72. 閑話9 土魔石の秘密に迫る
以前も書きましたが、作中の金貨1枚は、10万円程度と考えてください。
結婚と同時にイェルマーク王都から “脱走” し、1年間の階梯昇格休暇を満喫したエリックとシンシアだったが、宮廷魔導師団に戻ろうという気にならず、その後の幸運な巡り合わせもあって、結局、母国を離れて外国生活を送る事となった。
それは何と8年にも及んだのである。愛娘マリアも外国生まれなのだった。
まあ、当初はエリックが無駄に貯めていた余裕資金で、ノンビリ楽しく暮らし、金が無くなれば自ずと職場に復帰する事になるだろうと思っていたのだが・・・
何と、あろう事か、貯金は増える一方だったのである。
例の、魔石を特殊変換した後、魔力残量を精密に加減して廃魔石を造り出せる様になった結果である。金貨10枚程度で手に入る属性数3の原魔石。それが廃魔石になるとヤークト商会が大喜びで買い取ってくれる。その価格は何と金貨数百枚。
個人が頻繁に希少性の高い廃魔石を売り出せば、目立つ事この上無い。
しかし、大陸全土で商売をしているヤークト商会ほどの大商会であれば、廃魔石を頻繁に販売しても不思議では無いし、買い手を探すのもさほど苦労はない。
エリックにしてみれば、秘密裏に買い取ってくれる上、支払いはエリックが商会に持つ専用口座への入金なので、わざわざ大金を受け取りに行く必要もない。
そして、大陸各国の首都はもちろん、主要都市にはヤークト商会の支店があり、そこで商会のメダルを示せば、簡単に現金が引き出せるのだ。最高である。
したがって、イェルマーク王国宮廷魔導師団と縁を切っても、何ら生活に困る事は無かった。そして、自らの魔法研究という点でも、ベテラン魔導師が折に触れ披露する火、水、風の3魔法の実演に、今では何の興味も湧かなかった。既にエリックは孤高とも言えるほどの高みに達しており、見学する気にもならない。
しかし、そんなエリックでも唯一欲する情報が、魔導師病に関するものだった。
宮廷魔導師団内の過去の記録に、参考になるものは皆無だったが、それでも常に300人以上の魔導師が在籍する、大陸随一の陣容を誇るイェルマーク宮廷魔導師団。魔導師病に関する新たな知見が出て来る可能性も、無いとは言えない。
せめて、年に一度は魔導師病に関する論文を精査したいと考えていた。
そういうわけで、退団は得策では無い。
かと言って、あのウザ絡みの泥沼に戻る気には、どうしてもなれなかった。
エリックはまだしも、シンシアは、生活費の問題が消えて無くなって以来、絶対に戻りたくないと言い張っていた。
どれだけ拒絶しても、しつこく言い寄ってくるファブレルを思えば、人妻であってもシンシアの受難が消え去ったとは言い切れないのである。
それに、シンシアにとってエリックとの1年間の研究成果は、宮廷魔導師団内のガラクタ論文の山とは、比較するのも烏滸がましい革新的な内容ばかり。
体内魔石という魔導師最大のタブーが絡むから発表出来ないだけで、もし発表したなら、この世界の多くの常識を覆す “珠玉” の成果の数々なのだ。
かくして、宮廷魔導師団とは縁を切るのも仕方無いかと、2人が思い始めた頃、意外なところから、意外な提案が齎されたのである。
それは、魔法 “後進国” に対する技術指導のための、魔導師派遣というアイデアである。シンシアの宮廷魔導師団における、唯一無二の友人キャサリンによる発案であった。魔導師団に籍だけ残して、他国で指導者として自由な活動は如何かと。
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シンシアの宮廷魔導師団の同期であるキャサリンは、黒髪の見目麗しい美少女。
ただし、シンシアの様に宮廷魔導師団の男達から追い回される事は無かった。入団時点で人妻だったからである。それでも、魔導師団の男達は十分にウザかった。
また、同世代の他の女性の嫉妬は、もっとウザかった。そうした苦労をともにするキャサリンとシンシアが、直ぐに仲良くなったのも理の当然であった。
キャサリンは、シンシアとは異なり、幼い頃から魔導師界隈では広く知られており、多くの魔導貴族家からのお誘いで、引く手あまただったという。
しかし、彼女もまた同世代のファブレルの様な連中には、全く魅力を感じられず、些か年上のロータス伯爵という外務閥のダンディな御仁に一目惚れ。
半ば押し掛け女房的に後妻の座に滑り込んだらしい。有力な魔導貴族家への嫁入りを、当然の如く望んでいた実家とは疎遠になるも、気にしていなかった。
外交官として諸国を巡り、人脈を広げるために様々なパーティーに出席する夫に寄り添う彼女は、その若さと美貌で会場の人目を引くだけでなく、イェルマークの現役宮廷魔導師という肩書きで、より一層の注目を集めた。
何と言ってもイェルマークは、魔導師の層の厚さで大陸随一の陣容を誇っており、そのトップである宮廷魔導師なら、パーティーの主役にならない方がおかしい。
宮廷魔導師団に所属していながら一年の半分を夫とともに諸外国で過ごし、数々のパーティーに出席するキャサリンが、時折、持ち掛けられる話題があった。
それは、魔物討伐のための魔導師育成に関するもの。魔導師の絶対数が少なく、その育成環境も未熟な魔法後進国ほど、そうした問い掛けは多く、切実だった。
残念ながら、そうした方面の知見は彼女には無く、気に留めておく以上の事は出来なかったのである。
ところが、シンシアからの手紙の中の愚痴を読んで、これぞ天恵! と閃いた。
長年、シンシアと彼女の夫が魔物討伐に勤しんでいた事実は、キャサリンも十分に承知していたからだ。
早速、夫であるロータス卿に相談したところ、夫も大いに乗り気となった。
魔法後進国に対して、イェルマーク王国の宮廷魔導師を指導者として派遣する。
外交的には、そうした国へ “貸し” を作れる上、費用も掛からない。問題は、派遣に応じる宮廷魔導師の確保だが、シンシアとその夫なら快諾するだろうという。
そして、キャサリンがそうであった様に、他国においてはイェルマーク王国宮廷魔導師という肩書きは、大いなる箔付けとなる。だからこそ、エリック達も、籍だけは宮廷魔導師団に残しておけるはずであり、それは彼らの望むところだった。
この提案には、シンシアも諸手を挙げて賛成。エリックも異存は無かった。
外務のトップが宮廷魔導師団長と協議し、この派遣制度は目出度く決定となった。
唯一、エリック不在によって、地方からの魔物討伐要請への対応に頭を悩ませていた宮廷魔導師団の事務方が、当てにしていたエリックが戻って来ないと知って、不満を述べたらしいが、本来遂行すべき業務を嫌がるとはどういう事かと詰問され渋々引き下がったらしい。
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かくして、エリック夫妻は結婚後、母国にはほとんど寄りつかず、諸国を数年ごとに渡り歩く生活となったのである。イェルマーク王国内の辺境を遠征していた頃と比べれば、中小国とは言え、そこの首都での生活は、よほど快適であった。
愛娘のマリアが生まれたのも外国なら、マリアのお披露目も兼ねて、シンシアの両親と落ち合うことにしたのも、イェルマークではなく、風光明媚な観光国。
そこで初顔合わせとなったのが、既に老境に差し掛かっているシンシアの父親、サザーランド侯爵である。エリックとしても彼は、以前から是非とも会って、話してみたいと願っていた魔物の専門家であった。
侯爵からすればエリックは、愛娘のシンシアを奪い去った、何処の馬の骨とも知れぬ一平民。一波乱あっても不思議ではないと、覚悟していたエリックだったが、久しぶりに再会したシンシアの屈託の無い笑顔、天使の如き孫娘のマリアを見て相好を崩す、世間一般の好々爺であった。
その後、日々繰り返された、魔物に関する歴史と理論では当代一の侯爵と、実戦経験ではこれまた当代一のエリックによる魔物談義は、白熱したものとなった。
お互いに、新たな知見を得られ、大いに満足する出会いだったと言える。
そんなある日、エリックは問い掛けたのだった。
この世界で最も手強い魔物は何でしょうかと? ただし、ドラゴンは除くと。
しばし沈思黙考の侯爵だったが、その答えは魔狼の異常種フェンリルだった。
パワー、スピード、敏捷性、そこに人間顔負けの知能。それだけでも厄介この上ないのに、中には火球を吐く個体までいたらしい。
もちろん、過去の人間達は多大な犠牲を払いながらも、これを討伐している。
例外なく、フェンリルの魔力枯渇を見極め、一挙に屠っているのだそうだ。
「ただ、不思議なのだが、フェンリルが人前に現れてからしばらくすると、妙に大人しくなる傾向があるのだ。魔力を出し惜しみしているかの様に。まあ、魔導師の見解では、魔力枯れを気にして、自重しているのではないかという話だった。
それでも、フェンリルが討ち取られた日の記録では、草原を縦横無尽に駆け回り暴れていれば、たぶん人間側に打ち勝っていたと思える状況なのに、受け身と言うか、魔力の行使を躊躇う様なと言うか、上手く説明出来ないんだが、魔力の行使に臆病になっている様な気配さえ、私にはするのだよ。」
その話に一緒に首を捻って見せたエリックだったが、何となく想像はついた。
魔導師である自分が、魔の森で常識外の魔力回復に驚嘆したのとは正反対の事が、魔の森を出たフェンリルには起こっていたのだろう。
魔の森で生まれ育った魔物は、魔の森を出た翌日には、魔力が回復しない状況に心底驚いたに違い無い。しかも、たったの一夜で本来なら数日間は戻らないはずの魔力が復活し、驚きながらも喜んだ自分のケースとは、完全に逆なのだ。
一晩寝ても、いつもの様に魔力が復活しない絶望感は、想像するに余りある。
疑心暗鬼に囚われ、必要以上に魔力行使を抑制し、勝機を逸する事になったとしても不思議では無い。
その事が、喉元まで出かかったエリックだったが、残念ながら義父とは言え、侯爵がイェルマーク王国内にどの様な繋がりを持っているのか分からない状況では、迂闊に魔素の濃淡や、体内魔石に繋がる話をするわけにはいかなかった。
やがて、滞在の期限も切れ、侯爵とシンシアの母は寂しそうに去って行った。
次はマリアの弟か妹を楽しみにしているよと穏やかに微笑む侯爵が印象的だった。
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ところで、魔法指導員として、最初にエリック達が赴任した国は、小国ながらも古い伝統を持ち、他国からも一目置かれているボート公国だった。イェルマーク王国としても、是非良好な関係を維持しておきたい国だとロータス卿は話していた。
そして、近年、魔物の被害が相次いでおり、ベテラン魔導師の引退もあって、魔導師の育成は待った無しの状態だった。
魔法はイメージこそが重要だ。
指導者としては、実演して見せてナンボといった風潮があり、確かにそれは正しいのだ。結果として、引退した魔導師では指導者として物足りない。
そんな小国で、エリックは火球サイズを小さくする事と、詠唱短縮を熱心に説いたのだった。
火球の大きさこそ魔導師の実力の顕れ。朗々たる魔法詠唱こそ魔導師の美学。
そうした魔導師界隈の常識を信じて疑わない若い魔導師達に対して、エリックは、火球のサイズを変え、その飛翔速度の違いを実演して見せたのである。
これにはボート公国の若い魔導師達も目の色を変え、その後はエリックの忠実な教え子となっていったのである。
そんな教師生活を続けていたある日、エリックに魔物の討伐依頼が来た。
公都から少しばかり離れた所にある村に、巨大な猪の魔物が連日の様に現れ、農作物を食い荒らしているのだとか。公都へ農作物を供給している主要な村であり、村の要請で討伐隊を送ったものの失敗。死傷者まで出ているという。
とにかく巨体の割に俊敏で、遠くから矢や投げ槍を当てるのも難しい。近づこうにも、大盾を構えた屈強な兵士ごと簡単に吹き飛ばしてしまうため、接近戦を挑むのも躊躇われるという有様だった。
護衛兵士とともに出かけたエリックは、すっかり人間を嘗めきって、白昼堂々、農場へ姿を現した巨大猪に、短縮詠唱の火球3連発を叩き込んで足を止めた。
そこを兵士が突き刺し、切りつけ、ぶん殴って無事討伐完了となったしだい。
こうして手に入れたのが、待望の属性数4、土魔石である。
通常は、ほぼ自動的に帆船用の風魔石として海運ギルドに送られてしまうため、一般には入手困難な魔石なのである。
属性数4なので、第三階梯のエリックには特殊変換は無理だが、それでも思念だけによる通常変換ながら、従来とは異なる土魔石が得られるのではないかと、密かに期待していたのである。そう、火魔石を通常変換ながらも強力な白色火魔石に変えられる様に、土魔石でもそうした従来に無い変換が可能かも知れないのだ。
その夜、夫婦それぞれで、この原魔石に意識を集中してみる。
これまでの経験で、魔石の中にその属性に応じた色が濃淡を伴って感じられる事を知っていた。属性数3の魔石の場合、赤、青、緑それぞれに濃淡が感じられる。
赤の一番天辺の方を選ぶ感じで、白色火魔石になるのだ。水や風に関しては、いずれ試してみる事にしていたが、何となく想像がつくので、未だ実行していない。
2人とも土魔石は見た事が無かった。世の中で見た事のある者は、たぶんいないだろう。何せ、役立たずの代名詞となっているくらいなのだ。
売れば、金貨数十枚になる物を無駄にする酔狂な人物は、そうそういないはず。
ただ、聞くところによると、茶色とは言っても、厳密には砂色らしい。
そこで、魔石に意識を集中してみると、どうやら、これも高威力になるほど濃い茶色になる様だ。白色火魔石と言いながら、その超高温の火魔石が濃い赤色になるのと同じだ。そこで、この土魔石を、けっこうな濃い茶色になる様、変換した。
思うに、過去の変換事例では、土に埋めて砂色の土魔石を得ていたわけだが、この色合いから見て、最も威力が弱い魔石になっていたという気がする。
恐らく、どの様な働き方をするのか理解していなかったからだと思われた。
具体的なイメージが無いままに変換していたせいで、威力の弱い魔石になっていたのだと、2人は考えた。
まあ、その点、この茶色の石には期待出来そうだ。しかし、どう働くのか?
2人して、あれこれ議論したが、まったく想像出来なかった。
ついに、ネタ切れとなって、当時住んでいた一軒家の庭先に埋めたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日、掘り返してみたが、残念ながら変化は無く、溜息しか出ない。
そのまた翌日も同じ。そして、3日目、シンシアが、ふと奇妙な事に気づいた。
埋めた場所の土は一様では無く、多少の縞模様があったのだ。どうやら、少しだけ色の異なる部分があったようだ。その色の異なる部分が厚くなったような気がするとシンシアは主張した。
そのまま放置していたら、明らかに魔石に接触している土の、色違いの部分が厚みを増している。そこで、2人は確信した。
何か手頃な物は無いかと相談した結果、台所にあった岩塩を細かく砕き、魔石を埋めていた穴に放り込んだ。そこへ土魔石を捻じ込んで、魔石の周囲が満遍なく塩に覆われるようにしたのだった。
翌日は、今ひとつはっきりしなかったが、3日後には塩と外側の土の層との間にピンク色の線が現れた。そして、それから数日後、そのピンクの線は指の太さにまで成長したのだった。全体を掘り起こすと、指の太さの厚みを持つ、半球状のボウルが姿を現した。もう、間違い無かった。土魔石の周囲に岩塩が成長していた。
そのピンク色は、砕く前の岩塩の色だったのだ。
土魔石は、起動すると大地から鉱物を引き寄せるのだ。
これまでは、その働き方を理解せぬまま変換していたせいで、その威力は最低であり、効力を発揮する事は中々難しかったに違い無い。
さらに、その辺の地面に埋めても、ただそこの “土” と同じ土を引き寄せているだけで、見た目は変化しないから、誰もその性質に気づくはずもなかったのだ。
土魔石は、土中で魔石が接している物と同じ物を、大地から引き寄せてくる!
これは、大変な発見である。
例えば、純金! 金貨は硬くするために、金に混ぜ物をしているのは、よく知られている。純粋な金は、極めて柔らかく、叩けばいくらでも薄く引き延ばせると言われていた。まるで、紙のように色々な物を包む事も出来ると。
もし、そうした極薄の金でこの土魔石を包んで、庭先に埋めたらどうなるのか? 試してみたいような気もするが、いやいや、それはやはりまずいだろう!
2人して、散々悩んだ挙げ句、この件は対外的には封印するという事で決着したのだった。それでも、どこかで砂金が手に入らないものかと嘯いているシンシアが、妙に気にかかるエリックだった。




