話をした部屋で人払いを要求し、エリックと2人きりになったところで、鞄の中から廃魔石を取りだした。ビワの実ほどの大きさの透明な球体。
以前、エリックが真に第三階梯となったその日に、塵にしてしまったのと同じ属性数2の廃魔石。それをカーンは差し出してきた。嫌らしい笑みを浮かべながら。
おそらく、金貨200枚は下るまい。これが属性数3なら、500枚が相場だ。
何せ昨日、同じ物を久しぶりに訪れたヤークト商会本店で、商会長に渡したばかりなのだから間違い無い。
まったく廃魔石に興味を示さないエリックに愕然とするカーン。
その後、不採用を言い渡されると、怒りと失望に震えながら部屋を出て行った。
エリックは、カーンの為人を聞き及んでいたのだ。
多くの宮廷魔導師団を渡り歩く大火球の使い手にして、魔法を究めんとする者。
あまりにも苛烈なその生き様は、しばしば周囲との軋轢を生み、結果として他国へと新たな活躍の場を求めて去りゆく者。
すべて嘘である。
第一、大火球など何の役にも立たない。大道芸に過ぎない。そして、彼は無能者。
彼が籍を置く宮廷魔導師団でその事実が明らかになりそうになると、突如として若手魔導師に対し凄惨な苛めを開始する。そうして、周囲が耐えられないと抗議の声を挙げ始めると、
「私の、皆を魔導の高みに引き上げたいという純粋な気持ちと、そのために課した厳しい修行の数々は、理解されなかったようです。残念です」
その国の上層部に、そう激白して去って行くのである。
現場を知らない魔導師のトップや王侯貴族には、惜しむ声が少なくないらしい。
有能だが、優れた自分の基準を他者にまで当てはめたのが、失敗の原因だと思われているらしいのだ。そういう点では、弁舌の才だけは一級品らしい。
しかし、彼の言う修行とは、密室での長時間に及ぶ罵倒であったり、無理な魔法行使の強要で魔力が枯渇寸前となっている者に対する恫喝なのであった。
息も絶え絶えの消耗した魔導師の眼前に廃魔石を差し出して、こう言うのだ。
「この程度でへたばる君は、本当に魔導師なのか? この廃魔石に触って証明してもらおうか。もし光らなかったら、今すぐ宮廷魔導師団から放り出してやろう!」
若い魔導師の中には、泣き出す者も珍しくは無かったらしい。情緒不安定になり、魔法が発動出来なくなってしまった者もいたと聞く。先ほど見せられた廃魔石は、その様な事に使用されていた “いわく付き” の物だったのだ。
だから、カーンに付いた二つ名の一つが「廃魔石の魔導師」なのだ。
エリックは、ヤークト商会内部で、自分が同じ名で呼ばれている事を知った時は、苦笑したものである。
しかし、金貨200枚の廃魔石を、魔石嫌いの魔導師が持ち歩いているのは、奇妙だ。今日、見た限りでは、カーンは筋金入りの魔導師至上主義者だろう。とても、エリックの様な非正統派の魔導師では無い。
そう考えると、真っ当な手段で手に入れた廃魔石では無いのだろうと思えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後、第三階梯就任の儀式を無事終えたエリックは、早速1年間の階梯昇格休暇を申請した。魔導師団長とバーキンは少々呆れていたが、無詠唱による魔法発動を1年後には披露出来そうだと、自らの修練の目的と目途を語り、押し切った。
まあ、とっくにクリアしている事だから、別に問題は無い。
目指すは、前回の階梯昇格休暇の際にも長期滞在した、例の湯治場の別荘。
シンシアが、どうしても第三階梯になりたいと言うのだ。まあ、一つの区切りではある。彼女は、新婚旅行中の19歳の時、その湯治場で第二階梯となっていた。
その後の8年間、エリックの赴任先として、ある程度希望した国を選べるとの事から、魔の森に近い場所で暮らせるという前提で選んで来たのだった。
まあ、普通の魔導師では有り得ない、トンデモ無い話である。
とにかく、シンシアは熱心に階梯上げを目指していて、魔力枯渇回数をエリックへの聞き取りから割り出し、大体何回くらいの累積で階梯が上がるのかを計算していた。それによると、例の湯治場に籠もれば、あと数ヶ月のはずだと言うのだ。
かくして、温泉でのんびりしながらの奇妙な魔導合宿が始まったのである。
3ヶ月ほど経過した時、シンシアに封書が届いた。
イェルマーク王国の外交官夫人である、親友のキャサリンからだった。
助けてほしいのだそうだ。彼女の娘の魔導師修行の指導をお願いしたいと。
彼女には7歳になる娘がおり、当然、魔力持ちである。これまで、魔力増進のための修行は母親である彼女が担っていたのだが、最近、弟が生まれた。それも双子の男の子で、とても娘の魔導師修行を見てやる余裕が無いのだという。
キャサリンは、今の夫と結婚するに当たり、実家を飛び出すような真似をしており、今さら実家には頼れないという。そこで、信頼出来る数少ない魔導師である、シンシアご指名というわけなのだ。
まあ、これは断れない。彼女の夫のロータス伯爵領は、ワインの産地。
外交官として諸国を渡り歩くロータス伯爵の贈答品として、ワインは有名であり、大いに喜ばれる一品なのだそうだ。そのワイン飲み放題という一文に釣られたわけでは無いだろうが、シンシアは出かける事にしたのである。期間は1ヶ月ほど。
あと、もう少しで第三階梯になれそうな気がすると身悶えしながらの旅支度。
荷物の中には、新婚旅行中に手に入れた双頭の蛇の原魔石も入っていた。1個は、既にエリックが特殊変換で緑色の風魔石にしていた。片割れのもう1個は、自分が第三階梯になったら特殊変換し、この奇妙な “双子” 魔石を調べるんだと主張し、今まで原魔石のまま保管していたものである。
手紙で連絡されていた日、ロータス伯爵家から迎えの馬車がやって来た。
当初は、娘のマリアも一緒に連れて行く予定だったのだが、前日から熱を出したので居残りとなってしまった。子供の頃に誰もが罹り、一度罹ってしまえば二度と罹らないという病気である。さほど心配する事は無いが、全快までに半月はかかる。
この年、5歳になったマリアは、明らかなシンシア似の美幼女。
誰が見ても、シンシアの娘とわかると言われる一方で、誰が見てもエリックが父親だとは思えないと、2人を知る者達全員が口を揃え、エリックは落ち込んでいた。
熱のためベッドで赤い顔をして寝ている娘に、直ぐに帰って来るからとシンシアは優しく言葉を掛け、差し向けられた豪華な馬車で旅立っていった。
大陸の雄、イェルマーク王国。その王都に、史上類を見ない流行病が広がろうとしている事など、この時、誰一人知る由も無かったのである。




