73. 閑話10 エレンの憂鬱な日常
今回は、エレン達がシンシアと出会うまでの、サイドストーリーとなります。
退屈な日中の業務を終え、騎士団女子寮へと帰って来たエレン。
彼女は大陸最強のイェルマーク王国を支える王国騎士団の栄えある女性騎士だ。
エレンは、寮の入口の脇にある事務室の横を颯爽と通り過ぎようとしたところで、封書が届いていると呼び止められ、肩を落とした。
嗚呼、またかと思いながら、事務員が渡してきた金色の鮮やかな装飾が施された封書を見て、さらに気分は落ち込む。豪華な封書ほど厄介なのだ。
溜息を吐きながら受け取りのサインをする。
自室に入ると封書をベッドの上に放り、着替える。まあ、中身はいつものアレに違いない。高位貴族か、その親族が、是非当家の専属にと勧誘するための手紙だ。
飾りが豪華な封書ほど、対応の難儀な爵位の高い貴族からのものである。
王都の屋敷か、高級お食事処(その貴族家の息が掛かっているお店)の個室での面会を求められ、仕方無く出かけると案の定、妾になれとしつこく迫られる。
昨年秋の第二王女殿下ご成婚。
輿入れのため隣国へと向かわれる王女殿下一行を王都民が祝うため、王城から王都正門までパレードが開催された。王家随一の美貌を謳われ、王都民にも絶大な人気を誇った第二王女殿下ならではの催しだった。
どうせなら護衛部隊も映える面々をと、近衛騎士団や王国騎士団から選りすぐりの美男・美女を集めたとされる。とりわけ王女殿下の間近に凜として付き従う4人の女性騎士たちは、このパレードのためだけに新調された華麗な鎧姿も相俟って、本当に絵になると大評判だった。
そして、その結果が近頃のコレである。護衛任務で衆目に晒されて以来、エレンにはこうした封書がやたらと届くようになった。気のせいではない。一緒に任務に就いた他の3人も同じ有様なのだ。
はっきり言って皆、見目麗しい乙女たちだ。そして、この4人は生い立ちも良く似ており、不本意な事に現在のこの困った状況までもが、そっくりなのである。
下級貴族の生まれで、幼い頃から着飾る事よりも剣術が好きだった。幸か不幸か美貌に恵まれ、行く先々で高位貴族や豪商といった上位の者達から言い寄られる。家格の問題で妾か愛人、良くて側室だ。そんなのが嫌で、王国騎士団に入った。
王族や高位貴族の女性の護衛として、女性騎士は常に必要とされる存在である。それは紛れもない事実なのだが、実際のところは現実逃避と言われても仕方が無いのかもしれない。
そして、残念な事に騎士になっても、うんざりする事は多い。騎士団内での男性騎士からのしつこい誘いや、上官から来る2人だけの意味不明な遠方出張命令。
さらに、予想外に厄介なのが、他の女性騎士からの常軌を逸した凄まじい嫉妬。
現在の騎士団長が、話の分かる常識人というのが、せめてもの救い。それでも、自分達女性騎士の問題にばかり、時間を掛けるわけにもいかないのだ。
結局、騎士団で本当に気を許せる存在なのは、似た境遇の女性騎士だけである。今や王女殿下護衛で一緒だった3人の女性騎士たち、シルヴィ、ナタリー、そしてリンダだけが、本音で語り合える数少ない仲間だ。まあ、似た者同士とも言う。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
エレンは、先ほど受け取った封書の送り主を確認する。サザーランド侯爵家。
仲間内で情報共有している “相手にしてはいけない貴族家” リストには入っていない貴族だった。ベッドに横たわり開封して読み始める。差出人は侯爵家当主。
定型挨拶文の後に書かれていたのは、
⇒ 娘の護衛を頼みたい。
エレンは頷いた。
まあ、予想どおり “鉄板” のオープニングだわ。安全な屋敷にいるのに、王国騎士団の女性騎士に、わざわざ護衛を依頼するのは何故なの? 怪しさ満点ね。
どれどれ、この先に何かもっともらしい理由でも書いてあるのかな?
良くあるパターンとしては、ご令嬢の移動の際の護衛依頼だ。まあ、主要街道沿いの移動だけなら治安も良いし、その家の騎士団の護衛だけで十分なはずよね。
肝心なのは末尾にしばしば書かれている「到着後は是非、ご滞在を!」なのだ。
たま~に、奇をてらったファンシー依頼もあったりするけれどね。
さて、今回はどんな護衛依頼かしら。
⇒ 魔導師の娘が辺境の魔物討伐に出かけるので、近接護衛を依頼したい。
エレンはノケ反った。
おっと! これは・・・ 攻めるわねえ! 真実味を増すための新しい手口?
でも、面会したいのは脂ギッシュな中年親父か、脳キンのお兄さんだよね?
誰が面会するのか、ちゃんと書いてない場合は大抵そうなのよね。
⇒ 娘と会って、話を聞いてほしい。
エレンは首を捻った。
う~ん、まあ、普通はそう書くしかないか。
でも、それを信じて1人でノコノコ出かけたら、密室に閉じ込められる?
まあ、被害妄想とか自意識過剰とか言われそうだけど、馬鹿息子いたもんねえ。
⇒ 親しい他の女性騎士の方々も是非ご一緒に。王都のお店を今週末予約済み。
エレンは意味が分からなかった。
え~! 何これ、皆で来い? それに返事も聞かずに、王都の店を予約済みって!
まとめてどうにかしようって事? 分かった! これはきっとお店もグルだわ。
侯爵家の息の掛かったお店で、店員も配下の者たちに総入れ替え済みよね!
多勢に無勢? ひょっとして、食事に痺れ薬?
はあ~! 自分が最近、誰も信じられないクズ女に堕ちていると自覚はしている。
それより、いきなり今週末とか言われても、ハイそうですかと行ける様な若い娘は普通いないと思いますよ! お父さん。
私の今週末ですか? 真に残念ながら空いております。はい、ソレが何か?
⇒ 予約している店は娘のお気に入りで、皆さんもきっとお気に召すはず。
(どれどれ、“行ってはいけない店” リストに名前のあるお店かな?)
エレンは固まった。
そこにある店名は、爽やかさとは真逆で、エレンの乙女心にはまったく響かない。それどころか、極めて特殊な性癖の方々のためのお店としか思えない店名だった。
『豚猫の縞尻尾 大切なので読み仮名付き!』
「追伸」欄には、返事は不要! 気が向いたら来てください! 皆さん来なくても、娘は一人で楽しんでいるので大丈夫! とある。これ一体、どうすんの?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
エレンがベッドの上で放心していると、ノックと同時に開いたドアの隙間から、リンダが顔を覗かせて、食事に行きましょう!と声を掛けてくる。何とか再起動を果たすと、エレンはベッドから起き上がり、寮の食堂へと向かった。
食堂に入ると、既にシルヴィとナタリーの2人がいつものテーブルにいた。
4人組全員集合である。この4人で徒党を組む様になって以来、騎士団の美女分隊と呼ばれているらしい。まあ、実際の分隊には1名足りないのだが。
リンダと2人で食事の盛り付けられたトレイを抱え合流する。椅子に座るなり、また来たんですかとシルヴィに揶揄われる。どうやら、顔に出ていたらしい。
エレンが頷くと、今度は何処なの? とナタリーが訊いて来る。サザーランド侯爵と答えると皆、首を捻ったが、ナタリーだけは意味合いが違った。
彼女は、サザーランド侯爵を知っていると言うのだ。
魔物研究の第一人者であり、王都の騎士学院や貴族令嬢のための教養学院でも、講義を持つ事があるのだそうで、彼女も講義を受けた事があると言う。大人気の講義だったという。
この4人の中で、王都の騎士学院出身なのはナタリーだけだったので、それ以外の3人は、侯爵の為人を知らなかったわけである
侯爵は若かりし頃、その美青年ぶりから貴族令嬢に大変な人気であり、王都の双璧とまで呼ばれていたという。ちなみに、もう ”一壁” は、現在の自分達の上官である王国騎士団長なのだそうだ。そして、この2人は性格も歩んだ進路も真逆ながら、昔から親友同士なのだと言われている。
確か、もう60歳近い老境ながら、2人とも今でもダンディー。
そもそも、若い娘にちょっかいを出す様な人物では無く、どちらかと言えば、女性からのアタックに辟易していたはずだとナタリーは言う。
だから、そんな人物が女性騎士にいきなり不快な封書を送ってくるとは、とても思えないのだとナタリーは首を傾げるのであった。リンダがエレンに問い掛ける。
「それで、一体、何が気分を害したんです? 」
面会場所に指定された店の名前が大概だと言うと、どんな名前だと、全員が身を乗り出し訊いて来る。皆、薄ら笑いを浮かべ興味津々だ。さあ言え! すぐ言え!
顔を顰めながら店名を言うと、エッ! とリンダが素っ頓狂な声を挙げた。
ポカンと見つめていると、ビシ! とエレンを指差して、知らないんですかと厳しく責め立てる。王都で今、一番人気の甘味処なんですよ! とリンダが熱く語る。
高位貴族のご令嬢ですら予約が思うように取れず、歯噛みしている店らしい。
「良いなあ! エレン! 良いなあ! 私も行きたいです~」
リンダが、上目づかいの “必殺お強請りポーズ” で攻めてくる。
実にあざとい! 同性のエレンですら、一瞬頬が緩んでアホ面になり、理性が飛びそうな破壊力である。
いや、このテーブルの者達は皆、元から半端無い乙女達だった。でも確か、是非お友達も連れて今週末にと書いてあった様な気がする。そう口にすると・・・
「決定です! 4人で行きましょう! 絶対です!」
リンダが立ち上がり、右手の拳を握り締めながら、そう宣言した。
他2名もウンウン頷いている。どうやら、週末の予定は決まったようだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
かくして4人でやって来ました。豚猫の縞尻尾とか言う、ふざけた名前のお店。なるほど、店の看板には太ったキジトラの短足猫が、縞模様の太い尻尾を脇にしてリンダもかくやと思えるほどの、見事な “必殺お強請りポーズ” を極めている。
店主の溢れる猫愛が感じられて、とても素敵です! と、猫大好き少女のリンダはアブナイ目つきで呟いていた。
エレンからすると、戦闘力 “ゼロ”、野性味 “マイナス” の敵を作らない猫だ。
店の前には若い娘たちの長い行列。その行列の側にいた店員と思しき若い女性に声を掛け、予約があると伝えるとそのまま店内に案内された。店に入って行く4人に、行列の彼方此方から羨望の眼差しが注がれる。
店員の後について店の中を歩きながら、店内の様子を窺う。色とりどりの様々な種類の小さなお菓子が陳列された一角がある。まるで宝石みたいだなと思う。
お店の内装は派手ではないけど、逆にそれが宝石の如きお菓子の印象をより一層際立たせていると感じた。店内に漂う甘い香りも相俟って、ここが王都でも一番の人気店になっているという話も、なるほどと思ってしまう。
窓際に並んでいるテーブルも満席でほとんどが女性客。男性客はと言えば、ちらほらとカップルの片割れとして存在するのみだ。
そのまま個室エリアに案内され、一番奥のドアの前で案内してくれていた店員がドアをノックすると、
「シンシア様、お客様がお見えになりましたよ~」
と声を掛けた。返事が返ってくるとドアを開けてエレン一行を招き入れる。
とっても可愛い娘がいた!
年の頃は、10代半ば。たぶん、成人して間もない感じ。
無骨な長テーブルの向こう側に立っていて、ペコリとお辞儀をしてくる。貴族令嬢の儀礼挨拶ではなく、町娘のような軽い挨拶。でも、不快な気はしない。
驚いた事に、その子は宮廷魔導師だった。シンシアと名乗ったその少女は、お店のお奨めで良いですねと皆に軽く同意を取り、案内役の女性店員に頷いた。
お菓子のフルコース5人前と紅茶ですねと確認を取った後、店員は出て行った。エレンの横にいたリンダが胸の前で両手の拳を握り締め、キタ~と囁いていた。
エレンたちもそれぞれ自己紹介をした後、席に着く。長方形のテーブルの短辺にシンシア、長辺の片側にエレンとリンダが並び、対面にシルヴィとナタリーだ。
座るなり、シンシアが大きな目をクリッとさせて、皆さん本当にお綺麗ですね~と言う。いやいやお前さんも大概だよとエレン一行も苦笑いだ。
「これなら、本当に美女分隊になりますね!」
明るい声で、リンダが言う。
5人揃ったから違いない。シンシアはキョトンとしているので、騎士団内で美女分隊と噂されている事や、本来の分隊が5人という事を説明して軽く笑う。
「この部屋は事務所兼、休憩所なんで、ちっともお洒落じゃなくて、すいません。でも、ここならいつでも使えるので、待ち合わせ場所にさせてもらいました。」
なるほどね。でも飾り気が無いだけで、少しも不快な部屋ではない。
何でも、この店の女性オーナーとシンシアの母親が昔からの知り合いで、この店の開店を援助したのだそうだ。シンシアも幼い頃からオーナーに可愛がられており、今も身内同然でこうして好きな時に店を利用出来るのだと言う。
サザーランド侯爵からの封書には、娘と記載されていた。初対面の今日はとても聞けないが、おそらく庶子だろう。この娘が正式な侯爵令嬢だったなら、王家へ嫁ぐ事も夢では無かったはずだ。家柄は申し分なく、この美貌と魔力持ちという優位性は、他のどんな候補にも打ち克てるとエレンは思った。
お菓子がキタ~!
全員がリンダ状態である。一口サイズの宝石のようなお菓子が8個、トレイの上に盛り付けられ、各自にサーブされた。美味しい!の嵐だ。
紅茶を流し込んで、生きる喜びを、しばし噛みしめたところで、本題に入る。
シンシアに今日の呼び出しの目的について、説明を求める。彼女の第一声は、
「皆さん! 皆さんは王都から逃げ出したいと思った事はありませんか?」
あっ! この娘、同類だ! エレンは何故か、そう直感した。
宮廷魔導師団も王国騎士団と同様、男性優位だ。まあ、騎士団みたいな、がさつな脳キンは流石にいないだろうが、貴族に魔導師と二段重ねのプライドになるから、騎士団同様に若い娘にとっては厄介な場所に違いない。まあ、この少女ほどの容姿で平民とくれば・・・ その苦労が忍ばれる。
シンシアは宮廷魔導師団に入った理由や、入った後の自分に対する本人の意向を完全に無視した争奪戦。つきまとって離れようとしない同期入団の傲慢少年の話をした後、でも、私はまだマシです。皆さんに比べればと言う。
そして、怪訝な顔のエレンたち4人に対し、さらりと爆弾を投じてきたのだ。
「実は、これは父から聞いた話なんですが、あまり素行のよろしくない貴族や豪商の間で密かに賭けがなされているらしいんです。その賭けの内容というのが、皆さん4人の内の誰でも良いので、最初に落とした者が賭け金総取りなんだそうです。
期限は今年一年間。年明けに一斉にスタートし、期限は年末まで。皆さん、今年になってから急に変な手紙や申し入れが増えていませんか?
そして、あまりのしつこさと鬱陶しさに、何もかも放り出して王都から逃げ出したいと思った事は、ありませんか?」
全員の顔が引き攣った。思い当たる節が多すぎる。
王女殿下のパレードで注目を浴びたのは昨年の秋だったが、質の悪い怪しげな封書が届くようになったのは、確かに年明けからだ。そして、毎日が憂鬱で、王都なんか飛び出したいと思う時があるのも、紛れもない事実であった。
沈痛な面持ちの4人に対して、微笑みながらも目はあくまで真剣なシンシアが、さらりと “トンデモない事” を言い放つ。
「皆さん、私と一緒に一年間、辺境で魔物狩りをしませんか?」
その破天荒な提案は、4人のその後の人生を大きく変える事になったのである。




