71. フェンリル討伐戦(12)エピローグ
「なるほど、フェンリルが現れた点に関しては、同情に値するかと思っていたが、あまり誉められた領主では無いという噂は、どうやら本当だったようだな。」
ベズコフ領都正門のほぼ真上の街壁上。
伯父であり、今回の討伐軍の司令官でもあるソロモン伯爵から、ベズコフ領主家の対応はどうだったかと尋ねられたジェームスが、領都での領主家とのやり取りについて話した結果、伯爵が語ったのがこれである。
まあ、領都潜入直後にいきなり呼び出され、ベズコフ領主家の指揮下に入って、領都脱出の手配や領主館の警備を命じられた時も、さほど驚く事は無かった。
ある程度想定されていたので、領主家と同格の子爵家当主であるジェームスを、監視隊指揮官として送り込んでいたわけである。簡単に突っぱねる事が出来た。
もちろん、こうした経緯は、フェンリル討伐作戦の中では些末な話であり、これまで正式に報告してはいなかった。
さらに、つい先ほど嫡男がやって来て、フェンリルの毛皮をまるで自分の物だと言わんばかりの態度だったと報告した。
しかも、毛皮がとても売り物になりそうにないとわかった瞬間、フェンリルに魔法攻撃で止めを刺した女性魔導師に対して難癖を付けると、自分の妾になって一生償えと暴言を吐いて、連れ去ろうとした事も話した。
一方、途中から遊撃隊として騎士団の一部を引き連れ、領都に駐留する事になったゴダード卿も、ここの領主には、うんざりだと話す。
領都へ入場した時こそ、王国騎士団の領都来援という事で、正門の開門を許したものの、それ以降は、領主の許可無く門の開閉は許さないと主張したという。
平時なら当然なのだが、今は非常時。遊撃隊が必要なタイミングで必要な場所へ出撃する為には、適切な門を直ちに開閉出来なければ意味をなさない。そう説得しても、聞く耳を持たなかったらしい。挙げ句の果てには、ジェームスが毎朝、正門前で平民相手に状況説明をするくせに、領主への報告が一切無いと詰ったらしい。
そう話しながら、ゴダード卿はジェームスにニヤリと笑いかける。当然だよなと。
この領主家の我が儘に、ゴダード卿も流石に立腹。王都から遠路はるばるフェンリル討伐に来ている王国騎士団に対して、必要最低限の協力も出来ないと言うのなら、駐留部隊と監視隊全員をベズコフ領都から引き上げさせ、討伐軍はお隣のボーア領に防衛線を構築する事になると宣言した。ベズコフ領の明確な放棄宣告だ。
これには、ベズコフ子爵も青ざめ、東西4つの門の開閉の自由をゴダード卿に許し、駐留部隊が必要と考える場所や施設の領都内での使用も認めたという。
こんな身内の恥を晒す様な話は、他国の騎士であるマロリー卿がいる間は出来なかったのだが、そのマロリー卿が、ここにいる間に住民から自警団の活動や結成の経緯について聞きたいと、この場から離れて行ったので、遠慮無くベズコフ領主家について語れる様になったしだい。
「まあ、そういう領主であれば、相手にせぬ事にするか。実際問題として、サルトとの件もあるしな。そう言えば、魔導師殿、あなた方が斃したフェンリルの魔石は、どうするおつもりかな?」
ソロモン伯爵は、クリス達、魔導師3人娘にそう問い掛ける。魔物の魔石は最終的に斃した者達に権利がある。今回の場合、ほぼ無傷の状態のフェンリルに致命傷となる攻撃を叩き込み、最終的に斃したのは紛れも無く彼女達なのだ。
クリスが、他の2人と頷き合う。どうやら、既に話し合っていたようだ。
「とても、私達3人が斃したとは言えません。騎士団の方々や他の魔導師達が大いにフェンリルを消耗させ、私達の前に現れた時には火球を吐く事も出来ない状態でしたから。しかも、ハリス卿が風魔石で追い落とし、至近距離の静止状態でした。
ですから、とても私達3人の手柄と自慢できるものではありません。当然、魔石は受け取れません。もし、私達に権利があると言うのなら、どうかこの街の皆さんのために役立てて欲しいと思います。」
なるほどと、ソロモン伯爵を始めとする騎士団一同は、微笑みながら頷いた。
その後、この話は自警団を通じて、あっという間に領都内へと広がったのである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
フェンリルを斃し、魔狼の集団もほとんど討伐した事から、テチス王国騎士団は討伐の翌日には、ルスダンの街へと撤収を開始する事となった。
手元に残った暴風魔石と魔狼の原魔石は、東方諸領の騎士団と折半となった。
また、日持ちしない生肉の様な食材は、すべて自警団の者達に渡した。
自警団は大いに喜び、魔狼からの開放を祝って、炊き出しを行っている領都の中央広場で、領民に振る舞う事になった。
ベズコフ領主からは、騎士団の領都内への凱旋や、正門前の草原への整列を要請された。いずれもベズコフ子爵家が立ち会い、討伐を主導した様に演出したかったらしい。もちろん、サルトとの緊張が続く中で、そんな暇はないと拒否した。
尤も、ルスダンの街に数日滞在予定なので、ベズコフ領都で休養のため何日か、ゆっくりする程度の余裕はあったのだが、誰もそう望まなかったわけだ。
ところで、討伐部隊幹部が嗤ったのが、ベズコフ領主家がフェンリルの原魔石を受け取りに来た件である。魔導師3人娘が領都の再建のために寄付したという、街の噂をどこかで聞きつけてやって来たらしい。領主家への譲渡と解釈したわけだ。
しかも、領主命令でやって来た執事と、嫡男命令でやって来た取り巻き一人が、討伐部隊司令官ソロモン伯爵の詰め所で、鉢合わせするという喜劇まであった。
ただ、肝心の魔石は、教会とともに領民救済の中心的役割を果たした、商業ギルドに寄付した後だった。まあ、国をまたいだ組織である商業ギルドから奪い取る事は、王侯貴族ですら無理であろう。有効活用してくれるに違い無い。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「よう! あんた、ちょっと良いか?」
ルスダンの街の文官棟を出たところで、横から声を掛けられたフレディは立ち止まる。見れば、傭兵風の格好をした男女2人がそこに立っていた。
港町ケーテから帰投後、フレディはルスダンの街の役所に置かれた討伐軍の後方支援部隊で任務を熟していた。
イェルマーク派遣部隊5名のうち、リーダーのマロリー卿他2名は、観戦武官として前方拠点に移動していた。流石に侯爵という高位貴族、しかも未だ跡継ぎもいない若き当主とくれば、最前線に出す事は憚られ、兵站・補給等の後方支援を専門とするファイザー卿の助手という形で、ルスダンに残されていたのであった。
フェンリル討伐も終了し、魔狼の方も概ね片付いたのでマロリー卿達もルスダンに戻って来た。以降は実戦に参加したテチス騎士団や、魔導師への聞き取り調査を行っている。フレディもその聞き取りには参加しており、時には相手方とそのまま夕食を兼ねた飲み会に突入する事もあった。
その日は珍しく、早い時間帯に文官棟から出て、宿舎に帰る前に食事へ行こうとしたフレディだったのだが、見知らぬ連中に呼び止められた。
「ここの役所から出て来たが、あんたも傭兵なんだろ? そのよしみでフェンリル討伐の状況を教えてもらえないかと思ってな。ああ、俺はバルザックという。こいつは嫁のアンだ。」
テチスの騎士や文官とは違う、フレディの傭兵然とした格好から、そう思ったらしい。
聞けば、隣国を拠点に活動している傭兵隊であり、今回の魔狼騒ぎの件でベズコフ領の調査を依頼されていると言う。しかも、その調査範囲の中には、今回の騒ぎの発端となった魔の森に面した開拓村までもが含まれているのだと言う。
今回の遠征で情報の持つ重要性には、幾度となく気づかされていたフレディは、彼らの調査結果を得られないものかと考え、とりあえず近場の居酒屋に移動する事にした。
バルザックの質問に可能な限り答え、ここからベズコフ領都までの移動は問題無い事や、領都への滞在も可能である事を伝えた。魔の森方面の状況については、残念ながら、まだ何も分かっていないと現状を教えた。
王都隊や東方諸領の部隊で魔の森方面の調査を行う意見も出たのだが、ベズコフ領主に強硬に反対されたらしい。これ以上、自分の領地で好き勝手するなと。
そういうわけで、ベズコフ領の南部に関しては不明のままなのだ。
フレディは、話が一段落した時点で、この調査の依頼主を説得して、この調査の報告書を自分の方にも回してもらう事は可能かと、率直に聞いてみた。
依頼主は話のわかる御仁だったので可能だと思うが、依頼主はイェルマークの人間だという。フレディは、好都合だと喜んだ。対応してくれるなら、依頼主に対しては謝礼も兼ねて、バルザック達への依頼料を代わりに支払っても良いと話した。
報酬は、金貨100枚から200枚との事。任務途中で遭遇した魔物の危険度によって変わるらしい。
すべてが都合良く進んだ場合、元の依頼主にはイェルマーク王国騎士団のマロリー卿を尋ねて欲しいと伝える様に依頼した。そして、どうか内密にと言いながら、自分の持つ短剣の紋章を示す。流石にベテラン傭兵だけあって、イェルマーク王国の紋章くらいは知っていた。頷く相手と握手をして別れた。
翌日、この事をマロリー卿に伝え、謝礼の件も含めて、問題無いと言われた。
今回の遠征隊に参加し、大なり小なりの苦労を経験した結果、自分としては、思い切りが良くなったと実感する今日この頃のフレディであった。
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テチスの隣国でイェルマーク王国へと移動途中のフンメルから、調査を依頼されたバルザックは、テチスで本格的な討伐作戦が始まったという情報を得て、ルスダンの街まで移動して来た。討伐隊のここでの拠点である役所で、フレディを見かけ話しかけたのだが、当たりを引いた様だと思った。
「あの人は、イェルマークの高位貴族だよ。間違い無く伯爵以上だと思うね。」
末端とは言え、元貴族令嬢の妻、アンがそう言う。所作でわかるのだと。
平民上がりのバルザックは、そういうものかと思う。まあ、たぶん間違いでは無いだろう。そして、これはイェルマーク王国まで直接、自分が報告に行った方が良さそうだと感じた。まあ、天下のヤークト商会本店に、イェルマーク王国騎士団。
よほどの事が無い限り、普通なら会うチャンスなど無い相手ばかり。
かくして、翌日には配下を含む8名で、ベズコフ領都へ乗り込んだのだった。
最初に向かったのは、依頼人フンメルが以前勤めていたというミラー商会。残念ながら商会長のピートは、不在だった。商業ギルドで復興のための会議に参加中だそうで、夜遅くにならないと帰って来ないらしい。しかし、代わりに店の者達から、店の現状やフンメルが気にしていた店員の安否について聞く事が出来た。却って、詳細が聞けたようで有り難かった。
フンメルに頼まれて、皆の無事を確認に来たと話すと歓迎された。
店の者達は、全員無事に今回の騒ぎを乗り切ったという。ただし、店の経営が少々まずいそうだ。元々、数字第一のドライな商法で、前会長の父親や番頭のフンメルとは確執があった現商会長のピートだったが、あの魔狼集団の領都突入事件で人が変わったのだという。それまでは、南の村から流れ込んできた避難民や、それに伴う領都の閉鎖で高騰した食料品を、如何にうまく売るかしか頭に無かったらしい。
ところが、商会店舗の面した中央公園になだれ込んできた魔狼の大群。
辛うじて、ピートや他の者達が店の中に避難できたのは、たまたま公園付近にいた警備隊員が、文字どおり身を盾にして時間を稼いでくれたせいだったという。
結局、犠牲となったその隊員にピートは感じ入り、残された彼の幼い弟妹を従業員として雇い入れたのだという。さらに、教会の若い神父とともに、炊き出しを始めた。
冬を前にして商会倉庫にストックしてあった食料を、大量に提供したらしい。
魔狼騒ぎが一段落した今、ミラー商会の評判は大変なものらしいのだが、如何せん提供した食料の代金回収は絶望的らしい。まあ避難民相手では、そうだろう。
今後の仕入れにも事欠く有様らしいのだ。
そして、ここに来て、もう一つ頭の痛い問題が持ち上がっているという。
以前、つき合いもあって、ピートは領主の息子と交際があったのだそうだ。取り巻きと言うほどの者では無いのだが、時々飲みにつき合っていたと。
そんな中で、お漏らし令嬢という厄介者をピートに押し付けようという話が出て来たというのだ。流石に、ピートもこの話は、必死に固辞していた。
ところが、行き場の無いご令嬢の方は、勝手に乗り気になり、時折お忍びで店に現れては、勝手に店の中を批評して店員を小馬鹿にしていたという。
そんな困った事態も、魔狼騒ぎですっぱり無くなった。流石に令嬢も領主館に引き籠もっていたわけだ。
ところが、魔狼が討伐された後、復興の話でまたぞろ奇妙な事になっているのだという。王国から支給される復興援助金があるらしいのだが、その配分は領主家が取り仕切るのだという。そこにどうやら、お漏らし令嬢が絡んで来そうなのだと。
その令嬢は、まさに札付きの疫病神であり、古着屋一軒を台無しにした挙げ句、そこの女店主にとんでもない災いを齎したのだという。フンメルさんもご存じの、パメラさんという方だと、皆憤慨した口調でわめき立てる。
そんな令嬢が来たら、この店も長くは無い。絶対にピート会長には拒否してもらいたいと口を揃える。
ただ、仕入れのためのまとまった金が無いのも事実。向こう半年くらいは何とか持ち堪える事が出来そうだが、夏場には越冬用の食料の大量買い付けの資金が必要となる。そこが、何とも頭の痛いところなのだそうだ。
そうした話とともに、3日ほどの滞在でフンメルに頼まれていた領都の友人知人の安否はすべて確認出来た。一部、領都を出て行った者もいて、全員に会えたわけでは無かったが、取り敢えず領都での任務は完了した。
続いて難題である開拓村の方だが、何とベズコフ領の警備隊が開拓村へと村長を捕らえるために向かったという噂が領都内で出回っていた。
領都へ魔狼の危険を警告しなかった罪だという。
伝手を頼って、何とか開拓村へ行ったという警備隊員を探し出し、非番の時に会う約束を取り付けた。
話を聞いたが、開拓村は魔狼の被害者らしき死体が残っているだけだった。
何故か、一行を率いていた嫡男モーリの取り巻きが、こんな村は焼いてしまえという指示を出し、集めた死体ともども、村中に火を放ったという。
意味がわからなかった。かくなる上は、行ってみるしか無い。
魔の森と思しき森に面した中州は、燃え尽きた廃墟と化していた。しばらく、中を探索してみたが、意味のある物は何も無かった。
こうして、バルザックの一行は必要な調査を終えると隣国へと戻り、ヤークト商会の支店長に状況報告をした後、自らイェルマーク王国へと足を運んだのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「そうですか。開拓村はそんな状況でしたか。どうも、ご苦労様でした。
ただ、ミラー商会のピート殿の件は安心しました。まともな商道を歩いてくれている様です。そうであれば、いずれ良い事もあるでしょう。きっと。
とにかく、本当に、ありがとうございました。」
そう言うと、フンメルはバルザックに深々と頭を下げたのだった。
その後、王国騎士団への報告の件も快諾し、ヤークト商会長の方から騎士団に先触れを出すので、明日以降、一緒に行こうという話になった。
イェルマーク王国のヤークト商会本店にある自分の執務室に戻ったフンメルは、傍らのパメラに向かって話しかける。
「ミラー商会の前会長は、私を見どころのある投資先と信じて、大金を投じてくれました。生憎、甲斐性の無い私はその金にほとんど手を着けておりません。
ところで、最近私は、大変見どころのある一人の青年を見出したわけです。」
パメラはにっこりすると、優しく夫に語りかける。
「でも、前会長の見立ても正しいと私は思いますよ。」
「そうですか。では、切りの良い数字で金貨1000枚としておきますか。」
2人して顔を見合わせ、笑顔で頷き合うのだった。
それから約1月後、ピートのところにベズコフの商業ギルドから連絡が来た。
何か会議の予定でもあったかと、首を捻りながら訪ねてみれば、いつものギルド長の部屋で大金の入金があったから確認しとけと、ニヤニヤしながら言われた。
またしても、首を捻りながら口座管理の部署に行って、唖然、愕然、騒然。
何と、金貨1000枚! 送り主は「父」とあるのみ。意味がわからない。
それでも、一挙に未来の靄が晴れた気がした。
これでもう、領主家を気にする必要は無くなったのだ。でも、一体誰が?
まあ、皆に相談してみようと思った。今回の魔狼騒ぎで学んだ教訓の一つ。
困った時には、皆に相談だ! ピートは、晴れ晴れとした顔で店に向かった。




